卓球王国の水谷隼氏のインタビューの中のこんな言葉が気になった。

「日本の卓球男子には氷河期が来ます。」
『卓球王国』2022年3月号でのインタビュー

何を言っているんだ?日本男子の次世代は松島輝空選手をはじめ、将来有望な選手がひしめいているではないか。これからの日本男子の将来は明るいと思えるのだが。


「なぜなら、今の日本の環境が良くなりすぎて、コーチも選手も現状に甘えてしまっているように見えます。」
「Tリーグができたことで安定した収入と土台ができたので、リスクを冒さなくなっているんです。」


若手育成のための組織を整え、選手の生活を保証するためにTリーグもつくったのに、皮肉にも環境が良くなったために日本男子は弱くなるという未来を水谷選手は思い描いているわけである(一方、日本女子はどうなんだろう?)


水谷選手はドイツに行ったばかりのころを回想して下のように述べる。

「練習での人数が奇数になると、ぼくの相手はコーチか、女子選手か、ひとりでサービス練習をするしかなかった。」

「その二人(オフチャロフとボル)が入ってきたら、みんなドイツ語で会話するようになり、だんだん居場所がなくなってきて」


なんだか想像するのも気の毒な状況である。ブンデスリーガ3部からのスタートとはいえ、大人ばかりのチームの中で自分だけがレベルの低い中学生で、言葉もろくに話せない。チームの主力選手たちは同じレベルの選手と練習し、水谷選手はメンバーが偶数のときは相手をあてがわれるが、その相手も「なんでこんな子供の相手をしなきゃならないんだ」と不満そうな態度で接したに違いない。みんなが談笑したり、生き生きと練習したりしているのを尻目に一人寂しくサーブ練習…。惨めすぎる。

さらに言葉が通じないというハンデが追い打ちをかける。言葉さえ通じたら、相手も「不慣れな土地に来て気の毒だ。かわいがってやろう」という気にもなるが、簡単な指示程度の英語しか話せなければ、ちょっとした誤解で相手に一方的に怒鳴られるなんてこともしばしばで、悔しくて寝られない夜もあったに違いない。ふつうの中学生なら「こんなところ、もう嫌だ。日本に帰る!」となるだろう。私も1ヶ月程度なら、アメリカやヨーロッパに滞在したことがあるが、親しい人のいない環境で言葉が通じない不安というのは想像を絶するものである。耳が不自由なのと同じである。精神的に参ってしまう。

現代なら練習場でみんなに相手にされなくても、ケータイのビデオ通話なんかで日本の家族や友人に慰めてもらうこともできるだろうが、当時はそんなことは難しかっただろう。逃げ道もなく、精神的な責め苦を受け続ける毎日だったのではないだろうか。この状況から脱するには卓球の実力で自分を認めさせる以外にはない。


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こういう強いハングリー精神というものを日本人が失って久しい。私の親の世代は敗戦を経験しているので、「白人に負けてたまるか!」「日本人だってできると証明してやる!」という気概に溢れた人が少なからずいたが、私たちの世代は子供の頃からすでに日本が先進国だったので、そんな気概を持つ人は少なかったように思う。「世界に日本人を認めさせてやる」という世代から、「大学を出て、いい就職さえすれば安泰だ」という世代に変わっていった。同じ才能があったとして、親の世代はその才能を十分に発揮できたが、私たちの世代はその才能の大部分を眠らせたまま終わってしまう人が多かったのかもしれない。そういう意味で学歴や所属先に守られていない日本人(例えば中卒非正規雇用)のほうが死にものぐるいになれて、いい結果を残せるのかもしれない。インターハイで優勝し、強豪大学に入り、Tリーガーになるような選手は、才能に満ちあふれているはずである。しかし、そんな日本の宝とも呼ぶべき選手も追い詰められたギリギリの状況で自分の鍛えなければ、世界の強豪に伍していくことは難しいように思われる。張本選手や戸上選手、曽根選手といった類まれな才能も国内でくすぶってしまうのだろうか。もしそうなったら惜しいことである。

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最近気になったこと。2/12の岡山リベッツ 対 木下マイスターズの試合の一コマ。

ハオ
及川選手や松平選手をもストレートで破ってしまう「黒船」ハオ・シュアイ選手

マッチ・インタイム・レギュレーションというTリーグ独自のルールは、たしか審判のコールから60秒以内に台に着かないと、相手に1点リードされた状態で始まるというものだったと思う(その後15秒遅刻するごとに1点相手に追加される)
岡山リベッツのエース、ハオ・シュアイ選手がそのルールに違反して、0-1のスコアから試合が始まった。しかし、ハオ選手は0-1スタートになっている理由が分からない。見かねた対戦相手の張本選手が中国語でマッチ・インタイム・レギュレーションの説明をしてあげたらしい。
ハオ選手がTリーグに参戦してから約2ヶ月経つが、このルールについて説明を受けていなかったようだ。岡山リベッツ内で彼はいったいどのような扱いを受けているのだろうか。中国語が話せる留学生ぐらいいくらでも見つかるだろうから、通訳のバイトぐらい手配してあげればいいのにと気の毒になった。あれだけ強いハオ選手でも、言葉が通じない環境での生活は、さぞ不自由なことも多いだろう。彼がいることでTリーグ全体のレベルが上がることは疑いないのだから大切にしてあげてほしい。