私は水谷隼選手の大ファンである。

私が部活で卓球をしていて頃は、田舎の中学生であり、国際大会や全国大会観戦などには縁もなく、ビデオなどで有名選手をみることもなかった(小学生の時、一度バタフライの合宿で伊藤繁雄氏に会ったはずだが、ほとんど覚えていない)。当時の私にとって有名選手というのは、名前と写真の印象しかなく、リアルな存在ではなかった。
それが中年になって卓球を再開した頃には、神戸のジャパン・オープンを観戦に行ったり、大阪で日本リーグをやっていたり、youtubeでいくらでも有名選手のプレーが観られたりする環境になっていた。

私が初めて世界レベルの卓球を目の当たりにし、興奮させられたのは水谷選手のプレーであった。それ以来、水谷選手が私にとっての卓球のシンボルともいうべき存在になったのだ。

autograph
もちろんサインだって持っている。

大ファンなので、今でも欠かさず水谷隼選手のブログを見ているのだが、1~2週間前の記事で水谷選手が読者からの技術的な質問に対してコメントを返していてビックリした。その前回の記事「バカヤロー」のコメントへの回答だったのだが、水谷選手のこんな対応は極めて稀だ。水谷選手はブログでは基本的に技術的な質問コメントには回答しない立場だと思われる。
もちろん、それに対して文句を言うつもりなど毛頭ない。水谷選手は卓球のプレーでファンに応えてくれれば十分だと思うし、素人のコメントや質問に対する返信や回答に水谷選手の貴重な時間を費やしてほしくないと思う。

それにしても、水谷選手に技術的な質問を答えてもらえるなんてうらやましい。
水谷選手は非常に基本的な初中級者向けの質問にさえ答えている。

Q1 カットマンに勝つ方法は?
A1 相手のラバーが裏の場合。(全部バック側が前提です)
とにかくループドライブしてください。めっちゃゆっくりのドライブ。山なりであるだけ良いです。回転をおもいっきりかければさらに◎ 

Q2 深いツッツキのいい打ち方は?
A2 ツッツキは自分の台についてからボールが止まる(失速)ので焦らないことが大事です。たぶん焦って手が先にでてるはずです。


Q3 チキータが安定しない。
A3  とにかくゆっくりで良いので回転かけることです。当たる瞬間にだけおもいっきり力いれてください。

A2の解答などは、目からうろこだった。そういえば、速くて深いツッツキが来た時は、焦って手打ちになりがちだ。半歩下がって落ち着いてループドライブで対処すればいいのかもしれない。

より高度?な技術的な質問にも回答してくれている。

Q4 3球目を持ち上げてドライブしてしまう。前方にドライブするには?
A4 特に気にすることはないですよ。ティモボルは持ち上げるドライブがほとんどです。ただ強烈にスピンをかけるように意識してください。


ループドライブはつなぎのドライブで、スピードドライブは攻撃的なドライブという先入観があったが、持ち上げるループ気味のドライブでも、回転さえかければ、十分戦えるらしい。しかしこの見解は本当に信用できるのだろうか。やはりスピードドライブがなければ試合では相当不利になるのではないか…といっても、この「持ち上げるドライブだけで大丈夫」という見解を否定するのは至難の業だ。なにせこの見解は、当世の日本卓球の第一人者、世界ランキング10位(2014年4月現在)の水谷選手の見解なのだから。

また、次のような見解もあった。

Q5 試合になると、サーブが高く、長くなってしまう。
A5 僕も練習よりはサーブ切ることができないですし台からでたりします。台からださないためにはトスを低くしたりストレートにサーブだしたりします

サービスを短くし、台から出さないためには距離の長いクロスに出すべきではないのか…。しかし水谷選手が言うのだから、ストレートに出すというのはサービスを短くするのに有効であるのに違いない。

