南ドイツのとある街に一週間ほど滞在した。

城の入口


卓球とは関係ないが、ドイツで考えたことなどを綴ってみたい。ドイツのことなどまったく知らない、一旅行者の感想なので、質問や反論をされても答えられない。事実の誤認も多いと思われるが、話半分で読んでいただきたい。

空港に到着し、知人のドイツ人にホテルまでタクシーで連れて行ってもらう。

「これがアウトバーンか。みんなスピード出してますね。」
「いえ、これは普通の自動車専用道路ですよ。」

ドイツはアウトバーンでなくても普通の道路でも制限速度が80キロというところが多く、私たちのタクシーが走っていたのは自動車専用道路で、制限速度が120キロだった。それで逗留先のT市まで30分ほどで到着。

「疲れたから、コンビニで何か買いたいんですが」
「コンビニはないです」
「じゃあ、缶コーヒーでも飲みたいので、自販機は…」
「自販機も缶コーヒーもドイツにはないです」

なんだか不便なところだなぁ。深夜でも営業しているコンビニというのは本当にありがたかったんだなぁ。ドイツ人はどうしてこんな便利な店を作ろうとしないんだろう?

ホテルはギリシア料理店を兼ねており、そこで夕食をとることにした。GyrosとかCalamariとか、メニューを見てもさっぱり分からない。15ユーロ(2000円ぐらい)ほどのOlimpos plate とかいうのを頼んでみたら、牛肉、羊肉、鳥肉、フレンチフライ、サラダという料理が出てきた。メチャクチャ量が多い。肉はちょっと固い。ついでにビール(450円ぐらい)もいっしょに頼んでみた。500mlでちょっと甘みがあり、おいしかった。あとで聞いたところによると、ドイツでは食事の量というのが重視されていて、日本のように腹八分目というのでは客から文句が出るそうな。後日、子供プレートというのを頼んでみたら、これもかなりの量で、成人男性でも満足できる量だった。

翌朝、日曜日。在留邦人の方にT市を案内してもらうことになった。

「いろいろみやげを頼まれているんですが、適当なおみやげが買える店に連れて行ってもらえませんか?」
「日曜は店が閉まっていますよ」

どういうことだ?日本の常識では考えられないが、日曜日は学校も、会社も、店も休みらしい。じゃあ、ドイツ人は日曜をどうやって過ごしているのだろう?

「普通に家族と過ごしたり、友達の家を訪問したり、ハイキングに行ったりしますよ」

なるほど。私のようなオジサンなら、そういう休日の過ごし方はとてもいいと思うけれど、若い人にとってはちょっと物足りないだろう。ドイツというのは、大人の価値観が強い社会なのかもしれない。

日曜でもカフェは開いているらしく、カフェで昼食をとる。

「この店はパンケーキがおすすめですよ。」
「え?パンケーキってホットケーキみたいなものでしょ?あれが昼ごはんですか?」
「日本のパンケーキというのはアメリカ風ですが、こちらのパンケーキはクレープのちょっと厚い版です。」

きのこのパンケーキというのを頼んでみた。ついでにビールも頼んでみた。

パンケーキ


ビール


ドイツのパンケーキはなかなか美味だった。

午後は郊外の修道院跡を見学することにした。

修道院


丘の上にある修道院で、石造りのためか、古いものがよく保存されている。ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』のイメージそのままである。当時の生活が偲ばれて、私は楽しめたが、若い人には退屈なところかもしれない。

長時間見学して、ずいぶん身体が冷えたので、麓?のカフェに入り、ケーキとコーヒーを注文する。

ケーキ


ケーキが長い。
ドイツのケーキは一般的に日本のケーキより長くて安い。300円ほどで日本のケーキの1.5倍ぐらいの量がある。肉、ケーキ、ビールが安くて量が多いとなると、食事に注意しなければすぐに太ってしまいそうだ。もしかして「ショートケーキ」というのは、ヨーロッパのケーキに比べて短いということなのか?と思ってウェブで調べてみたが、そういう意味での命名ではないらしい。それにしても、ドイツのケーキは長い。そしていつも側面にフォークが突き刺さった状態で出てくる。

