中学生のころ、部内戦をしたときのことをふと思い出した。

昭和trim
ちょっと昭和っぽい写真

今と違って卓球の情報などほとんどなく、レベルの低いうちの中学では、みな我流の卓球をしていた。その部の中では私は強かったが、もう一人同じぐらいのレベルのAくんがいた。Aくんはペンホルダーだったが、ミスが少なく、攻撃が安定していて、試合をして私とは勝ったり負けたりだった。

その日、Aくんと私は全勝同士で対戦したのだが、私はAくんに終始試合をリードされ、勝てる気がしなかった。私はフォアドライブが入れば勝てるのだが、その日はあいにくほとんど入らなかった。それに対してAくんのフォアドライブはガンガン決まっていた。そこで私はAくんにドライブを打たれないようにツッツキをバック側に徹底的に集めるようにした。

今の感覚ではバック側にツッツキを送ったところで相手のドライブを防ぐことにはならない、と思うかもしれないが、昭和の当時は今とは違い、バックハンドが自在に振れる人は非常に少なかった(県大会で上位にいくようなレベルは知らないが)。バック側に送られた38ミリ時代の低くて速いツッツキをバックハンドドライブで持ち上げようとしてもなかなか持ち上がらない。適切な打点で適切な体の使い方をすれば持ち上がったのかもしれないが、当時はラバーの性能も低かったし、我流卓球の私たちには打点などという概念さえもなかった。しかも完全な手打ちだったので、下回転をバックドライブしようとしても、成功率は3割以下だった。バックに来た下回転はツッツキで返すか回り込んでフォアで打つのが一般的だった。

私がAくんのバック側に早い打点でツッツキを送ると、Aくんも私のバック側につっつき返す。フォア側にツッツキを送ると、一発で決められてしまいかねないので、お互いに「早くミスしてくれ!」とばかりにバックへつっつき合い、ツッツキ合戦の様相を呈していた。そのようなラリーが2~3往復も続くと、やがてAくんは意を決して回り込もうとしては、詰まってミスをしてくれた。私はAくんに回り込ませないように早い打点で、しかもバックサイドを切るようなツッツキを送り続けていたのだ。その試合は結局私の勝利だった。後味の悪い勝利だった…。

もちろんルール上は何も問題ないし、今から考えると、うしろめたいことは何もないのだが、その時の私の認識では、その試合は正々堂々とドライブで勝負に出ずに、とにかく相手に打たせまいとする消極的な態度に徹して勝ったのが卑怯に感じられたのだ。

今から考えると、なんともこっけいな話である。

お互いバックハンドが振れない者同士の対戦で相手が執拗にバックにつっついてくる場合、いくらでもフォアで攻撃する方法があるだろうに。

たとえば深いツッツキを送ったあと、フォア前にストップしてみるかもしれない(当時の私は「ストップ」という言葉を知らなかった)。相手はバックでつっつこうと待ち構えているところへフォア前のストップである。相手は早い打点でボールにさわれず、ラケットに当てるのが精いっぱいで体勢を崩し、打てるショットといえば、せいぜいストップか、ゆるいツッツキになるはずである。それを待ち構えて、ストップならフォアミドルへ思い切り深くつっついて詰まらせるだろうし、ゆるいツッツキ――ミドルかフォア側に来るだろう――ならフォアドライブが打てそうである。

あるいはバックに横回転気味のツッツキを送ったり、ナックルのような切れていないツッツキを送るかもしれない。そんなボールが急に来たら、相手は驚いて反応が少し遅れる。そしてボールを浮かしやすい。それを待ち構えて回り込んでドライブやスマッシュが打てそうである。

しかし当時の私は愚直にツッツキをツッツキでひたすら低く返すということしか頭になかった。それがいちばんミスしにくかったのである。そしていつか相手がミスしてくれるだろう、甘いボールを返してくれるだろう、という期待が全てだった。こちらから相手の甘いボールを引き出して、次を強打するという考えがなかった。つまり、「仕掛ける」という概念がなかったのである。

仕掛けのない卓球というのは、なんともすさまじい卓球である。仕掛けをしなければ、次にどんなボールが来るかは、相手に打たれてからのお楽しみなので、こちらは全く時間的な余裕がない。不意に予想もしなかったボールを突きつけられるものだから、ミスを連発することになる。

卓球では予測が大切だなどと言われるが、相手が次にどこにどんなボールを打つかなんて超能力者でもない限り分かるはずがない。たしかに相手のサイドを切るボールを送ったら、ストレートには返しにくく、クロスに返ってくるという程度の予測はできるが、それ以上のことは無理だと思っていた。しかし、最近「仕掛け」という要素を組み込めば、予測の幅が広がるということが分かってきた。というか、予測というのは仕掛けとセットで使うものなのではないだろうか。

私は今まで予測というと、漠然とコースのことを思い浮かべていた。「さっきこのコースに打ったから、次はこう返ってくる可能性が高い」のように返球コースを「受動的」に予測していただけなのだが、最近は「こう仕掛けることによって相手から甘いボールを引き出そう」という「能動的」な予測に変わってきた。

予測は自分の打つコースだけではなく、ボールの深さ(ストップや深いツッツキ)、回転(切れているか切れていないか)、球種(フリックとかドライブとか)、スピード(ゆっくり来るか、すぐ来るか)なども影響する。たとえば最近ぐっちぃ氏のブログで陳衛星選手と対戦した印象が紹介されていたが、その中で次のくだりが目を引いた(読みやすいよう適宜改行した)

衝撃だったのが手前に落としたときやツッツキ戦のツッツキがあり得ないくらい深く差し込んでくる!!
ツッツキがめちゃめちゃ低く鋭く入り込んでくるので陣衛星選手がぐっちぃのドライブを狙ってボコスカにしてましたよね?(笑)

あれは

カウンターすげー、攻撃力やべー

ってなりますが実はその前の陣衛星選手のツッツキ!!これに秘密があったんです。
あれが今まで体験したがないくらいの超爆切れ系ツッツキ!!汗
あんな低く深く滑りこまされたらスピードドライブできません汗
もうループドライブをかけるしかない。しかも全然時間がない。
陣衛星選手のスイングスピードが尋常じゃないのかツッツキの鋭さ、ツッツキの高速時間がすごくてもう考える時間ないままでループドライブをかけないといけない汗




陳選手の深くて速いツッツキは、いわば「仕掛け」のような働きをしている。相手が「あっ!」と思った瞬間には、もう選択の自由を奪われていて、ループドライブでなんとか入れるのが精一杯という鋭さのようだ。陳選手はその返球を予測していて、相手のループドライブを待ち構えてカウンタードライブでフィニッシュということになるようだ。

予測は、どちらにボールが返ってくるかというコースよりも、上の陳選手のようにどんな球種のボールが返ってくるかということに重点を置いたほうが有効なのかもしれない。例えば台上で相手のフォアミドル深くにナックル気味のフリックを送れば、相手は詰まって甘い順回転のボールを返すということを予測して、ナックルフリックを送ったらすぐ回り込んでフォアドライブ強打の準備をすれば、試合が有利に進められる。

中学生のころ、緩急や回転量に差をつけて、相手を崩してから攻撃するという発想は私の周りにはなかった。とにかく全力で切って、全力で打つことしか頭になかった。だが相手が打たれないように固く守っているところをあえて強打で打ち抜こうとするのはリスクが高すぎる。イチかバチかの卓球になってしまう。まず台上で相手を崩すところ――仕掛けから始めなければならないということを知らなかったのだ…。

中学時代にどうしてあんな卓球しかできなかったのだろうと、悔やまれてならない。