フランス革命というと、パリ市民が革命を起こし、王制を打倒して王や貴族を殺し、人民の政府を樹立したとされているが、教科書の歴史の記述は不思議なことにいつもパリ市民の視点である。王や貴族の視点からなされることはない。

水谷選手は前人未到の全日本10回目の優勝を目指して、期待の新人、張本智和選手を決勝で迎え撃つことになった。10回の優勝は、かの斎藤清選手でさえなしえなかった、日本卓球史上かつてない偉業である。水谷選手は日本卓球史に新たな1ページを書き加えることができるだろうか。

この歴史の変わる瞬間を私はお世話になっているNさんとテレビで見ることにした。

思えば、水谷選手は私が卓球を再開したころからずっと日本卓球に君臨してきた絶対的な王者であり、私にとっての「アイドル」である。

autograph
サインだって持っている

全日本では吉村選手に敗れ、丹羽選手に敗れはしたものの、そのたびに自身の卓球を見つめなおし、一回り大きくなって再び王座に帰ってきた。こんな水谷選手は私にとっての卓球のシンボルである(「面を開いてドライブは間違い?」)。

私は水谷選手の勝利を確信してNさんのお宅を訪れた。

「準決勝、観たか?もう張本の優勝は決まったようなもんや」

「張本選手はそんなに強かったですか?」

私は残念ながら準決勝を観そびれてしまったのだが、どうやら張本選手の成長は著しいものらしい。

「もう打ち方からして違うわ。普通、フォアドライブいうたら、下から斜め上にこすって打つやろ?張本はミート打ちみたいに後ろから前にぶっつけた瞬間にこすってるんや。こすらなければそのままミート打ちにもなるんや。打点が水谷よりもずっと早いし、スピードもすごい。水谷の下から上にこすり上げるドライブじゃ張本の新しい卓球には勝てへん。」

だが、水谷選手だってドイツの世界選手権で張本選手に敗れてから手をこまぬいて待っていたわけではないだろう。それにフォアドライブが最新の打ち方だとしても、水谷選手には長年の経験がある。ボールのスピードでは劣るかもしれないが、コース取りや戦術で張本選手に自分の卓球をさせないにちがいない。

「バックショートも普通のショートと違う。前陣でラケットを上から下に落とすように弾くんや。水谷も最近は威力のあるバックハンドが振れるけど、ああいう前陣での弾くようなショートはもっとらへんと思うで」

いや、だから、打法で劣っていても、水谷選手には経験があるのである。あるいは「奥の手」があるに違いない。決勝までの対戦では追い詰められるようなこともなかったので、まだそれを出していないが、世界選手権での挫折から、水谷選手はさらに大きくなって帰ってきているはずなのである。世界選手権の対張本戦のような一方的な展開になるはずがない。

「おそらく、4-0か4-1で張本の勝ちやで」

「私は水谷選手が勝つと思いますよ。なんなら、ビールを1本賭けましょうか?」

さて、歴史はどのように動くのか。

まずは女子決勝である。

平野美宇選手対伊藤美誠選手。

これは伊藤選手に分があると、試合前から思っていた。平野選手はこれまで何度もフルゲームにもつれこみ、調子がイマイチのようである。リオ・オリンピックの屈辱の後、全日本優勝、アジア選手権優勝、世界選手権3位という輝かしい戦績を残し、スウェーデンでの世界選手権の日本代表にも内定している。リオの雪辱は成り、精神的に満足している。一方、伊藤選手は去年は調子が上がらず、さんざんの結果だったのが、最近ようやく安定して勝てるようになり、平野選手に差をつけられてしまったという意識から、巻き返しを図りたいと精神的に高い状態にある。さらにイケメンのコーチに成長した姿を見せたいという気持ちもあるといったら穿ちすぎか。

試合前の試し打ちの段階から、平野選手は凡ミスをしていた。試合が始まっても、サービスミスを連発し、いつもの平野選手の目の覚めるような連打はほとんど見られなかった。果たして、伊藤選手はほぼ一方的に平野選手に勝利した。圧倒していた。

おめでとう、伊藤選手。今度は平野選手が再び雪辱に燃える番である。

いよいよ、男子決勝が始まる。

1ゲーム目、張本選手が先手を取ってガンガン攻撃し、水谷選手は一方的に受けに回るという展開。これは去年のドイツでの世界選手権のときと同じ形である。何をしているんだ!水谷選手。ドイツの時から進歩がないぞ!まったく手も足も出ないまま、水谷選手は1ゲーム目を取られてしまった。しかし、1ゲーム目は相手の出方を見るためにいろいろなことを試していたのかもしれない。老獪な水谷選手ならありうる。

2ゲーム目。まさかの同じ展開。張本選手がまず先に攻撃し、水谷選手はやりたい放題やられてしまう。どうして張本選手はいつも先に攻撃できるんだろう。水谷選手は台上のボールから先に攻撃していかないと、張本選手を止められそうもない。水谷選手は張本選手のミドルを執拗に攻めるが、張本選手はそれを苦にせず攻撃し続ける。逆に水谷選手はバックハンドを攻められると、そこから攻撃に転じることができず、受け身一辺倒である。2ゲーム目も張本選手に取られてしまう。

3ゲーム目、水谷選手もジリ貧だと思ったのか、積極的に攻める。なんだ、やればできるじゃないか。もっと早い段階から、もっとリスキーに攻めてくれ!そして3ゲーム目は水谷選手がとる。

4ゲーム目、張本選手のペースでとられてしまう。どうして3ゲーム目のようにならないのか。このへんから、水谷選手の敗色が濃厚になってきた。張本選手の弱点なり、攻略法を水谷選手は1年間考えて、準備してきたはずである。しかし、張本選手はそれを上回る成長を見せたということなのだろうか。

5ゲーム目、しりに火が付いた水谷選手は、今まで見せたことのないすばらしいサーブを連発し、そこから張本選手を圧倒する。だが、ラリーになると、どうにも張本選手には敵わない。

「みっともない試合はできんと思うて、必死でがんばってるんやろな」

このゲームを取ってなんとか2ゲームを返したが、ひいき目に見ても、ここから逆転できるとは思えなかった。結果はみなさんご存じの通りである。

このとき、思い出したのは昔の作曲家が交響曲を9番目までしか完成させられなかったというジンクスである。ベートヴェンが「第九」を完成させた後、10番目の交響曲を残せず亡くなってしまう。ブルックナーやマーラーも同様に9番目までしか完成させられなかった。斎藤清選手の優勝も9回までだった(追記:8回のまちがいだった)。水谷選手ももしかして…。

いや、水谷選手はきっとこの敗戦を糧にさらに大きくなって戻ってくるはずだ。張本選手と切磋琢磨しながら、自身を進化させ、なんとか10回目の全日本優勝を成し遂げて、日本卓球史に新たなページを書き加えてほしい。私はその日をファンとして心待ちにしている。