相変わらず、あれこれ手持ちのラケットやラバーを変えて試しているのだが、ラケットの性能とか、打球感というのは、私のようなレベルのプレーヤーには容易に判断を下しかねる奥深さがあると感じる。

ずいぶん昔にちょっと使ってそのまま御蔵入りとなったニッタク(というか、紅双喜)のワンハオというラケット―ブレードがデカくて、あまり弾まない―それを久しぶりに使ってみたら、以前とまったく違う印象を受けた。以前使ったときは、安っぽい、カポーンという打球感のラケットで、あまりいい印象を持っていなかったのだが、今回使ってみたら、中身スカスカの打球感が影を潜め―言葉ではうまく表現できないのだが―落ち着くというか、地味にしっくりくる打球感に変わっていた。一体何があったのか。思い当たることは、私のスイングが変わったことと、ラバーを替えたことだ。

以前は硬いラバーを貼って、ドライブでもなんでも、我流の打ち方で、ガツーンとラケットを派手にボールに当てて打っていたのだが、最近は柔らかいラバーに替えて、教室で指導を受けながら―これもうまく言葉で表現できないのだが―ブレードを伏せ気味にして淡白に、舐めるようにボールにぶつけるようにして打っている。また、打球点も早めにして打つように変わってきている。そうすると、上述したように打球感がかなり変わって感じられるようになったのだ。

ラケットの開発者(試打をして、打球感や性能の調整をする人)は、もちろんその道のプロなのだから、私など及びもつかないほどの熟慮をめぐらしてラケットの調整をしていることだろう。そしてそのラケットには開発者が想定している理想の打ち方というのがあるはずだ。どんなスイング、どんな打点でも同じように良いボールが打てる万能ラケットというのがあれば、それが理想だろうが、おそらくそうではないだろう。開発者の打ち方と同じ打ち方で打ってはじめて最も良いボールが打てるように設計されているにちがいない。また、ラケット開発者はたいてい全国レベルの選手だと思われるが、そういう人たちが受けているボールとかけ離れた、初中級者の打つスピードの遅いボールでは、そのラケットの本来の性能がまったく発揮できないのではないか。
ということは、開発者の想定していない打ち方・ボールでは、そのラケットの長所が引き出せないどころか、逆に想定外の短所が目立つことになってしまう。以前、WRMの王道04というラケットについて感想を書いてみた(「WRM ぐっちぃ氏の功績」)が、残念ながら私の求めていたラケットではなかったという結論だった。しかし、あれもWRMの開発者が想定している打ち方・ボールとは別の打ち方をしていたために王道04が本来の性能を発揮できなかっただけなのかもしれない。このように考えると、あるラケットに対していろいろな人がレビューなり、インプレッションなりを書いているが、そのレポーターの打っているボールの球質や打ち方がどんなものかを具体的に示してくれない限り、あまり当てにならない評価ということになる。

このように考えるようになってから、私は「このラケットに最適の打ち方、開発者が想定した打ち方はどんな打ち方なのだろうか」と考えながら打つようになった。私が「ダメラケット」として放り出してしまったラケットは、実は単に私が見それていただけで、私はその性能の半分も引き出せていないのかもしれない。

まとめ
以前「ラケットの品質」にも書いたが、ラケットに対する評価というのは、ラケットの個体差ということも考慮しなければならないと思われる(さらに人気のあるラケットなら、たくさん製造する過程で仕様変更があるということも考えられる)。また上述のように使用者のレベルや打ち方によってもかなり印象が変わってくるので、実際に使ってみないと分からない部分が多いのではないか。