プロフェッショナル 仕事の流儀 すし職人 小野二郎」を観た。私はこのシリーズが好きで、ときどきビデオを借りて観る(前記事「棋士 羽生善治の仕事 を観て」)。

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なんでもミシュランのガイドブックで三ツ星をとったスシ屋なんだとか。
しかし、寿司がうまいかどうかなんて、ネタの質が全てなのではなかろうか。ネタさえよければ、私だってうまい寿司がにぎれるように思える。 こんな「単純」な料理でうまいかどうかの差がつくものだろうか。差がつくとしたら、どうやってつけるのか。そんなことが気になって視聴してみた。

うまい寿司を作るコツは、大きく分けて3つの要素があるようだ。

1つはネタの仕込み
2つ目は握り方
3つ目は温度

ネタの仕込みというのは、ネタを調味料に漬けたり、寝かしたりして、ネタの持つうまみを最大限に引き出すことである。
ネタは養殖でない、天然もので、新鮮なら新鮮なほどいいと思っていたのだが、魚によってはおろしてすぐ食べるよりも、冷やして3日ほど寝かしたほうが味がよくなったりするらしい。同じネタでも、ネタによって個体差もあり、 3日寝かせるだけで最高の味が出るものもあれば、10日寝かせないとうまみがでてこないものもある。ビデオの中で小野氏は一切れ味見をし、「あと2時間」と判断した。このような精度で旨味が分かるのだ。これは長年の経験によるものだろう。

握り方というのも奥が深いらしく、口の中で崩れるような、やわらかい握り方というのが小野氏の握り方の特徴で、この力加減も長年の経験で、上手に握るのは難しいらしい。

最後は温度で、客に出すときにちょうどいい人肌の温度になるように、あるいは冷たいほうがうまいネタなら、適度に冷たいうちに食べてもらうようにタイミングを計りながら調理しなければならないという。

【続く】 

しかし、このような3つの要素だけで他店とどれだけ差がつくのだろうか?高級なネタを使って、やや柔らかく握り、ネタの温度に少し気を遣えば、他店でも同じような味が実現できるのではないだろうか。

この一見単純な三つの要素だけで他店と差別化するには工夫がいる。

いったいどうやって差別化すればいいのか。

まず、考えるのはネタの仕込みだろう。他店よりも質のいいネタを仕入れ、そのネタを食べごろにタイミングよく客に出す。さらに塩や酢といった調味料も工夫する(「手当て」)。このような工夫が一番手っ取り早く他店との差別化に繋がると思われる。

しかし、それだけでは大差はつかないかもしれない。他にも差をつける「何か」がなければならない。それはこの3つの要素とは限らない。小野氏は、たとえば並べ方を工夫していた。

客に車海老を提供する際にミソの詰まった頭の方から食べてもらえるよう、頭のほうを右に置き、しっぽを左に置く。頭から食べてもらい、その後にしっぽのほうを食べてもらったほうが美味しく感じるというのだ。

そして提供する順番である。
この店には「おまかせ」という小野氏の厳選した「鮨コース」がある。

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そのドラマは、あっさりとした白身で幕をあける。鮨の王様・マグロの次には、さっぱりしたコハダを握る。マグロの脂を、酢の酸味でぬぐい去るためだ。常温のハマグリの次には冷えたアジを握る。温度差のあるネタを交互に出すことで、一つ一つのネタが際だつと、二郎は考えている。

脂っぽさと酢の爽やかさ、常温と冷えたネタのコントラスト。単独の鮨の味が、前後の鮨との並び方によって、さらに引き立てられる。



なんだか静かに始まり、華々しく終わる交響曲を聴いているようだ。おそらく小野氏の鮨には提供の順序以外にもさまざまな工夫が凝らされているのだろう。

小野氏は自身を生来、不器用だという。若いころ、同僚たちのように器用に素早く鮨が握れなかったと述懐している。

「不器用のほうがよかったことってありますか?」

「やっぱし、よぶんに考えますよね。みんなが1考えるのに、3も4も考えるわけでしょ?(自分が)不器用だって頭が始終あると。だからかえって考えが深くなってくるんじゃないかなと思いますけど。そりゃ、『オレは不器用でだめだぁ~』ってやって(諦めて)しまったら、終わりですけど、不器用だから、もうちょっと考えてなんとかって、こういうふうに考えてると、かえっていい結果が出てくる…」

「あんなにおいしいのに、なぜさらにもっとおいしくって上を目指すんですか?」

「まだあるんじゃないかなぁって気がするんです。」

「何がですか?」

「もっと美味しくなる方法があるんじゃないかなぁって、美味しくなる材料があるんじゃないかなぁっていう気がするから、現役でやってる以上はそれを探してます。」

「世界中から評価されても、まだ足りませんか?」

まだなんかあるんじゃないかなぁって、それを探している。楽しいですよ、そういうの探すっていうのは。」

この一言に尽きる。名人、とまでいかずとも、職人というのは、おしなべて単純な要素の組み合わせをひっくり返したり、小さな変更を加えたりして少しずつ作品の質を高めていく。長い年月飽きもせず、そんなことを繰り返しているうちにいつのまにか、はるかな高みに立っている。

【続く】

一つ一つはほんのささいな工夫かもしれない。しかしそれが積み重なれば、大きな差となる。
たとえば店内のインテリアや店内に漂う香り、気温、湿度、店員の表情。こんなものだって多少は鮨の味に影響するかもしれない。
シャリの固さ。固いネタに柔らかいシャリという組み合わせだと、シャリの歯ごたえがほとんど感じられないかもしれない。固いネタの場合はシャリをやや固めに握り、柔らかいネタには柔らかく握る。
私が考えつくのはこの程度だが、おそらくまだあるに違いない。

卓球でどうしても勝てない相手がいる。どこにレシーブしても打たれてしまう。隙がない。
こんな相手に「オレは弱くてダメだ~」となってしまったら終わりだが、相手を崩す方法が何かあると頭を使っていろいろ試してみたら、きっと何かが見つかる。一見すると小さなことかもしれないが、その小さな工夫をたくさん積み重ねていけば、きっと相手を崩すことができる。

今年の全日本で笠原弘光選手が水谷選手をあと一歩のところまで追い詰めたという。

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徹底的に水谷選手を分析し、自分に有利なボールを選ぶためのジャンケンにまで気を遣ったらしい。今、圧倒的に強い水谷選手でも笠原選手の執念の工夫の前には屈服する寸前だったのだ。

鮨というシンプルな料理において、「不器用」な料理人が工夫に工夫を重ねた結果、世界をあっと言わせるまでになった。卓球は決して単純なスポーツではないが、私たちは卓球を単純なスポーツにしてしまっていないだろうか。どうしても勝てない相手に対して、工夫することなく、安易な戦術で戦っていないだろうか。

進歩が止まってしまった人でも、思考をめぐらし、小さなことから改善していけばきっと上達するはずである。鮨に比べたら、卓球は工夫の余地がいくらでもある。たとえば、「仕込み」――サービスである。また、戦術である。試合をコース料理や交響曲に見立てて、第一楽章は激しく攻撃的に。第二楽章は逆に静かに相手を吟味するように。どのゲームも同じような調子でなく、戦術に変化をつけることによって、相手を自分の戦術に慣れさせないという効果も出てこよう。

他の人より「3も4も考え」れば、きっと「まだ何かある」。【了】