「あの人は卓球を知らんからなぁ」

上級者からよくそんなことを聞く。 上級者の知っている「卓球」と私たちが知っている「卓球」はおそらく違うものなのだろう。一方で

「○○くんは卓球を知ってるで。弱いけどな。」

という言葉も聞いたことがある。どうやら「卓球」は上級者でなくても知ることができるようだ。その上級者の言う「卓球」というものを知りたい。

日本代表男子が危なげなく準決勝進出。銅メダル以上を確定させたのに対して女子チームは格下のオランダとの対戦に最後まで苦しんだ末にようやく薄氷の勝利をものにした。前記事「緊張感と臨場感」 でも書いたようにリアルタイムで観るのと、結果を知った上でダイジェスト版を観るのとではおもしろさは雲泥の差である。今回、テレビとはいえリアルタイムで対オランダ戦を観られたのは非常にしあわせだった。もしこれを結果を知った上で観ていたら、「格下なんだから、勝つのは当たり前だろう」などと軽く思っていたにちがいない。「卓球」はそんなものではなかったのだ。

今回の世界卓球2014はチームの主軸の一人、福原愛選手を欠いた厳しい戦いになるはずだった。しかし、蓋を開けてみれば、調子を上げてきた平野早矢香選手、この大会で急に存在感を増してきた石垣優香選手、未知数の実力を秘めている田代早紀選手、森さくら選手など、そうそうたる人材に恵まれた実力者揃いのチームとなり、これまで1マッチも落とさず全勝で準々決勝を迎えた。

メダル獲得がかかった準々決勝の相手はオランダ。初戦の平野早矢香選手は信じられないほどの安定感とファインプレーの連続で危なげなくエーラント選手を下したが、次のリー・ジャオ選手がクセモノだった。この41歳の息の長い選手のなんと強かったことよ。第2試合の石川佳純選手をギリギリで破り、第4試合の平野選手まで破ってしまった。どちらもギリギリの接戦。どちらが勝ってもおかしくなかった。それまで第3試合の石垣選手の勝利でリードしていた日本は第5試合までもつれ込むことになる。第5試合は石川選手対エーラント選手。

オランダとの準々決勝は油断さえしなければ楽勝だろう、と思っていたのだが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。メダルのかかった試合の第5試合が石川選手というのは、まさに2011年の世界選手権と同じシチュエーションではないか(前記事「よくやった!石川佳純選手」)。あのときは石川選手が韓国のキム・キョンア選手にフルゲームのデュースというギリギリの接戦で涙を飲んだのだった。これはあの時の悪夢の再来ではないだろうか…。そんな嫌な予感で胸がムカつき、観戦中気が気でなかった。

ただ、前回大会の韓国戦と違うところは、エーラント選手は平野選手にふつうに負けていたし、世界ランキング100位程度ということなので「ふつうに」戦えば、石川選手が勝てるに決まっている。だが、それは「卓球」を知らない人間の思考なのだろう。エーラント選手はこのすさまじいプレッシャーの中で思い切ってぶつかってきた。それは石川選手との90位ほどのランキング差を感じさせない強さで、実力的には伯仲して見えた。石川選手はしばしばリードされ、最終ゲームにもつれ込み、最終ゲームもリードされて始まった。あの時の韓国戦と同じである。

石川選手はオーバーミスを連発していた。打っても半分ほどはオーバーミスしてしまったように感じた。

「石川選手は角度か打点の感覚が狂っている!もっとブレードを寝かすか、打点を早くしなきゃダメだ!」

などと観戦しながら悶々としていたのだが、そんな私の蒙を啓いてくれたのは、樋浦令子氏だった。
近藤欽司

「エーラント選手のボールはすごい回転、かかってるんですよ。バックハンドの回転もすごいです。」

なるほど、言われてみれば、立派な体格から、いかにも回転がかかっていそうなドライブを放っている。それをカウンターしようとした石川選手のドライブがことごとくオーバーしてしまうのはエーラント選手の回転量のせいだったのか。他にも樋浦氏は適宜、上級者ならではのコメントをしてくれていた。

