なんとはなしにyoutubeを見ていたら、私のふるさとの社会人卓球大会の動画が上がっていたので、懐かしくなって観てみた。なんと、そこには私の中学時代の後輩が映っていたのだ。

「まだ、卓球を続けていたんだ。それにしてもどうして彼が?」

Tくん(後輩)は、当時からあまり上手な方ではなかった。一言で言えば、「イチかバチか卓球」で、ちょっと浮いたらがむしゃらにスマッシュを打ってくる卓球だった。それが高確率で決まれば強いのだが、たいていはミスだったので、あまり好成績は残せなかったと思う。あまり上手でないTくんがいまだに卓球を続けており、とても上手だったYくん(前記事「あたし、ついていけそうもない…」)が卓球を止めてしまったというのは皮肉なことだ。あれから数十年経っているのだから、卓球センスのないTくんも、さぞや上達していることだろうと思ってTくんの試合を観てみたのだが、全く変わっていなかった。あれだけ問題のある卓球をしていたのだから、伸びしろは抜群のはずだが、全く伸びていない。三つ子の魂百までというが、中学時代の卓球をそのままやっていて、懐かしくもあるが、ビックリさせられた。私はTくんの卓球人生に思いを馳せ、非常に興味をもった。彼にはこの数十年、何も起こらなかったのだ、こんなこともあるのかと。

これほどまでに上達せず、徒に時を重ねるだけの卓球人生というのはどうすれば可能になるのだろうか。想像してみると、以下のようになるのではないだろうか。

卓球が上達するかどうかは、指導者と練習相手、練習メニューに大きく左右される。

社会人になってから指導者に就く人はそれほど多くないだろうし、私の地元はずいぶん田舎だったので卓球教室等は皆無だった。したがってTくんは指導者には就かず、我流で卓球を続けていると思われる。

また、練習相手も、それほど上手な相手に恵まれなかっただろう。Tくんのイチかバチか卓球は多くの人に敬遠される卓球である。少しでも浮いたら攻撃してくるものの、成功率はせいぜい3割未満なので、相手の練習にならない。Tくんの攻撃は一発で決めに来る攻撃なのだ。もしTくんがブロック等の守備が上手で相手に先に攻めさせてあげる度量を持っていれば、相手をしてくれる人も出てこようかと思うが、Tくんはおそらく相手に攻める余裕を一切与えず、とにかく先手を取って一発で決めるか、自爆するかのどちらかだったと思われる。その証拠に上の動画でブロック等の守備技術が、とりたてて上達しているようには見えなかった。

最後に練習メニューだが、効率のいい練習メニューをこなすには、どうしても指導者や、決まったパートナーの協力が必要になってくる。地域のクラブなどで、いきあたりばったりの練習相手に「フォア側2/3で回してください」などという細かいシステム練習等は頼みづらい。なんとなく、フォア打ちをして、バック対バックで打ち合って、ドライブ対ブロックとか、切り替えのような練習をして、じゃあ、2本ずつのサービスから試合形式でやりますか、となってしまう。Tくんの練習メニューもこの想像とさほど変わらないのではないだろうか。指導者に就かず、上手なパートナーにも恵まれないとしたら、こういう工夫のない練習メニューになる可能性が高い。
また、効率のいい練習をするには、まず自分の卓球のどこに問題があるかをつきとめなければならない。自分の弱点をシステム練習で集中的に改善するのだから、練習メニューを作る前に、まず自分の卓球を省みなければならないだろう。Tくんにはその反省と工夫が欠けていたのではないか。

こう考えてみると、指導者・パートナーの存在が練習メニューの前提になってくるのが分かる。効率のいい練習メニューをこなすにはパートナーの協力が必要だ。しかし決まったパートナーがいなくても、指導者がいれば、適当に相手をみつくろってくれるから効率のいい練習メニューをこなすことができる。

十年一日のごとく、進歩のない卓球になってしまう原因はパートナーの存在にあると思われる。卓球が上達する最短ルートは上手な人に定期的に相手をしてもらうことだというのが私の持論である。しかし、上手な人はもっと上手な人に相手をしてほしいと思っていて、下手な初中級者には目もくれない。初中級者はミスが多く、打ったボールが返ってこない。しかも切れたサービスも出してくれないし、打ってくるボールのスピードも遅いので勘が狂う、練習にならない。切れたボール、速いボールにふだんから慣れておかないと、試合で勝てないので、上級者はそういう相手を求める。さらに社会人のように練習時間が限られている人なら、1分でも多く、切れた速いボールを受けたいと思うに違いない。週にわずか2~4時間の練習時間は萬金に値する。ミスばかりで、ムチャクチャに強打してくるだけの初中級者の相手などしている暇はない。

私は上級者に相手をしてもらえる幸運にめぐりあったら、いつもこう云うことにしている。

「好きな練習をしてください。指定の場所に返します。私は受けるだけでいいです。」

と。自分が打つ練習はせず、ひたすら上級者に打たせてあげる練習をするのである。上級者のボールを受けさせてもらえるだけでも、こちらは練習になるし、上級者のボールを受け続ければ、守備技術やコントロールが向上する。こちらの守備技術やコントロールが向上すれば、上級者も最低限の練習にはなる。ミスなく上級者の打つボールを止めることができれば、上級者に相手をしてもらいやすくなる。

他にも上級者の相手をしてもらえるいい方法があればいいのだが、私は他にいい方法を知らない。Tくんも、自分から先に打つイチかバチか卓球ではなく、ひたすら相手に打たせてあげる「お先にどうぞ」卓球に徹すれば、いいパートナーにめぐりあえる可能性が高まり、わずかながら、上達する目もあったのではないかと思う。

オレがオレがの我(が)を捨てて、おかげおかげの下(げ)で生きろ!

人生は長い。何歳まで卓球ができるか分からないが、60代までなら競技的な卓球も十分できるように感じる。70代で競技的な卓球は難しいかもしれないが、それでもピンポンではなく、卓球らしい卓球ができると思う。

卓球を生涯にわたって楽しむためには、数十年先を見越した長期的な計画が必要だ。私はまずパートナーに嫌がられない(できれば好かれる)卓球こそが着実に上達するための第一歩だと信じている。


【付記】
反対に上級者にとっての先を見越した卓球計画というのはどういうものだろうか。
私のような下手な人間には想像もつかないが、世間の上級者の多くは、学生時代が競技力のピークで、それからはどんどん弱くなっていくという。
学生時代に全国大会に出場したような人も

「社会人になってからは、往時の強さは望むべくもありません。それどころか今の実力を維持することさえも難しいんです。落ちることは避けられません。だからできるだけ落ちるスピードを緩やかにしたいと思っています。」

というようなことを言っていた。 
私のように学生時代にちゃんと卓球をやっていなかった人間は、社会人になってから上達することもありうるが、学生時代にバリバリやっていた上級者で、社会人になってからも上達する人は少数派だろう。大半の人は30代以降、急激に弱くなっていくのだ。