青春18きっぷが余っていたので、京都最北端の京丹後市に電車で行ってきた。
時刻表で調べたところ、うちから4時間ほどで京丹後市の西端に行けることが分かった。
6時ごろ、京都を出発し、山陰線で兵庫県の豊岡まで行き、そこから第三セクターのKTR(北近畿丹後鉄道)に乗って網野まで行き、京都の最北端の海岸をバスに揺られて観光しようというのがおおまかな計画だった。

JRは問題なかったのだが、KTRのほうが雨だか事故だかで予定していた電車が運休になってしまった。
ただでさえ1時間に1本しか出ていないので、ある駅で2時間待たされることになってしまった。第三セクターの電車には注意が必要だ。

そこで街をブラブラしてみたのだが、足は自然とスポーツ店へ。そこは別に卓球専門店ではない、ふつうのスポーツ店で、ほんの少しだけ卓球用品を扱っていた。こういうところに意外とおもしろい掘り出しものがあったりするものである。それがこれである。

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写真が小さくて見づらいが、ニッタクのワンハオとTSPのヒノカーボン(日ペン)がどちらも大特価。赤字で半額と書いてある。もっと別のラケットがあれば買ったかもしれないのだが、 おそらく他のラケットはすでに売れてしまったのだろう。

ちゃんとした古本屋や古道具屋は品物の相場が分かるから、掘り出し物はあまりない。そうではなくてブックオフやフリーマーケットには、とんでもないものがとんでもない値段で売られていたりするからおもしろい。卓球のことを全然知らないお店にはなかなかおもしろい商品が売られていたりする。

また、別の駅で1時間ほど待たされて街をぶらついていたとき、こんなものを見つけた。

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私が若かったころ、タキネスを抑えて、最も高かったラバー、ヤサカのトルネード。ラバーの色が赤・黒ではなく、琥珀色の珍しいラバーだった。値段も当時のままで2300円。もしかしたらプレミアが付くかもしれないほどの珍しさ。しかし、80年代のラバーなので、表面はツルツルだろう。もう1枚売っていたのだが、そちらはパッケージが開いていて、劣化しまくりと思われる。いったい何年売り続けるつもりだろうか。

まとめ
卓球人なら、地方を旅行したとき、そこのスポーツ店でどんな卓球用具が売られているかチェックすれば、楽しめるだろう。都会ではお目にかからないようなレアなアイテムや超特価品を購入できるかもしれない。また、できればフラッと立ち寄った街で、相手をして打ってくれるようなサービスのある卓球場があれば、旅の楽しみも増すのだが。そういう卓球場の情報が少なすぎるのが残念である。

【付記】
せっかく旅行をしたので、京丹後市のことについても書いておきたい。卓球には全く関係がないので、興味のない人は読み飛ばしてほしい。

京丹後市には丹海バスというのが走っており、1回200円で乗り放題である。それに乗って丹後半島の北面海岸沿いを走れる。最北端が経ヶ岬というところなのだが、そこからきた道を戻らないと大変なことになる。丹後半島の南側を通って天橋立のほうにバスで行くと、そこは京丹後市ではなく、宮津市なので、200円バスではない。経ヶ岬から天橋立まで1300円もかかってしまうので注意だ。200円バスの区域内にある琴引浜や久美浜といったところが海水浴場として人気がある。近くに温泉もあり、いろいろ楽しめそうだ。

しかし私は京都から豊岡までの車窓からの風景の方に心を奪われた。

靄から頭をのぞかせる山

30mはあろうかという谷底を流れる川
ずっと昔からひっそりとそこにあるだろう山あいの集落
水をなみなみと湛えた翠の川
収穫を待つ山田の稲穂

雨がちの天気だったこともあり、山中を走る電車から非常に幻想的な風景が広がっていた。最近宮崎駿監督の引退が話題になっているが、宮崎アニメの緻密な風景よりももっとリアルで美しい映像作品である。人為を超えた天然の美がそこにあった。

あぁ、この感動を誰かに伝えたい!何かにとどめておきたい。

そこで一句。

くもながら やまもとかすむ いなだかな


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そうだったのか。そういうわけだったのか。

日本文学の古典には和歌が詠まれることが多い。歌物語と言われる伊勢物語は言うに及ばず、王朝女流文学の源氏物語にも、物語の要所要所で和歌が詠まれて、それが物語の区切りになっている。さらに中世には上手な和歌を詠んで出世したり、結婚できたり、虎口を逃れたり、あまつさえ罪が許されたりする歌得説話というものもある。また、日記文学や紀行文にも随時和歌が詠まれる。そういう古典を読んで、「どうして日本の文学作品はいつも和歌を詠んでシメるんだろう」と不思議に思っていた。和歌なんて必要ない。こんなのに共感できないと思っていたのだが、和歌というのは、当時の写真だったのだろう。
美しい風景をみて、心が激しく動かされ、この感動を何かに記しておきたいという止むに止まれぬ気持ちが和歌を詠ませるのだ。今だったら、映画や小説、音楽作品などに感動して、友達にその感動を語らずにはいられないという気持ちに似ているだろう。

古今集の仮名序に

世の中にある人 事 業しげきものなれば
心に思ふことを見るもの聞くものにつけて
言ひいだせるなり

花に鳴くうぐひす 水に住むかはづの声を聞けば
生きとし生けるもの いづれか歌をよまざりける

とあるが、まさに私はこの気分だった。
今ならカメラで写真を撮れば、この感動を残しておきたいという欲求は満たされるかもしれない。あるいは私は使ったことはないが、ツィッターというので人に自分の感動を伝えれば、満足できるのかもしれない。しかし当時はカメラやインターネットなどない。そこで和歌なのである。和歌は表現であるとともに記録なのである。

しかし、和歌を詠むには教養がいる。古典に通じており、その範囲の語彙・文法で作歌しなければ、安っぽい、感情のこもらない作品になってしまう。教養のある人にしか作れない芸術。それが和歌である。しかしそのような技能を持たない人間も、何らかの手段で自身の感情を記録しておきたい、感動のはけ口がほしい。そこで庶民が自らの感動を書き留めるためにあみだしたのが俳諧(俳句)なのだろう。

なんだか日本詩歌史の流れを実体験したような一日だった。