しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




卓球

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威力と早さのジレンマ――フォア打ちで練習する

最近、戻りの早さ(前記事「もう一つの戻り」)を心がけてプレーしているおかげで、格上の人との対戦でもそこそこ善戦できるようになってきたと感じている。しかし、その一方で全力でドライブを打つことができなくなってきた。いや、打とうと思えば打てるのだが、しっかりバックスイングを取って下半身を使ってドライブを打つと、相手の早さについていけなくなるのである。私はフォアドライブの威力はまぁまぁだと自負していたのだが、それが打てないとなると、自分の持ち味がなくなるのではないかと残念に思っている。

格上の相手に対して全力のフォアドライブを打とうとしても、そうそう打たせてもらえない。相手はチャッチャカ台上で早い打点で返球してくるので、しっかり体を使って打つためには、時間的な余裕が必要で、素早くボールの到達点で待ち構えていなければならないが、そんな素早いフットワークはあいにく持ち合わせていないので、詰まりながら、頂点を過ぎた打点で打つことになってしまう。そんな中途半端なドライブを打ったところで、相手は余裕をもって十分な姿勢でブロックしてくるので、決定打になることは少ない。コースを突いたり、連続ドライブ強打が打てればいいのだが、残念ながら私には無理である。格上の人と対戦するときは、ドライブ強打はほぼ打てないものあきらめて、封印しなければならない。

一方、ドライブ強打ではなく、相手の早さに対抗して、こちらも前陣であまり動かず、早い打点で軽打――相手からのボールに合わせて小さく振るようなショットを連打したほうがいい展開になることが多い。早さに加えて威力のあるショットが打てれば最高なのだが、私のレベルでは無理である。早さを求めれば、威力を犠牲にしなければならなず、威力を求めれば早さを犠牲にしなければならない。

周りを見てみると、早さと威力が両立できている人はごくまれである。全国大会などに出るような人は早い中にもドライブ強打を織り込むことができるが、フットワークに過大な負担がかかるそんなプレーは中級者には無理である。

私の周りには威力を志向している人のほうが多いように感じる。若い人で練習の時にはものすごいドライブ強打を打っている人が、試合になると、ツッツキやミート打ち、カウンターの上手いオジサンに翻弄されているのをよく見かける。オジサンは台から下がって腰の入ったドライブなどめったに打たない。若い人はドライブ強打が打てそうな、ゆっくりしたツッツキのようなボールを待っているが、オジサンは前陣の早い打点でパシパシとさばいて若者にドライブ強打を打たせる隙を与えないのである。

それを考えると、前陣にいて大きく動かず

早さ>威力

という優先順位でプレーするのが中級者のレベルでは強いのではないかと思う。

早さと威力とは相反するベクトルを持っているので、両立するのは難しい。大きく動けない私のようなプレーヤーは威力の方は諦めて、早さに磨きをかけるしかない。

そんなときに思い出したのが鹿南8の神山氏の下の動画である。



フォア打ち、バック打ちのとき、氏が気をつけている点について述べている。

1.上下に動かないようにする
2.打球のコントロール(方向や深さ、高さ、回転量)をチェックする
3.ラケット面のボールが当たる位置をチェックする
4.視野を広げて(相手や台の全体を見ながら)打てるようにする。

なるほど、私も練習のはじめにフォア打ちを5分ほどするが、どのぐらいの力で打てば、どのぐらいボールが飛ぶかといった感覚の確認しかしていなかった。いろいろ確認しながらフォア打ちをすれば、その日のプレーが良くなるのかもしれない。たかがフォア打ちとあなどっていてはいけない。フォア打ちにもいろいろ意味を持たせないと。

これまで私はフォア打ちというのは時間の無駄なので、できるだけ早く済ませたいと思っていた。実際の試合なら、3球ほどフォア打ちをしてすぐ試合である。フォア打ちに5分も10分も時間を割くのは時間の無駄だ…と思っていたが、果たしてそうなのだろうか?

たとえば、私は低い姿勢でいると、腰が痛くなるので、つい姿勢が高くなってしまうが、姿勢を低くする練習というのはあるのだろうか?
あるいはフォアハンドを打つときに重心を常に右から左に移す練習というのは、いつやればいいのだろうか?
ボールと体の距離や打点を常に一定にして打球できるようにする練習や、打球時に体幹から力を発生させて、それを腕に伝えるようにする練習は?

試合に近いオール形式の練習だと、どこにボールが来るか分からない中でさまざまな球質に対応しなければならないので、姿勢だの、体幹だの、下半身だのを意識する余裕がない。一方、フォア打ちという最も単純な練習なら、自分の身体の使い方だけに意識を集中することができる。ワンコースでドライブ対ブロックのような練習でもいいと思うが、フォア打ちのほうが実戦の早いピッチのプレーに感覚が近い(おそらくレベルの高い人はこれにフットワークを組み込んだ練習をするのだろう)。フォア打ちというのはボールを打って飛ばす練習というより、身体の細かい使い方の練習だと考えたほうがいいように思う。こういう練習を繰り返すことでふだん鍛えられない身体を上手に使った打球が身につき、ひいてはそれが威力の向上にもつながるのではないだろうか。
フォア打ち
フォアハンドがスゴイ!有延大夢選手のフォア打ち。
https://www.youtube.com/watch?v=19La4CjbnRs&t=57s

威力を志向するというのは、何も中陣に下がって大きなスイングで全力強打することだけでなく、前陣でコンパクトなスイングの中にもキレのあるショットを打つことも含まれるのではないか。そのようなキレのあるショットを打つためにフォア打ち等の基本練習で身体の上手な使い方を身につけるのが有効だと思われる。

威力と早さとは両立し難いと考えていたが、身体を効率的に使えば、早い中にもそこそこの威力のある打球ができるような気がしてきた。


セカセカしない――卓球の女性比率を考える

卓球の女性比率はいびつである。
社会人のクラブでは男女比率が8:2とか、9:1とか、ひどいときは全員男というところもある。なんとかこの比率を是正したいと常々思っている。

中学の部活のときは、女性比率が極端に低いとは必ずしも言えない。男女比は6:4ぐらいではないだろうか。それが高校・大学と進むにつれて男女比はどんどん開いてゆく。

以下のデータはネットで10分ほど探して見つけたもので、いいかげんなものである。どのような意図でどのような対象に調査したものか、きちんと確認していない。目安程度に考えていただきたい。


H29

運動部活等に関する実態調査報告書」によれば、中学卓球部の男女比は17.5:12.0である。大雑把に言えば5.9:4.1と言えるだろう。それが高校卓球部の男女比になると11.1:5.7となり、その差は広がっている。大雑把に言えば、6.6:3.4。
なお、卓球のライバル、バドミントンでは中学の男女比は14.8:18.3で、高校の男女比は14.3:12.3である。大雑把にいうと、それぞれ4.4:5.4と5.4:4.7である(小数点以下は適当に四捨五入)。

参考までに別のデータ(孫引きだが)にもあたってみた。「にいがたの地域活性化を応援するブログ」によると、H30年の卓球部男女比は
中学で158475人:99677人。大雑把に言うと、6:4
高校で53430人:22680人。大雑把に言うと、7:3

中学6:4 → 高校7:3(あるいは6.6:3.4)

のように男女比の差が広がっている。

大学の卓球部の人数のデータが見つからなかったので、それっぽいデータを挙げてみる。
第72回東北学生卓球選手権大会組み合わせを見ると、男子シングルスのエントリー232名、女子シングルスのエントリーが72名。大雑把に言うと75:25。
全日学(第86回全日本大学総合卓球選手権大会)関西予選のエントリーを見ると、男子シングルス386名、女子シングルス168名となっている。大雑把に言うと、70:30。
関東予選では男子シングルス551名、女子シングルス197名。大雑把に言うと74:26。

高校の部活の男女比率よりもやや進んでいると想像される。

これが社会人になると、20代~30代の女性で卓球をやっている人はガクンと減るように感じる。8:2、あるいは9:1…。どうして女性は卓球から離れていくのか。

職場の女性(中学時代卓球部所属)に話を聞いてみた。

「未経験者は娯楽としてのピンポンでも楽しめるかもしれないけれど、ある程度経験があると、ピンポンでは物足りない。だからといってフットワークを多用するような競技卓球にはついていけない。そこそこラリーが続いて、体を動かしたという達成感が欲しいけれど、社会人の卓球では『身体を動かした』という達成感を得にくい」

という意見だった。この意見がどの程度女性全体の意見を代表しているのか分からないが、テニスやバドミントンと比べて卓球には足をしっかり動かして移動する要素や大きくスイングして上半身を動かす要素が足りないのかもしれない。

いやいや、フォア側、バック側に交互にボールを送ってオールフォアで打球するようなフットワーク練習は、移動要素満載じゃないか、という反論があるかもしれないが、卓球でそれをやると、ボールが早すぎて、全力で走り回らなければならない。スイングを大きくして力いっぱい打てば、なおさら返ってくるボールが早くなる。

喩えて言えば、大人になって、運動不足解消の手段としてジョギングやトレッキングなどに取り組む人は多いが、100m走や400m走は遠慮したいという心理に似ているのではないだろうか。カットマンに憧れる女性が多いのも同じ理由かもしれない。

そういう必死に取り組むスポーツじゃなくて、テニスやバドミントンのように娯楽としてゆっくりしたプレーをする場合でも、そこそこ身体が動かせるというのを若い女性は求めているのだと思われる(もちろん、競技としてのテニスやバドミントンの運動量は卓球にまさるとも劣らないと思うが)

卓球から若い女性が離れていく原因を私なりに推量してみると、卓球はプレーが忙しすぎるという理由ではないかと思う。卓球も、あまりセカセカしないで、身体を動かす達成感が感じられるような工夫が必要だと思われる。せっかくラージボールがあるのだから、若い女性にもっとアピールしてほしいと思う。


もう一つの「戻り」――岡田崚選手の卓球論から

ツッツキの練習を続けていて、気づいたことがある。

私のプレーの中で、ツッツキのあとの戻りが最も遅いということである。それに気づかせてくれたのが下の動画である。


MurajiLab. feat岡田選手 6限目 戻るってどういうこと?

「戻り」とは何か?

そのような問いかけから始まるこの動画は、私にとって多くのことを教えてくれた。
打法を説く動画はたくさんあるが、これほど卓球の本質に迫った動画というのは多くないように思う。

岡田選手は自分の打球が相手コートにバウンドしたときには自分は「ニュートラル」の状態になければならないとする。岡田選手は「ニュートラル」と「戻る」を定義し直しており、その定義は難しくて、動画を一度見ただけではなかなか頭に入ってこなかった。

戻りというと、一般的?には体の前に両手を待機させ、すぐに次の動作に移れる状態のことだと思われるが、岡田選手は異なる視点で戻りをとらえなおす。

一般的な「戻り」
一般的に考えられている1打球後の「戻り」の状態

自分の打球から、次の打球までを岡田選手の定義で考えると以下のようになると思われる。( )内は従来の定義。

「フォワードスイング」
→「インパクト」
→「フォロースルー」
→「ニュートラル」(戻りの途中)
→「ニュートラル」(戻り完了・上の写真の状態)
→「ニュートラル」(バックスイング)
→「戻り」完了(バックスイング完了)
→「次の自分のフォワードスイング」

「ニュートラル」というのは、従来の定義で言う、戻りやバックスイングなどを含む概念である。
「ニュートラル」とは、意識が自分の打球から解放されている状態――いつでもフォアかバックに引ける状態ということなので、おそらく「フォワードスイング→インパクト→フォロースルー」以外の全ての状態を指していると思われる。打球(インパクト)というのは一瞬なので、より単純化すれば卓球のスイングというのは

「フォワードスイング+フォロースルー(含インパクト)」/「ニュートラル」

の2つの相に分かれると考えたほうがよい。

「フォワードスイング+フォロースルー」中は、意識がそれに集中していて、他のことができないのに対して「ニュートラル」のときは、フォアにもバックにも意識が対応できるので、時間がある程度長くても大丈夫である。ただ、いつまでも「ニュートラル」の状態に留まっているのは危険である。

相手がスピードの遅いループドライブを打ってきた場面を想像してみよう。

自分が打球して、フォロースルーを終えて、すぐに「ニュートラル」の状態に入ったとする。相手は打点を落としてゆっくりしたループドライブをフォア側に打ってきた。それを察するとすぐにこちらはフォアでブロックやカウンターを打つ姿勢に入り、バックスイングを引き、「戻り」が完了する。

このように相手の打球が遅い場合は「ニュートラル」の状態でしばらく待つことになる。が、相手のボールがどこに来るかがほぼ特定できたなら、速やかに「戻り」(バックスイングを引いていつでも打球できる状態)に移らなければならない。

岡田選手は下の体勢で戻りが完了していると考える人が多いと指摘している。
一般的な「戻り」

この姿勢のまま「もう安心」と相手からのボールを待ってしまうと、時間を大きくロスすることになる。相手のボールを待つなら、この状態からさらにバックスイングを引いて、いつでも打球できる「戻り」を完了させておかなければならない。

岡田選手の卓球理論は、ボールが相手コートに着地する時点までには「ニュートラル」でいなければならないという明確な基準を示してくれたことで、一般層のプレーヤーにとって非常に有益であると思われる。

なぜ有益かというと、この理論を使えば、自分がどこで間に合っていないかが分かるからである。

多くの初中級者は戻りが遅い。しかしどのへんで時間をロスしているかというのは自分ではなかなか気づかないものだ。私の場合は自分の打球が相手コートにバウンドした音を聞いてから、俄に我に返ったように動き始めるが、それではいけない。自分の打球の音を聞く前にフォロースルーから意識が自由になっていなければならない。さらにその意識の自由に甘んじているだけでなく、相手の打球に応じて速やかに「戻り」に移らなければならない。前記事「キュー(CUE)」で私は相手のボールが自コートにバウンドしてからバックスイングを引く癖があると述べたが、これを岡田氏の理論に当てはめると「ニュートラル」のまま安心してしまい、「戻り」に入るのが遅れているということだったのである。

なお、『卓球王国』20年2月号の中澤鋭氏の連載「「脱・手打ち」のスイング改造術」では、「戻り」を、打球後に重心が左右のどちらにも偏らず、身体の中心にある状態と定義している。こちらも非常に有益な連載なので、一読を勧めたい。



裏面の角度が分からなくなった

「兄さんは今日の次は当たり前のように明日が来るって思ってるでしょ。
今週の次は来週。今月の次は来月。今年の次は来年。私にはそれがないの。
今日、眠ったら明日は目覚めないかもしれない。…」

takako

ある日、当たり前のことが当たり前でなくなることがある。

今まで当たり前に出していた下回転サーブが急に入らなくなったり、ブロックがちっとも止まらなくなったり。

私の場合は、急に裏面の使い方が分からなくなった。今まで無意識にできていた裏面が最近ちっとも入らない。下回転を持ち上げられる自信がない。力が伝わっている感触もない。いったいどうしたらいいのだろう?

