しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2020年11月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

ねじりまんぽのその先に――京都の紅葉の名所

今回は卓球とは無関係な私の週末漫歩ばなしである。

もう11月も終わり。そういえば最近出かけていないなぁ。外国人観光客がほとんどいない現在、京都の観光地は空いていて、かなり快適だろうと思い、盛りを逸してしまったが、紅葉狩りにでも出かけてみようと思い立った。

京都の紅葉の名所というと、いろいろなところがあるが、うちから近いところでは、永観堂(禅林寺)が有名である。紅葉の名所としては東福寺と並び、ド定番なのだが、今なら観光客が少なく、ゆっくりできるはずである。

他府県から来る人のために地理的な説明をすると、
地下鉄路線図

地下鉄京都駅から北に3つ目の駅「烏丸御池」で東西線に乗り換え、六地蔵行きに乗って4つ目の駅が「蹴上(けあげ)」である。京都駅から30分ぐらいだろうか。蹴上駅前には京都で最も格が高い(高かった?)ホテル、みやこホテルがある。
みやこホテル
左に見えるのが、みやこホテル。今は外資に買収?されてウェスティン・みやこホテル京都と名前が変わったようだ。

京都の観光地といえば、京都駅から見て北東に集中している。京都の中心部、三条・四条のあたりにも見るべきところは多いのだが、京都らしさを味わいたいなら、京都駅の北東部を中心に観光するのがいいかもしれない。この辺に泊まれば京都情緒を味わうことができるかもしれないが、買い物やあちこちへの移動などを考えると、宿は、このへんではなく、交通の便利な烏丸御池あたりにとったほうがいいと思う。

地下鉄の蹴上(けあげ)駅から100mほど歩くと、「ねじりまんぽ」というトンネルがある。

ねじりまんぽ1

「まんぽ」とはトンネルという意味らしい。中のレンガが、らせん状に組まれていることからこう呼ばれている。
ねじりまんぽ2

このトンネルの上を琵琶湖から荷物を運ぶ船が通るため、その重みに耐えられるようにらせん状にレンガを組んであるのだという。

「船が通る重み?」

これだけでは意味が分からないのは当然である。このあたりでは船をトロッコに乗せて鉄道の上を走らせていたのである。

船
琵琶湖から運ばれる船と、その台車

琵琶湖沿岸から荷物を輸送する際、荷車や馬では膨大な労力がかかるため、あるいは京都の水道水の供給不足を解消するため、近代に入ってから琵琶湖に隣接する山にトンネルを通し、水を引き、船で京都まで楽々荷物を運ぶという方法が考案された。途中、船が通れないところをトロッコに乗せて運ぶわけである。今の感覚からすると「ふ~ん」ぐらいの感動しかないが、明治半ばの土木技術で琵琶湖から京都まで運河を掘るというのは未曽有の大事業だったようだ(「びわ湖疎水船」)。
船がトンネルの上を通るというのはそういうわけなのである。

トンネル抜けて

ねじりまんぽを潜り抜けると、静かな築地塀のつづく細い通りに出る。コンビニなどもなく、金持ちの別荘のような立派な日本建築の建物と庭が連なっている。やがて金地院という寺が現れる。歴史を感じさせられる。

金地院

鴨川の西側に住んでいると、普段は意識しないが、これが京都らしさというものなのかもしれない。
そんな通りを数分歩くと、南禅寺の敷地に入る。観光客は控えめだ。
南禅寺

歌舞伎の中で、そこに登って石川五右衛門が「絶景かな」と叫んだ南禅寺の三門。
五右衛門

南禅寺も風情があっていいのだが、その奥にある永観堂が今日の目的地である。
私は興味がないが、途中、能と茶道関連の美術品が見られる野村美術館というところを通る。
野村美術館

