中学時代、私の地区に卓球がバカ強いYくんという人がいた。彼のために私は個人戦で地区大会を突破することができなかった。そんな強いYくんでも県大会では三回戦ぐらいで負けてしまっていた。あのバカ強いYくんが守勢に回って苦しそう戦っている。今まで見たことのない光景だった。上には上がいると当時はびっくりした。それから私は卓球をやめてしまい、大学に行き、社会人になって、卓球を再開して今にいたっている。

一方、Yくんは高校も進学校に行かず、卓球が強い商業高校に入り、大学にも行かず、高校卒業後、強い卓球部がある会社に就職したということだが、その後の足取りは全くつかめない。卓球選手として活躍しているならネットなどで分かるはずだが、彼の名前は全く記録に残っていない。今、彼はどこで何をしているのだろうか。あれだけ卓球を愛し、卓球に全てを捧げていたなら、卓球をやめたとは思えない。ときどきYくんの人生に思いを馳せることがある。卓球が強いというのは果たして幸せなことだったのだろうか。なんとなくYくんは卓球が強かったために損をしてしまったのではないかという気がする。

あとで知ったことだが、私の出身県は卓球のレベルがかなり低かったらしい。県大会の優勝者が全国大会では1回戦負けだったりしたのだ。
よく松平選手はもう盛りを過ぎたとか、岸川選手は終わったなどとネットで悪口を言われているが、両選手とも全国大会で上位にいける実力があったのだから、すさまじい強さだったと思う。岸川選手のインターハイのビデオを見たことがあるが、高校生の大会では彼はまさに別格だった。松平選手にいたっては世界ジュニアで優勝までしている。
私がしのぎを削っていたレベルというのは、

全国大会上位の下の
全国大会中位の下の
県大会上位の下の
県大会中位の下の
地区大会上位のレベル

だったというわけだ。しかし岸川・松平のような強い選手でもどうしても勝てない水谷選手のような選手がその上にいて、その水谷選手も中国のトップ選手にはまったく歯が立たない。いったいどうなっているんだろう?卓球の強さというのはどこまで上があるのだろうか、卓球を極めようと思ったら、卓球のためにどこまで捧げればいいのだろうかとそら恐ろしくなる。

私の知っている卓球の強い人の多くは不遇の人生を送っているように見える。かつて国際大会にも出場したような人が飲食店を経営しているが、どうも経営がうまくいっていないらしい。他にも離婚したとか、安月給で卓球とまったく関係ない仕事でこき使われているとか。
Yくんもなまじ卓球が強くなければもっと広い世界で自分の可能性を生かすことができたのではないだろうか。来る日も来る日も体育館で卓球三昧の毎日。気がついてみると、不景気で会社の卓球部は解散。強いといってもプロになれるほどではない。今まで人生のすべてを卓球に捧げてきたのだから、生きるのに不器用で、突然卓球以外のことをさせられても、うまくいかない。まるで卓球を愛すれば愛するほど、卓球が不幸をもたらすかのようである。

しかしこれは傍から見て、そんなふうに見えるだけで、本人は「今まで好きなだけ卓球ができて幸せな人生だ」と感じているのかもしれない。『あしたのジョー』でジョーが紀ちゃんに語ったときのように。たとえ頂点を極めることができなかったとしても、好きなことを思う存分できるなら、それはそれで幸せな人生なのかもしれない。自分が本当に好きな事だけを好きなだけやる。これこそ男のロマンである。男のロマンを追い求めることができなかった人間が、それができた人の人生を語るなんて余計なお世話なのかもしれない。