しかし、このような状況は自分のプレーを見直すいいチャンスだと肯定的に捉えたい。下回転サーブが入らなくなったとき、今まで意識していなかった打球ポイントを意識するようになり、それまでよりもずっと下回転サーブが切れるようになった。ブロックも自エンドでバウンドしてからの距離を見直すことによって前よりも安定して入るようになった。

今度は自分の裏面バックハンドを見直すいい機会が訪れたのだと思う。

上手な人のバックハンドをいろいろ観察して分かったことがある。上手な人のバックハンドは見ていてミスする気がしない。いかにも入りそうな打ち方をしている。それがどういう打ち方なのかというと、あまり摩擦に頼っていないのである。

インターハイに出ている選手のバックハンド(シェークだが)を観察してみると、高い打点でボールに対して後ろ(対下回転)からしっかり当てているように見える。たとえ振らなくてもそのまま当てるだけでボールが入りそうな角度である。私の裏面と比べて面がかなり立っている。その角度から当てながらこすっている感じである。まったくボールが落ちる気配がない。

一方、あまり上手じゃない人(=私)のバックハンドはボールに対してかなり面を寝かせていて、摩擦の力で上にこすり上げている感じである。こすらず、そのまま当てたら、ななめ下に落ちてしまう不安定な角度である。しっかりと体を使って力を込めて振れば、摩擦の力だけでも回転のよくかかった低いショットが打てるのだが、少しでもタイミングがずれるとネットに直撃である。

まずはボールの後ろをしっかり捉えて打たなければと思った。

面をあまり寝かせずに当てると、小さなスイングでも下回転が持ち上がる。ボールの後ろを捉えて、上方向ではなく、横方向に振るのが安定するコツなのではないか、と今のところ考えている。

シェークのバックハンドは面の角度を見失いにくいと思う。シェークのバックハンドの面は(偏ったグリップでなければ)手の甲の角度とほぼ同じだから、ボールに対して手の甲を当てるような感じで面の角度を作ったらいいと思う。しかし、ペンの場合はそのような角度のガイドとなるものがない。それでペンの裏面を打つときは面の角度を見失ってしまい、ボールに対して面が寝すぎていたり、ボールの左側を取りすぎて、自分が思っているよりも右にボールを飛ばしてしまったりする。ペンでも角度を作る際のガイドとなるものがあればいいのだが…いや、ある!グリップのレンズである。

grip lens
最近は右の細長いタイプのレンズがはやりだが、私は左の丸っこいレンズのほうが好みだ

グリップのレンズをボールの後ろに当てるような角度で面を作ればおのずからラケット面もボールの正面をとらえることができる。ついつい面を寝かせすぎてしまっていたり、面が右を向きすぎてしまっていたりするときに、このレンズの向いている方向を思い出せば、角度を補正することができる。

グリップレンズがまるで目のように私のラケット面を監視してくれているようで頼もしい。

evileye

用途は違うが、トルコ土産にもらったことがあるイーブルアイにどこか通じるものがある。

以上、グリップレンズの向きをガイドにして面の角度を作ってみるというアイディアである。

「ドコデモ」って何だろう?――新しい卓球ビジネス

この間、久しぶりにツイッターを見ていたら、「ドコデモ」というサービスの予告があった。

dokodemo

スカイプを使って、Liliの村田コーチをはじめとした卓球のコーチが私たちのプレーの問題点を指摘してくれて、指導、練習方法の指南などをしてくれるらしい。

この試みが成功したら、卓球界の大事件になるのではないだろうか。

全日本に出るほどの実力を持っているが、卓球関係の仕事に就けない人たちが卓球である程度の収入が得られるのである。そんなレベルでなくとも、今まで卓球に全てを捧げてきて、卓球がアイデンティティとなっている人が卓球で食べていけるということが現実になったら…、これは日本卓球がロンドンオリンピックで銀メダルを獲得したぐらいの大きな事件になると思う。このような流れができれば、卓球界に勢いが出て、20代で卓球をやめるという人は確実に減るだろう。

この試みが成功することを祈ってやまない。

ただ、本業にはできないように思う。副業の一つという位置づけだろう。

このサービスはどういう人にとって有益なのだろうか。

・長年卓球を続けているが、上達を実感できない人
・地方に住んでいて、近くに卓球の指導者がいない人
・指導者に習っているが、セカンドオピニオンを聞きたい人
・部活などで勝率を上げたい人
・指導者を目指している人

というのがターゲットかなと思う。逆に次のような人には関係のないサービスだろう。

・健康卓球、あるいは交流メインの卓球をしている人
・近くに卓球教室などがあって、信頼できる指導者のいる人

コーチ側からすれば、指導するために卓球場のようなところで実演しなければならないし、場合によっては相手も必要である。それなりの手間と集中力を割いて指導をするのだから、その対価として月に20万ぐらいは稼げないと意味がない。1日に1万ぐらいは稼げないとダメだ。となると、1時間で最低でも3000円ぐらいは払ってもらい、1日に最低でも3人の客がいなければならないということになる。専門知識・技術のある人が時給2000円とかでは安すぎる。

1時間で3000円払うとなると、大半の客は社会人(あるいはリタイアした年配者)だろう。

リタイアした年配者だと、スカイプでのやりとりというのが大きな障害となる。レッスンを申し込んではみたものの、機器がうまく使えず、キャンセルするということにもなりかねない。なお、wifiが使えない環境なら、スカイプでビデオ通話をすると1時間あたり約200~300MBかかるそうである。

ある程度ITを扱えて、3000円ほどの出費が苦にならない人が全国にどのぐらいいるだろうか?最低でも毎月70人は利用してもらわないと困る。都道府県一つに月1~2人利用者がいれば大丈夫だが、それが毎月となると、難しくなってくる。実際に「治療(練習)」できるのではなく、自分のプレーの問題点を「診察」してもらうだけなので、毎月利用する人は少なくて、半年に1度ぐらいの利用が大半かもしれない。今の時点で競合する他の事業主がいなければ問題ないが、このモデルに追随して、あちこちに同じようなサービスができてくると、月70人の利用が難しくなってくる。

リピーターがたくさんできて、「かかりつけのお医者さん」的な感じで頻繁に利用してくれる顧客をたくさん作ることが課題なのかなと思う。しかし、そうすると、単に技術の指導だけでなく、人間的な付き合いも求められるだろう。お得意さんの名前や特徴も頭に入れておかなければならないし、それらの客の「カルテ」も作らなければならない。時には客の興味のない話にも付き合わなければならないだろうし、偉そうな態度を取る客にも笑顔で接しなければならない。

スタディサプリのようなインターネットの学習サービスのように不特定多数に動画を提供するだけで済めば楽なのだが、「ドコデモ」のようなサービスだと、どうしても一人ひとりに対応しなければならないので手がかかる。

顧客にしてみれば、ネット越しの付き合いだけだと物足りないので、オフ会のようなことも定期的に行ってほしいと思うだろう。そう考えると、楽な事業じゃないと思う。というか、地域密着型で地方の卓球教室のコーチが定期的な出張講習会などを前提とした、オンライン指導という位置づけなのかもしれない。

Tリーグの観客動員数が1戦あたり1000人ほどだという(おそらく実際はもう少し少ないだろう)。その一方で「13時間卓球」では1開催あたり200人ほどの参加者がいるのだという(これも場所によって増減が激しいと思うが)。コスパで言えば「13時間卓球」は圧倒的である。一流の選手のプレーを観戦するイベントよりも、参加型のイベントの需要のほうがはるかに高いと感じる。ネットでの指導というのも、参加型のイベントと抱き合わせればうまくいくのではないだろうか。

そしてもう一つの解決策は、できるかどうか分からないが、個人ではなく、法人を顧客にすることである。具体的には学校の部活を取り込むことだと思う。全国の中学や高校などと提携して、ネット上の外部コーチになるのである。やる気はあるのに指導者がいないという中高は非常に多い(おそらく9割以上)はずである。これならまとまった固定客が確保できて、安定した収入と安定した指導が両立できる。

あるいは大学のサークルや企業の卓球部の外部コーチをさせてもらうのはより現実的だと思う。有名な指導者が毎週自分たちの練習を見て、アドバイスや練習メニューを作ってくれるなら、かなり需要があるだろう。

このサービスはまだまだ道は険しそうだが、なんとか軌道に乗ってほしいと思っている。

イメージを持ったサーブ練習

「現代卓球はバックハンドのラリーを起点にして展開し、フォアハンドで決めるのが主流だ」

などと言われる(おそらくかなり高いレベルの話だと思うが)。ということは、いくらフォアハンドを磨いても、バックハンドの質が低ければ、攻めさせてもらえず、フォアハンドの出る幕がないということになる。フォアハンドを磨くよりも、バックハンドを磨くほうが先決であるにちがいない。
しかし、卓球はバックハンドに至る前にサーブやレシーブの段階があり、そこの質が低ければ、こちらのサーブは一発で打ち抜かれてしまうし、こちらのレシーブは3球目攻撃の絶好のチャンスとなってしまう。私のようなレベルでは、バックハンドを磨く前にまずサーブとレシーブを磨かなければならない。

まずはサーブである。こちらのサーブに対して相手が少し迷ってくれたり、攻撃的なレシーブができなかったりすれば、試合はかなり優位になる。まずはサーブを磨かなければならない。

その場面で、どんな狙いで、どんなサービスを出すのか、フォームやコース、長さなど、こと細かに想像して練習すれば、30分練習したとして出せるサービスはせいぜい数十球だと思います。しかし、そこまでイメージして取り組んだのなら、10球に1球でも自分で納得の行くサービスが出せれば、何も考えずに何百球もサービスを出すよりもはるかに効果があります。
「幻惑の縦回転SV〈後編〉」『卓球王国』2019-10

そうだよなぁ…。単にたくさんサーブ練習するだけじゃダメだよなぁ。

私は食べ放題とかが大好きだが、女性は少量で手のこんだ料理を好む傾向が強い。多少雑に作られた料理でも、お腹が一杯になるならそれで私は満足である。いくら凝った料理でも、少量で同じ値段なら願い下げである。

という延長で上の楊氏の説明を読むと、がむしゃらに練習するよりも、少しだけ練習するほうがいいと誤解してしまいがちだが、楊氏が言っているのは「こと細かに想像して練習」することなのである。単に練習量を減らせと言っているわけではない。果たして私は練習時にイメージを持って練習しているだろうか。おそらくほとんどできていない。ボールを打つこと自体が楽しくて、イメージなど脳裏から消え去っている。たとえばワンコースでドライブを打つ練習にしても、ただ打つだけでなく、理想のイメージを持って練習しなければ意味がないということなのである。

上手な人の切れているサーブは「オレにさわるとヤケドするぜ」的な雰囲気をもってグングン迫ってくる。それでも台から出るサーブなら、ドライブすればそこそこのボールを返球できそうだが、上手なサーブはコースや軌道もちょうど台に収まるように低く迫ってくる。それでしかたなくツッツキなどをすると、相手にドカンと打たれてしまうわけだ。私だってよく「サーブが切れている」と言われるので、回転量ならそこそこあると自負しているが、高さや速さ、軌道となると、全く無頓着である。こういう細かいことまで気をつかって練習しないと、いつまでたっても上達しない。

今までサーブ練習は、何も考えず5秒に1本ぐらいのピッチで出していたが、これからはサーブの長さや軌道などをイメージして30秒に1本ぐらいのピッチで出してみようと思う。

Liam SVpractice
もしかしたらサーブのイメージを補強するために台の上に何か置いたほうがいいのかもしれない。

一方で、平野友樹選手のサーブ練習は「切り方や感覚をつかむため」だけの練習だったという。
コントロールや軌道のイメージなどは、対人でないと効果が薄いという考え方のようである。

https://www.youtube.com/watch?v=s8miK5UogTA

戸上次第、宇田次第――全日本卓球2020観戦記

私の周りにOさんというとんでもない「卓球」をする人がいる。
バックへのロングサーブに対してはバックドライブ強打、ショートサーブに対してはチキータ、こちらがドライブ強打を打てば、フォア、バックに関わらず、カウンター。とにかくどんな厳しいボールでも全部打ってくる。しかしOさんは初中級者なので、ほとんどのショットはミス。それどころか成功率は2割以下である。

「いいかげんにせいよ。そんな卓球あるか!」

と言いたいところだが、そんな卓球が実際にあるということを今日、全日本卓球で見せつけられた。

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大阪開催の全日本卓球2020最終日を観戦してきた。

最終日は男女シングルス準決勝の4試合と、男女シングルス決勝2試合の計6試合が行われた。
たった6試合では物足りない。土曜日なら男女シングルス準々決勝の8試合と、男女ダブルス6試合の計14試合あるからお得だと思う人も多いだろうが、私は6試合も観戦したら、もうお腹いっぱいである。ずっとパイプ椅子に座りっぱなしなので、お尻は痛くなるし、2台同時進行だと目移りして試合にに集中できないし、最終日でよかったと思っている。試合を観るのも楽じゃない。

準決勝に進出したのは

男子:張本智和選手、戸上隼輔選手、吉田雅己選手、宇田幸矢選手
女子:伊藤美誠選手、早田ひな選手、石川佳純選手、橋本帆乃香選手

だった。

その中で注目の一戦は張本選手対戸上選手の準決勝だった。
張本選手の鎧袖一触かと思いきや、結果は全く反対だった。戸上選手のボールがとんでもなく速い。速いだけでなく3本も4本も連打できる。世界の第一線で活躍中の張本選手が最終的に打ち抜かれてしまうほどの威力なのである。バックハンドの強さに定評のある張本選手が、バック対バックのラリーで押されている。張本選手がバックで強打すれば、普通の選手は一発で打ち抜かれるか、せいぜいブロックでなんとか返球するのがやっとだろう。しかし戸上選手はそんな鋭いボールに対してもカウンターで応じ、張本選手のバックハンドに打ち負けない、というより張本選手のほうが次第に劣勢になっていく。とんでもないレベルのラリーが続く。バック対バックの途中で「ヤマを張ってるんじゃないか」と思うほど早い回り込みでフォア強打カウンター。張本選手がフォアに振っても戸上選手は素早いフットワークでフォアカウンター。ブロックなんてしたのだろうか?と思わせるほど戸上選手が守備的な技術を使った印象は薄い。戸上選手が前後左右に動き回り、常に主導権を握り、先手を取って攻撃。そのすさまじいスピードのボールに対して張本選手は返球するだけで精一杯である。試合を通じて張本選手がきれいに打ち抜いたボールは4~5球程度ではないか。張本選手の得点源の大部分は「拾う得点」(前記事「失点を拾うか…」)だったように思う。ほとんどのボールは戸上選手が攻撃し、ミスがなければ戸上選手の得点、ミスが出れば張本選手の得点、という試合だった。張本選手は攻めに行かず、なんとか厳しい返球をして戸上選手のミスを待つという形――試合巧者のベテランが自分のミスを極力減らし、相手のミスで勝利するという戦術に見えた。

ラリー力では戸上選手が一枚うわてなので、張本選手はストップなどの小さな展開で優位に立ちたいところだが、戸上選手は台上も冴えていた。張本選手のショートサーブに対してはチキータや深いツッツキ、それを少しでも浮かせてしまうと戸上選手のフォアフリック強打や台上バックドライブが待っている。とにかくなんでも打ってくる。そしてそれがかなりの確率で入ってくる。

どうやっても張本選手は主導権を握れない。張本選手が試合に勝てるかどうかは戸上選手のミス次第なのである。

結局、フルセット9点で張本選手がギリギリ勝利したが、もし戸上選手のミスがもう少し少なければ、負けたのは張本選手だったかもしれない。まぁ、私程度のプレーヤーの見立てなので、どれだけ的を射ているか分からない。張本選手も顔がずいぶん赤かったので、体調不良だったのかもしれないし。

togami
どこかものさみしげな戸上選手の背中

とんでもない高校生が出てきたものだ。丹羽選手がストレートで負けるのもむべなるかな。

続く決勝は戸上選手のライバル、宇田選手。宇田選手も戸上選手と同様、超攻撃卓球で、試合を通して主導権を張本選手に渡さなかったように思う。そして戸上選手よりもミスが少なかったのか、張本選手にフルセット9点で勝利した。

女子では伊藤美誠、平野美宇、早田ひなの3選手が切磋琢磨しているが、男子でも張本、戸上、宇田の高校生トリオがこれからの日本男子卓球をリードしてくれそうな気配である。今の男子日本代表もウカウカしていられない。この3人には、もしかしたら中国を倒してくれるのではないかと期待させる頼もしさがある。

以上、本日の観戦の感想を簡単に述べたが、女子卓球も非常に興味深かった。橋本帆乃香選手の前半の攻撃的な姿勢は、女子カットマンの既成概念を打ち壊すような新鮮さがあった。女子も若手が次々と現れて頼もしい。