そして卓球人にとって、忘れてはならない東山高校も、この途中にある。
東山高校
風光明媚な地区のど真ん中に位置している。なんとも恵まれた環境である。東山高校は浄土宗の総本山、知恩院系の高校である。東山高校に行くには、地下鉄東山駅で降りてはいけない。蹴上で降りるのである。

永観堂
そしてその隣が永観堂である。

拝観料は大人1000円、中高生以下400円。ちょっと高いがこれだけの美しい景観を維持していてくれるのだから、多少値が張るのは仕方がない。

それほど広い敷地ではないが、渡り廊下でいくつかの建物とつながっていて、歩きがいがある。

渡り廊下

落ち葉

落ち葉2

落ち葉3

もみじはほとんど散り落ちていて、残った紅葉もくすんでいて、あまり輝きがない。

なんだか今の日本社会を見ているようである。かつては生気にあふれ、輝いていた世の中も今はすっかり紅葉の散った寺の境内のよう。

観光客だらけで落ち着かなくても、紅葉はやはり盛りに行くのがいいと身をもって知った。


おじさんでも多球練習

いつもどおり、10分ずつ、時間で区切って相方と課題練習をすることにした。
私はもちろんフットワーク練習をするつもりである。
フットワーク練習が一番楽しく効率的にボールが打てると信じているので、体力さえ持てば私の持ち時間の約1時間をすべてフットワーク練習にあててもいいぐらいだ(前記事「踊るように 歌うように」)。

相方はどんな練習だろう?ツッツキからの下回転打ちの練習とかかな。

「そちらから、お先にどうぞ。何をしますか?」
「う~ん…じゃあ多球をやってもらおうかな。」

なんと!まさかの多球練習。
多球練習というのは、基礎の固まっていない、レベルの低い子供とかに正しい打ち方を教えるための練習というのが私の中での多球練習の位置づけである。もちろん全国レベルの選手とか、中国選手とかも多球練習をしているのは知っている。
多球

それは練習時間が有り余っており、対人練習では難しい、コースの厳しいシステム練習などが必要な人の高度な練習であり、練習時間の限られた、一般の社会人には多球練習なんて縁のないものだと思っていた。たとえばフォア、バックの切り替えといった単純な練習なら、多球よりも、こちらがブロックしてラリーを続けたほうがずっと効率的にボールが打てるからである。こちらがブロックするたぐいの練習なら、私もブロックの練習ができる。多球練習では、送球者は練習ができないし、ラリーにならないからつまらない。

私たちが練習していた卓球場にはたまたま集球ネットと山盛りのボールが用意されていた。

「ループドライブをカウンターする練習がしたいので、お願いします。」

私の送球するループドライブなど大して回転もかかっていないだろうし、あまり満足の行く練習ができるとも思えないのだが…。

子供相手に多球をやっていたことがあるので、軽い下回転とか、ロングボールぐらいなら問題なく出せるのだが、ループドライブはどうだろう?やったことがない。手探りで球出しをしてみたところ…果たして私のループドライブの送球はおそろしく質が高かった。

「これ、これ!こういうのをカウンターしたかったんですよ!」

台から1メートルぐらい離れて、台よりやや低い位置からフォアドライブを出してみる。以前、子供相手に多球をしていた経験から、コツはなんとなくわかっていた。腕はほとんど使わず、膝の屈伸を中心にループドライブを打つのである。

よく考えてみたら、送球というのもいい練習になるよなぁ。下半身をしっかり使ってドライブを打たないと非常に疲れるし、良いボールが行かない。

次にスピードドライブもまぜて打ってみる。自分で言うのもなんだが、スピードもそこそこあり、回転もよくかかっている。これも申し分なしのいいドライブである。ループドライブの時と同じ立ち位置で台よりやや高い位置からヒョイっとトスして、空中でやや斜め上方向にドライブする。もちろん下半身と腰をしっかり使ってである。

