コーチと監督は何が違うのか。
選手を技術的に引き上げるのがコーチだとすると、監督は何をすればいいのか。予算を取ってくるのが監督の仕事なのだろうか。そんなことを疑問に思っていたのだが、村上恭和『勝利はすべて、ミッションから始まる』(WAVE出版)を読んで監督の仕事がよくわかった。

mission
 
本書によると、監督の仕事の最たるものは「仕組みを作る」ことなのだという。
たとえば日本女子選手がオリンピックでメダルを取るにはどうすればいいか。
各選手に「死ぬ気でがんばれ!」などと抽象的な言葉でいくら激励したところで、意味がない。
そうではなく、どこまでも目標を具体化させるのが最も有効である。倒すべき相手は誰か、克服すべき弱点は何かを明確にするのである。

たとえば、日本女子チームはいくどとなく韓国のカットマンに屈してきた。彼女たちを倒せなければ日本女子のメダル獲得の可能性は低い。対象は韓国のカットマンである。

しかし、日本女子選手たちにはカット打ちに対する不安と、カットマンに対する抜きようのない苦手意識がある。そのカット打ちの克服と、カットマンに対する苦手意識の払拭には何が必要だろうか。

村上監督は上記のように目標を具体化し、最も効果的な手段で目標達成の最短距離を弾き出した。
まず、外国のカットマン各選手の用具やスタイルをコピーできるカットマンのトレーナーを雇い、さまざまな選手との対戦をシミュレートしながら、毎日必ずカット打ちを練習させる。単なるカット打ちではなく、具体的な選手を想定してのカット打ちである。これが技術面での対策。次に精神面での対策も講じられた。なんと、村上監督は自腹を切って、カットマンに勝利した場合にボーナスを出したのだという。それまではカットマンとの対戦が憂鬱だった選手たちも、「カットマンを倒したら、ボーナスがもらえる!」ということで、一転してカットマンとの対戦が楽しみになってきたのだという。

このように監督が上手に仕組みを作ったら、あとは選手たちがコーチの指導のもとに自分で勝手に(?)強くなっていく。監督自ら選手を指導し、各選手を技術的に引き上げようとしても、効果は限定的だろう。最も効率がいいのは、環境を整え(カットマンのトレーナーを雇い)、モチベーションを高める(報奨金を出す)という、間接的な指導――というより戦略である。こうすれば、自身は直接手を出さずとも、水が低きに流れるように自然に選手たちが強くなってくれるのだ。どことなく、前記事「「する」ショットと、「なる」ショット」」に通じるものがある。

本書はこのような「戦略」を実体験とともに紹介した本である。また、トップ選手の考えていることや、トップ選手の練習メニュー(全国トップレベルになるには1日6時間ほどの練習が必要等)などへの言及もあり、興味深い。さらにこの本は卓球のみならず、なんらかの大きな目標――「ミッション」に取り組もうとしている人にも多くの示唆を与えるだろう。とりわけ、ぼんやりと「がんばらなきゃ」と思いつつも、なかなか具体的な行動に踏み切れない人や、いくらがんばってもチームの戦績が上がらないと嘆く指導者には有益だと思われるので、一種のビジネス書だとも言える。

ただ、注意しなければならないのは、これを読んだだけで、なんとなく自分の前に立ちはだかる問題が多少解決し、前進した気分になってしまうことだ。当たり前のことだが、これを読んだだけでは自分の問題は何一つ解決しない。実際に目標や障害を具体的に認識し、そのために必要なことを行動に移さないことには意味がない。大学生が卒業論文を1ページも書いていないのに、参考資料を山のようにコピーして、それで一仕事終わったという錯覚に陥ってしまうのに似ている。

やり方は分かった。

自分にはそれを解決する能力も、時間もある。

あとは行動!行動あるのみである。