レベルの高い試合というのは素人が見てもチンプンカンプンである。もし良質の解説がなかったら、我々に分かることはせいぜい「ボールのスピードがすごい!」とか「コースが厳しい!」といった程度である。しかし、上級者同士は私たちには理解できないボールという言語で対戦中に激しく対話している(前記事「あの人は卓球を知らない「ロンドンオリンピック卓球の解説」)。

全日本卓球2016でも、そのようなコミュニケーションが交わされていたのだろうが、宮崎氏と松下氏の解説を聞いてはじめて、選手の駆け引きがおぼろげながら分かる程度だった。

もし、水谷選手と張選手、石川選手と美宇選手が自身の対戦したビデオを観ながら「感想戦」をしてもらえたら――対戦中にどんな狙いがあって、何を警戒していたのかなどを1ポイントずつ解説してもらえたら、トップ選手がどんなことを考えながら試合をしているかが分かり、戦術の勉強にもなるのではないだろうか。良質な解説者なら、ある程度選手の思考を汲みとって我々にも示すことができるだろうが、やはり選手本人の解説には及ばないだろう。

選手本人による解説付きのビデオ――残念ながら、そのようなビデオがあるかどうかは寡聞にして知らないが、もしあったら、ぜひ購入したいものである。世の中には数えきれないほどの試合のビデオがあるが、解説、それも本人による解説があれば、解説のないビデオに比べてその価値は数十倍するだろう。別に国際レベルの選手の対戦でなくても、全国大会クラスの選手のビデオでも私たち初中級者には十分すぎるぐらいである。

選手本人による解説付きのビデオ。それに近い映像が実はある。NHKの 「スポーツ追体験ドキュメント」 である。



ここで石川佳純選手が去年の全日本の準決勝(対 前田美優選手)と決勝(対 森薗美咲選手)のビデオを観ながらポイントを解説してくれている。

以下、森薗選手との対戦を振り返ってみると(引用は大意)

石川「森薗選手はフォアハンドがすごく強いので、それに注意しながら、全力で打たれないようにコースを突いていこうと思いました。」

石川選手と森薗選手は子供の頃から何度も対戦しているのでお互いの卓球を知り尽くしている。石川選手は対戦前から森薗選手のフォアハンド強打を警戒していた。

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そのためフォアで強打を打たせないフォア前とバック深くにサーブを集めた。

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本人による解説。ぜいたくすぎる!

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そして石川選手の以下のコメントが興味深い。

「3球目を打ちやすいように攻撃しやすいように計算して出しています。」
「卓球のラリーというのを、来たボールを打っていると思っている方もいるかもしれませんが、 来たボールを打っていたら、もう間に合わないので…相手の動きを見て、コースを読んで打っています。」


私などは相手が打球して、ボールが自分のコートに入ってから動き出し、どう打つかを考えるが、そのように「来たボールを打っていたら、もう間に合わない」のである。上級者はサーブを出すときに、3球目でこちらが打ちやすいように計算して、サーブを出し、相手の打球前、相手の移動やバックスイングを見た時点で動き出しているということだ。

そうだったのか。
とすると、相手に多様なレシーブをさせてしまうサービスを出すのは、有効ではないということか。私はふだん、サービスで得点するために回転量を増したり、回転を分かりにくくしたりといった方向でがんばっていたが、そんなことよりも、レシーブが1~2種類に限定されるシンプルなサーブを出したほうがサーバーには断然有利ということではないか!

ナレーション「森薗選手がすぐに対抗策をとってきます」「バックに回りこんでフォアで強打。森薗選手も戦い方を変えてきたのです。」

石川選手に露骨にフォアハンドを警戒されてるため、森薗選手は回りこみで現状を打開しようと試みる。
結果、2-11で石川選手はゲームをとられてしまった。

宮崎「森薗がバックに回りこんで打ってくる。このパターンを石川は読んでいなかったということですね。」

テレビ解説者の宮崎義仁氏の言葉通り、石川選手は森薗選手のいわば「オールフォア」は想定外だったのだろうか。

しかし、森薗選手の「オールフォア」に対して石川選手はバックへのロングサービスのスピードを上げ、回転を強くすることで対抗した。バック深くへのロングサービスを限界までスピードを上げた結果、森薗選手は回り込めないと判断し、バックでレシーブ。あるいは無理に回りこんだとしても十分な体勢で打てないので、安定重視のループドライブになってしまう。そしてそこを待っていた石川選手に強打されてしまう。

レシーブでもバックに深くつついて、回り込みからのスピードドライブを封じ、ループドライブを打たせてカウンター。

こうして石川選手は森薗選手を攻略した。

この試合の要点を一言で言えば森薗選手のフォアをどうやって封じるかだった。そのために石川選手はサービスを工夫し、森薗選手は回りこみを多用した。工夫と対策、そしてさらなる対策。これが上級者の駆け引きか。おもしろい!

私は名作映画を観たかのような満足感を覚えた。
良質の対戦とは選手の知恵と知恵のぶつかり合いである。良質の対戦には必ずドラマがある。しかし、残念なことに私たちに見えるのは単なる上っ面のボールのやりとりだけである。それではなんとも味気ない。良質の解説の付いたこういう卓球の名作ビデオがもっと観たいものだ。