「いやぁ、いい練習させてもらいました!カウンターのコツがおぼろげながら分かってきました。」

私もけっこういい練習ができたかな。フォアドライブでいちばん威力の出るポイント(身体との位置関係)が分かったので。実戦でもこの送球時の感覚を忘れないで打てば、コンパクトなスイングで安定したフォアドライブが打てそうである。

「そちらは何にします?」
「じゃあ、私も多球でお願いします。裏面ドライブの下回転打ちに不安があるので、ひたすらバック側に下回転をお願いします。」

だが、相方は、なんと送球の経験がないらしかったのだ!私のドライブの多球を見て、台にバウンドさせずにダイレクトに下回転を送ろうとしている。

「いや、そうじゃなくて、台の上でワンバウンドさせてから、つっつけばいいんですよ。あ~そうじゃなくて、頂点前でつっつくんですよ、ボールの上がってくる力を利用して切るんです!」

初めての経験なので、コントロールがひどく、来るコースは台のバック半面である(切るときに手首を使ったらダメでしょ)。オーバーミスや高いバウンドの下回転ボール、台から出るか出ないかの微妙な長さの下回転ボール、ときどき変な横回転が混ざっていたり…

しかし、こういう汚いボールでも安定してバックドライブできるようにならなければならない。いや、むしろ汚いボールのほうが自分のバックドライブの欠点がよく見えるのかもしれない。

約3秒ごとにいろいろな種類の下回転ボールが飛んでくる。それをあれこれ試しながらバックドライブを打ってみる。

「体の真正面でインパクトするのと、ちょっと外側でインパクトするのと、どっちが安定するだろうか?」
「当てが薄いのと厚いのではどっちがいいだろう?」
「左足前か?並行足か?」
「手首を使うのと使わないのではどっちがいいか?」
「腰をひねるのと、前に突き出すのと、どっちが安定するか?」

など、日ごろ疑問に思っていたことをすべて試してみた。なにしろたった5分間で100球以上打てるのである。
その結果、ラケットのヘッドを真下に向けておいて、身体の正面で、薄く、手首を思いきり回して打つ打ち方が最も安定することが分かった(私にとっての感覚なので、万人に当てはまるとは思えない)
先端が自分のほう
バックドライブする時ここだけは抑えておけ!人気コーチである伴コーチに教えてもらおう!【卓球動画LiliTV】

以前、伴氏がラケットの先端を自分のほうに向けるようにして手首をひねって思いきり裏面ドライブをかけるという打ち方を紹介していたが、私はそのときは、手首を使う打ち方に違和感を感じて自分の打ち方としては採用しなかったのだ。しかし、そのときから8か月ほどたった現在、伴氏の打ち方がしっくりくるようになったのだ。

以前「眼光紙背に徹す」で『本を読む本』を取り上げたが、読書で最も大切なことが、その本の構造を把握することであるように、卓球でも自分のプレーがどのような要素から成り立っているかを分析する必要がある。多球練習は自分が無意識に行っている一連の動作がどのような要素から成り立っているかを分析するのに有効だと思う。そしてそれらのパラメータを少しずつ変えてみると、自分のプレーの問題点を知ることができるのである。私の裏面ドライブで言うと、手首を使うかどうかというパラメータが最も重要なポイントだったと思う。

このように多球練習は初心者や全国レベルの選手だけでなく、一般層にも有益な練習であった。また送球も意識次第で良い練習になると思われる。


「基本」から「基礎」へ

なんだか足裏に違和感があると思ったら、マメができてるよ。

練習ができないときは、前記事「四の五の言わず、フットワーク練習」で紹介した、シャドー・フットワークを自宅でするようにしているのだが、リビングで裸足でオールフォア1本1本とかをやっていたため、摩擦で足裏にマメができてしまったというわけなのである。シャドー・フットワークでなく、台で練習したいなぁ。