全日本が来年も大阪開催ならぜひまた観戦したいと思う。

「孤独力」――自分と向き合う

保育園で子供たちがいっしょに遊んでいるすぐ横で、一人、熱心におもちゃで遊んでいる子供がいる。
もし自分の子がこんなふうにみんなの輪に入らず、一人遊びをしていたら、親としては心配にならないだろうか。

「うちの子は協調性がない」

「はみご(仲間外れ)にされているのではないか」

孤独力

しかし、こういう行為は子供の発達に必要不可欠なステップなのだという(『「友だちいない」は“恥ずかしい”のか』より)。なぜなら、子供というものは何かに取り組んで、うまく行かないとすぐに飽きて、投げ出してしまうものである。だが、あるとき、どうしても気になることがあり――たとえばパズルをどうしても完成させられない、3つぐらいのはまらないピースができてしまうといった場合、いつもなら飽きて投げ出してしまうところを、どうしても完成させたいと、友達の輪にも加わらず、一人で黙々といろいろな可能性を試してみる。何度もやりかけのパズルを壊して、やり直してみたり、細部に注目して、自分がミスを犯していないか一つ一つ点検してみたり。こんな時の集中力は大人顔負けである。試行錯誤の末についにパズルを完成させたとき、その子は階段を一つ上がり、幼児から児童へと近づいていく。

みんなといっしょだと、どうしても集中できないことがある。一人になって自分と向き合い、じっくり考えてみるということは、子供にはもちろん、大人にも必要な時間である。といっても、一人になれば自分に向き合えるというわけではない。最近は情報が手軽に手に入りすぎて、一人になっても、自分に向き合える時間が少なくなっている。一人になってツイッターやyoutube を見ているならば、それは自分に向き合っているとは言いがたい。周りに人がいてもケータイを片時も手放せない若者も少なくない(「スマホは負け組の吹き溜まり」)。

自分の卓球が行き詰まっているとき、情報を遮断して一人卓球についてじっくり考えてみるのが案外上達の捷径なのかもしれない。

自分のプレーがうまくいかないときは、ひとつ前に自分が送ったボールに原因があるということを私はダブルスから学んだ。

自分に攻撃がうまくいかないなら、攻撃の前の台上に問題があるはずである。

今までなら、できるだけ多くの球を打ち、体で覚えるというやり方によって問題を解決しようとしていたが、最近は実際にボールを打たなくても、上手な人のプレーを観察しつつ、自分のプレーとどう違うのかを考えられるようになった。これもある意味成長なのかなと思う。

明日は全日本卓球選手権の最終日である。去年はいろいろな事情で見に行けなかったが、今年は見に行けそうだ。一番良い席――アリーナ席を確保してある。9時開場で10時に競技スタート。9時からは選手たちの練習を間近で見ることができるだろうか。10時から女子の準決勝である。

今年の全日本も波乱があった。

まさか丹羽選手が戸上選手にストレート負けとは。橋本帆乃香選手と吉田雅己選手の準決勝進出も意外だった。

関西の卓球ファンのみなさん、明日は大いに試合を盛り上げましょう!

用具の「性能」とは

年末にインフルエンザに罹ってしまい、ずっと床に臥せっていたのだが、手持ち無沙汰だったので、youtubeで卓球の動画をいろいろ見ていた。
知らない間にいろいろな人気卓球チャンネルができていたことに驚いた。

その中で、年末に私を大いに楽しませてくれたチャンネルに大阪発の「ごぶりんずTV」というのがある。
メンバーはみんな(?)全国レベルの上級者の若者で、とんでもなく上手い。



そのうちの一人、ヤンマ氏がいろいろなラバーを試打してその「性能」を点数化するという企画の動画を見て、ラバーの「性能」について考えさせられた。

yamma

試打するラバーは
「ラクザX」「ラクザ7」「V15エキストラ」「V15スティフ」「スーパーヴェンタス」「ファスタークG1」「ファスタークP1」「ラザンターR47」「ハイブリッドK1J」「エボリューション」

どれもZX-GEAR INというラケットに貼ってある。



私はこのうち、「ハイブリッドK1J」「エボリューション」以外は「試打」したことがある。ラクザやスティフ、ファスタークなら数週間(といっても週1の練習だが)以上使ったこともある。

ファスタークG1だけ、私には硬すぎて違和感があったが、それ以外はみんな使いやすい良いラバーだと感じた。スピードも出るし、しっかり回転もかかる。程よい硬さで打球感も良い。これらのラバーに私が点数をつけるとしたら、5点中、5点である。各ラバーの個性?う~ん…よく分からない。どれも大差ないと感じる。

私の「試打」というのは、ちゃんとボールが入るかどうかというのが最も重要で、それ以外のボールのスピードや回転性能などは高ければ高いに越したことはないが、必須条件ではなく、「おまけ」という位置づけである。

しかし、ヤンマ氏の場合は違った。凄まじいスピードのボールをバシバシと連打している。これが全国レベルか…ボールの質が高い。

bekkaku

sugosugi

ヤンマ氏のショットは非常にシビアなタイミングと強いインパクトで放たれているので、ラバーのほんのわずかな違和感が即ミスにつながる。もしミスしないで入れることを優先したら、本来のスピードや回転が大きく損なわれてしまうのである。

全力のカウンターが目に見えないほどのスピードで這うように台上を滑っていく。こんなショットが半分以上の確率で入るなら、私はこのラバーに忠誠を誓うだろう。
しかし、ヤンマ氏は納得できない表情で小首をかしげている。このラバーに全く満足していないようだ。

「絶対無理や」

絶対無理

こんなすさまじいショットが打てるラバーでも、ヤンマ氏にとっては実戦での使用に堪えないらしい。

われわれ中級者層の「良いラバー」と全国レベルのプレーヤーの「良いラバー」というのは、もしかしたら全く違うものなのではないだろうか?中級者層の要求も上級者層の要求も広くカバーする万能ラバーというのもあるのかもしれないが、中級者層に使いやすいラバーが上級者層に使いやすいとは限らないし、逆もまたしかり。そう考えると、ラバーの良し悪しというのは一体なんなのだろうか?

ヤンマ氏の試打ではスーパーヴェンタスとK1Jが高評価だったが、おそらく全国レベルの上級者が「ここが違う」と評価する部分というのは、ラバーの限界性能の部分で評価しているのであって、中級者以下の人たちはその違いを体感できる、ラバーの性能の限界に近いショットなど打てないのではないか。

そう考えると、評価の高いシューズというのも、森園選手や神選手のようなフットワークのいい選手が限界ギリギリまでシューズに負荷を与えたときにはじめて性能の違いがあらわれるのであって、一般層ではどのシューズでも大差ないということになる。

ラケットでも中陣より後ろから豪快なショットを打てる選手なら違いを感じることができても、ほぼ前陣でプレーする選手には、性能の違いというのは感じることができないということもあるのかもしれない。

用具の性能の違いというのは、結局のところ、限界近くまで性能を引き出せるような力のある人でなければ意味がないということにならないだろうか?

用具レビューというのはどのレベルを対象にして、どんな基準で評価するのかというのを考慮しなければならないので、非常に難しいと感じた。

stiff
V15スティフを私は実際に使ってみて非常に満足し、リピートしたが、ヤンマ氏の評価は最低レベルである。


ヒッコシカクメイ
大阪の電車で見つけた吊り革広告。おもしろい。
 

軸を作る――新年の抱負

「フォアドライブを軸にしてポイントを組み立てる」

のようなことをよく聞く。自分の得意技術をポイントの要として、それが打てるようにサーブやレシーブを工夫するということである。私が試合の時、なんとなく負けてしまうのは自分の展開というのがなく、行きあたりばったりで試合をしているからなのだと思う。私も自分の卓球の軸を作ろうと思う。

私の中で比較的得意な技術というと、フォアドライブかもしれない。しかし、フォアドライブを軸にしてポイントを組み立てるとなると、どうしても避けられないのがフットワークである。私はフットワークには自信がない。しかも、フォアドライブを軸にするとなると、かなり綿密なコース取りが要求されるだろう(前記事「やっぱりそうだった」)。こちらがフォアドライブで決めたいと思っていれば、あるいはフォアドライブで得点ができているならば、相手は絶対にフォアを打たせまいとしてストップをしてきたり、バックばかり狙ってきたりするに決まっている。そのような困難を跳ね返してフォアドライブを打つには相当な工夫が要求されるわけだ。

フォアドライブはやめだ、難しすぎる。バックドライブならどうだろうか?フォアドライブよりもバックドライブのほうが打つチャンスは多いはずである。ただ、私はあまりバックドライブが得意ではない。裏面が打てるとはいえ、シェークのバックハンドと比べると、ペンのバックハンドはシェークほどの対応力も威力もない。

ツッツキを軸にするというのはペンらしくていいかもしれない。もちろんツッツキだけでは打たれてしまうので、ツッツキとストップの合わせ技というのがよさそうだ。ツッツキやストップなら地味だし、相手もあまり警戒しないにちがいない。フォア側かバック側かどちらに来るかギリギリまで分からず、台から出るかどうかも分かりにくいとなると、相手にとってかなり驚異になるはずである。

ただ、これも私はあまり得意な技術ではない…。しかしそんなことを言っていたら、私の得意な技術は何もないということになってしまうので、ツッツキとストップを今年は磨くことにしよう。

ペンのツッツキ

ストップが上手にできるようになったら、相手はツッツキで返してくるだろう。すると次はフォアドライブでしっかり打てるようにならなければならないだろう。回り込みが間に合わない場合はバックドライブで打たなければならないかもしれない。
あるいは鋭いツッツキが打てるようになったら、相手はループドライブで持ち上げてくるだろう。そうすると、ブロックやカウンターを磨かなければならなくなる。

ということは、結局全ての技術をまんべんなく磨かなければならないということになってきそうだ。

そうかぁ。結局どれもできなければならないんだなぁ。とはいえ、やはりプレーの軸というべきものを持っていると、自分の技術をどのように使えばいいか具体的なイメージができるので、軸となる技術を作っておくのは間違いではないと思う。

平成末年から令和元年を振り返る――拙ブログの今年一年の軌跡

昨日まではひどい寒気と頭痛に襲われて、床に臥せっていたが、ようやく起き上がれるようになった。正月休みだと気が緩んだせいだろうか。風邪を引くなんて1年ぶりぐらいである。私は昭和の人間なので風邪ぐらいではもちろん病院には行かない。自分の免疫力で治すのである。なぜか分からないが、体の節々が痛い…。

そうして今年も残すところあとわずか。

今年1年で私の卓球に対する意識はどの程度進歩しただろうか。去年の年末には「卓球ポートフォリオ」という振り返り記事を書いたのだが、過去の記事に目を通すのは予想外にめんどくさかった。あまり気が進まないが、やはりこの1年でどんなことを考えたり、知ったりしたのか、改めて振り返っておくべきだろう。最近、物忘れがひどくて、同じような内容の記事を繰り返し書いてしまうことがあるので、備忘録的な意味もある。

数えてみると、寄稿を含めて2019年に66本の記事を公開している。この記事で67本目である。
以下に私の卓球意識の変遷に影響したと思われる記事を時系列順に並べていきたい。

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1月
小首をかしげて
顔をインパクトに近づけてサーブを出すとカドらない。

感覚を聞く
とにかくたくさんボールを打つという量的な練習から、1球1球神経を集中させて味わって打球すると、今まで気づかなかったことに気づけるかもしれない。

ここじゃないどこかへ
動くのが楽しいと自己暗示をかけ、動きたくてたまらないという気分にしておいた上で足を動かすと、効率よく動けるのではないか。

2月
○球目にご用心
サーブ時なら1球目、レシーブ時なら2球目の打球直後に神経を集中させることが大切。

アクセルかブレーキか
体重移動時に踏み込みが強すぎると、戻りが遅くなる。

それってyoutubeの見過ぎだよ
プロの選手が当たり前のようにやっていることを一般層も当たり前のことだなどと思ってはいけない。

3月
手首・肘・肩 支点のバックドライブ
釣り竿を振るように手首を支点にしてBDを振ると、軽い力で安定したドライブが打てる。

いいドライブは呼吸している
ドライブ時に足裏で床を蹴るようにしてドライブを打つと良いドライブが打てる。

ラバー・ペンシル・イリュージョン
指に力を入れないことによってラケットを素早く振れる。


4月
神巧也選手の前後のフットワーク
打球と次の一歩を同時に出すと、素早いフットワークができる。

卓球における質の高さ
ボールの質ばかりでなく、フットワークの質や戦術の質を高めることも大切。


5月
リソース不足
動きながら質の高いボールを打つには、上半身か下半身のどちらかを無意識に行えるようにしたい。

カウンターだよ、卓球は
カウンターの意識を常に持っていれば、反応が早くなる。

6月
回り込みと体の向き
回り込みは横に移動するのではなく、まず横を向いてから、後ろに下がると素早く回れる。

ズンチャッチャ
「打球」→「移動」→「移動」の三拍子を心がければフットワークが安定するか。

ライトウェイト卓球
台から離れて大きく動いて強打を放つ、ハイパフォーマンス卓球ではなく、前陣で軽やかに軽打を放つライトウェイト卓球を目指したい。

バイバイの動き
手首に力を入れなければラケットが速く動き、サービスも切れる。

難しいボール
中級者にはあまり難しくないつもりのショットでも、上級者にはリスクの高いショットである場合がある。中級者と上級者は「難しい」の基準が違う。

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以上、駆け足で今年前半期を振り返ってみたが、大切なことなのにすっかり忘れていたこともいくつかあった。

2月の「それってyoutubeの見過ぎだよ」、6月の「難しいボール」と、似たような主題で記事を書いている。さらに今月にもこれらと同じような記事を公開している。私の卓球人生においてこの事実は元号が変わるぐらいの画期的な発見だったのだと思う。卓球歴累計20年ほどにしてようやく気づいた上級者への道(すでに手遅れかもしれないが)。このことに気づかなければ、私の上達のスピードはもっと遅くなっていたことだろう。

なんだか頭が痛くなってきたので、今晩は無理をせずに休むことにしたい。続きはまた明日。

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【続き】

7月
ブレードのどの辺で回転をかけるか
ブレードの先端のほうから斜め方向にボールを通す意識でドライブをかけると、安定する。


8月
やっぱりそうだった
卓球レベルの段階を3つに分けてみた。
レベル1(初中級レベル)はボールを正しく打てるかどうかのレベル
レベル2(中上級レベル)は打球と打球をつなげられるかどうかのレベル
レベル3(上級レベル以上)は戦術と駆け引きが中心のレベル

足で打つとは
フットワーク練習は、足を速く動かす練習だけでなく、相手の動きを確認し、次の自分の動き出しを早くする練習も兼ねている。

フォアハンドを振り切るには
アープのサンプル動画を見て、自分なりに解釈。おそらく体の向きが大切で、背中と肘を直線で結ぶように意識すると、フォアハンドを振り切れるか。

自分の持ち味
腕に利き腕があるように、体のあらゆる部位にドミナントがあり、自分のドミナントがどちらかを知れば、自分の持ち味を活かせるプレーができる。


9月
エネルギーの方向性
下回転を持ち上げるにはスイングスピードを上げるより、ボールの触る位置を変えたほうが簡単である。また体の中心に向かって体を「圧縮」させる意識で体を回転させるとスイングスピードが速くなる。

