ずいぶん古い本だが『NHK趣味悠々 中高年のための楽しい卓球レッスン』(NHK出版)を読んでみた。
全く経験のない初心者を対象にして書かれた本である。ラケットの選び方、グリップの握り方、フォアハンド・バックハンドの打ち方、フットワーク、サービス、レシーブと本の構成は一般的である。

この本の優れた点は間違った例を豊富に挙げている点である。
たとえばラケット(シェーク)のフォアハンドの振り方についてだが、手首を曲げて、ラケットの先端が下を向いてしまうのはダメと写真入りで紹介している。このダメな例を挙げてくれているのが初心者の指導に役に立つ。ビデオがあればもっといいのだろうが、あいにくビデオはない。

ただ上の例で言えば、フォアハンドを振るときに手首が曲がっているのは間違いというのはどうしてなのだろうか。トップ選手でもフォアを振るときに手首が曲がっている選手がいると思う。水谷隼選手や高木和卓選手は手首を下に曲げているように見える。

こういう卓球の「常識」には常々疑問を感じている。私が子供の時は、打つときはインパクトの瞬間までボールを見るように言われていた。しかし律儀にそんなことをしている人は少数派だろう。私が以前指導を受けていた元プロの方はボールを見ないと仰っていた。そんなことをしていたら、次の打球に間に合わないし、相手の動きを見ることもできない。

フォアを打つときは腰をよく使って、体全体で打つのがいいとされている。たしかに中・後陣で引き合いでドライブを打つときやスマッシュの時は体全体で打つのがいいと思う。しかし前陣で打つときに果たして腰をしっかり回転させて打つのは本当にいいことなのだろうか。腰を動かすとどうしても戻りが遅くなる。前陣で腰を使った強打を打って、それがブロックされたときは、なまじスピードのあるボールを打ったために返球も非常に速い。戻りが遅いと相手のブロックに対応できない。前陣ではむしろあまり腰を回さず(逆に全く腰を使わないで打つのも難しい)、肩や肘だけでドライブを打つのが効果的なのではないだろうか。現に丹羽孝希選手のプレーを見ていると、あまり腰を使っているようには見えない。

昔は片面ペンはオールフォアで打つように言われていたが、あれも本当にいいのだろうか。これから片面ペンでもバック主体のスタイルが出てきてもいいのではないだろうか。先日オーストラリアの粒高ペンの選手の試合をみたが、バックのプッシュが主体だった。



卓球の「常識」は根拠がないから役に立たないというつもりはない。そんなことを言い出したら、何も指導できなくなってしまう。「勉強していい大学を出て、創造的な仕事に就くのがいい人生です」という人生の「常識」には根拠がないといって否定してしまったら、たいていの親は子供を教え導くことができなくなってしまう。卓球の「常識」は指導の便宜として必要であることは分かっている。しかしほとんどの卓球書がみな口をそろえて「手首を下に曲げてはいけません」とか「フォアハンドは腰を使って打ちましょう」などと書く必要はないのではないだろうか。つまり、あたかも「正解」であるかのように複数の書籍で口を揃えて同じことが書かれているのに疑問を感じるわけだ。たまには「ピッチの早い卓球を目指す人はあまり腰を使わないで打ちましょう」と書いてある本がいくつかあってもいいと思うのだ。ちょっと個性を出して、「常識」に反することが書いてある本があればおもしろいと思う。

ともあれ、『楽しい卓球レッスン』は「悪い例」を写真入りで豊富に紹介している点で初心者の指導には非常に有益な参考書だと思う。

【追記】
先日『卓球王国』で「超効くコツ35」という連載を読んだ。その中でWRMの原田隆雅氏が従来の指導法とは違う指導法を提案しており、勉強になった。卓球の指導法も年々変化しており、10年前の「常識」が現代では「時代遅れ」になっているということが分かった。
ラケットのヘッドを下に下げてもいいではないか、と上に書いたが、初心者でヘッドを下げている人を見てしまった。プロの選手のように手首を曲げてヘッドを下げているのではない。ヒジと手首をまっすぐにしてヘッドを下げて打っているのだ。なるほど、『楽しい卓球レッスン』で想定していた「悪い例」はこれなんだと思った。

【追記2】
先日、フォアハンドが安定しない時、「ボールをちゃんと見た方がいい」と言われた。さすがにインパクトの瞬間まで見ろというのではないが、ある程度見たほうが安定すると言われ、実践してみたところ、本当に安定した。昔から言われていることには一理あると考えを改めた。

【追記3】
All About というサイトに明治大学卓球部の平岡義博監督の説が紹介されていた(2004年)。
http://allabout.co.jp/gm/gc/213666/2/
曰く
平岡監督2
身体の中心線を超えて逆サイドまで振り抜くのがツボ

「日本の場合、少し打てるようになると、バックスイングをとってバックステップをして全身を使って打つんだとか言われます。それも間違いではないんですけど、その打ち方ではストライクゾーンが狭く何本も連続して打つのは難しい。上半身の形さえできれば腕の力だけでも十分にパワーのあるボールは打てる、ということをまず理解してほしいんです」

やはり体全体で打つ必要は必ずしもないと感じた。