しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




卓球の基本

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

攻めさせてもらえない―卓球の基本をめぐって

上手な人と試合をすると、こちらから攻められる気がせず、一方的に攻められてしまう。
まず、サービスがどちらに来るか分からず、 フォア前の短いサービスとバックへの深いサービスに翻弄されて、2球目で優位に立てず、結局無難なツッツキで返す。すると、相手は待ってましたとばかりに3球目攻撃、あるいはフリック・チキータなどで攻撃してくる。
反対にこちらがサービスを持っているときは、長いサービスなら2球目から攻撃されるし、短いサービスでもフリックや鋭いツッツキで、攻撃させてもらえない。
こちらは防戦一方で、試合は相手が完全に主導権を握っており、相手のやりたいように進んでいく。いわゆる「手も足も出ない」「自分の卓球をさせてもらえない」という状態である。

下手な人とやるときは、こちらもいくらか攻めるチャンスがあるのだが、上手な人はこちらに全く攻めさせてくれない。これは一体どういうことなのだろうか。

そういうことを指導者に相談したところ、対応が遅いからだと言われた。
つまり、 相手がサービスやレシーブに入る体勢をよく観察し、相手が打ってから反応するのではなく、打つ寸前に反応して適切な位置に移動し、迎撃の体勢を整えておかなければこちらから攻めるチャンスは巡ってこないのだという。相手のインパクトが終わってから動くのでは遅い。それではボールが突然目の前に迫ってくるように感じられて、とても攻めに転じられない。そうではなく、インパクトの前に動かなければならないというのだ(前記事「丹羽孝希選手のトコトコ」)。そのような予測能力だけでなく、自分の打球後の戻りの早さも迎撃態勢に大きく影響する。

xia氏の卓球理論(「読むだけで強くなってしまう卓球理論」)にあるように、コースを決めての3球目攻撃なら、ミスが少ない人でも、コースを限定しない―言い換えればどこにボールが来るか分からない3球目攻撃では成功率が半分以下に落ちてしまうのは、つまるところ、間に合っていないのだ。

これは卓球の根幹に関わる真理ではないだろうか。スイングも理想的で、すさまじい威力のドライブを持っていても、それを発揮できる体勢が整っていなければ、それらは無用の長物ということになる。途上国に最新の工場を建設しても、電力・道路・港湾といったインフラが十分整備されていなければ、機能しない。となると、私がまず取り組むべきは、スイングの軌道云々よりも、ボールに対して素早く準備できる体勢を整える訓練なのではないだろうか。卓球ではボールを打つ瞬間よりも、ボールを打つ前にどれだけ時間をとれるか―いいかえれば、スイングのスタートの早さほうが重要なのかもしれない(前記事「卓球の基本」)。迷いなく自分のスイングをスタートさせるためには、素早く基本姿勢に戻り、相手のボールが次にどこに来るかを素早く適切に判断し、そこに素早く移動して、どのようなボールを打つべきか素早く判断を下さなければならない。

そうだとすると、自分の戻りを早くして、相手のスイングや体勢から、どんなボールがどのへんにくるかを予測する能力、そのボールを万全な体勢で迎え撃つためのフットワークを改善する等の「インフラ整備」のほうが、スイングの改善よりも優先されるのである。

どうしてこのような大切なことが卓球書ではほとんど触れられていないのか。個々の技術、フォアハンドの打ち方だの、フットワークの動き方だの、そういう技術を習得しても、それを使うべき体勢の作り方を教えてくれないと、練習の成果が試合でまったく生かせず、上述の「手も足も出ない」「卓球をさせてもらえない」状態になってしまう。

「最高の技術」よりも、まず「インフラ整備」を!

失之毫釐 差以千里―最近の自己評価として

タイトルは私が好きな言葉。訓読すれば、「これを毫釐(ごうり)に失すれば、差(たが)うに千里を以てす」となる。訓み習わしとはいえ、この訓読は分かりにくい。簡単に「毫釐を失すれば、千里を差う」と訓めば分かりやすいのにと思う。

中国古典名言.com というサイトによれば、

毫釐とは、ほんのわずかなこと。最初は小さな違いであっても、最後には大きな差になる。大きな誤りもわずかなことが原因で起きるという意味。

とある。

小さな間違いや癖が後に大きな欠陥につながるというのはあらゆる営みに通じる普遍性があるように思う。「帰宅したら、まず宿題を済ませる」という習慣を身につけなかったばっかりに大人になってから大いに苦労するというのはその典型だろう。

卓球でも同様である。「小さな違い」にはさしてプレーに影響しないものと、致命的なものの二つがあるように思う。以下に私が長い間、間違っていたことで、致命的だったと思われることを紹介したいと思う。

一つはフットワークである。フットワークが素早い人というのは、どうやら上半身の中心軸を使った回転運動と下半身のステップを連動させているらしいのだ。
私の以前のイメージは、まず足を素早く移動させてから、上半身をひねり打球し、素早く戻してから、また足を一歩踏み出すという動き方だったのだが、それだと、「足を踏み出す」と「スイングする」が別々の運動になってしまい、時間と力のロスが大きい。そうではなく、上半身をグルっと回したついでに―フォアハンドを振ったなら、右足を、バックハンドを振ったなら左足を踏み出して移動すると、素早く楽に移動できるのだ。

たとえば、
フォア→フォアへの移動:左足を軸にして、フォアを振り終わった時には、すでに右足を踏み出している
バック→バックへの移動:右足を軸にして、バックを振り終わった時には、すでに左足を踏み出している(回りこみに有効)

こういう身体の使い方が自然に身についている人はそれほど多くないと思う。きちんとした指導者に就いて矯正してもらわないと、なかなか身につかない。 卓球歴が数十年あってもこういう身体の使い方は独学ではいつまで経っても身につかないのではないだろうか。そしてこのような上半身と連動させた下半身の動きができていないと、フットワークが大きく遅れ、身体の軸がブレる。

もう一つは打球における、押さない打ち方である。表ソフトの場合は別だと思うが、裏ソフトの一般的な攻撃型プレーヤーの場合は、ボールをラケットに「当てないで」打ったほうが安定して鋭いボールが打てる。ラケットがボールに当たるとき、ブレードを伏せぎみにして、スイングの頂点付近でこするように打つとボールを押す力が抑えられ、摩擦でボールを飛ばすことができるのだという。

スイング時の身体の上下運動や中心軸の傾き、腰の使い方等、致命的な「小さな違い」は他にもいくつもあるが、とりあえず、最近気をつけて矯正しているのは上の2点である。このような基本が身につけば、速いボールを打つとか、回転のかかったボールを打つといったことは容易にできるようになるのではないだろうか。最も気づきにくく、修正しにくい欠陥というのを集中して改善するというのが、遠回りに見えて、一番効率よく上達する秘訣なのではあるまいか。

基本の大切さに小中学生のころに気づいていたら、おそらく上級者になれたのだろう。残念ながら私はこの年にしてようやくそれに気づいたが、それに気づかずに卓球人生を終えるのに比べれば、はるかにマシだったと思う。中学の部活のころのように好きなだけ思う存分練習できる環境にはないが、それでも今の私の卓球ライフは基本の習得というゴール(あるいはスタート)に向かって充実している。


最新記事
記事検索
プロフィール

シロノ タツミ

カテゴリ別アーカイブ