ホールケーキ


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翌朝、時差ボケで3時に起きてしまった。仕事の準備などをして時間を潰し、早朝散歩に出かける。

街並み


日本の11月は晴天が続くイメージがあるが、ドイツの11月は灰色のイメージらしい。しかし、このメランコリックな空が古い街並みに調和して、えもいわれぬ風情がある。歩いてみると、店があまりない。この辺にスーパーがあるときいていたので、確認しておきたかったのだが、どこにあるか見当もつかない。看板がないのだ。日本だったら、建物や駐車場の前にゴチャゴチャと看板が付けてあるし、大通りから少し外れた大型店舗なら、「イオン ◯◯店 200m先」などという看板があることが多い。しかし、ここではどの店も非常に自己主張が控えめだ。ドイツ人というのは質実剛健だなぁ。中規模の街というのを差し引いても、本当に必要のあるものしか作らないという思想を感じる。コンビニも缶コーヒーも、なくてもさほど困らないから作らないのかもしれない。

だが、そんなドイツにも、やたらとタバコの自販機は置いてある。

タバコ自販機



ドイツ人は喫煙者に寛大である。いたるところで歩きタバコをしている。値段もイギリスやアメリカほど高くはない。ストレスが多いのだろうか。

仕事のミーティングなどを終えて、昼食へ。

近所の肉屋でハムやソーセージ、チーズを買って、パンに挟んでもらう。ついでにサラダを付け合わせに。

昼ごはん02


昼ごはん


昼ごはん03
これがドイツ的な昼ごはん

なんでこんなに食べ物の写真ばかりとってきたのだろう。OLか!私は。

食べ物のことはおいといて、現在のドイツを取り巻く問題について考えてみた。

最近の大きなニュースはヨーロッパ発が多い。

ギリシャの債務問題、フォルクスワーゲン不正問題、シリアの難民問題。どれもドイツが関わっているが、私が特に関心を持っていたのはシリア難民のドイツへの大量流入問題である。ドイツ人はどうして難民を歓迎するのか。あんなに難民を受け入れて社会が混乱しないのだろうか。そういうことをドイツ人に尋ねてみた。

地方によって難民に対する意見は異なるが、経済的に余裕のある南ドイツではそれほど問題視していないようだ。ドイツ人いわく、

「旧東ドイツなどの経済的に不安定な地域では移民排斥運動が起きているかもしれませんが、ここはなんとか大丈夫です。」

日本では、「ドイツもさすがに困っている、このままでは移民排斥運動が起こるのではないか」といった報道をよく目にする(「移民問題とドイツの課題」「難民危機で…」)が、案外ドイツの懐はもっと深いのかもしれない。どうしてドイツ人がこんなに移民が流入してもパニックに陥らないかというと、ドイツは多民族社会が相当進んでいるからなのである。60年代に大量のトルコ移民を受け入れた経験のあるドイツは異文化の人たちとのつきあい方を長年学んできたらしい。私が接したドイツ人の中にも、両親はハンガリー人だったとか、ポーランド人だったという人がいた。社会の中にふつうに「移民の背景を持つ人」が溶け込んでいるのだ。近年の若い世代にはそれが顕著で、小学校の1クラス30人のうち、3代続けてドイツ人というのは10人で、残りの20人は移民と移民の二世、三世ということらしい。卑近な例にたとえれば、東京という街には3代続く江戸っ子がほとんどいないようなものである。

ウクライナ移民

そういえば、この人もウクライナ系移民だった

ただ、それは同じ日本人というカテゴリーだからうまくやっていけるわけであって、完全に異なる文化の人とうまく融和できるかどうか分からない。同様に同じヨーロッパ人ということなら、うまくやっていけたドイツ人も、文化の異なるアラブ人と融和できるかどうかは未知数だ。

街を歩くと、そこかしこでアラブ系の人に出会う。イタリア語やロシア語とおぼしき会話も聞こえてくる。とにかくドイツは私が想像していた以上にインターナショナルで多民族国家だった。なお、アジア人と黒人はあまり多くない。

