週末はワールドツアーのインド・オープンが開催され、張本智和選手が決勝進出したということが話題になっているが、私はその前の準々決勝、オフチャロフ選手対大島祐哉選手との対戦に注目していた。

大島アップ




大島選手はフルセット・デュースまで持ち込みながら惜しくもオフチャロフ選手に敗れた。
ooshima yuya

スコアは以下の通り。
11-7
8-11
6-11
8-11
11-4
11-6
10-12
 
なんとも惜しい試合である。なお、大島選手は2015年の中国オープンではフルセットの末、オフチャロフ選手に勝利している。

この試合を観て日頃お世話になっているNさんとのやりとりを思い出した。

「伊藤(繁雄)さんや長谷川(信彦)さんと何度か練習試合させてもろたんやけど、一度も勝てへんかったなぁ。」
「ストレート負けでしたか?」
「いや、フルセットまで行ったこともあったんや。でも最後の2点、3点がどうしてもとれんかったなぁ。運が良ければ勝てたかもしれへんが、やっぱりあれが実力の差なんやろな。いいところまでは行くんやけど、どうしても勝てへん。」

誤解のないように言っておくが、大島選手とオフチャロフ選手に実力差があると言いたいわけではない。むしろ、技術的には互角、実力伯仲だと(私には)見えた。
両者ともに技術レベルは同等(大島選手はチキータが巧みで、オフチャロフ選手はバックハンドが強力といった違いはあるが)で、精神的にも互角といった場合、勝敗を分けるのは何なのだろうかと考えてみた。

上のような高いレベルのことは想像もつかないが、私の周りのレベルで考えてみると、ほぼ互角の実力の対戦の場合、勝敗を分けるのは精度の差なのかもしれない。

というアイディアは読者のベルゼブブ優一さんの前記事「試合での立ち上がりの早さ」に対するコメントを読んで、考えたことなのである。

同じようなコースに同じような質のボールが来た場合、30回打ってノーミスというのは至難の業である。例えばこちらのストップをバック深くにつっつかれ、そのボールを回り込んでフォアドライブを打つというシチュエーションが30回あって、30回とも成功させるといったことである。私にとってこんなシチュエーションで回り込んでドライブを打つというのは非常に難しい。成功率は10%以下だろう。たとえ、予めコースを決めておいたとしても、50%を超えないに決まっている。

しかし、全国レベルの選手なら90%以上の成功率も可能かもしれない。



上は遊学館の卓球部のプロモーションビデオだが、台上に白線が引いてある。あの白線の意味はなんだろうか。

私のゴールが

「とにかくミスなく台にボールを入れさえすればいい」

というレベルだとすると、全国レベルの高校生は

「ミスしないのは当然で、さらにあの白線上に常にボールを落とすような正確なコントロールを身につけなければならない」

というレベルなのではないだろうか。

ふだんの練習でミスなくボールを入れることを目標にしているレベルなら、試合でミスが出るのは避けられない。一方、練習で常に一定の場所にボールを落とせるようになることを目標にしているレベルなら、実戦でコントロールが多少乱れることはあっても、ミスまではしないということになる(これもベルゼブブ優一さんのご教示を敷衍したものだが)

ただ漠然と「勉強がんばるぞ!」と考えている受験生と、「京大に合格するぞ!」と考えている受験生のどちらがいい結果を出すかは明らかだ。具体的な目標、しかもそれが明確であればあるほど、結果も高くなる道理である。

そこで卓球の練習でも、卓球台にチョークで目標となる落点を記しておき、ふだんからその目標を狙って打つようにしていれば、打球の精度が上がり、試合でその目標を外すことはあっても、台に入らないということはなくなるのではないか。そして打球の精度が上がれば、同レベルの相手と対戦したときに「最後の2点、3点」がとれるようになるのではないだろうか。レベルの高い学校でそのような「目標」をチョークで記して練習するのを見たことがあるが、それを普段の練習で常に記しておく学校というのは少ないと思われる。

拙ブログは管理人の卓球のレベルが低いため、特に技術的な記事で多くの間違いを発信していると思われる。ありがたいことにそのような間違いをコメント欄で訂正してくださる上級者の方がいらっしゃる。読者の方には拙ブログの記事だけでなく、コメント欄もともに参照していただくことをおすすめしたい。コメント欄には他の読者にとって有益なコメントのみを掲載するという方針である。個人的なご意見は私への個人的なメッセージと受け取り、非公開とさせていただきます。

mori sakura
同じく決勝進出を決めた森さくら選手。
森選手といい、張本選手といい、あの絶叫が世界中の観客を敵に回してしまうのではないかと心配でならない。