感覚を閉じる
視覚に充てるリソースを他の感覚に振り分けることによって聴覚や筋感覚が鋭敏になる。そうすることによって自分がどの筋肉を使って打球しているかが分かる。

安定したツッツキ
ツッツキを上から振り下ろさず、下からしゃくるように打てばツッツキが安定する。

動作の楽しみ
体を動かすことは面倒なことではなく、むしろ楽しいこと。


10月
節制は勝利のもと
自分の全力で打つのはやめて、マージンのある卓球を基本とすべきである。

足惜しみ
フットワークでは感覚を研ぎ澄まし、足を動かそうという姿勢を保つべきである。

インソールの穴
踏ん張らないほうがフットワークが速くなる。


11月
CUE
無意識に不合理な癖にとらわれてプレーしている場合もあるので、それに自分で気づけるようにしたい。

ツッツキのバリエーション
ツッツキを細かく打ち分けることが大切

止まって打つとは
打球のインパクトと右足の踏み込みを同時に行うようにすると安定する。

12月
大人の卓球
強ドライブで一発で決めに行くよりも安定したドライブで自分のミスを減らしたほうが試合で勝てる。

標準卓球
初中級者が「標準」だと思っているプレーは客観的に見ると、リスクの高いプレーである可能性が高い。

失点を拾うか、得点を奪うか
上級者にしても、試合で全力ドライブやカウンターは余裕のあるときでない限り避け、むしろ堅実につないで相手のミスで得点しようというほうに意識が向いている。

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以上、後半期の記事を振り返ってみた。

9月の「感覚を閉じる」は1月の「感覚を聞く」と同工異曲である。
2月の「アクセルかブレーキか」は10月の「インソールの穴」とよく似た主張だし、一年のうちに何度も同じような主張をしてしまう。半年前のことが頭の中からすっかり消えてしまっているわけである。脳の老化というのはおそろしい。

10月の「節制は勝利のもと」、12月の「大人の卓球」「標準卓球」「失点を拾うか、得点を奪うか」は、2月の「それってyoutubeの見過ぎだよ」、6月の「難しいボール」と共通する主張である。一言で言えばリスキーなプレーはやめて、自分の実力相応の安定したプレーを貫いたほうが試合で勝てるということである。

以上、今年1年の記事を振り返ってみた。
このようにたくさんの気づきをもらえたのは無料で動画を公開してくれている方々、ブログやコメントで質の高いご意見を発表してくれたみなさまのおかげである。この場を借りてお礼申し上げます。

もう今年もあと数分。新年も拙ブログ「しろのたつみ」をどうぞよろしくおねがいします。

さよならイノシシ
さらばイノシシ

失点を拾うか、得点を奪うか――読者のコメントから

前記事「標準卓球」で次のようなコメントをいただいた。非常に有益なコメントだったので、シェアしたいと思う。
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自分で書くのもおこがましいのですが、自分はしろのさん基準でいう「上級者」に分類されると思います(インターハイ、インカレ、全日本出場経験ありの現役大学生)。ただ、いわゆる一般目線でいう上級者の私もしろのさんが挙げられたような「当たり前」のプレーができているかと聞かれると、全くできていません。さらに言えばあまりする気がなく、特に両ハンド強打や2球目強打、カウンター等は全く入る気がしないのでよっぽど余裕のある試合でしかすることはありません。
最近、鹿南クラブさんの動画がじわじわ伸びつつありますが、鹿南クラブさんの考え方はいわゆる上級者全員に通じる考え方だと思います。特に強豪校と呼ばれるところでは「負けない卓球」を叩き込まれているので、「得点を奪う技術」よりも「相手の失点を拾う技術」を使うのが上手いです。
いまいちまとまりのない文章なのですが、結論としては、しろのさん目線でいう中級者、上級者の間にはこのあたりに差があると思います。中級者は「得点を奪う技術」に目が向きハイリスクなプレーになり、上級者はよっぽどのことがない限りローリスクにプレーすることが基本になっているのでプレーが安定する。私の実体験からしても、このことは確信を持って言えます。上級者は卓球が上手いからミスが少ないのではなく、ミスをしないように簡単なプレーだけをチョイスしているからミスが少ないのです。

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上のコメント主、四ツ谷氏は、相当な腕前である。インカレや全日本に出場したことがあるだなんて、私から見たら異世界の住人である。

そのようなどこから見ても上級者の氏が

「当たり前」のプレーが「全くできてい」ない
「2球目強打」「両ハンド強打」「カウンター」はよほど格下相手にしか使わない

というのである。
さらに上級者と中級者の意識の差として、「上級者は相手の失点を拾う」ほうに意識が向いており、中級者はハイリスクな「得点を奪う技術」のほうに意識が向いているというのである。

これを読んで思い当たることがある。
強打自慢のRさんは大学までガッツリ卓球をやってきた中上級者である。Rさんと練習試合を何度かしたことがあるが、いつもストレート負け。しかし、一度だけ勝ったことがある。

Rさんと対戦するときはいつも緊張して、早い打点で低いボールを返球しなければならないというプレッシャーがある。普通にツッツキすれば、回り込まれて強打の餌食になってしまうので、低い鋭いツッツキを心がけている。台上のちょっと浮いたボールはこちらが強く叩きにいかないと、次にRさんの強打が待っている。そういうプレッシャーから、打たれまいと鋭いツッツキをしようとしてネットミス。台上の浮いたボールを叩いてオーバーミス。ロングサーブが来たら、渾身の力でバックドライブするも、ネットを越えない…。

これがいつもの私の負けパターンである。しかし、あるとき、開き直ってリラックスして対戦できたことがある。相手のショートサーブに対して私は軽くフォアフリック。Rさんはもちろん自慢のフットワークでそれをドライブ強打するのだが、フリックがナックル気味になっていたのでドライブをネットに引っ掛けてしまう。あるときはフォア前にちょっと浮いたストップをして、強打を打つつもりのRさんが強打できず、置きに来たボールをバック奥にツッツキ。Rさんは全力でバック側に戻るも間に合わない。

伊藤選手がよく使うコース取りである。
フォア前に
フォア前サーブのあと、

バック奥に
バック奥へ

Rさんは次第にプレーが崩れていき、そのまま負けてしまったのだ。そのときは単に相手の調子が悪かったから、私が勝てたのだと思っていたのだが、今思い返してみると、Rさんほどの上手な人でも、微妙な回転のボールは必ずしもガツンと強打できるわけではないし、とっさに予想していない高さや深さのボールを送られると、ミスをしてしまうということなのである。

全日本一般に出場したことのある四ツ谷氏にしても両ハンド強打はそうそう打てないと言っているのである。いわんやRさんをや。

上級者は相手の得点よりも、自分のミスで負けることのほうが多いということをよく理解しているため、慎重にプレーして相手の失点を拾おうとするが、中級者は「2球目ドライブ強打ぐらい当たり前」「台から出るツッツキに対してはすべて決めに行くスピードドライブ」のような得点を奪う意識でいるため、自分のミスで負けてしまうことが多いのだと思われる。

喩えて言うなら、一流の経歴を持つ人も慎重に行動しなければ不倫やら汚職やらで現在の地位を失ってしまうというのに似ている。

このような意識の違いを多くの初中級者に知ってほしいと思う。

「標準卓球」――中級者と上級者の違い

付き合いで団体戦に出ることになった。
試合会場で、空いている台で30歳前後の若い二人が練習している。
お互いにすごいスピードのドライブを打ち合い、攻守を転換しながら、凡ミスもせず、延々とラリーを続けている。台から2メートル以上も離れてのドライブの打ち合いは豪快そのものである。明らかに私のチームとはとは違うレベルの卓球だった。

「あんな人たちと当たるんだろうか。もしそうなら試合になんかならないぞ…。」

そこには知り合いのS君も来ていた。S君は関西学生リーグ1部校出身の上級者である。もしかしたら、全日学とかにも出場したことがあるかもしれない。だが、さすがのS君もあの二人と当たったら、勝てないのではないか?

案の定、私のチームは早々に敗退してしまった。私はS君のチームがあの二人のチームとどんな試合をするかが気になって両チームの対戦を見ていたのだが、S君はあっけなく二人の一方を撃破してしまったのだ。さきほどの練習の時とは違い、その若者はなかなか攻撃させてもらえず、凡ミスを連発していた。

それを見て私は理解した。

中級者の上のほうのレベルと、上級者の違いとは、素人目には分かりにくいところにあるのだと。
中級者でお互いの手のうちを知り尽くしているチームメート同士が練習をすると、それは一見、上級者のプレーに近いものがある。しかし、中級者はふだん打ちなれている相手と違う球質の相手や、不慣れな戦型と対戦すると、ふだんのプレーが発揮できず、格下相手にも苦戦したりする。

しかし、上級者はどんな相手とやっても自分の最低限の実力は発揮することができ、めったなことでは崩れない。S君のプレーはそれほど派手なプレーではないが、台上は相手の打ちにくいところを突き、ブロックはしっかり止める。チャンスが有れば両ハンドでミスなくドライブを放ち、カウンターだって決めてしまう。

「当たり前」のことを当たり前にこなすのがS君のプレーなのである。

では「当たり前」のプレーとはなんだろうか?

【続く】

最近、忙しくて更新が滞っているので、未完成だが、とりあえず前半部分のみ公開したい。後日時間の余裕のある時に加筆するつもりである。

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【続き】

卓球における「当たり前」のプレーとはどのようなものだろうか。
・短いサーブにはネット上ボール2個分の低いツッツキ

・台から出るサーブ、あるいはツッツキには両ハンドでドライブ強打。

・それほど切れていないショートサーブにはチキータ、あるいはフリック。

・ループ気味のドライブに対してはカウンター、あるいはスマッシュ。

…書いていて虚しくなってくる。これはかつて「標準世帯」と呼ばれたものと同じだと思うからである。標準世帯とは夫が働き、妻は専業主婦、子供が二人いる家庭のことである。昭和の頃にはこれが典型的な家庭だったのである。そして年に月給2ヶ月分のボーナスが2回出て、手厚い社会福祉と退職金によって守られているサラリーマンの家庭が思い浮かぶ。

令和の現在、このような家庭がどれほどあるか分からないが、少なくとも「標準」ではなくなっている(「30代で月に48万必要」)。世には結婚できない人があふれており、妻は働かず、家事や育児に専念するなどというのは相当恵まれた家庭だろう。かつての「標準世帯」というのは、今や「理想世帯」とさえ言えるかも知れない。

「夫になる人の年収は少なくとも800万はほしい」

などと言って結婚せずに出会いを待っている人にはかなり厳しい現実が待っている(たぶん)

卓球だって同じである。
相手のサーブに対して常にボール2個分の低さで返球するなどというのは、ふだん打ちなれている人ならいざしらず、初見の相手には難しい。台から出るツッツキはすべてドライブ強打?私だっていつも練習している人のサーブやレシーブに対してはかなりの確率で2球目のドライブ強打や、3球目強打も決まると思う。しかし、実際の試合では相手がどこにどんなボールを送ってくるのか分からないのだから、ドライブ強打なんてそうそう打てるものではない。ミスしないようにとりあえず高くてゆるいドライブを打つのが精一杯である。チキータだの、フリックだの、コースが決まった練習なら打てないことはないが、実戦では入る確率が半々である。こんな技術は実戦では使い物にならないし、相手のドライブに対するカウンターなど恐ろしくて打てない。ブロック一択である。

試合ではできない





ちょうど同じようなテーマで上の2つの動画がアップされていた

初中級者が自分の実力をかえりみず、実戦で上記の「当たり前」のプレーをしたら、厳しい現実が待っているだろう。低くレシーブするのだって、対下回転強打だって、ふだんの練習相手になら高確率で決まるだろうが、初見の相手にはなかなか安定しないものである。

私たち初中級者が「当たり前」と思っていることは、試合ではちっとも当たり前じゃないと思う。上級者になって初めてどんな相手のどんなボールにもある程度は対応できるようになり、私たちがイメージする「当たり前」のプレーができるようになるのだと思う。「当たり前」のプレーは、ちっとも当たり前じゃない。

大人の卓球

大人になると、実利のことばかり考えて行動するようになる。

「それをやったら金になるのか」
「自分の影響力を高めるにはどうすればいいのか」

そんなことばかり考えてしまう。実に夢がないと感じる。若いころは「楽しいから」とか「やってみたいから」という理由だけで自分の時間や労力を惜しみなく費やしていたのに、大人になると、そういう純粋さを忘れてしまう。

実は私が何の得にもならないブログを続けているのは、このような大人の考え方を戒めるためなのである。

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最近よく見る動画に鹿南8の神山氏の動画がある。

その中で衝撃的な発言があり、私は一気に悟ってしまった。

「ループドライブを打つべきシンプルな理由」

神山氏は言う。決めに行くドライブ強打は原則として一般層の卓球では必要ないのだと。

「地区・県レベルであればループドライブで十分だと思いますし、…下回転(に対するドライブが)1本入ってしまえば、だいたい点数になってしまうっていうのがこの競技レベルでは現実的なところなのかなと思います。」

「私の経験上ですけど、…中学生・高校生ぐらいで全国大会に出るところですね、出て1回戦、2回戦ぐらいまでのレベルは正直…例えばサーブ3球目を打つときとか、レシーブ4球目を打つときに、強ドライブ…を多用していくよりも、ループドライブをしたほうがはっきり言って勝てるかなと思ったんです。」

「もっと言えばですね、ループドライブを打つ必要すらないことも多いと思うんですよ。下回転のボールはつっついたほうがいい」

神山

神山氏は愛工大名電から埼玉工業大に進んだ、卓球のエリートである。そして現在は、小中学生の指導に携わっているようだ。その氏が「中高の全国大会1~2回戦までは下回転に対するドライブ強打は必要ない」というのである。

中高生の地区大会のレベルと、社会人の地区大会のレベルというのはあまり変わらないだろう。ということは、私のレベルにもこの考え方は当てはまるということなのである。

たしかに相手のツッツキを一発強打で打ち抜く卓球は爽快である。いかにも「卓球している」という感じがする。しかし、その一発強打のために平均して2発の強打ミスが伴うのだとしたら、どうだろう?打ちたいだけ強ドライブを打つ卓球をすれば、自分の実力は出し切ったという達成感はあるかもしれないが、試合には負ける可能性が高い。
逆に下回転のボールを打点をやや落として常にスピードの遅いループ気味のドライブで返球したらどうか?たしかに時にはそれを相手にスマッシュや、カウンタードライブで迎撃されてしまうこともあるだろう。だが、その相手の強打も1発につき、平均して2発の打ちミスが伴うというのも現実には起こりうるのである。

私の周りの上手な人のプレーを振り返ってみると、昔、全国大会に出たことがあるという若い人は、たしかにガンガンドライブ強打を打っているが、そうではなくて、私とさほど年齢も、レベルも違わないけれど、なぜか勝てないという人は、ツッツキやブロックで手堅く試合を進め、浮いたチャンスボールだけを強打するというプレーが多いような気がする。

ここから分かることは、試合で負けるというのは、相手に負ける以前に自分のミスに負けている、あるいは自分の実力に対する認識の甘さに負けているということである。大人の視点で見れば、強ドライブを打って負けるよりも、ツッツキやループドライブで、できるだけ自分のミスを抑えるという姿勢が望ましいということになる。なぜなら、勝利という実利にかかわってくるからである。

もちろん「試合の勝敗には頓着しない。格上に対して自分の全力をぶつけたい!」という人は強ドライブをガンガン打てばいいのだが、試合に勝つという目的だけなら、大人の卓球でプレーしたほうが有利である。ただ、大人の卓球で勝利するには、前提として、相手が気持ちよく強打を打ってミスを量産してくれる必要がある。もし相手も大人の卓球をしてきたら、大人の卓球対大人の卓球ということになり、また戦術を変えなければならないかもしれない。

私も「卓球は勝敗じゃない!」と言いたいところだが、大人になると、つい勝敗にこだわってつまらない卓球をしてしまう。


「止まって打つ」とは

「子供ができて初めて自分の生きる意味が分かりました」
というのを別の言い方で意味を変えずに表現しろと言われたらどうするだろうか?