このような社会を目の当たりにして、日本社会の将来を思った。
日本もいずれは移民を受け入れる国になっていくのではないか。そんなときに異文化の人たちとうまくやっていけるのだろうか。京都は日本の中ではインターナショナルな社会だと思うが、移民の背景を持つ人が10%程度に達しただけで、もう対応できない気がする。ドイツは、農村を除いたら、30%ほどが移民の背景を持つ人になるようだ。ドイツは移民問題に関しては日本よりも数十年先を行っている。ドイツから学ぶことは多いと思われる。

他にもいろいろあったのだが、夢のような時間は過ぎて、あっという間に週末に。
金曜はS市のクリスマスマーケットに連れて行ってもらった。

クリスマスマーケット
市庁舎前広場にいろいろな露店が並ぶ

グルーワイン
名物のグルーワイン(ホットワイン)を飲む

翌日はいよいよ帰国の日。
どうしよう、不安だ。
ドイツ語を全く話せない私が一人でバスに乗って、空港まで行き、国内線から国際線に乗り換えられるのだろうか?

「簡単ですよ。みんなやっていますから」

バスの乗り方やルート、出発時刻などは全て頭に入れてある。しかし、もし不測の事態が起こったら?全てが予定通りに行ったら、問題はないが、もし不測の事態が起こったら…間違ったバスに乗ってしまったとか、飛行機が延着して乗り換えに間に合わない(折しもルフトハンザがストライキをしようか協議していた)とか、そんな事態に陥ったら、私は適切に対応する自信がない…。

翌朝、雪が降っていた。やっぱり不測の事態が起こるのではないだろうか?バスが運休だったらどうすればいいんだ?今から電車とか私にはハードルが高すぎる。バスの出発時刻を間違えていないだろうか?バス停で時刻表を見るが、ドイツ語なので分からない。

「たぶん、こっちが土日曜の時刻表だと思うんだけど…」

そんなとき、一人のドイツ人と思しき青年が大きなスーツケースを引きながらバス停にやって来た。これは空港に行くに違いない。彼に、もし空港に行くなら一緒に行ってほしいと英語で話しかけたところ、快諾してくれた。彼の名はペーター。33歳独身で、仕事でイスタンブールに行くそうだ。

peter

私の拙い英語にも嫌な顔をせず、とびっきりの笑顔で応えてくれた。
お互いの仕事のことやドイツの印象、ペーターが日本を訪問した時の話など、空港までの車中、ずっと話し相手になってくれた。嬉しかった。空港到着後も私がチェックインするまでいっしょにいて、見守っていてくれた。ドイツ人は外国人に対して親切だ。

今回のドイツ訪問は私にとって最高の思い出だった。

ドイツの何がすばらしかったのか。
たしかにドイツの街並みは美しかった。しかし、美しさということなら、イタリアのほうが上かもしれない。私はイタリアにも行ったことがあるが、それほど思い入れはない。食べ物のおいしさや、テクノロジーの進歩ということなら、日本のほうが上かもしれない。

では何が私をこれほどまでに惹きつけたのか。ドイツ人の温かさやホスピタリディーである。店の店員さんは必ず「ハロー」「チュース」と挨拶してくれたし、探しものがないか話しかけてくれた。道行く人に道を尋ねても、迷惑そうな顔もせずに対応してくれた。日本にいるときと同じような感覚で滞在できた。しかし、国にによってはそういう対応がない場合もあるだろう。言葉の通じない外国人を無下に扱ったり、無視したりといったこともあるに違いない。私は今までグループで海外旅行をすることが多く、ガイドさんに連れられて現地の人と交流することなしに快適に旅行ができた。が、その分、現地の人の親切さや人情に触れる機会も逸してしまった。旅の醍醐味というのは、珍しい景色や食べ物ばかりじゃない。現地の人との交流にあると痛感した一週間だった。


たまたま私と同じような主張を見つけたので挙げておく。
中国の爆買いがなくならないのはなぜか?


移民について
http://newsphere.jp/national/20150303-imin2/