平亮太『DVDブック これで完ぺき!卓球』(ベースボールマガジン社)に付属のDVDの映像がすごい。
スロー映像だけでなく、スーパースロー映像がふんだんに使われているのだ。

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スーパースローでもこの画質。ボールのマークがはっきり分かる。

卓球にはいろいろな「都市伝説」がある。

・バウンド直後は回転が一時的に弱まり、その後再び回転を増す。
・だから、バウンド直後にフリックすると安定する(前記事「ショートから説き起こし、フリックの位置づけに至る」)。
・ サービスでインパクトと同時にスイングに急ブレーキをかけるとよく切れる。
・インパクト時にグリップをギュッと握ると回転がよくかかる。

「都市伝説」というと、まるでデタラメか何かのようで聞こえが悪いが、これらが嘘だというつもりはない。ただ、上級者が経験的にそう言っているというだけで、実際のところ、それが本当に事実なのかどうか決定的なところは分からなかった。前記事「フォア打ちから見なおしてみる」でも述べたが、英語のネイティブスピーカーが自分がどのように英語を使っているのか気づいていなかったように上級者も自分がどのようにボールを打っているか気づいていない、あるいは意識と実際の打ち方が異なっている可能性も否定できないからだ。

こういうことが事実かどうかは大学の先生の研究論文などで詳細に検証されているはずだが、大学の先生の研究論文を読んでも、あまり納得できない。大仰な測定器具などを用いていろいろ数字を出して論証しているのだが、たくさん数字を並べられても、なんだかうまく言いくるめられているような気がして、納得できなかった(それ以前に読んでいておもしろくない…)

しかし、このスーパースロー映像を見れば、辛気臭い(失礼!)学術論文など読む必要はない。一目瞭然、掌を指すが如く、回転の秘密が丸裸になるのだ。

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サイドスピンツッツキの回転もよく分かる

このDVDで使用されたハイスピードカメラは恐ろしく性能がいいようだ。WRMの卓球知恵袋で使われているカメラでもボールの回転などが分かるのだが、『これで完ぺき!』の映像のほうがはるかに画質がいい。

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こちらの映像はボールがブレている。

ただ、惜しいかな、この『これで完ぺき!』はそのような検証を目的とした動画ではない。言うまでもなくふつうの入門者向けの卓球本なので、比較・検証などはほとんどない――このカメラを使って、いろいろな打ち方、いろいろなプレーヤーの打球を比較して回転のかかり具合などを検証してくれればもっと興味深い事実が明らかにされただろうが、そういう意図でスーパースロー映像は使われていない。

ただ、比較・検証がなかったとしても、このDVDに見るべき点は多い。私が興味をもったのは、フットワークの映像である。激しく動く選手の太ももの肉が波打つ様まで鮮明に確認することができるのである(こんなことを書くと、誤解されそうだが…)。これによってフットワーク時の重心移動やステップの詳細――右足と左足のどちらが先に着地しているのか、上半身との連動はどうか等がよく分かる。たしかに雑誌の連続写真などでもステップを確認することはできるのだが、映像による実際の動きの分かりやすさには比ぶべくもない。

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卓球のステップは馬のステップに似ている?

スーパースロー映像はこれからの卓球指導を劇的に変える可能性を秘めている。世間で言われている卓球の「常識」がスーパースロー映像によって覆される可能性も大いにあるからだ(なお、前記事「型にとらわれない卓球」で紹介したなるほど卓球サイエンスの中にもそれらの卓球の「常識」が必ずしも正しくないと指摘した記事があった)
技術の進歩にしたがって多くの指導者がスーパースロー映像で回転や選手の身体の使い方を詳細に分析できるようになれば、より実際に即した指導が行われるようになるのではないだろうか。このDVDを観て、そのような未来を想像し、興奮させられた。

最後にこの本についても述べておきたい。
筆者は正智深谷高校卓球部監督の平亮太氏。モデルは正智深谷高校卓球部員(牛嶋星羅選手、平真由香選手等、主に女子選手)である。今までこういう本のモデルは男性のトップ選手が多かったのだが、女子校生のトップ選手がモデルというのは、我々非力な一般人が観るのに参考になると思う。

選手によって体格が異なるので、「これが一番」という誰にとっても正解になるような答えはないため、本書ではあくまでおおまかな方向性を示すにとどめ、これをヒントとして読者自らが試行錯誤してほしい

というのが本書の立場のようである。内容は詳しく読んでいないが、編集なども行き届いており、よくまとまっている入門書だと思う。すばらしいDVDも付いており、これがわずか1600円程度で買えるというのは、隔世の感がある(前記事「おかしいのは私か、私以外か」)。

これからもスーパースローの映像が卓球のいろいろな事実の解明に活用されることを期待する。