→「子供ができて自分の生きる意味が初めて分かりました」?
これじゃ、単語の順番を換えただけ表現としては変化がない。

→「自分の生きる意味が分かったのは、子供ができてからです」?
英語の「強調構文」のような表現だが、これも一つの解答と言えるだろう。

だが、そうではなく、物事を反対側から表現してみたらどうだろうか。

→「子供ができるまで自分の生きる意味が分かりませんでした」

このように同じ意味を異なる構造で表現すると、今まで気づかなかった意味に気づくことができる。

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私は最近、フットワークを意識しながら練習しているが、世間ではよく「足を止めてはいけない」などと言われる。しかしその一方で「打つときはきちんと止まってから打て」とも言われる。なんだか非常に分かりにくい。「足を止めるな」と「止まってから打て」というのは矛盾しているのではないのだろうか…。

前記事「ツッツキのバリエーション」で触れたように、ペンホルダーの私はなんとかしてツッツキからの展開で試合を有利に進めたいと思っている。しかし、相手のサーブを私がいつもツッツキで待っていると、当然ながら相手はロングサーブを多めに出してくる。そうすると、ロングサーブでこちらの待ちを外されて、ただ当てるだけのレシーブになってしまい、それを見越して相手はすでに回り込んでいて3球目強打をもろに食らってしまう。その結果、こちらもロングサーブを警戒せざるを得なくなり、ロングサーブで待っていたところに今度は同じモーションでショートサーブを出され、こちらはドタバタ急いで前進し、めいっぱい腕を伸ばして、また当てるだけのツッツキで返すことになる。

一体どうすればいいんだ。

こんなドタバタした卓球を続けていると、フットワークが浮足立ってくる。レシーブするときも足元がふわふわしていて落ち着かない。これではいけないと打球時にしっかり足を踏みしめるよう心がけることにした。ショートサーブが来たら、まず、右足を前方に一歩出し、ツッツキ。それが終わったら急いで戻って相手の返球を見定めて右足を踏みしめてブロック。こちらのチャンスボールのときも、右足を踏む場所をちゃんと確保してから、右足を踏みしめてドライブ。どんなときでも律儀に右足を踏む場所を考えてから打球。右足と右腕にほぼ同時に力を込める。このようにきちんと右足を使うというのは今まで意識したことがなかった。しかし、この右足と右腕を「重ねる」ようにすると、打球が安定してくる気がする。上半身の打球に先立って右足を踏みしめるというのは簡単なようで、意外と難しいと思う。ボールは一瞬でこちらに迫ってくるのだから、「あっ!」と思った瞬間には右腕を動かさなければボールに間に合わなくなる。というわけで、最近の私のプレーはのんびりボールを待っている余裕がない。ボールを打ったら、すぐに右足の踏み場を探さなければならないのだから。

「なんだかお母さんになったような気分だなぁ」

子供ができると、母親は自分が行動する前にまず子供のことを考える。自分の生活で手一杯なのに子供のことまで考えなければならないとなると、その忙しさは想像を絶するものだろう。

「そうだ!市役所に寄らなきゃ。家に返ってから、また来るのめんどくさいなぁ。子供をちょっと車に置いて用を済ませても大丈夫よね?」(たぶんダメ)

akatyan

「その店、前から行きたいと思ってたけど、子供連れOKかな?」

こんな感じで私も打球する前にまず右足をどうするか考えるようになった。ボールが打てる位置まで移動するのだって大変なのに、さらに右足の踏み場まで考えなければならないとなると、想像以上の忙しさである。いい年をした大人が、相手のサーブが打たれた瞬間に(いや、打たれる前から)足をバタバタさせて前後左右に移動しては右足を踏みしめて打球しているのだから。できればもっと優雅でスマートな卓球がしたいものだ。最近の私は全く足を休める暇がない。

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「止まって打て」と言われると、うまくできないが、「右足と右腕を重ねるようにしろ」と表現すれば、けっこう止まって打てるようになるのではないかと思う。

ツッツキのバリエーション

上回転の打法は種類が豊富で、人々の関心も高い。

代表格のドライブで言えば、スピードドライブ、ループドライブ、パワードライブ、カーブドライブ、シュートドライブ、ナックルドライブ、カウンタードライブ、チョリドラ等。

その他の打法でも、ミート打ち、スマッシュ、プッシュ、ショート、ロング、ブロック、フリック、チキータ、逆チキータ、フィッシュ、ロビング等。

一方、下回転の打法はといえば、かなり種類が少ない。
ツッツキ、サイドスピンツッツキ、ストップ、カット、ナックルカット、カットブロック…

だが、一口にカットといっても、いろいろな種類があり、カットマンはそれを区別しているはずである。私はカットマンではないので分からないが、私もよく使うツッツキで考えると、ツッツキにもたくさんのバリエーションがある。

たとえば、ラケット面を45度ぐらいに開いて、頂点前の打点を後ろから前に押すように打つ、通常のツッツキ(レギュラーツッツキ)に対して、下の動画のように早い打点で勢いよく押すツッツキがある。



これは上回転で言えば、ミート打ちに相当するだろうか。

ツッツキは、ストレートに打つとき、あまりスピードが出ないが、頂点を斜め上からガツンと切り下ろすようにクロスに打つと、下手なフリックよりも早くて切れたツッツキが出る。これは上回転で言えば、スピードドライブに相当する。いわば、スピードツッツキである。

では、ループドライブに相当するツッツキはないのだろうか。ラケット面を水平に近くして、下回転のボールのほぼ真下をとらえて、ラケットがボールを追い越すように切るツッツキがある。これはスイングスピードの速さに比して、ボールが遅く飛ぶので、相手のタイミングを狂わすことができる。ツッツキの時、私はボールよりもむしろ相手の腕の動きを見ているので、速いスイングでツッツキされると、速くて深いボールがくると身構えてしまう。ところが、ボールの下からラケットが抜けるようなツッツキは、前進力が弱く、ボールはフワッと浮いて、全く飛んでこない。それでいて切れているので、多少高いボールでも打ちあぐねてしまう。台上でツーバウンドすることも多いので、ストップになる場合もある。これはループドライブに近いツッツキかなと思う。

パワードライブはどうだろう?
頂点を過ぎたボールをしっかり引き付けてガツンと切るようなツッツキは、いわば「パワーツッツキ」である。勢いも回転もあり、深い。下からしっかりドライブをかけないと、持ち上がらない。

カーブドライブに相当するのは、カーブツッツキ。相手の順横下回転サーブを逆回転で返すツッツキ。巻き込みサーブのように返球するツッツキである。シュートドライブはカーブツッツキの逆で、逆横下回転サーブを逆回転で返すツッツキ。

ナックルツッツキというのは切らずに単に押すツッツキでもいいし、ボールの下を触って持ち上げ、ラケットの上を転がすようにして、相手の下回転を残しつつ返球する(相手にとっては順回転気味で返っていく)ツッツキでもいい。

他に上回転に比定できるものとしては、逆チキータ(これは下回転の場合もあるので、上回転の打法かどうか微妙だが)があるだろう。ペンなら、バックツッツキで、ボールの下をとらえて、相手のフォア側に流すようなツッツキである。

台上技術はペンのシェークに対する数少ないアドバンテージなのだから、これを活用しない手はない。以上のような多様なツッツキを使いこなせるようになれば、試合を有利にすすめることができるだろう。
ツッツキ

文化系卓球

今週末は「関西文化の日」。
関西の多くの文化施設が無料で入場できる日である。
日本文化の中心は関西である。ということは、「関西文化の日」は日本文化を最も濃厚に体験できる日なのである。

そこで私は「大阪市立自然史博物館」というところを訪ねてみた。

大阪、といってもいろいろある。実を言うと、私はまだオオサカを知らない。

京都にいれば買い物でも何でも事足りるので、私は大阪に行くことがほとんどない。年に1~2回大阪に行くといっても、それは梅田(大阪駅)周辺、いわゆるキタだけである。しかし、いろいろな情報を総合すると、どうやら梅田は大阪の中でもあまり大阪らしくない大阪のようなのである。梅田はビジネスの中心なので、ちょっと澄ました、よそ行きの大阪であるらしい。しかも他府県から来たヨソモノがたくさんいるので、大阪特有のニオイが希薄である。しかし、難波、天王寺周辺、いわゆるミナミのあたりまで来ると、大阪は突如牙をむく。

戎橋
難波にある有名な戎橋

コテコテの大阪弁を話す人の割合が増え、ド派手な看板の店が立ち並び、昼間から缶ビールを片手に歩いている人や、公園で熱心に将棋を指すおじいさんたち、大阪名物の「オオサカのオバちゃん」たちの割合も増えてくる…らしい(私の周りの人はみんなそう言っている)

今回訪れた自然史博物館は地下鉄御堂筋線の長居駅の近くにある。長居駅というのは難波や天王寺よりもさらに南にあるのである。岸和田ほどではないにしても、私はどうやらディープオオサカに足を踏み入れることになるようだ。期待と不安を抱きながら、長居駅を出ると、意外にも私のイメージしたオオサカではなく、ふつうの街であった。道路が広く、人の往来が多いこと以外はふつうの街と変わらない(コテコテの大阪弁を話す人は多かったが)。なんだか肩透かしを食ったような感じである。

目指す自然史博物館は駅から歩いて800m。予想通り多くの人出で賑わっていた。

館内には多くのブースが出店しており、「公益財団法人日本野鳥の会」といった、有名なところから、「オルドビス造形工房」という、復元模型を扱う専門的な店。
造形工房

はたまた大学の研究室から、「大阪自然環境保全協会」などというアカデミックな団体も参加していた(商品は売らず、主に啓蒙的な展示だったと思う)
私が感心したのは、そのような本格的な団体ではなく、「オオサンショウウオが好き」「クラゲのことをみんなに知ってほしい」といった個人の人たち、あるいは「鉢ヶ峰の自然を守る会」「すいた市民環境会議」といった地域のボランティアの人たちの出典が目立ったことである。「ジュニア自然史クラブ」などという賢そうな中学生たちのサークルが冬虫夏草の標本を紹介してくれたりもしていた。ほかにも「大阪変形菌おっかけ隊」とか「骨好き中学校教師の会」「はねはね団」「大阪石友会」「きのこ好きのためのキノコサロン」等、いかにも「趣味が高じて…」という団体がたくさん参加していた。
大阪人の立派なところは、こういう地域や民間がとても力強いことである。京都人から見ると、大阪人は独立独歩の気概に満ちている人が多い。

そのような出典団体だけでなく、常設展示もおもしろいものばかりだった。ナウマンゾウやマチカネワニの骨格標本から、大阪で現在見られる動物、鳥、魚、虫、植物などまで、模型やイラストで分かりやすく解説してあり、入館料300円+往復の交通費約1500円以上の値打ちがあった。とても充実した週末だった。

翻って卓球文化にこのような深みがあるのかというと、すこし物足りなく思った。
吹奏楽部よりも文化系に近い運動部と言われる卓球だが、卓球の文化系サークルというのは聞いたことがない。卓球サークルは数え切れないほどあるが、どれも運動系である。卓球でも「ジュウイック応援団」とか「コクタクをこよなく愛する会」のようなサークルがあっても良さそうだ。メーカーを考察の対象にしたサークルだけではなくて「表ソフト研究会」「5枚合板こそ正義」といった用具系サークル、「ツッツキでノータッチエース!」「サーブ研究所」といった技術系、卓球イラストサークル、卓球コスプレサークル、卓球川柳サークル、卓球マンガ部、卓球造形部など、文化系サークルがたくさんできて、それらが年に一度集まってイベントなどが開かれるような世の中にならないだろうか。卓球はもちろん体を動かしてプレーするのが一番楽しいが、卓球の文化的な活動ももっと盛んなってほしいと思う。


キュー(CUE)――無意識の癖

なんとなく無意識に続けている習慣というものがあって、私はサーブを出す時に台の上でボールを2~3回バウンドさせたりする。

サーブ前のルーティーン
樊振東選手もサーブ前にやっている

これに合理的な理由があるなら、そのまま続けるべきだが、逆にそれをすることが非合理的なら、速やかにやめるべきである。といっても、無意識にやっているものだから、なかなか気づかないことが多い。

私が自分のプレーで最近気づいたのは、私のスイングのスタートは自コートでのボールのバウンドの音を合図にしているということである。なぜか分からないのだが、相手が打ったボールが自分のコートでバウンドするまで私は自分のスイングをスタートさせようとしない。時間的に余裕があっても、金縛りにあったかのようにボールに手が出せず、その音を聞いてはじめて、まるで催眠術が解けたかのように急にスイングを始めることになっているのだ。それが台上のツッツキなどの比較的遅いボールなら間に合うことも多いのだが、もっと速いボールの場合、振り遅れてしまう。バウンドの音を合図にしてドライブ等を打とうとすると、インパクトが頂点を過ぎてしまうことが多いのである。

そこで私は意識してボールが自コートでバウンドする直前に――カコンという音がしないうちにスイングをスタートさせることにした。するとどうだろう、軽い力でスピードの乗ったドライブが打ちやすくなったのである。

その後、いろいろ考えて試してみたのだが、必ずしもバウンド音を聞く前にスイングをスタートさせる必要はないことが分かった。バウンド音を聞いてからスイングをスタートさせても、面の角度をやや上向きにすれば下回転のボールでもちゃんと持ち上がるし、上回転のボールも、ボールの上のほうを捉えるようにすれば大丈夫だった。しかし、私のドライブのデフォルトの角度は、どうやらバウンド音を聞く前にスイングをスタートさせるとちょうど安定するようになっているらしいのだ。あるいはボールによってバウンド音を聞いたり、聞かなかったりする必要があるのかもしれない。どんなボールに対しても、いつもバウンド音を聞いてから打ち始めるのでは安定しないということが分かった。

同じように私のフットワークの動き出しも、相手が打球するまで待ってしまう癖がついているのではないかと疑っている。おそらく上手な人は相手のインパクト音を聞く前にある程度動き出しているのだと思うが、鈍な私はそんな器用に立ち回ることができず、相手が打球して初めて動き出しているような気がする。当然フットワークが間に合わないことが多い。

こういう不合理は一つ一つ潰していきたいが、なにぶん無意識のことだから、気づかないまま効率の悪いことを放置しているのだろう。今まで体の使い方などにはいろいろ気をつけていたのだが、それ以前にタイミングのとり方というのをもっと見直してみるべきだったのかもしれない。



早田ひな選手のポジティブさ

「負けて落ち込むということが無い」そう切り出す早田の達観した考え方、挫折の乗り越え方からは、学ぶところが多い。

「勝って得るものより負けて得るものの方が多いと思っているんです。実際、負けて見つかった課題で取り組むべきことは、勝ったときの倍以上ある気がします。そして、『これができたら次はこの選手には勝てる』と思いながら練習することで、次の試合にうまく入っていけると思います」。

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最近の練習で非常に調子が悪く、落ち込んだ。
体が思い通りに動かない。ボールがとんでもないところに飛んでいく。

「ラバーを替えたせいだ」「湿気のせいかも」などとも考えたのだが、そのような不安定な原因ではなく、自分に根本的に欠けていた点があったと認めるべきなのだ。

試合に負けて「これで自分の課題が見つかった」「自分の問題点を洗い出しておくことができてよかった」とポジティブに考える早田選手の態度に見習うべき点は多い。

惜しいひな
ドイツオープン1回戦で陳幸同選手にフルセットで惜しくも敗れたときの早田選手。

そういえば、前記事「苦しみはみほとけ…」 で同じようなことを主張したことがあった。まさに失敗は成功の母である。

ただ、いつもいつも失敗ばかりだと、さすがにうんざりしてくる。ときどきはうまくいかないと、そうそうポジティブにはなれない。「あれも問題」「これもできていない」と問題が山積みの私の卓球のような場合はどうすればいいのだろうか。前記事「苦しいけど、次の電柱…」で述べたようにすべての課題を前にして途方に暮れるのではなく、目の前の課題だけを見て、それを一つずつクリアしていくというのがいいだろう。

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今朝のニュースで千葉県の人が大変な目に遭っていると知り、心配である。大雨で家を損壊したり、車を失ってしまった人も多かったようだ。心よりお見舞い申し上げる。


