前記事「日本女子卓球選手の社交性の高さ―石川佳純選手の場合」にも書いたが、現在の卓球女子日本代表は好感度が高い人材に恵まれている。福原愛選手然り、平野早矢香選手然り。こういう人たちが卓球の親善大使としてメディアに取り上げられると、卓球のイメージの向上、ひいては卓球人口の増加につながるだろう。卓球を国民的なスポーツにするために卓球協会や文科省は彼女たちを積極的に支援していってほしいものである。

そんな中で、つい見落としてしまいがちだが、デフリンピック日本代表の上田萌選手にも注目したい。彼女はこの上なく大きな可能性を秘めている。

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「日立化成卓球部 上田萌」

2012年世界ろう者卓球選手権 シングルス・ダブルス・団体優勝
2013年デフリンピック女子シングルス優勝、ダブルス準優勝、団体3位

上の成績から、上田選手は現在押しも押されぬ世界一であることが分かる。オリンピックや健常者の世界選手権では他を寄せ付けない圧倒的な強さを誇る中国も、ろう者卓球の世界では上田選手にかなわなかったのだ。これは日本卓球が共生社会を推し進めており、障害者スポーツにも力を入れているというアピールにもなる。

それに対して2013年デフリンピックの日本男子の成績はあまりよくなかった。こちらでも上位争いに食い込めるように国などのさらなる支援が必要だと思われる。健常者の日本男子は中国に準ずるような成績を残しているのに、ろう者の日本男子の成績はぱっとしないというのでは、日本卓球は健常者の強化にばかり力を注いでいるというネガティブなアピールになってしまうのだから。

上のビデオの構成は以下のとおりである。
・上田選手の生い立ち
・上田選手の戦績
・上田選手の人となり
・チームの紹介
・上田選手のプレースタイル
・デフリンピック2013での上田選手の活躍
・上田選手からのコメント(日立化成への謝辞とこれからの抱負)

短いビデオながら、上田選手がどんな人かなんとなくわかった。上田選手がデフリンピックで優勝した映像を見て、不覚にもこちらまで涙ぐんでしまった。上田選手には人を惹きつける何かがある。

監督「まわりを明るくする何かを持っている」
上田選手「自分がいろいろな人と関わることで、デフリンピックのことを知ってもらいたいと思ってるんです」
上田選手「自分が今までやってきたことを伝えていきたいと思っています」


これらのコメントから上田選手は非常に社交性が高く、明るい性格だということが想像できる。

目が見えないことに比べれば、音が聞こえないというのは大した障害ではないような気がするが、

「目が見えないことは人と物を切り離す。耳が聞こえないことは人と人を切り離す」

というカントの言葉があるように聴覚障害者には人付き合いが難しいという傾向があるらしい。さらに健聴者のように子供の頃から音声言語に囲まれて育ったわけではないので、言語の発達が遅れ、複雑な文や細かいニュアンスなどを理解するのが難しいのではないかと想像される。

上田選手のように先天的に耳が聞こえない人が健聴者にまじってやっていくというのはどれほど萎縮させられることだろう。卓球だけなら何とか伍していけるかもしれないが、それ以外の部分、スモールトークや冗談のような取るに足らない会話などに参加するのは聴覚障害者には相当苦痛なことなのではないだろうか(あくまでも私の個人的な推量である)。しかし監督やチームメイトのコメントからは、そういう部分でも上田選手はかなり努力してチームに溶け込もうとしているように感じられた。

聴覚障害者が社交的であるのは、健聴者の何倍も難しいのではないだろうか。しかし彼女は人と接するのを恐れたり、嫌がったりしていない。上のコメントにもあるように積極的に「いろいろな人とかかわる」ことを望んでいるのだ。そのことを考えるにつけ、上田選手の存在がありがたく感じられる。こんな逸材はこれから二度と出てこないかもしれない。
彼女は聴覚障害者が日本トップレベルの実業団に入るという新しいケースの道筋を示してくれた。このケースに倣って今後聴覚障害者を採用する実業団も増えるかもしれない。また、彼女は持ち前の社交性でスポーツの世界でも健聴者とうまくやっていけるということを証明してくれた。聴覚障害者は彼女を見習い、健聴者との接し方を学ぶことだろう。
このように彼女は戦績以外にも、すでにいくつかの大きな仕事をなしとげてきた。さらに単なる障害者スポーツの選手というだけでなく、彼女の存在は一般的な障害者に対する認識を変えるポテンシャルをも持っている。積極的に健聴者と交流できる聴覚障害者の存在は、聴覚障害者を身近に感じさせ、健聴者に共感をもたらすだろう。彼女のこれからの活動次第では、歴史にも名を残すような大きな仕事ができるかもしれない。もっとメディアに盛んに取り上げられ、卓球のみならず、聴覚障害者のアイコンとして幅広く活躍してくれることを願ってやまない、上田選手自身が望んでいるように。