世の中の上級者がみんな両面裏裏なので、ヘタクソなりに個性を出してみようと表ソフトを使うことにした。
「表とか粒高を使っているヤツは邪道だ、初・中級者には勝てても上級者には絶対に勝てない」とか、「相手の感覚を惑わすだけの姑息な戦型だ」とか、そんなことを言う人もいるが、別に私はそんなにレベルの高い卓球を目指しているわけではないので、裏裏の王道を歩むつもりはない。表ソフトという未知のラバーのおもしろさを知りたいと思うだけだ。
昔は江加良のような表ソフトでパシパシ打っていく戦型が隆盛を極めたが、近年そんなタイプは絶滅寸前である。本やビデオでも表ソフトの使い方はあまり取り上げられない。そんな風潮の中で「表ソフトの教科書」(卓球王国)は異彩を放っている。表ソフトに特化したビデオである。サンリツの女子選手(F面表、B面表、ペン表)をモデルにして表ソフトの使い方を解説しているのである。早速購入してみた。しかし結果から言うと、あまり参考にならなかった。



全体の構成は

A:表ソフト個々の打法(フォアロング、ドライブ、フリック、ブロック等)をとりあげ、それに一言コメントがある
B:具体的な戦術の例(どうやって表の特性を生かして攻めるかをラリーで実演)

という構成になっているのだが、Aが全体の9割ほどを占めており、Bは5分程度しかない。
このビデオの思想はこうである。

Aで個々の技術をしっかり習得し、それをBのように使えば、表が上手に使える

しかしこれでいいのだろうか。
私たちは英語の勉強にかなりの時間を費やしている。最近では小学3年生ぐらいから始め、少なくとも大学2年生ぐらいまで続ける。約10年である。『試験に出る英単語』のような本などで数千語の語彙を暗記し、さらに熟語集のような問題集で同じように熟語を暗記する。それで受験には対応できるかもしれないが、英語を運用するのには程遠い。簡単な日常会話でさえ満足に話せない人がほとんどである。
基本的な英文法を学び、それにしたがって語彙や熟語を組み合わせれば英語が話せるというわけではない。言葉というのは単語の集合によって表現されるというのはその通りだが、どんな場面でどんな単語を選ぶか、自分の言いたいことをどんな側面から描けばいいかというのは文法や単語の暗記では対応できない。実際にそれを使わなければならない場面を何度も経験しないと言葉は使えるようにはならない。個々の表現を覚えても、それをどうやって使うかは分からない。無理に使おうとすれば、それは機械翻訳のようなめちゃくちゃな言葉になってしまう。

「表ソフトの教科書」に感じる不満はこの英語教育に対する不満と同じものだ。フリックやドライブという個々の技術がいくら上達しても、試合ではうまく使えないことが多い。つまり、A→Bという順番ではなく、B→Aの順番で学んだほうが効果があると思うのである。まず全体Bを示し、どんな場面でこのA「打法」が必要で、どうやって試合を有利に進めるかの説明をしてほしいのだ。文脈を切り捨てて、A単体を学ぶというのは実践的ではない。しかしこのビデオではBの「戦術」はほとんどオマケで、Aの「打法」との関係も薄い。

たとえば、

「自分のストップのあと、深く切れたツッツキがきたら、対応できないことが多いので、ストップの後はすぐに下がってループドライブの準備をしましょう(文脈)。表ソフトのループドライブは難しいです。以下の動画でループドライブのコツ(技術)を身につけましょう」

のように解説してあったら、技術(A)をどのような場面(B)で生かせばいいか分かるのではないだろうか。

「文脈と切り離された個々の技術・知識の積み上げによって上達する」という考え方を「要素構成主義」と名付けよう。要素構成主義はさまざまな分野で見られるが、これらはうまくいかないことのほうが多い。卓球の指導はこのような要素構成主義を超えなければならないのではないだろうか。

「表ソフトの教科書」には多くの問題があるが、表ソフトの技術をもっぱら扱ったビデオとして唯一のものなので、表ソフトを使っている人には見る価値があると思われる。願わくはさらに効果的に表ソフトが使えるような工夫のあるビデオが発売されんことを。

【追記】『卓球王国』2011年5月号から始まった「超効くコツ!!」という連載を読んだのだが、非常に詳細な説明があった。「超効くコツ!!」のDVDのほうは見ていないが、『表ソフトの教科書』にも同様の連載があったようだ。もしかしてその連載を読んでから上のDVDを見たら、評価が変わっていたのかもしれない。