折合還帰炭裡坐

若い頃、西田幾多郎と鈴木大拙に憧れた。
あれこれ本を読んでみたが、全く歯が立たなかった。

考えて見ると、人間ほど不思議な存在はない。自分で作ったわなの中に飛び込んで、自分でもがき苦しみ、またそれから飛び出る工夫をする。何のための一生かと怪しまざるを得ぬ。「動く」もの、すなわち「働く」ものから、「見る」ものの世界に飛び入りしたのは好いが、またその「見る」ものを独立の存在と見て、それを「働く」ものから隔離してしまうことになった。公案禅の奴となったものは、この種の人々の一例である。「働く」ものから出て「見る」ことのできた人は、今一度「働く」ものの中に却来しなければならないのである。「折合還帰炭裡坐」(折合して還って炭裡に帰して坐す)とあるではないか。自分はこの句を愛する。(鈴木大拙による『公案』(ちくま学芸文庫)の序)

「自分で作ったわなの中に飛び込んで、自分でもがき苦しみ、またそれから飛び出る工夫をする。」という文句が身につまされる。

コーギーもブルドックもシェパードもチワワも犬である。私たちはそれを誰かに教わらずとも直観的にみんな「イヌ」と理解できる。あれだけ姿形が異なっているにもかかわらずである。なぜ見た目があれほど異なっているのに同じ「イヌ」だと思うのか。それはわれわれがイヌのイデアを持っているからだとプラトンは言った。人は理想的で完璧な「イヌらしいイヌ」というイメージを脳内に持っていて、そのため多種多様なイヌを「イヌ」だと認識できるのだという。このイデアこそが真実在であり、イデアを知ることが知の完成形だと考えられた。正義のイデア、美のイデア、真実のイデアといった抽象概念にもイデアを設定し、それをあれこれ考えることが哲人の仕事となった。

だが、そんな小難しいことを考えなくても、朝起きて、食事をして、働いて、家族と過ごすという平凡な人生の中にだって真実はあるではないか。まさに「花は紅、柳は緑」なのである。

私たちはふつうに卓球をしていると、おかしなことを考え始める。

「もしかしたら、今話題のラケットを使ったら、自分の潜在的な可能性を引き出せるのではないか。」
「はずまない粘着ラバーを使って、自分の卓球をイチから見直そうと思う。」

用具ではなく、他のところに問題があるのはうすうす気づいているのだが、用具を替えることで何か自分の卓球が改善されるのではないかという考えに取り憑かれ、あれこれ用具を替えることに没頭し、自分の本当の問題の解決を先送りしてしまう。私もよくこんな「わな」を自ら作ってその中で「もがき苦しむ」。

また、

「ドライブを打つときに肩甲骨を使うと、威力が倍増するらしい。」
「地面反力を使って自分の筋力以上のボールを打たなければ。」

こんなことも私はよく考える。体の使い方とか、ラケット面の角度とかをいろいろ考えては試してみる。しかし、何らかのコツを掴まえたと思ったとたんにそれは手のひらをすり抜けていく。こういうことの繰り返しである。

先日、初級者の女性と練習して、また「指導」をしてしまったのだが、彼女の卓球を見て急に目が覚めた。「炭裡に帰して坐す」に如かずと。

「台上のチャンスボールを打つときは、しっかりと台の下に足を入れ、ボールを引きつけて、手でうつのではなく、少しでも腰を使って打ちましょう。面の角度を伏せてはいけません。タッチは弾くようなタッチで。スイング方向は下回転の影響を受けないように斜め上方にラケットを振り切って、その後は…。」

この説明が正しいかどうか怪しいものである。しかし、とにかく私のできる限りの「指導」をしてみたのだ。
彼女は緊張しながら私の送る台上のちょっと浮いたボールをフリックしようとするのだが、何度やってもミスである。ミスの原因は私の「指導」が間違っていたからというよりも、打つ直前まであれこれ考えすぎて、打点を頂点より落としてしまっていたということに尽きる。

軽い下回転のかかった、浮いた台上のボールを打つには、高い打点こそが大切であって、その他のことは大して重要ではない。私の説明などすべて忘れて、ボールの頂点を見定めて軽く撫でるように打てばボールは台に入るはずだったのだ。もし私が要らぬ「指導」などしなければ、彼女は自分でいろいろ試してミスせず台上のボールを打てるようになったはずなのである。

私の「指導」というのはつまるところ、「花は紅に見えるけれど、本当にそうだろうか?実は黒なのではないか?」などと言っているのに等しい。

用具でも、打法でも、考えすぎるのは失敗の素である。そんなに難しく考えなくても、当たり前のことを続けていれば、おのずから正解に辿り着ける。いろいろな正解があるのだから。



張一博選手の上の動画を見て、印象的だったのは「打つ前に角度を決めて」というくだりだった。

一博1

一博2

一博3

「(フリックでは)最後の最後で角度を調整するのはダメ」

これは私のことを言われているようだと感じた。私は打つときにいつも新しいことを試そうとして落ち着かない。「こうやったほうがもっといいショットが打てるのではないか?」などと打つ直前まで考えている。ひどいときは打ちながら考えている。だからラケット面も安定しないし、戻りも遅くなってくる。

「折合して」というのは、文脈からすると、あれこれ難しいことを考えるというような意味に解釈できるが、そんなことをしていても、結局は家に「還って」、「炭裡」の前に座って晩飯を作っている自分がいるというわけである。高いボールは高いうちに打てばいいし、打った後は速やかに次のアクションに移ればいい。そこで「この花は黒いのではないか?」などと考えて、花の色をあれこれ吟味するのは「自分で作ったわなの中に飛び込んで、自分でもがき苦しみ、またそれから飛び出る工夫」なのである。

こちらが打てば、すぐにボールが返ってくるから、それにそなえて移動すると同時に準備して、余裕を持って高い打点で打球する。こういう当たり前のことが「折合して」ばかりいると見えなくなってくる。


インソールの穴――卓球選手の「勲章」

アンドロのクロスステップというシューズが話題になっている。

なんでも、今までのシューズと全然違って、足がよく動くようになるらしい。私もこれを履けば少しは足が動くようになるのだろうか。ちょっとほしいとは思うが買うわけにはいかない。私が今履いているシューズは特に不具合もないし、まだまだ十分履けるのだから。しかも、スペアのシューズもあって、交互に履いているのだが、一向に履きつぶれない。いったいどのぐらい履いているだろうか。少なくとも丸3年は履いているはずである。そして次にはアシックスのシューズ、バタフライのシューズ、フットサルのシューズなどの新品のシューズが控えており、とても新たにシューズを購入するなんて考えられない。

シューズって丈夫だなぁ。以前履いていたTSPの安いシューズも何年履いてもつぶれず、薄汚れて、臭くなってきたのでようやく捨てたのだった(ちなみに靴のニオイには熱湯が効くらしい)

平野友樹インソール

賢二選手のブログで見つけたのだが、これは平野友樹選手のインソールということである。大きな穴が平野選手の練習量の多さを物語っている。痛々しいというか、ここまで見事に穴が開いていたら、かえって清々しい感じである。いわば卓球選手の「勲章」である。平野選手が何年もこのインソールを使い続けたとは思えない。おそらく数か月、いや、もしかしたら数週間かもしれない。平野選手が足のどの位置に力を入れているかがよくわかる。私は今までインソールにこんな大きな穴を開けたことがない。

平野選手は身長167㎝、体重63㎏ということだから、私よりもずっと小柄で体重も軽い。それなのにどうしてこんなに大きな穴が開くのだろうか。毎日数時間質の高い練習をしているのだから当然だと思われるかもしれないが、私だって3年以上同じシューズを履いているのである。ここまで立派な穴は開かなくても、申し訳程度の控えめな穴の一つや二つ開いてもいいではないか。しかしそんな私のシューズはそんな「勲章」とは無縁である。きっとフットワークがいい選手はみんなインソールにこんな立派な穴を開けているのだろう。

もうそろそろ私の現役シューズにも引退していただきたいと思う。そのためにもなんとしても「勲章」を刻み込んだ上で引導を渡したい。

私のフットワークは、人と比べて踏みにじる力が弱いのだと思う。平均的な踏みにじる力が100だとすると、私は50~60ぐらいで、足裏全体でやさしく床をとらえているから穴も開かないのだろうと思う。拇指球や親指に力を集中させて、平均レベルの「踏みにじり」を数ヶ月も続ければ、きっと私でも穴を開けられるに違いない。

というわけで、これからはしっかりと踏ん張ってフットワークをしようと心に決めたのだった。

が、こんな動画があったのを思い出した。



なんと、踏ん張ることによってフットワークが遅れていくので、移動時はあまり踏ん張ってはいけないというのである。ただ、xia氏は打球時は別かもしれないと言っているので、打球時にはある程度踏ん張っても良さそうだ。しかし、打球時でも無理に踏ん張ると、戻りが遅れて、フットワークも遅れていきそうな雰囲気である。

古武術卓球の布袋氏の動画を見ても、移動時にがんばって床を強く蹴るよりも、軽く上方向に足を上げるだけというフットワークを推奨している。



一体どういうことなのだろう?
平野選手のフットワークは踏みにじる力が非常に強いから、フットワークも速いのだという前提があって、そのために踏みにじる力を高めようと思っていたのだが、卓球では踏みにじる力が強すぎると、かえってフットワークに支障をきたすということのようだ。

となると、今まで通り、あまり踏みにじらずにフットワークをしたほうがいいということになる。
下の動画にあるようにまずは1、2、1、2、というリズムで戻りを早くするということからやってみようかと思っている。



足が動くと上が動くわ
「足が動くと、上が動くわ」

ピンレモさん、また動画に復帰してくれると嬉しいのだが。

足惜しみ――私なりの省エネ卓球

サッカーで自軍のキーパーがボールを敵の陣地に向かって大きく蹴り上げたとき、そのボールを追いかけて全力で走るというのはサッカー選手にとってふつうのことだろう(たぶん)。ボールを敵に奪われたくないからである。

ロングキック

卓球ではどうだろうか。

「バック側に来たボールを回り込むのはリスクがあるから、バックハンドで打とう」

「台から離れると、ストップされるから、あまり下がらないでおこう」

私は足を使うことに消極的である。なんとかして足を使わずに済む方にばかり考えを巡らせてしまう。省エネ? そのセーブしたエネルギーを私は一体どこに使うというのか。試合が終わっても体力は十分すぎるほどに残っている。プロの選手のように台の端から端まで何メートルも連続で素早く動くというわけではない。回り込みの数10センチ、バック側からフォア側までの2~3メートルを1回だけ。このぐらいなら中年でもなんとか動ける範囲ではないだろうか。その労力をどういうわけか私は惜しむ。

「相手のサーブがバック側に来た。台から出そうだ。間に合わないかもしれないが、全力で回り込んでみよう。」

「相手のレシーブはストップかもしれない。あるいはチキータで打ってくるかもしれない。前に出るか、後ろに下がるか、どっちだ?その判断は一瞬だ。短距離走の選手がスタートの合図と同時に全力で走り出すのといっしょだ。」

1球ごとにこんなふうに感覚を研ぎ澄ませ、判断が下されると同時に前後左右にダッシュする。こんな卓球をしていたら、1試合でクタクタに疲れてしまうだろう。しかし、スポーツというのは本来そういうものじゃないだろうか。そのぐらい全力で取り組んでこそ清々しい達成感を味わうことができるのだ。1試合終わって、大して汗もかかないというのでは卓球の楽しさも半減だろう。

回り込んではみたものの、間に合わず不自然な姿勢で棒球を送ってしまった。こういう経験から私は「なんとかして回り込まずに済ませたい」と思うようになったのだろう。しかし、こぼれ球を追って、必死で走ってみたものの、奪取できずに敵にボールを奪われてしまったサッカー選手が「全力で走って損した。これからは、こぼれ球を取りに行くのはよそう」などと考えるだろうか。スポーツというのは何度失敗してもあきらめずに全力で走りまわってボールを追いかけるものではないか。

そう考えると、私はなんとつまらない卓球をしてきたことよ。卓球は手よりもむしろ、足をよく使うスポーツだったのだ。

山中教子氏も言っていたではないか、「ちゃんとボールのところまで体を運んで、タイミングを合わせて、しっかり入るように自分の体で打てばいい」と(前記事「動作の楽しみ」)。ちゃんと足を使って動くことが卓球の前提なのである。

よし、これからは「足惜しみ」をせず、一瞬一瞬、全力で足を使うぞ!

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そのような覚悟で先日の練習に臨んだのだが、現実はやはり厳しかった。

相手のサービスが台から出るか出ないかを少しでも早く察知し、2球目で回り込んでドライブをかける、3球目も同様に台から出るか出ないかに神経を集中し、回り込みなり、バックドライブなりで先手を取るという卓球をしてみたところ、50~60%ぐらいの確率でうまく先手がとれ、いい展開になった。しかし、1ゲームを終わった頃には集中力が切れ、足も重くなってきた。

1試合でクタクタになるどころか、1ゲームでクタクタだ。こういう卓球でこそ「省エネ」をすべきだったのだ。相手のサーブを2球目で全部回り込むつもりで待つのは体力的に厳しい。そこで相手のサーブの2本のうちの1本は回り込むつもりで待つ――つまり、足を使うのを惜しむのではなく、攻撃的な姿勢を間引くことにしたのである。3球目も2本に1本は無理をせず、ツッツキなどを厳しく送って相手に軽く打たせて、カウンターを狙うようにする。これでうまくいくかどうかまだ検証中だが、そのうち判断が早くなれば、体力への負担も減り、ほどほどに「エコ」な卓球になるのではないかと思われる。


節制は勝利のもと

どうして自分は東山高校卓球部を出ていないんだ。いや、別に東山高校でなくてもいい。どうして関西学生リーグ1部や2部の大学の卓球部を出ていないんだ。そんなことを試合後に考えたりもする。強豪校出身の学生の卓球、それはたとえレギュラーでなかったとしても、彼らの卓球は私たちの卓球とは全く次元が違う、ということを試合に出るだびに思い知らされる。私が一生卓球を続けても到達できない地点に彼らはいる。

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試合
イメージです。

先日久しぶりに試合に出て、さんざんな結果だったのだが、明らかに私の卓球とは次元の違う卓球をしている大学生たちがいた。ほとんどフォアで動き回り、台から離れて豪快な打ち合いをする卓球である(といっても全日学とかに出られるレベルではない)
そういう生きの良い学生たちに60代の老練な片面ペンのオジサンが勝ってしまったりするのも、卓球のおもしろいところである。

試合後、そのオジサンと話をする機会があって、どうしてあんな化け物(私のレベルから見ると)みたいな学生に勝つことができるのかを聞いてみた。

オジサン曰く、
「そらぁ、ボールの威力とかはとんでもないで、回転もすごいしな。我ながら、あんなドライブ打たれて、ようブロックが止まったもんや。サーブもめっちゃ切れてるんや。ちょっと触ったらピュンと飛んでまいよる。それをあっちは回り込んで、フォアドライブでズドンッや。」

「しかしな、あいつは自分がサーブにどんな回転をかけてるか分かってへん。とにかく目一杯切れば切るほどいいと思っとるから、こっちのレシーブが予想したところに返ってこーへんで、びっくりしたりしよる。オレは自分がサービスにどんな回転をどのぐらいかけとるかちゃんと把握しとるから、レシーブもどんなもんが返ってくるかだいたい分かる。それでミスが少なくなる。あいつはそういうところがまだ分かっとらんさかい、オレに負けるんや。」

サーブは切れていれば切れているほどいいし、ツッツキもドライブも、回転がかかって、スピードが速ければ速いほどいい、と私は思っていたのだが、強すぎる回転や速すぎるボールは時には自分のプレーを損ねかねない諸刃の剣になりうるのである。自分の対応できる範囲を超えた回転やスピードは、こちらの想定を超えた返球を招いてしまい、時にはミスにも繋がる。

