新井卓将氏のDVD「ツブ高ファンタジスタ part.2 シェークツブ高技術紹介編」を見た。

http://rubber.ocnk.net/product/1836

従来の「ツブ高は守備向け、あるいは相手を幻惑するだけ」という固定観念を破り、ツブ高での積極的な攻撃を見たいと思ったからだ。そしてツブ高での攻撃が本当に実用に耐えるものなら、自分の卓球にも取り入れてみたいと思っていた。
ツブ高は相手を幻惑する。しかしそれだけだ。相手が幻惑されなかったら、一転して相手の攻撃にさらされてしまう。だが、幻惑しながらの攻撃ができるとしたらどうだろう。攻撃に幻惑がプラスされるとしたら。それは従来の卓球を再編成するほどの問題提起にならないだろうか。しかもあの新井卓将氏が製作に関わっているのだ。これは期待せざるをえない。

しかし、結論から言うと、これは「辞書」にすぎなかった。始めから終わりまで何の解説もなく、新井卓将氏が淡々と「ツブのショート」「ツブのフリック」「ツブのミート打ち」といった個々の基本技術、および氏独自のテクニック(F面を使ったチキータ等)を実演しているだけである。これを見たからといって強くなれるわけではない。

私たちは英語の意味がわからなかったり、使い方に自信がないときに、英和辞典をひもとく。そこには模範的な例文と、間違いとは言えない(適切とも言えない)語義の説明が書いてある。英語が話せる人なら、その説明でだいたいその単語の使い方が分かり、正しく使えるようになる。しかし英語が話せない人がいくら辞書の解説を読んでも英語が話せるようにはならないし、正しく使えるようにもならない。分かる人には分かるが、わからない人には分からない。それが英和辞典だ。

このDVDにも同じことが言える。ツブ高を上手に使えない人が見ても、「すごいなぁ」「こんなプレーをしてみたいなぁ」と思うだけで、あまり自分のプレーに応用はできないと思う。逆にツブ高歴10年以上でツブ高が自分のアイデンティティーになっているような人なら、「おっ!これは使える!」などと自分のプレーに応用できたりするのだろう。

2000円という値段を考えれば、十分価値のあるDVDだと思うが、これほど「紹介」に徹しているとは想定外だった。WRMのページには「【ツブ高ファンタジスタvol3】ペン粒技術解説編DVD4枚組200分」という商品もあるので、いずれシェークにも「解説編」が出るのかもしれない。しかし、その「解説編」も単なる「文法書」なのではないかという気がする。つまり「表ソフトの教科書」にあった、個々の技術に対する注意点をコメントするというアレだ。(要素構成主義を超えて―「表ソフトの教科書」(卓球王国)を見て―
辞書と文法書があっても、外国語が話せるようにはならない。実際の文脈の中で語句の意味を理解しない限り、外国語が使えるようにはならない。

同じWRMのビデオでもxia氏のペンドラビデオには期待させられる。


私は氏の「12日間集中ペンドラセミナー」というメルマガを受講していたのだが、氏は

「コースをバック側に限定させるサービス」
「回りこんでフォアで撃ちぬく」

というシンプルな戦術を基本理念にしてそこに持っていくために何が必要かと問いかけ、必要な練習、あるいはこのパターンにはまらず困った場合の対処法などを解説していく。このビデオは実践的で、これを見たら誰でもその人の実力に応じて強くなりそうである。「ペンホルダーには何十通りもの打ち方がある」といった単なる「打ち方の羅列」ではない。不要なものは紹介せず、必要なものだけを紹介する、あるいは必要な技術の優先順位をxia氏が選定してくれているわけだ(実際には見ていないので、そう予想しているだけだが)。「ツブ高ファンタジスタ」のシェーク解説編が出るとしたら、こういう方向性に進んでほしいものである。

まとめ
「表ソフトの教科書」にも同じ感想を書いたが、ツブ高に特化したビデオがほとんどない現状では、このような多彩な技術を文脈なしで、ありったけ羅列したビデオにも価値があると思う。しかも実演している人が他ならぬ新井卓将氏である。その美しい打法は人々の模範になりうる。ただ、それは日本近代において大槻文彦が日本初の近代的国語辞典『言海』を上梓し、その副産物として『語法指南』という文法書ができた事実に比類しうるであろう。今となってはどちらも骨董品のようなものであるが、これらが日本文化の近代化に与えた影響は計り知れない。ツブ高ビデオも『言海』の段階にいつまでも甘んじいてはいけないだろう。この『言海』を超えて、xiaの段階に進まなければならない。つまり

「ツブ高はどう戦うべきか」
「ツブ高にとっておいしい展開とはどういうものか」

という基本理念を据え、次に優先度の高い技術に絞り、その展開に持っていくための実践的な解説に進む段階である。その際に個々の技術の「打ち方」に限って「ツブ高ファンタジスタ 技術紹介編」を参照するよう指示すれば「技術紹介編」の「とにかく考えられるだけの多様な打法を集めてみました」という特色が生きると思う。

追記
新井卓将氏のバックハンド ドライブ・ミート打ちは美しい。小さいフォームで振り切ったあとのブルンという余韻がいい。あれは手首を最大限に利用しているためだろう。あの「ブルン!」には何度も見いってしまう。