運動でも勉強でも、「まず動く、そして考える」ことが大切です。そうして何度も成功や失敗をくり返しながら工夫を重ねると、きっと、自分にとって最高のものを実現できます。

勉強で「まず動く」というのが何を指すのかはっきり分からないが、運動に関しては「まず動く」というのは大切だと思われる。というのは、最近は卓球の情報が非常に多いので、動く前に考えてしまうことが多いからだ。

「考えてから動いてもいいじゃないか」

という意見もあろうかと思われるが、私も「動いてから考える」のほうがいいと思う。というのは、「動いて」の後なら疑問が生じやすいからである。初めから「正解」を知ってしまっていて、疑問がない状態で考えると、なんというか、考える幅が狭くなってしまう。

わたしが走り方を工夫し始めたきっかけは、高校生のとき、当時取り組んでいた走り方にぎもんを感じたことでした。それは、「ひざを高く上げて」「あしを思い切り後ろにける」、つまり大きな動作で走るというものです。そうすれば、速く走れるといわれていたのです。

カール・ルイス

といっても、何もない、まっさらな状態から考えるのも難しい。考える「たたき台」のようなものがあると、考えやすくなる。ここの「大きな動作で走る」というのを「大きな振りでスイングする」に置き換えれば、卓球にも通じる問題になりそうだ。

あるとき、「ひざを高く上げるような大きな動作をせずに走ったらどうなるのか。」と思いつきました。

たしかにひざを高く上げることは必要です。でも、それは地面をより強くふむために必要なのであり、ただ高く上げることに意味があるわけではないのです。同じひざを高く上げる動作でも、地面を強くふむことを意識して行うことが大切なのだと気がつきました。

卓球で小さなスイングで振ったらどうなるのだろうか。やはり威力のあるショットにはならないのだろうか。大きなスイングはボールをより強く打つために必要なのであり、ただスイングを大きくすることに意味があるわけではない。そうではなくて小さなスイングでインパクトを強くする方法があるのではないか?インパクトを強くするために本当に必要なことは何なのか。

このように、いろいろためしながら、自分に合ったあしの動かし方やうでのふり方を考えました。そうすることによって、自分にとって最高の走り方を見つけることができた気がします。人によって、ほねの長さや筋肉のつき方はちがいます。ですから、習ったことをなぞるだけでは、自分に合った走り方を身につけることはできません。何がむだか、そうでないかは自分で動いてみて発見するしかないのです。(高野進「動いて,考えて,また動く」より)

人によって体の作りが違うのだから、理論先行で、自分の体を理論に合わせるというのでは本末転倒である。自分の体に合った打ち方、自分だけにしかできない打ち方を、時には理論の助けを借りて、模索するというのでなければならない。
最近は情報が氾濫していて、自分の体がどうなっているのか、自分にとって打ちやすい打ち方は何かということをつい後回しにして、安易に理論に従ってしまいがちである。

人間は,自分の手を動かし,頬に風が当たっていろんな感じを受け,それで脳が刺激されて進化してきたんだと思います。脳が先に進化して,それからいろんなことができるようになったわけではありませんからね。(「「動いて,考えて,また動く」で伝えたいこと」)

卓球で言えば、ボールを打った感覚を確かめ、それに刺激されて考えるというプロセスが大切なのではないだろうか。一度、理論などは全て忘れ、一番自分に合った打ち方を虚心に自分の体に聞いてみたほうがいいのかなと最近思っている。