この話を聞いて思い当たることがある。

私も同じようにサーブに回転をかけすぎて、相手のレシーブがこちらのエンドぎりぎりの高いボールだったり、自分のかけた横下回転サーブをつっつかれて、回転がそのまま返ってきてしまい、打とうにも打てなかったり、ということがある。全力のドライブを打ったはいいが、体勢が崩れてしまい、次のボールに対応できなかったり、台上で低くて速いフリックを打ったが、コースが甘く、鋭いブロックが返ってきて返球できなかったり。というか、そもそも自分の限界近いボールを出そうとすれば、ミスする可能性もおのずから高くなる(前記事「軽打礼讃」)。

練習のときは夢中になって限界近くまでスピードやスピンを追求するのもいいが、試合の時は節制をこととすべきである。自分の限界からある程度マージンをとることで、相手のボールも予想しやすくなり、ミスも減る。自分の打ったボールが相手にどのような影響を与えるのか、相手がどのようなレシーブをしやすいのかを把握できないようなショットは試合においては慎まねばならない。


動作の楽しみ――台に着かない練習

フットワーク練習がしたい。
卓球上達に欠かせないと言われるフットワーク練習。まだほとんど続かないが、数か月も取り組めば、きっと20~30往復ぐらいラリーが続くようになるに違いない。そしてそのころには体の動きが俊敏になり、卓球も大いに上達していることだろう。しかし、フットワーク練習には上手にブロックしてくれる練習相手が必要である。台の2/3の3点にブロックできちっとボールを回せる人は私の周りにはあまり多くない…。
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前記事「卓球の番組小学校」のことを思い出して、ふと

「そういえば、山中教子さんも京都のご出身だったなぁ。どこの小学校だったのだろう」

と気になって、『卓球王国』18年12月号を引っ張り出してきた。この号の「伝説のプレーヤーたち」で山中氏が取り上げられていたのだ。

yamanaka noriko
当時、美人選手として有名だった山中氏

上京区の室町小学校のご出身だということが分かった。室町小学校は上京第六番組、第七番組、第十三番組を起源に持つらしい。同志社大学を少し北に上がった辺りだ。

なんとなく山中氏の記事を読み進めていく。その後、御所の西にある上京中学に進学し、卓球部に入部したという。中学の顧問の先生は厳しく、新入生は球拾いばかり。拾ったボールを先輩に渡すやり方がまずいと、野球のノックのように球拾いの練習までさせられた。

しかし、それから山中は少しずつ、ボールを拾っては先輩たちにタイミング良く、さっとボールを渡すのが楽しくなってきた。

退屈なボール拾いにも、動作の楽しみを見出すその感性。

「動作の楽しみ」…。そうか!体を動かすというのは楽しいことだったんだなぁ。

目からうろこが落ちる思いだった。
私はランニングとか、ウェイトトレーニングとかが大嫌いである。なぜなら退屈だからである。一方で台に着いてボールを打つ練習は大好きである。なぜなら楽しいからである。しかし、よく考えてみると、台に着かない練習というのは楽しくないのだろうか。ランニングだって足だけでなく、腕も腰も動かす。それは卓球の動きにも重なるものである。台に着いてボールを打っているとき、私は足をどれだけ動かしているというのか。上半身を動かすばかりで下半身は申し訳程度にしか動かしていないではないか。「フットワーク練習がなかなかできない」などと、かこっているが、ボールを打ちながら足を動かすのは楽しいけれど、ボールを打たないで足を動かすのは退屈だというのだろうか。どちらも「動作の楽しみ」という点からみれば、大差ない。自分の思った通りに素早く、無駄なく、体の各部を有機的に動かすことが退屈なわけがない。そう考えると、日常の動作でも楽しくなってくる。

テーブルの端にある醤油を取って席に戻ってくるのだって、考えようによっては楽しいことである。駅まで歩くのだって、階段を上るのだって楽しい。すべての動作に卓球の動きをイメージして、重ねてみれば、日常の単純な動作でも楽しくなってくるではないか。

「だって卓球って、そんなに複雑じゃないでしょう。単調ではないけれど、複雑ではない。ちゃんとボールのところまで体を運んで、タイミングを合わせて、しっかり入るように自分の体で打てばいい」

スイングの角度がどうとか、体重移動がどうとか、それ以前に「ボールのところまで体を運」ぶというのが私にはできていない。そして体を運ぶという動作はランニングの中に豊かに含まれている。またウェイトトレーニングの中にはボールを「体で打」つという動作が含まれている。

ボールを拾いに行くのだって立派な練習だ。最近はボールを豊富に使い、いちいちボールを取りに行くことは少ないが、ボールを拾いにいく動作はフットワーク練習に重なるものがある。めんどくさいと思いながら、だらだらと拾いに行くのではなく、フットワーク練習だと思ってボールを拾いに行けば、それも楽しみになる。

山中は近所の堀川通りをランニングするときの姿勢でさえ、前へ無駄なく進みながら故障をしない走り方を研究し、「きれいに走る」ことを心がけた。プレーするうえでは、より早く、もっと強く、自分の体がよく動いて、そこにラケットを持たせたら良いボールが出る。体の使い方を工夫することは、山中にとっては勝利以上に魅力的なものだった。

そういえば、以前「常住卓球」という記事でも同じような主張をしたことを思い出した。が、大切なことなので繰り返し記しておきたい。

安定したツッツキ

5往復にも及ぶ激しいラリーを制し、ようやく1点とったかと思うと、次のポイントは、わずか2球目でこちらのレシーブミス。

なんだかむなしくなってくる。さっきの目の覚めるようなラリーで獲った1点は一体何だったんだ…。それも相手のサーブの質が高かったわけでもない。単純な下回転サーブだったのだが、私が想定したよりも少しだけ回転量が多かったためにツッツキをネットにひっかけてしまったのである。

こういう経験から、ツッツキの安定性について考えるようになった。いくら切れていても、安定しなければツッツキの意味がない。ある程度の回転量の幅があっても、そこそこの低さで安定して返せるツッツキというのはないものだろうか。



やっすん氏はツッツキには2つの感覚があるという。一つは前に押す速いツッツキ、一つは上に飛ばす遅いツッツキ。

前者は低く鋭くなるが、ミスが多くなる。逆に後者は時にはかなり浮いてしまうが安定性が高い。ツッツキは後者の感覚で打つのがいいのかもしれない。

また、次のような考え方もある。

下の動画はカットの安定性を高めることを解説した動画だが、ツッツキとカットには共通点が多い。カットが安定するなら、ツッツキも安定するはずである。



上の動画でオカピー氏は次のように説く。

(カットせず)ただ当てるだけでもボールは入る。だから、ボールを飛ばすことは考えず、回転のことだけに集中すれば安定するのだと。

当てたら入る

前に飛ばさない

つまり、オカピー氏の言いたいことはこうである。

「カットが安定しないのは、前へ飛ばそうとする意識と、回転をかけようとする意識の、2つの意識でカットするためだ」と。

2つの意識を持ちながら打球すれば、どちらもおろそかになる。ある程度角度を合わせて当てれば、それだけで入るのだから、前へ飛ばそうする意識は捨てて、回転のコントロールだけに集中すべきだと。

そのためには厚く当てるということが前提条件となってくる。厚くしっかり当てて、とりあえずそのままでも入るという状態を作っておいて、回転をコントロールするという作業に集中するわけである。

私もツッツキの際、つい低く鋭く返そうとして、薄く切りがちである。そうではなく、とりあえず厚く当てておき、ネットにかからないような角度を作ることだけに集中し、余裕があれば少し回転もかけてみる。そのようにすれば、ミスが減るのではないか。

最近見たアジア選手権2019での許昕選手のプレー。

決勝から。

掘るツッツキ1

掘るツッツキ2

掘るツッツキ3
 
許昕選手はラケットをシャベル(関西ならスコップ)のように使って、ボールの底のほうをこすっているように見える。



3ゲーム目後半からの連続写真。
掘る

掘る4

掘る3

掘る4
ちょっと分かりにくいが下から上にラケットを持ち上げている。

全てのツッツキがこのようにしゃくりあげるようなスイングというわけではない。
張本選手の下回転サーブは相当切れているはずだが、全くミスなくつっつけるのは、もしかしたらこの「しゃくる」ようなスイングが効いているのかもしれない。

あまりまとまらなかったが、上の3つの考え方をいろいろ試していけば、安定したツッツキにたどり着けるかもしれない。




 

卓球の「番組小学校」

明治2年、京都に全国初の「小学校」が誕生した。

番組
地域のコミュニティーセンターであるだけでなく、
火の見やぐらとしての役割も果たしていたらしい


もちろん、江戸時代から寺子屋や藩校といった教育機関もあったが、身分や貧富を問わず通える(通わなければならない?)大規模な「学校」というのは日本で初めてだったようだ。

小学課業表」というカリキュラムをみると、四書五経、日本外史、万国公法、真政大意といった、いかめしい科目が並んでいて、封建時代が終わって間もない庶民の子供がどこまで理解できたのかわからないが、とにかく世の中にはこういうありがたい本や考え方があるということぐらいは知ることができたはずである。

お上に頼らず、地域の全ての住民が出資(竈代として1戸につき現在の数千円を出し合った)して作った小学校であることから、京都市民はこの小学校を地方自治の観点から誇りに思っている(ただし、今では大半の小学校が閉校・合併されている)。京都の中心部を64の「番組」という区域に分けて、それぞれの番組に小学校が作られた。例えば湯川秀樹が卒業した京極小学校(上大組28番組と29番組で合同設立)は、御所の東に作られ、現在も残っている。その後、明治政府が全国に学制を敷き、小学校を作り始めたのは、その3年後だったという。(KYOTO SIDE より)

小学校という、地域に欠かせないインフラを政府に先駆けて、市民が自腹まで切って作ることができたのはどうしてだろうか。おそらく今では考えられないほど地域の絆が強く、地域の一体感や危機意識も強かったのだろう。近所付き合いも希薄で、地域のことは人任せで誰かがやってくれるだろうという現代の風潮とは隔世の感がある。最近、京都市が「レジエント・シティー」とかいうのに選ばれたらしいが、その決め手となったのは京都市の地域の伝統と絆の強さだと聞いたことがある。

京都は近世まで学問の中心であり、教えられる人がいて、学びたい人がいて、学ぶことは正義だという考え方があったので町衆(市民)は自腹を切ってでも小学校を作ろうと考えたのだろう。

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最近、世間の卓球に対する関心が低下しているように感じる。
去年はネットのニュースで卓球の記事をよく見かけたものだ。世界選手権はもちろん、ワールドツアーのレギュラーイベント、チャレンジシリーズでも、日本人選手が優勝したり、中国選手に迫ったりすれば、ニュースに取り上げられていたが、現在、開催中のアジア選手権2019インドネシアについてのニュースを全く見ない。卓球ブームはもう終わりかけているのだろうか。

私は別に卓球が世間で話題にならなくても困らないが、卓球界にお金が入らなくなって、卓球イベントが開催されなくなったり、卓球メーカーがつぶれたり、卓球場や卓球教室が廃業するとなると、非常に困る。今のところ、東京や大阪での卓球業界はそこそこ利益が出ているのかもしれないが、地方の卓球場や卓球教室の経営は赤字を出さないだけで精いっぱいなのではないかと思う(前記事「オジサンの夢」「卓球教室経営」)。卓球場がつぶれて、卓球をしたいときにできる場所がないというのは絶対に困る。社会人がいつでも卓球できる環境というのはどうしても必要なインフラである。地域のクラブがあるじゃないかという人もいるかもしれないが、週に1~2回しかないし、2時間程度しか使えない。しかも幅広いレベルの人と打たなければならない。初心者やムチャ打ちでミスばかりして、みんなに敬遠されている人とも打たなければならず、自分のための練習ができるのは2時間のうち、せいぜい20~30分程度である。これで上達しろというのは無理な話である。

そこで地域の卓球人がお金を出し合って、場所を借りて指導者を雇い、練習するということはできないだろうか。教えられる(管理できる)人がいて、練習したい人もたくさんいるし、卓球の練習はもちろん正義である。指導者がレベル別に練習相手をマッチしてくれれば、自分の近いレベルの人と打てて、お互いにいい練習ができる。例えば一人あたり月に5000円出資するというのは社会人にとって無理な金額ではない。有志を20人集めれば、月に10万円になる。そのうち5万を指導者に支払い、週に1回4時間ぐらい卓球場を借りて思う存分卓球をする(社会人なので、夕方の20時~0時まで)。この時間帯を1万円で貸し切りにしてくれる卓球場は探せばありそうだ。社会人なので20人がずっと練習するわけではない。22時から参加する人もいれば、21時過ぎには満足して帰る人もいるだろう。半年に1度総会を開き、お金の使い方や指導方針を見直すこともできる。

そもそも地域の卓球協会がこのようなサービスを提供してくれればいいのだと思うが、そのような動きはなさそうだ。「お上」が動いてくれるまで待つよりも自分たちで行動したほうが早い。

でも、こんな夢をいろいろ思い描いていても、実際に行動するのは様々な困難が伴うだろう。何かいい方法はないだろうか。

ネットで私の想像したような試みを探してみたところ、近いものが見つかった。


クラウドファンディングというのを利用して寄付を募り、東京に卓球場をオープンするという試みらしい。私の考えた出資したメンバーで指導者を雇い、練習場所を確保するというのとは違うが、こちらのほうが規模が大きく、卓球場を借りるのではなく、所有するという形態は、番組小学校により近いものと言えよう。ここが地域の卓球コミュニティーセンターとなり、多くの人を巻き込んでいけば、卓球を仕事にできる人も増えていくのではないか。

さすが日本の首都である。東京にはこんな計画を行動に移してしまうような人々が存在する。

彼らの運動をモデルにして、卓球における「番組小学校」が日本各地に広まっていくことを願わずにはいられない。

【付記】
もう一つ、北海道でも同じような試みがあるようだ。
Ping T Studio


感覚を閉じる

「スッキリ」というテレビ番組で早田ひな選手が取り上げられていた。


選手のボールコントロールの良さを試す、お約束のコーナー、台上の小さな的にスマッシュでボールを当てるというコーナーがあった。

スマッシュで的当てをしながらアナウンサーがインタビューをする。

「今のはどこを狙ってる感じなんですか?」
「すべてをぼんやり見ながら打ってる…」
「割と全体でとらえて…」
「全体で。」

(実は相手とラリーしているときに見ているのは…)
「ボールは見えないので、相手のラケットの面の角度でだいたいでもう…」

ボールは見えない

ラリー中にボールを見ていない!?
しかし、考えてみると、私も台上のゆっくりした展開ではボールを見ているが、ラリー中はほとんど見ていないということに気づいた。ボールが相手のエンド(陣地)にあるときと、自分のインパクトの寸前に一瞬ボールのだいたいの位置を確認するが、それ以外はボールを見ていない…と言いたいところだが、未熟な私はついつい自分のエンドにボールがあるときでも、ボールを見てしまうことがしばしばである。プレーが順調に行っているときは、ほとんどボールを見ないでプレーしているのだが、うっかりボールを浮かせてしまうといったイレギュラーなことが起こったり、難しいボールに対する返球に自信がないときなどにはボールをじっくり見てしまい、戻りが遅れ、相手に得点されてしまう。

人間の感覚のうち、最も大きなウェイトを占めているのが視覚である。そしてその視覚が開いていることによって他の感覚が鈍くなってしまうと思われる。卓球のプレー中に視覚を完全に閉じてしまったら、プレーなどできないが、ある程度視覚の精度を低めることによって他の感覚がより開かれるのではないかと思う。

