ジャパントップ12卓球大会。
今年は土曜と日曜に分かれていて、土曜は世界卓球シングルスの代表選考会を兼ねており、男女8名がトーナメントで世界卓球シングルスの代表権を争う。代表男女各5名のうち、各4名はすでに決定しており、土曜日のトーナメントの優勝者は最後の代表に選ばれる。日曜はすでに代表に決まった「あがり」の選手たち同士のトーナメント戦。
選手のレベルは日曜のほうが高いかもしれないが、私は土曜のほうが絶対におもしろいと思う。最後のチャンスに賭けた選手たちが必死になって戦うのだから、熱いドラマが繰り広げられるにちがいない。

以下、ネタバレが含まれるので、観ていない人はご注意を。

仙台アリーナ
会場はカメイアリーナ仙台。この選手たちの巨大な表示は一体どうやっているのだろう?

今回私が注目したのは加藤美優選手。

2000年生まれの伊藤美誠選手、平野美宇選手、早田ひな選手の1学年上である。加藤選手は国際大会でも常に一定の戦績を残してはいるが、上記3人の「黄金世代」の影に隠れてあまり注目されていない。その加藤選手が準決勝で今乗りに乗っている早田選手を大逆転で破って決勝に進出したのである。

あの中国選手にも警戒されている早田選手を破るなんて一体どんなすごいプレーをするのだろうか。

紹介文では「高速バックハンドは世界トップレベル」となっている。

しかし、加藤選手の卓球を見ていると、失礼ながらあまり強そうには見えない。「高速バックハンド」というなら、「黄金世代」の3人のほうがずっと速いし、加藤選手のバックハンドは「高速」というより、むしろふつうよりちょっと遅いように見える。が、なぜか国際大会でも安定して勝てるし、1月の全日本卓球では石川佳純がベスト16、平野美宇はランクにさえ入れなかったなかで、ベスト8まで勝ち進んでいる。

本大会の準決勝で早田選手を破った試合後の平野早矢香選手のコメントは「早田選手は最後まで加藤選手のサーブに悩まされた」ということである。あの、そのへんの女子中学生がやっているような、鋭さのないフォアしゃがみ込みサーブのことだろうか。

サーブに限らず、加藤選手のプレーは見た目がなんだかプロらしくない。

ボールが高くて遅い。しかし相手に打ち抜かれることもあまりなく、なぜか相手のほうが先にミスする。

フットワークを使ってガンガン打ちまくるということもなく、逆に相手に振り回されて、よく姿勢を崩しながらラリーをしている。

崩れた姿勢


崩れた姿勢04

一体加藤選手の強さの秘密とはなんなのだろうか。準決勝・決勝での平野早矢香氏の解説から彼女の強さを探ってみたいと思う。





「両者ともにラリー戦、非常に上手い選手で…」
「(森・加藤)両選手ともラリー戦を得意とするタイプなので…」


加藤選手はラリーが得意らしい。といってもあまりラリーが続くことは少なく、だいたい3~5球目で終わってしまう印象がある。


「先ほど森選手の形になっていてもミスをして点数につながらなかった…なぜかというと加藤選手、非常にブロックが堅いんですよね。ですから『(打っても)返ってくるんじゃないか…」っていうプレッシャーっていうのもあるので、普段よりも1テンポ早いタイミングで打ってしまってミスということがありましたね。」(決勝3ゲーム目)
「加藤選手は準決勝、早田選手のボールに対しても距離をとってでもしっかりと粘りづよく返しましたからね」(決勝3ゲーム後のコメント)
「(守備力が高いというアナのコメントに対して)加藤選手、ミスが少ないですね。」
「自分でも決まった!と思うボールを返されるのは心理的にどうなんですか?」「プレッシャーかかりますね。」



ラリーが得意というのは、ブロックが上手く、相手の攻撃をミスせずに何本も止めてくるということを言っているようだ。加藤選手のほうが連続攻撃をしてラリーを続けるのではなく、相手のほうが攻撃してくるのを加藤選手が止めまくって最後にカウンター、あるいは相手のミスでポイントを取るというスタイルなのだ。


「(加藤選手は)ラリーの中でもちょっとしたチャンスは、やっぱ攻めてきますね?」「そうなんですよね。つないでいる、入れているだけであれば、森選手ももっといろいろな形が作れるんですけど、少しでも甘くなってしまうと、高い打点で攻め込まれるというプレッシャーもありますので、…バック半面のラリーっていうのはほとんど加藤選手が優位な形になっていますね。」


そして単にブロックが上手いというだけでなく、甘いボールを攻撃してくるというスタイルなのである。バック対バックのラリーで相手が先にミスするのを待ち、あるいはゆるいドライブなら反対にドライブで反撃に出る。なんだかカットマンのようだ。

そしてもう一つの強さはサーブである。


「加藤選手のサーブはですね、少しボールの高さはあるんですけど、ゆっくりと、そして回転量が強いので、回転の判断ミスをしてしまったりだとか少しタイミング的に取りにくいところがあるので…」(準決勝 対早田戦6ゲーム目でのコメント)
「加藤選手のサーブですね、少しアップダウンのようなサーブ、これに対して少し森選手、迷いがあるかなという…」
「加藤選手もサーブの展開を…いろいろなサーブを使いながら早く…どんどんどんどん展開してきますね。」



サーブが分かりにくいだけでなく、サーブ後の3球目も上手いのだという。


「加藤選手は試合を進めるのが非常にうまいなと、相手を見ながら、サーブレシーブの展開、コースの展開を変えていますので、そういった意味では加藤選手らしさが出ていますよね。」
「準決勝とは全く違うサーブの組み立てをしていますので、相手に応じてという…(以下、森さくら選手の絶叫でかき消される)」(5ゲーム目)