東京には24時間マシンで練習できる環境があるという。もしうちの近所にあるなら月1万円でも入会したい…。
前後のフットワーク
前後のフットワーク。夜、寝る前にこんな練習をしてグッスリ寝てみたい。

https://www.youtube.com/watch?v=tMaqBVpwufg

それにしても、フットワーク練習はいろいろな発見がある。

1本1本なら、バック側で打球した[つもりの]あと、フォア側に素早く移動しなければならないのだが、そのときに左足の踏ん張り(と蹴り)をほとんど使っていなかったことに気づかされた。これじゃ飛びつきが遅れるわけだ。それだけでなく、腰のひねりも十分使っていなかったこともよく分かった。腎臓のあたりの背中の皮がねじれる感覚があると、しっかりフォアが振れて、すばやく移動できる。バック側の打球時にしっかりと左足を踏ん張って、腰をひねって打つと…腹筋というか、体幹に負担がかかるのが感じられる。あぁ、こういう部分を鍛えなければならないんだなぁ。

今まではツッツキの角度だの、ドライブのときの腕の振り方だのといった、上半身の使い方にばかり意識が行っていたのが、最近は下半身の使い方にも意識が行くようになった。フットワーク練習を通してこういう「基礎」の部分に自分がいかに無頓着だったかに気づかされた。

あれ?でもツッツキとかドライブも卓球の「基本」のはずである。「基礎」と「基本」は何が違うのだろう?

う~ん。

「基礎を築く 」とは言えるが「基本を築く」は微妙な感じだ。「基礎研究」といえば、それだけでは目に見える成果(製品化)になりにくい、地味な研究を意味するし、「基礎知識」といえば、それを使って何かを生産する土台のような、根拠のような知識を指す。

それに対して「基本を忘れる」とは言えるが「基礎を忘れる」は微妙な感じだ。「基本打法」とは言うが、「基礎打法」とは言わない。「基本方針」というのは、例外はあるものの、たいていの場合に使える考え方を指し、「基本的人権」といえば、ふつうの人が持っている生存権・社会権を指す。


これらのことから「基礎」というのは「完成品」に対するもので、自らの中に築かれる、目には見えない働きのようなものかなと思う。一方「基本」は知識のように習得するもので、具体的にこれと指して取り上げることができる「完成品」のうち、主要なものなのかなと思う。

ランニングを続けていれば、「基礎」ができるし、フォア打ちとかブロックとかは「基本」の技術である。

そうそう、思い出した!前記事「技と技の間」で、かつて「基礎力」というものについて考えてみたのだった。たとえチキータの練習を熱心にしなくても、素早い判断、身体の使い方、正しい打球タイミングといった「基礎力」を高めれば、おのずからチキータの質が上がる。フットワーク練習で自らのうちに「基礎」を築けば、個々の「基本」技術の底上げにつながるのである。

初心者・初級者のころは多様な質のボールを安定して打てなかったので、とりあえず「基本」を身に付ける必要があった。しかし、中級者になって10年以上経っている現在、ある程度「基本」が安定してきているので、これからは「基本」よりも「基礎」の構築に重点を移す必要があるように思われる。

最近見た、動画からもう一つ分かりやすい例を。
「上田仁選手の下回転に対するフォアドライブ強打のコツ」
https://www.youtube.com/watch?v=GOsPe0uGrCs

沈み込む

え?姿勢が低い…。
上田選手は身長が171センチあるそうだが、バックスイング時のフリーハンドが台の高さと同じである。

姿勢を低く
まるで卓球台にもたれかかっているように見える。

脇息

この姿勢の低さで下回転ボールを打てば、ボールの触る位置が3時近くになり、安定することまちがいない。この姿勢の低さを実現するためには足をガバっと開いて、膝を90°ぐらいに曲げた状態のまま踏ん張らなければならない。太ももの筋肉をかなり鍛える必要があるだろう。この姿勢の低さが自然に出てくるというのがまさに上級者の持つ基礎力なのだと思われる(上田選手は上級者を超えた超上級者だが)