左肩痛で2軍調整中の中日・バルデスが19日、ブルペンで驚きのピッチングを披露した。 39球を投げた後に、ビックリのリクエスト。「目をつぶって投げるから」。なんと、助っ人は両目を閉じて捕手に向かって投げ始めた。「キューバで20歳ぐらいのときにコーチから習ったんだ。6、7年ぶりにやったけどね」。だが、これがストライクゾーンに面白いほど吸い込まれる。「目を閉じると、感覚が研ぎ澄まされて、フォームのチェックポイントの修正ができるんだ」。(SANSUPO.COM 16.4.19より)


「手を直接見ながら」、手を「グーパーグーパー」の要領で開いたり閉じたりしてみてください。
「いつ」「どのくらいの力で」「どれくらい」指を動かしているかを、感じてください。

次に「目を閉じて」、同じように手をグーパーしてみてください。

いかがでしょうか?
目を閉じたときの方が、筋感覚をはっきりと意識できたと思います。

視覚を使うと視覚が優先され、筋感覚は弱ってしまうのです。
言い換えると、筋感覚は普段あまり使っていない感覚なのです。

(TS.VOCAL SCHOOL「筋感覚」を体験してみよう より)


上の二つの例は「筋感覚」が鋭くなる例である。視覚を閉じることによって体の内側から体を感じることができるようになるのだと思う。卓球でも「すべてをぼんやり」見ることによって自分が体をどのように動かしているかに敏感になるのではないかと思われる。腰を回すタイミングとか、姿勢、どの筋肉に力が入っているかなどが把握でき、フォームが修正できるようになれば、上達も早まるだろう。

私の場合、視覚に充てていたリソースを一部解放したら、聴覚が敏感になった気がする。相手の打球音、バウンドする音がよく聞こえるようになった結果、打球のリズムが安定し、ミスが減ったような気がした。

視覚ばかりに頼らず、他の感覚も利用してみると、今まで気づかなかったことに気づくことが期待できる。

「エネルギーの方向」という考え方

社会人から卓球を始めた年配の女性でドライブをしっかり打てる人は少ないと思う。
もし、そのような女性に下回転に対するドライブを教えてほしいと言われたら、どのように教えればいいのだろうか。

私ならこんなふうに説明するかもしれない。

「ボールがバウンドして上がってくる途中の頂点前の打点(バウンドと同時にスイングスタート)で、ボールをしっかり引きつけて、ボールが当たる瞬間だけ力を込めて打てばいいですよ。腕の力は打球の瞬間以外は抜いておいてください。前に打つのではなく、上方向に。山なりのボールが出るように回転をかけてください。」

私は指導経験などないのだが、結果は容易に想像がつく。この説明では年配の女性が下回転打ちができるようにはならない。「頂点前」といっても、絶対に頂点を過ぎてからインパクトするだろうし、「引きつけて」といっても、ボールが十分近づく前に力を入れて、ボールを迎えに行ってしまうだろうし、「力を抜いて」というのも無理だろうし、「上方向に」と言っても、前方向にスイングするに決まっている。

年配の初心者・初級者に下回転打ちをどうやって教えればいいのか。その一つの解答がが以下の動画である。

-------------

「(下回転打ちについて)どのように習ったことがありますかって伺ったらですね、回転がかかっているボールに対して『倍返し』…倍に回転をかけ直して入れなきゃだめだから。でもあなたは力がないので、だいぶ難しいですよと言われたらしいんですね。」

「倍返し」。この説明はよく分かる。下回転を上回転で持ち上げるには、下回転の回転するスピード以上のスイングスピードでボールを擦り上げなければならない。切れた下回転サービスやカットを持ち上げるには、かなりのスイングスピードと力が要求される。ちょっと気を抜くと、ボールをネットにかけてしまう。


「ドライブは物理的に考えると超簡単!」

だが、上の動画のオカピー氏は言う。
「猛烈に切れていても、物理的に考えれば入ります。腕力とかの力は全然関係ないです。」


角度打ちの原理
橋下徹氏に少し似ている…。

オカピー氏は物理学の考え方で下回転打ちを説明している。

エネルギーの方向   図1


垂直にしたラケットに下回転のボールが当たった時、もちろん、ボールは下に飛ぶ。しかし、真下ではなく、前下に落ちる。その落ちる角度Aと同じ角度Bを作るように下から(C)エネルギーを加えれば、軽い力でボールは水平に飛ぶのだという。

「絶対に入ります!地球上にいるかぎり」



これをマシンを使って実演したのが上の動画である。

落ちる角度

この通り、下回転のボールをラケットを垂直にして当てるとかなりの急角度で下に落ちる。

それを図1のCでボールに触って上前方向のエネルギーを意識してこすりあげると、

軽く入った

軽く打っても余裕でボールが持ち上がる。上の写真では確認しづらいが、中央右の白い線が水平気味に飛んでいくボールである。

「下回転のボールは、その回転スピードの倍のスイングスピードでこすり上げなければならない」
という方法に比べると、非常に簡単な返球方法である。

オカピー氏の下回転に対する特徴的な考え方はスイングスピードに拠らず、「エネルギーの方向」という概念を用いている点である。エネルギーの方向という考え方を応用すれば、たとえばフォアフリックが一挙に簡単な技術になる。私はフォアフリックをする時、どうやって下回転に負けないスイングスピードを生み出せばいいかと考えていたのだが、そうではなく、エネルギーの方向に気をつけて擦り上げればよかっただけなのだ。カット打ちもそうである。こちらが必死で回転をかけてスピードドライブを打てば打つほど、カットマンはキツいカットで返球してくる。そうではなく、やはりエネルギーの方向を考えて、軽くこすって、浅く落とせば次のカットも甘くなる(と思う)

ただ、このように軽く打つだけでは、単に返すだけにとどまり、得点には結びつかないかもしれない。そこで、エネルギーの方向を意識しつつ、威力を持った下回転打ちを紹介したのが以下の動画である。



「体幹を圧縮させることによって、足がフッと浮くんですよ。それに合わせて体を回転させると…全身が同じ圧力で回ってくれるので、スピードが出ます」
体感を圧縮

この動きは古武術からヒントを得たそうである。

圧縮させて回転

「体幹を圧縮する」ということを意識すれば、腕の力が抜けて、スイングスピードも速くなりそうだ。


下回転を返球するにはスイングスピードではなく、エネルギーの方向性を優先的に考えれば、卓球のさまざまな場面で応用がきき、よりミスの少ない卓球が可能になるだろう。



動画レンタル「松下大星の裏面打法」

ある晩のこと、無性に豆腐を食べたくなり、近所のスーパーを22時頃訪れた。

信吾港町

その店は豆腐をいつも88円で売っているのだが、ちょうどその日は78円になる特売日だった。すると、なんと豆腐が一丁も残っていない…。いつもは20丁ぐらい置いてあるのに、その日に限って完売だった。たった10円安いだけではないか。そんな目の色を変えて買い込むほどのことか!?

思い起こせば昭和の時代、新聞のチラシに50円引きクーポンとか100円引きクーポンとかが付いていても、恥ずかしくて使う気にはならなかった。今なら、50円引きクーポンなんてRPGのレアアイテムのように貴重なものだ。使わずに使用期限を超えてしまうなんて考えられない。時代は変わった。

そんなこんなで、来月から消費税が10%に増税されるのだという。

すわ!一大事。

9月中に卓球用具を買いだめしておかなければ。ラクザ7は実売、3450円に8%の消費税がかかって3726円。それが10月になると、3795円で、71円も高くなる。
ラケットは何かほしいのがなかったっけ? 神選手愛用の馬琳エキストラスペシャルをちょっと使ってみたいな。6555円に8%の消費税がかかって7079円。10%になったら、7211円。132円高くなる。

…しかし、100円前後高くなるからって、それがどうしたというのだ。別に無理して駆け込み購入しなくてもいいだろう。

歳を取ると、新しいラケットにラバーを貼って、気に入らなくて別のラバーを貼って…というのがとても億劫になってくる。いつものラケットに同じ銘柄のいつものラバーを貼り替えるだけで十分だ。買い物はラケット以外のものがいい。他に買っておくものはないだろうか。シューズは使っていないのが2足あるし、ウェアの類もタンスの中にいっぱいある。かばんもストックが1つあるし…。何も買いたい物がない。

そんなときに卓球王国WEBで技術DVDがネット上の動画で見られるというニュースを見た。
http://world-tt.com/ps_info/ps_report.php?bn=5&pg=HEAD&page=BACK&rpcdno=1380#1380

「松下大星の裏面打法」が1週間レンタルで500円。これは安いのか?

私は裏面でのショートに不安を抱えている。裏面ドライブも打てることは打てるが、もっと安定性を増したいし、裏面のプッシュも使えるようになりたい。ちょうど上級者の技術動画で裏面を研究したいと思っていたところなのだ。

考えてみれば、私は技術DVDをメルカリとかで1500円とかで買って「安い!」とか言っていたのだが、1週間の制限があるとは言え、たった500円というのは激安ではないか。「サービスはマジックだ(前)」を中古で1000円弱で買って、その買い物に満足したが(前記事「バイバイの動き」)、結局3回ぐらいしか観なかった。「松下大星の裏面打法」もそんなに繰り返し観ない気がする。おそらく2~3回も見れば満足し、十分もとは取れると思う。日本一高い京都の地下鉄に乗ったら、往復で500円を超えることもしばしばである。500円というのはそんなに躊躇するような金額ではないはずだ。よし、清水の舞台から飛び降りたつもりで購入してやれ!

Vimeoという動画サービスのページに行って、クレジットカードの番号とメールアドレスを記入し、会員登録する。そして「松下大星の裏面打法」をレンタルするボタンを押すだけ。1分もかからない。
DVDを4000円ぐらい出して買うよりもずっとスマートである。LiliとかWRMといった他社でもVimeoのサービスを使って今まで無料だった動画を有料にし、薄利多売で販売したら、みんなが幸せになれると思う。

動画の構成は以下の通りである。

A【グリップの解説】
B【各打法のポイント】
裏面ショート 裏面ツッツキ 裏面ブロック 裏面プッシュ 裏面カウンタープッシュ 裏面ハーフボレー 裏面前陣ドライブ 裏面カウンタードライブ 裏面3球目スピードドライブ 裏面3球目ループドライブ 深いツッツキに対する裏面ドライブ 裏面フィッシュ&裏面中陣ドライブ 裏面フリック 裏面チキータ 台上裏面バックドライブ

C【裏面チキータのよくある失敗例】
D【その他のプレー】
台上からの連携プレー 台上BDからカウンターBDの例 台上BDからFDの例 台上BDから回り込みFDの例 フォア側に回り込んでチキータ(BD)の例 ダブルスでの回り込み裏面チキータの例

E【フェイントプレー】
裏面チキータと見せかけて裏面ツッツキ 裏面チキータと見せかけて裏面ストップ 裏面チキータと見せかけて裏面サイドスピンストップ 裏面ツッツキと見せかけて裏面フリック 裏面チキータと見せかけて裏面フォア前ストップ 

F【裏面打法のスーパープレイ】
松下大星選手 加藤由行選手 宋恵佳選手 小野志保選手のプレーが合計で4分ほど。

--------
以下、見た感想である。

Aの【グリップ】にはたとえばこんなコメントがある。

・グリップはフォアハンドのときは指全体に力を入れる。
・バックハンドは親指と後ろの指に力を入れて、人差し指は力を抜いて添えるだけ。
松下式グリップ

このように各項目に簡単なコメントを付し、実際に打球する映像(とスロー映像)、実際の試合でのプレー映像を続ける。Bはこんな感じである。Cの「失敗例」というのは新鮮で非常に勉強になった。Eの「フェイントプレー」も実際の試合でも使えそうなので参考になった。Fの「スーパープレー」はボリュームがなさすぎて残念。個人的には加藤由行選手のプレーをもっと観たかった。



一通り、観てみて、この動画は前記事「要素構成主義を超えて」で取り上げた「表ソフトの教科書」と同じような印象を受けた。基本的には「単体の技術の実演」+「簡単なコメント」という構成が中心である。これを見て、裏面が打てるようになるかは微妙である。ある程度打てる人が参考にするという性質のものだろう。「表ソフトの教科書」は4000円ほど出して買ったので辛辣に批評してしまったが、「松下大星の裏面打法」がわずか500円で見られるなら、十分値打ちがあると思った。

以下、補足である。

・画質:パソコンのブラウザで観たら、360Pしかなかった(Vimeo有料会員ならもっと高画質で観られる?)。
・序盤に重複あり(「ツッツキ」の後で動画が切れており、もう一度初めから再生される)
・中盤に音ズレあり

【補足】190911
【裏面チキータのよくある失敗例】の部分に【その他のプレー】を含めてしまっていたので、修正した。

自分の持ち味――「ドミナント」を考える

私がいろいろな仕事で接してきた「できる人」に共通している特徴は、「自分の能力特性の分析」がうまいということだ。
まず、自分は何が得意で、何が不得意なのかを分かっている。もちろんオールマイティにあらゆる仕事をこなすエリートもいるのだろうが、たいていの人は、「仕事の得手、不得手」を持っている。そのうえで、得意な仕事を積極的にこなし、「不得意な仕事」からは上手に逃げている人が、実は「仕事ができる人」と評価されるのだ。(和田秀樹『頭をよくする ちょっとした「習慣術」』)


卓球にも同じことが言えるだろう。
「強い人」に共通している特徴は「自分の能力特性の分析」がうまく、苦手な展開を避け、得意な展開でいつも勝負している…。

-------------
先日、横浜を訪れたとき(前記事「夏休み 横須賀・横浜散歩」)、ホテルに滞在したのだが、そこで初めて「卓球ジャパン」というテレビ番組を見た(私はふだんテレビを見ない)。そのときのゲストは加藤美優選手だったのだが、この番組は卓球選手をゲストに招いて、自身の試合を解説してもらうという番組のようだ。これは前記事「本人による解説」で私が望んでいたとおりの番組内容ではないか!すごい、すごすぎる!試合をした本人がどんなことを考え、どんな狙いでプレーしていたかを試合のビデオを見ながら明かしてくれるのだから。

卓球ジャパン

司会の武井壮氏が番組中でこんなことも言っていた。
曰く、人の身体には「ドミナント」というものがあり、手の平、手の甲のどちらかに感覚が偏っているものだと。

「ドミナント」ってなんだ?

辞書で調べてみると、dominant armは「利き腕」の意味、dominant dialectは「優勢な方言」、dominant factionは「主流派」、dominantだけで「顕性遺伝子」という意味があるらしい。「ドミナント」というのがなんとなく分かってきた。

つまり複数のものがせめぎ合っている中で、任意の一つが他のものより優勢に働くということだろう。武井氏はこれが人によって異なっているというのだ。手のひらよりも、手の甲の感覚が発達している人は、加藤選手のようにバックハンドが得意であり、つま先よりも踵のほうがドミナントになっている人は後ろ回し蹴りが上手いということになる。

後ろ回し蹴り
後ろ回し蹴り

こう考えていくと、身体の様々な部位にドミナントを想定することができ、そのドミナントを上手に結び付けてプレーができれば、自分の最大限のパフォーマンスが発揮できると言えそうである。

身体の部位だけでなく、卓球の技術にもドミナントはあるだろう。上回転のラリーよりも下回転のラリーがドミナントになっている人はカットマンに向いているわけだし、前陣よりも中陣のほうがドミナントの人もいる。下半身よりも上半身がドミナントならば、前陣であまり動かない卓球をしたほうがいい? いや、逆に前陣に貼りついていると、ボールが早く返ってくるので、細かいフットワークがより大切になるということもありうる。ドライブよりもミート打ちのほうがドミナントの人もいれば、ブロックやツッツキがドミナントの人もいる。ちっとも上達しないドライブ型の選手がペン粒に転向したとたん、急に頭角を現したなんてこともあるかもしれない。

このように身体の部位だけでなく、卓球のさまざまな打法、技術のドミナントでも「自分の能力特性の分析」をし、自分の特性に応じた卓球をすれば、自分の能力を最大限に発揮できるにちがいない。

瞬撮アクションポーズ

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