サーブからの配球、ポイントの組み立てというところが多彩で相手に容易に強いボールを打たせないということだろうか。相手の強く打てないところへボールを送り、返球コースを限定してブロックで待っている。だからブロックが堅いということになるのではないか。ただ、いくらブロックが堅くても、相手に好きに打たせていたらたまったものではない。相手のドライブ対ブロックやドライブ対ドライブのボールにも秘密があるのである。


「加藤選手は威力のあるボールだけでなく、緩いボール、回転系のボール、回転の少し少ないボールが非常に球質の変化をつけてますね。」
「加藤選手はバック対バックのラリーでもワンコースだけではなくて、少しずつコースをずらしながらミドルまで使いながらコース取りを決めていますよね。」


加藤選手のラリーというのは単に同じように返球しているだけではなく、回転をかけたり、あるいはかけなかったり、速かったり遅かったり、コースも少しずつずらしているために相手の連続攻撃を防ぎ、ミスを誘うことができるようなのである。まるで下回転とナックルを自在に操るカットマンのようなスタイルではないか。


「距離のとり方がしっかりしてますよ、動きもいいですしね。」


この「距離」とはどういうことだろう?


「加藤選手、距離の調整の仕方ですね、非常に上手いですねぇ。」「この僅かな動きなんですよねぇ。」「はい、細かい動きがボールの球質っていうものに大きく影響しますからね。」(長いバック対バックのラリーを制した後のコメント)

よくわからないのだが、下の図のようにラリー中に台との距離を微妙に変えて、あるときは下がりながら遅いボールを返球したり、あるときは前に進みながら速いボールを返球したりすることかなと理解した。

細かい動き01

細かい動き02


「(レシーブが浮いているというアナのコメントに対して)森選手の攻撃のボールに対して予め予測をして距離をとって、角度を出して、ということが正しくできていますので、いつのまにかラリーも五分の形に持って来られてしまっているような、そんな感じですね。」
「一歩前に出たり、下がったりなんですが、あの一歩が重要なんですか?」「そうですね。同じようなコースに見えると思うんですけども、少し短かかったり、少し長かったりと、ボールの長短ですよね、そういった変化がありますので、その辺りの調整が加藤選手、非常に上手いんですね。…ボールの質としては、全部が速いボール、強いボールじゃないんですけど、非常に安定感がありますよね。」



たとえボールを浮かせてしまっても、すぐに後ろに下がり、距離をとっているのでそうそう打ち抜かれない。しかも微妙にボールの深さやスピードをを変えているので、いつのまにか攻守が逆転し、加藤選手のほうが攻撃に転じるということができるようだ。


「あまり短いボールにこだわらず、長くツッツキをして、ドライブするならどうぞ、それを待ってますよという形で…(以下、森選手の絶叫にかき消される)。」(森選手に6-6で追いつかれて)


相手にしてみたら、どう対応してくるのか分からないし、球質が一定していないから、一本調子で攻め続けることはできない。サーブも分かりにくいし、コースも意外性のあるところを突いてくる…加藤選手の卓球というのは相手の嫌がるところを的確に突いてくるような卓球のようだ。


「タイミングの部分に関しましても…変化をうまく使いながら、相手のミスを誘ったり、ときにはスマッシュで攻めていったりということで、本当に加藤選手らしさが出ていると言えますね。」(1ゲーム後のコメント)
「バック対バックのラリーはこの二人のスタイルですと、避けられない部分だと思いますので、…変化の部分では加藤選手は一つ上を行っているのかと感じますね。」


卓球の強さといえば、たとえばタイミングが早かったり、ボールのスピードが速かったり、回転がかかっていたりといった「分かりやすい」強さだが、加藤選手の強さというのは速いボールや前陣でのピッチの早さというのを捨てて、相手がふだん練習で受ける機会の少ない、最適なタイミングやコースをずらされた不規則な卓球、いわば「変化卓球」なのではないだろうか。

そのようなことを実際の試合の中で実現するには試合中の相手の観察が欠かせない。

「一本ブロック、そして次のボール、フォアドライブということで、相手をよくみてますねぇ。」
「(加藤選手は)冷静に相手選手を見ながらですね、なおかつ自分のプレーを出し切るということに徹しているように感じますね。」

加藤美優

「加藤選手は試合を進めるのが非常にうまいなと、相手を見ながら、サーブレシーブの展開、コースの展開を変えていますので、そういった意味では加藤選手らしさが出ていますよね。」


加藤選手は試合中に相手の位置をできるだけ確認しながら、自分の次のボールをどう打つかを決めているらしい。これは非常に神経を使うプレーになるだろう。サーブからの展開をいろいろ変えて相手の出方を見ながら、ボールの長短、強弱などを変え、こちらから攻撃できるチャンスを作っていく。加藤選手の卓球は辛抱強く頭を使い、粘ってボールを拾う卓球、いわば「根性卓球」と言えるのではないか。

そして決勝の森選手を破って緊張感から解放された加藤選手。

泣き顔
ふだんあまり感情を出さない加藤選手が試合後に見せた表情。

この表情を見て思わず私ももらい泣きしてしまった。苦しかったなぁ。がんばったなぁ。早田選手との準決勝は首の皮一枚だったもんなぁ。

これだけのドラマを見せられたからには、世界選手権での加藤美優選手の活躍を祈らないわけにはいかない。がんばれ、加藤選手!