「さっきのフォアへのドライブは逆モーションでしたね。平野選手が一瞬バックに構えてしまいました」
「今のサービスは長さが絶妙だったので、相手が打てなかったんですよ。」
「相手はバックで待っていましたねぇ。」
「リー・ジャオ選手のショートは伸ばしたり、止めたり、1球1球球種を変えているんですね」

樋浦選手の解説を聞いていると、私にも「卓球」がわかってくるような感じがする。前記事「卓球の解説」でも述べたが、樋浦氏の解説のほうこそ絶妙である。この解説がなければ「あーあ、格下相手になにやってんだ!カスミンはヘタクソだなぁ」などと思ってしまっていたかもしれない。
そして樋浦氏の相方はおなじみ近藤欽司・日本代表女子チーム元監督である(前記事「ロンドン・オリンピックの卓球の解説」「世界選手権 2013 パリ大会 実況・解説 引用集」)。二人の解説は息が合っており、近藤氏が「平野選手はフォア前のロングサービスを打つべきだ」とコメントした直後に平野選手がフォア前ロングサービスを決めた時も、

樋浦氏「近藤監督の読みどおりですねっ!」
近藤氏「ありがっとォー!!」

などとノリノリである(今回はちょっと悪ノリしすぎか)。そして近藤氏は持論「卓球は格闘技」「最後は心と心のぶつかり合い」ということをこの第5試合でも開陳していた。「またあんなこと言ってる…」とはじめは思っていたのだが、石川選手の第5試合を観て、もしかしたら、そうなのかもしれないと思うようになった。このようなお互いのチームの命運を賭けた最高にプレッシャーのかかる試合では、ふだんの実力など出せるものではない。世界ランキング9位と100位の実力差などないに等しい(たぶん)。技術と技術のぶつかり合いではない、精神と精神のぶつかり合いなのではないかと。

上級者の言う「卓球」というのは樋浦氏が分かりやすく解説してくれる技術や戦術的なものと、近藤氏の言う精神的なものの2つがあるのかもしれない。技術的な方は上級者でなければ分からないだろうが、精神的なほうは長年卓球に携わっていれば、もしかしたら下手でも理解できるのかもしれない。このどちらも知っている人こそが真の上級者で、そういう人たちの会話は私には分からない文脈で「卓球」を語り合っているのだろう。

kasumi
勝利を決め、涙ぐむ石川選手

今回もいい試合を観せてもらった。敵ながらオランダチームもがんばった。男子チームの対ポルトガル戦、対ハンガリー戦も見どころ満載だった。次の準決勝は一体どうなるのだろうか。男子はドイツ、女子は香港。男子の方は実力的にはやや分が悪い。逆に女子は実力的には勝てる相手だ。しかし、準決勝という舞台ではそのような実力差よりも精神の強さが勝敗を決めるのではないだろうか。同様に決勝で中国と対戦することになっても、気が張っていれば勝機もあるのではないだろうか。

気を強く持て!日本代表。

明日、明後日の試合が楽しみでならない。

が、残念ながら私は明日・明後日は葬儀に参列しなければならず、テレビが観られない…。というか、せっかく東京を通るのに指をくわえて代々木第一体育館を素通りしなければならないのだ…。結果を知ってからの観戦では感動半減だというのに、なんという運命の皮肉…。

【追記】140520
水谷選手のブログに世界選手権についての裏話のようなものが載っていた。
児玉語録からの孫引きになるが、本記事での結論を支持するものだと思われるので(勝手に)引用したい。

水谷が大黒柱としてその重責を全うし、内容も良かった。
特にドイツ戦オフチャロフとの一戦はすばらしかった。明らかに実力が付いてきたと思う。
他の選手は技術の問題ではなく、
心・体のレベルが低く、特に心の強化が急務である・・・と感じた。
卓球競技は、昔から80%以上精神力の勝負だと言われている。

 “気力”と“執念”が相手より優っていれば、必ず「勝利の女神」が
微笑んでくれる・・・これは真理だ!