【追記】201118
参考までに過去の卓球王国にこんな記述があった。

「卓球のミスの原因は、どう考えても足しかない」
『卓球王国』19年12月号「編集後記」より

卓球王国の「「脱・手打ち」のスイング改造術」

「良い位置取りで、しっかり重心移動ができれば簡単にミスはしない。ラケットの角度とか、根本的な要因は下半身にあります」

口うるさい三太夫――ニッタク 王晧 

今日は祝日なので、ゆっくりできる。特に予定もないし、いっちょブログでも更新してみよう。
--------

うちにニッタクがかつて販売していた紅双喜の王晧というラケットがある。
王晧

たしかブレードサイズは165×151だったと思う。攻撃用としては最大のブレードサイズになるだろう。
グリップもでかく、そしてけっこう平べったい。持った感触は悪くないのだが、ラバーの好き嫌いが激しく、かなり扱いにくい。
一般的なテンションラバーを貼ると、カポーンという打球感で力がボールにこもらない感じがする。粘着ラバーを貼っても私にはあまり合わなかった。いろいろなラバーを貼ってみたが、どれも打球感が非常に悪い(私のラケットの評価基準は打球感と見た目である)。しかし、以前ヨーラのリズム375を貼った時だけは驚くほど打球感がよくなって、気に入って使い続けていたのだが、古くなって他のラバーに替えたら、またあの気の抜けたような打球感に戻ってしまったので、しばらく放置していた。

ある日、ふと思い出して
「あんなにブレードがでかいんだから、粒高とかを貼ったら合うのではないだろうか?」
早速王晧を引っ張り出してきて、粒高を貼って打ってみたところ、やっぱりダメだった。弾まないと言っても、いちおう攻撃用のラケットなので、粒高はボールが飛びすぎてしまう。

そうやってお蔵入りしていたのだが、ふと思い出して、
「深く握ってみたらどうだろう?」
ペンは特にグリップの握り方がプレーに大きく影響する。私は普段は浅めに握っているのだが、王晧を使うときは限界まで深く握り、裏面の指もガッツリ伸ばしてみたらどうだろう?…少し打球感が改善したものの、やっぱりイマイチである。

世間にはラバーを選ばず、どんなラバーとも相性がいいラケットというのがある。たとえばSK7とか、インナーフォースとか、アコースティックとか。そういうラケットの打球感が100点だとすると、王晧は50点ぐらいである(私にとっては)。しかし、いろいろラバーを替えて、70~80点ぐらいになることもある。リズム375のときは100点だった。そうやっていろいろラバーを替えたり、自分の打ち方を変えてみたりして、打球感を調整していくというのは、もしかしたら楽しいことなのかもしれない。そして自分に合わないラケットだからこそ、そのラケットでプレーを安定させることができるようになれば、自分のプレーの弱点も克服できるのではないだろうか。

私は現在、裏面での下回転打ちに不安を抱えている。お気に入りの用具ならある程度入るのだが、王晧で裏面ドライブを打つとかなりの確率でミスる。それで王晧を使わなくなったのだが、そうやって気に入った用具に「逃げる」のは、自分の弱点にきちんと向き合えていないということではないだろうか。最も扱いにくい用具でさえ安定してボールが入るようになれば、それは弱点を克服できたといっていいだろう。

よく「用具で自分の弱点を補う」などと言われるが、それは間違った打ち方のまま弱点から目を背けているということにならないだろうか。

そういう意味で王晧は私にとって貴重なラケットである。イエスマンばかりの用具の中で一人だけ口うるさいラケットがいるというのもおもしろい。ただ、いつも使っていると疲れるので、ちょっと気分転換に使ってみて「叱ってもらう」ぐらいがちょうどいいかもしれない。


最新記事
記事検索
プロフィール

シロノ タツミ

カテゴリ別アーカイブ