卓球とボクシングの動きの共通性はよく言われることである。
現に元卓球選手がどこかのボクシング団体の全日本チャンピオンになったというのも聞いたことがある。

私は人並み程度の腕力を持っていると思うし、人並み程度のスピードのボールも打てる。しかし戻りが遅く、連続ドライブなどに難があると自覚している。スイングが大きいのだ。しかしスイングを小さくすると、ボールの威力がなくなってしまう。このジレンマを解消するためにボクシング書を読んでみた。

まったく新しいボクシングの教科書―誰でも、パンチ力が2倍・3倍になる! 』(ベースボール・マガジン社)

は選手ではなく経験豊富なトレーナーが書いた本だ。はじめから読者を惹きつける内容になっている。

人間は不思議なもので強いパンチを受けていると、それに慣れてくることがあります。いきなり強いパンチをもらうと面食らってしまい、ディフェンスや反応が遅れてしまいますが、パンチを受けているうちに、パンチの強さをイメージすることが出来て、体に力を入れるタイミングやディフェンスのタイミングを覚えるからです。

したがって、強いパンチの中にあえて弱いパンチをまぜることが重要だという。
これはまさに卓球にも言えることではないだろうか。最近のワールド・チーム・クラシック2013で張継科選手が台湾の陳建安選手に敗れたのも同じ理由ではないだろうか。



world team classic 2013 決勝:張継科 対 陳建安

張選手と陳選手の実力差は明らかだ。どうして張選手が敗れたのか理解に苦しむ。陳選手のボールは標準的な中国選手と比べるとかなり遅い。それで張選手はタイミングをずらされてミスをしてしまう。しかしそれだけではなく、陳選手はときどき速いボールも打つので、めったに負けない張選手が敗れてしまった。最近、非中国選手と中国選手の差が縮まってきているように感じるが、あれも、中国選手のスピードにみんなが慣れてきたためではないだろうか。

筆者の野木丈司氏は同書の中で、突然「デコピンと同じ原理のパンチはなんでしょう?」のようなクイズを出してみたりする。単に「正しい打ち方」を示すだけではなく、読者を飽きさせない構成になっている。これは指導経験が豊富なことの証である。私はボクシングのことはさっぱり分からないが、野木氏は有能なトレーナーだと感じた。

次に威力のあるパンチが打てない選手についてこう述べる。

パンチ力がない選手に共通して言えるのは”力を逃す天才”だということです。

パンチ力は筋肉の量には関係なく、筋骨隆々とした選手のパンチが大したことがない一方で、線の細い選手のパンチ力が相当なものだということもある。腕力があるのにパンチ力がない選手は、腰、肩、肘、手首と、各関節で、もれなく力を逃し続けているのだという。私にも心当たりがある。
速いボールを打つには腕力をつければいいとか、とにかく全力で振ればいいというのが間違っていることは、うすうす感じていた。たとえば卓球選手なら丹羽選手が体が小さく、あまり腕力もなさそうだが、速い球を打つ。これは速いボールは腕力によって作られるという安易な考え方が間違っていることの証拠である。

では、どうすれば力を逃さずに一点に集中できるのだろうか。

野木氏の指導の根幹をなしているのは「ブレーキをかけること」である。
右利きの選手がフォアハンドを打つ時で考えれば、右腕で振ると同時に、左腕を胸の前から動かさず、「ブレーキをかける」のである。
右腕を振れば、左半身が後ろに回るのは自然である。しかし左半身を後ろに回してしまうと、「ブレーキ」がかからない。それによって右腕の力が逃げてしまうというのだ。
左半身を固定してブレーキをかけて右パンチを打ったとき、上半身はどうなっているのか。
背中が横に広がり、肩甲骨の力が最大限に右腕に伝わるのだという。私も実際にブレーキを掛けて振ってみたのだが、たしかに力がボールに伝わっている気がする。

他にも卓球に応用できそうなテクニックはあったのだが、この「ブレーキを掛けて、力を逃さない」という点が最も卓球に直結する知恵ではないかと思う。

セレス小林氏のネット上のボクシング講座(無料)も役に立った。
私の課題である「戻りの遅さ」については次のような記述がある。

前足に6、後ろ足に4のバランスになっているか。後ろに重心が残ってしまうとパンチの切れがなくなるばかりか、相手に届かなくなってしまう。

重心の6:4の比率というのは野木氏の本にもあったので、ボクシングの常識なのだろう。

体が突っ込みすぎていると、体が泳いでしまい次の動作に移れない。逆に体重が乗り切らないとパンチの威力が減ってしまう。また、踏み込んだ左足が内側を向いていると腰が回転せず、力が伝わらない。そして当たったらその反動で拳を引き、必ず元の高さへ戻す。ここまでが右ストレートの動作である。

フォアを打ったときは身体が突っ込みすぎないように気をつけつつも、体重を載せ、左足を外側に向け、ボールを打った反動でラケットを戻せばいいのだろうか。ボクシングと違ってピン球は反動というほどの反動がないので、うまく応用できるかわからないが、反動を意識してみたい。
ただ、この「左足が内側を向いていると腰が回転せず、力が伝わらない」という記述は野木氏の「ブレーキをかける」という説明と矛盾する。野木氏の説明では、左足は内側を向いているほうがいいらしい。

まとめ
ボクシングは卓球に近い動きをするスポーツである。ボクシング書の中には小さなフォームで力を逃さず、効率よく体を使う知恵がちりばめられている。これらは卓球に応用できる知恵である。