しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2019年01月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

【寄稿】スマッシュを打たれたらどうする?

前記事「卓球と料理」で改めて読者のみなさんにご自身のレベルに応じた「気づき」をご投稿いただきたいと呼びかけたところ、さっそく読者のぴーろん氏からの寄稿をいただいたので紹介したい。

以下、本文である。
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先日、中学生の女子二人に指導というほどでもないのですが、一緒に練習したときに「スマッシュされたときの返球方法を教えてください。やっぱり下がって打たなければならないんですか?」と質問されました。
smash

「カウンターやブロックは無理だから、ボールの落下点に入って・・・」、とここまで答えたとき、「いや違う。スマッシュの返球方法など練習する必要はなく、スマッシュを打たれるボールを返さないことが大事なのでは?」と逆に質問したところ、「あー、そうですね。」と納得した様子でした。

いろいろな技術の習得は必要ですが、試合で使わない、使えないものを習得する必要はないはずです。

では、技術習得の優先順位の高いものは何かと考えたとき、1番目はサービスと(サーブ)レシーブであることは疑いようのないものだと思います。でも、サービスエースやレシーブエースだけで得点できるわけではないので、得点するために2番目として3球目攻撃ができる両ハンドのループドライブやスピードドライブ、下回転(角度)打ち、レシーブ技術として低いツッツキやストップ、流しやチキータ、フリックなどを習得する必要があるのだと思います。

これらの技術を習得した後、自分が得点しやすい、あるいは失点しにくいパターンに相手をはめる、いわゆる戦術が必要となるのでしょう。その戦術を実行するために1番目と2番目が単にできるだけでは不十分でその精度UPやほかの技術習得が必要となるのでしょう。

皆さん、延々とフォア対フォアの基礎打ちばっかり練習して満足していませんか?

卓球と料理――「みそ汁」を作ってみた

実は卓球には関係ないのだが、ただ「みそ汁を作ってみた」だったら、なんとなく後ろめたくて題名に「卓球」をつけてしまった…

みそ汁は私の健康の源である。私は元来胃腸がとても強い。それは子供のころから毎朝みそ汁を飲んでいたおかげだと勝手に思っている。おそらく私だけでなく、世間でもみそ汁は体にいいと認識されていると思う。

「味噌をみんなで研究してみたら、ガンの予防になるとか血圧を下げるとかいろいろなことがわかってきました。おいしくてカラダに良いんだからこれはとるべきだと。」(小泉教授)「NHK 美と若さの新常識

最近、不健康な食生活を送っているせいか、胃腸が弱ってきたように思う。胃腸が弱ると気力もなくなってくることを身をもって知った。このままではいけない。みそ汁を飲んでみたら、また元の強い胃腸に戻るのではないか。そう思ってみそを買ってきたが、たぶんみそをお湯で溶くだけではみそ汁にならないと思われる。ネットで調べてみると、案の定ダシが必要らしい。そんなこともあろうかと粉末のいりこだしというのを買っておいたやつがあったはずだ。あった、あった。このスティック状のダシの粉末の半分、4gをお湯600ccに溶いて、みそを45gと、油揚げとわかめ…はないのであきらめよう。長ネギはある。これを刻んで、あとでかけるとして、他に使えそうなものは…これだ!実家から送られてきたサツマイモ。焼き芋があまり好きではないので、使い道がなくて困っていたのだが、これをペンホルダーの単板ぐらいの厚さに切って、皮ごとお湯で煮ればいいらしい。そういえば、みそ汁は煮立ててはいけないと聞いたことがある。順を追って説明すると、

なべに水600ccと輪切りにしたサツマイモを入れて沸騰させる。
火を止めてダシの粉末4gとみそ45gを入れる。
お椀にみそ汁を入れて、
最後に刻んだねぎを上からかけてできあがり。

misoshiru

なんだ、メチャクチャ簡単ではないか。これで4杯分ぐらいできたので、2杯飲んで、残りは晩にまた飲もう。どれどれ、ちゃんとみそ汁の味がするかな…うまい!これはまさにみそ汁だ!次は乾燥わかめや豆腐を入れたり、玉ねぎとジャガイモのみそ汁も作ってみよう。こんな簡単に作れるなら、学生時代にも毎日作っていればよかった。

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拙ブログの読者層はよく分からないが、大半は男性だと思われる。一部の女性の読者が上の私の「気づき」を読んだらどう思うだろうか。おそらくあまりにもレベルが低い「気づき」でわざわざ記事にする価値もないと思われるのではないだろうか。しかし、男性の読者の中には、「そうだったのか!こんなに簡単に作れるなら、俺も作ってみよう」と思われる読者も少なからずいるはずである。

