地震の次は大雨…。
京都市の街中はまだ被害らしい被害はないと思うが、西の桂川、東の鴨川のどちらも増水し、危険水域に達しているらしい。市内の山沿いの地域は避難勧告等が次々と出され、予断を許さない状況のようだ。

三条大橋
朝、増水した鴨川を見に行ってしまった。

大雨で仕事が休みになったので、最近ぼんやり考えていることなどを記事にしてみようと思う。結論は出ないので、問題提起だけである。今回も卓球には直接関係ない記事で恐縮である。

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こんなニュースが気になった。

 政府は5日に決定した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)の原案で新たな在留資格を設けることを明記し、外国人労働者の流入拡大を認める方針を示した。対象を実質的に単純労働者の領域にも拡大し、50万人超の受け入れ増を見込む。外国人労働者の受け入れに関し、専門職に限定していた従来からの方針を事実上、大幅に転換することになる。(ロイター 2018年6月6日 / 16:19

農業、介護、建設、宿泊、造船の分野で人手不足が甚だしいため、政府はここに外国人労働者を投入するという計画らしい。日本語でのコミュニケーションがとれない単純労働者も受け入れるのだという。当面、帯同(家族の呼び寄せ)はないということだが、日本での生活が安定すれば、家族を呼び寄せるというのは自然な流れだろう。自国の政情が不安定だったり、貧困から抜け出せなかったり、カーストなどの差別が根強く残っている国で差別にさらされる生活を送るより、日本での生活のほうがはるかに住みやすいと感じるにちがいない。

そうなると問題になるのが子供の教育である。

両親ともに日本語が話せず、日本語が全くできない子供がいきなり日本のふつうの小学校に入ることになるわけだが、日本にはそのような子供を受け入れる環境が整っているとはいいがたい。先生だってどう扱っていいか分からない。先生の指示が全く通じないことさえあるだろう。あるいは多少言葉が通じたとしても、文部省から下りてくるカリキュラムをこなすことができるとは思えない。イジメに遭うこともあるだろうし、なかなか日本社会に溶け込めないかもしれない。

これは私の杞憂ではない。すでにそのような現実が日本のあちこちにあるのである。

A県某市の、とある小学校。そこは学年の約半分の子供が外国にルーツを持つ子供である。日本語が全く分からない子供もいれば、日本語でコミュニケーションをとり、日本人の子供と仲良く遊んでいる子供もいる。しかし、彼らは一様に学校の授業についていけない。友達との会話なら流暢にこなせる子供もいるのである。だが、教科書の内容を理解する段となると、とたんについていけなくなる。カナと、せいぜい簡単な漢字しか読めない。いや、文字自体の読み方が分かったとしても、それらが連なると、どのような意味内容を表すのか分からなくなる。何度読んでも頭に入ってこない。喩えて言えば私たちが難解な哲学書を読んでいるような感覚だろうか。

知人のCさんがそういう子供の教育の専門家で、詳しく話を聞かせてもらう機会があった。
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C「この間、その小学校に招かれて、授業を見学したんですが、やっぱり子供たちは授業の内容がほとんど分からないようでしたよ。」

しろの「それじゃあ、先生は困るでしょうね。大前提として文科省のカリキュラムに沿って授業をしなければならないというのがあるけれど、それをしたら、外国籍の子供を完全においてきぼりにしなければならなくなる。教室にただ座っているだけの『お客さん』になってしまう。かといって、そういう子供たちに合わせて授業をしたら、日本人の子供たちはほとんど勉強にならないし、日本人の親たちが黙っていないでしょうね。子供たちを分けて、日本語の理解力の低い子供だけの特別クラスを作るということはしていないんですか?」

C「そういうのはなかったですね。分けたところで、ポルトガル語、中国語、ベトナム語、タガログ語等の外国語をスイッチしながら授業できる先生なんていないでしょ。日本人といっしょのクラスでした。」

し「それじゃあ、子供たちは授業の内容がちっとも分からず、そのうち不登校になって平日の昼間から街をフラフラするようになったり…。」

C「それが、みんなまじめで、分からないながらも、ちゃんと授業を聞いて、ノートをとったりしていましたよ。」

し「でも、授業内容が分からない子がほとんどなんでしょ?毎日日本人と一緒に授業を受けていたら、自然に分かるようになったりするものですかね?」

C「それはないでしょうね。だから何か対策を講じなきゃと思って私が呼ばれたわけなんですよ。先生たちもほとほと困っていて、藁にもすがりたいって感じでしたよ。」

し「こういう日本語の理解力の極端に低い子供たちが日本人といっしょに勉強するにはどうすればいいんですか?」

C「どうすればいいと思います?」

し「外国の移民政策や移民教育の本を読んだりして、参考にしてみる、とか?」

C「まず子供たちが今、どんなことが理解できないかを突き止めることですよ。問題の解決法は専門家や研究書の中にはないですよ。どうやって教えるのが一番いいかなんて私には分かりません。子供たちのことを一番よく知っているのは、私じゃなくて担任の先生でしょ?答えは子供たちの中にあるんですよ。」

し「なるほど。とすると、えらい先生が考え出した便利な指導理論があって、それをクラスに当てはめて解決!ではなくて、一人一人の子供と向き合い、先生が一人一人の問題――理解を妨げているものは何かを把握し、それを一つ一つ解決しながら、手探りで授業を作っていかなければならないということになりますね…気の遠くなるような作業に思えますが。そんなことできるんですか?」

C「できないからみんな困ってるんですよ…。」

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イメージです。
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この問答を卓球で考えるとどうなるだろう。

社会人の地域のクラブでは、中高の部活でガッツリやってきた中級者と、年配になって卓球を始めたばかりの初心者とがいっしょに練習するという状況も珍しくはない。中級者の練習を優先すれば、初心者の居場所がなくなり、かといって初心者の練習を優先すれば、中級者はクラブを去っていくだろう。この両者を満足させる便利なクラブ運営法というのがあればいいのだが、あいにくそういう便利なものを私は知らない。

一体どうすればいいのか。

誰か一人ががんばればうまく回るというほど簡単な問題ではない。結局、メンバー全員が知恵を出し合って、問題を一つずつ解決していくしか方法がない…。