Q6 チキータができなければ全国を目指すのは難しいか?
A6 チキータできなくても大丈夫ですよ。僕も下手ですし。

Q7 ドライブがいつもカーブになってしまう。
A7 手首を開いて打てばシュートになります。オススメはしません

A6についてだが、一体これはどういうことだろう?世間では現代卓球(中級者レベルでさえ)ではチキータぐらい使えるべきだという論調ではないか。それどころか「チキータはもう古い、これからは台上バックドライブを身につけないと試合では勝てなくなる」みたいな雰囲気ではないか。我々初中級者なら、チキータができなくてもなんとか戦えるかもしれない。しかし、水谷選手は全国大会でも(ひいては国際大会でも)チキータができなくても勝てるというのだ。たしかに水谷選手が台上処理でチキータや台上ドライブを頻用している印象はない。

さらにA7の「手首を開いて打」つことは勧められない!?そんなバカな!?世間の指導者は口をそろえて「面を開いてドライブを打て」「相手にフォア面を見せるように打て」と言っているではないか。これは間違いなのだろうか。たしかに水谷選手が面を開いてドライブを打っているのをあまりみたことがない。どうして「オススメできない」のか。その理由を詳しく知りたい。
 
このように水谷選手の見解は世間の指導者やメディアの見解と正反対の場合があるのだが、水谷選手の技術論が間違っているとは思えない。なぜなら誰もが認める日本一、そして世界有数の卓球名人なのだから。とすると、世間の指導者やかつてのトップ選手の方が間違っているということになるのだろうか…。

以前、拙稿「卓球における近代的自我の目覚め」で同じようなことを考察した。おそらく水谷選手の技術論も、世間の指導者の技術論もどちらもイデオロギーに過ぎず、「真理」ではないのだろう。時と場合によってどちらも「正解」になりうるし、一方が他方を排除するという関係ではなく、巨視的に言うと、どちらも「正解」なのかもしれない。そういえば、Q4「3球目を持ち上げてドライブしてしまう。前方にドライブするには?」というのも、80年代にあった議論ではなかったか(記憶が曖昧なので、間違っていたらごめんなさい)

当時、日本国内では圧倒的強さを誇る斎藤清氏が国際大会ではほとんど勝てなかった。それは低い打点からの持ち上げるドライブだったため、中国選手のスピードについていけないためだったと記憶している。それで「前陣でもっと早い打点で速いドライブを打たなければ世界では通用しない」などと言われたものだ。それで打点を落とす持ち上げるドライブは「間違い」あるいは「古い」ということになっていたのだが、水谷選手は現代では持ち上げるドライブ主体でも勝てると言っているのだ。

それにつけても卓球の理論や指導というのは一筋縄ではいかないと感じる。一方が正しくて他方は間違いだと単純に切り捨てることはできないだろうし、古いスタイルの卓球が装いを改めて現代でも通用したりする。水谷選手の解答がそういうことを浮き彫りにしてくれた。私にはこのような矛盾をどう整理すればいいのか分からない。一つの理論に拘泥するのではなく、そのときの条件に応じて臨機応変に諸理論のいいところを取り入れるという態度をとるしかなさそうだ。諸家の理論は「仁義の心」(前記事「馬琳選手の言葉」)が行動に現れたものに過ぎないと、突き放して眺めるぐらいの態度がちょうどいいのかもしれない。なんとも後味の悪い結論で申し訳ない。

【付記】
以前、英語のネイティブの人に水谷選手のブログのタイトル"Single-mindedly Table Tennis"は「卓球一筋」の英訳としてはあまりぴったりではないと言われた。それよりも以下の二つの方がぴったりなのではないかという。

(ア)Dedicated to Table Tennis
仕事として、卓球のためにはどんな苦労も厭わないといった感じ。たとえば、料理人が最高の食材を求めて、アフリカの奥地にまで訪れる、といったイメージ。

(イ)Devoted to Table Tennis
卓球を愛していて、卓球のためにすべてを捧げるといった感じ。恋愛のシチュエーションで使われやすく、女性などに対して忠誠を誓い、浮気をしないで、あなただけを大事にする、といったイメージ。

水谷選手にご検討いただきたい。