拙ブログは中級者――全国大会などには縁がないレベルだが、基本技術は一通り身につけている程度の愛好家を対象にしているが、もっと初歩的なレベルの「気づき」も発信したほうがいいのではないかと最近思うようになった。中高年の愛好家にはバックハンドが振れない、横回転サーブがとれない、ドライブとミート打ちを打ち分けられないといった層が相当数いるからである。

だが私はそのような段階の多くを小学生の時に踏み越えてしまっているのでなかなか思い出せない。初心者・初級者にとっての壁がどのようなものだったか思い出せない。現在、このような壁に向き合っている人たち、あるいはそういう人たちを教えている指導者でないと、このレベルの「気づき」を記事にすることはできないだろう。

というわけで読者の皆さんにお願いです。

さまざまなレベルの「気づき」を寄稿していただけませんか。

現在、拙ブログはほとんど私の個人的なつぶやきの場となっていますが、もっと多くの人が自分の意見を発表できる場にしたいと思っています。政治的なことはよく分からないのですが、協会や有名選手、有名企業などだけが情報発信をして、名もない個人はその情報を受け取るだけという構図は今の時代にはそぐわないと思います。誤解を恐れずに言えば民主主義ではないと思います。名もない個人からも意味のある情報発信が、もっとできないかと常々思っています。

万人にあてはまる「正解」である必要はありません。個人的な体験談で結構です。「今までAができなかったが、Bと考えて、Cを試してみたら、少しうまくいった」という程度の800字ほどの文章で結構です。
我はと思われる方は
shirono.tatsumiあっとまーくgmail.com
まで文章を送ってください。

よろしくおねがいします。

斜めに押す――ペンホルダー表面ショートのコツ

私はペンホルダーだが、表面ショートが苦手である。
裏面があるのだから、表面は必要ないだろう、現にプロは表面をほとんど使わない選手が多い。片面ペンの多くの人が「ペンはバックが弱い」「ショートでは強く打てない」などというので、今更ショートを磨く必要はない…と思っていたのだが、ショートのうまい人と対戦すると、ショートの必要性を痛感させられる。

台上のナックルっぽいボールはナックルのまま押し込めるし、長いナックルが来ても低く速く返せる。こちらがドライブをして相手にショートで止められた場合、ショートのほうがアクションがコンパクトなので、2本、3本ドライブを打つと、こちらはショートのピッチの早さについていけず、打ち負けてしまう。

というわけで最近、表面ショートの価値を再認識している。

私はもともとシェークでスタートしたので、表面ショートはドヘタである。しかし、最近ようやく初心者レベルのショートを脱したように思う。それで気づいたことを紹介したいと思う。

まず、表面のショートは後ろから前へラケットを移動させて押すものだが、私がやるとどうしてもスピードが出ない。

ショート(前後)

上手な人のショートはコンパクトな動きなのにミート打ちのような鋭いボールが出る。いったいどうやっているんだろうと、上手な人のショートを観察したところ、どうやら斜めにこすりながら押したほうが安定し、より速いボールが打てるということが分かった。

ショート(斜め)

これ自体はペンホルダーの人なら誰でも知っているレベルの低い発見だが、私には興味深く思われた。というのはボールの性質がまた一つ明らかになったからである。

たとえば、フォア打ちでときどきすごく球威のある人がいて、フォア打ちだけで疲れてしまうことがある。そんなとき、ラケットを後ろから前へ押すのではなく、ボールの右側をとらえながら、上図のショートのように斜めに押す(つまり巻くように弾く)と、フォア打ちで力を入れずに強いロングボールを押し返すことができる。

また、横下ロングサーブをクロスに出すときも、やはりラケットを斜めにこすりながら押すと、速くて低いサーブが出せる。私の感覚では、台の中央のラインに平行にラケットを移動させると、最もスピードのある横下が出せるように思う(たぶん)。

ツッツキも真後ろから押すより、斜め下にスライドさせるとスピードが出る。

そもそもドライブというのもボールを斜めにこすって前に飛ばす技術ではないか。

ボールを後ろから前に押すのではなく、斜め方向にラケットを移動させて押すと、向かってくるボールの力を逃がしながら、しっかり回転をかけられ、さらに速いボールが打てるのではないか。





最近観たLiliの巻き込み下回転サーブの動画も、前に押さないで、横方向にラケットを移動させながら、前にボールを飛ばすと、下回転がしっかりかかると言っていた。

あるいは、上手な人の鋭いチキータというのも、この原理の応用なのかもしれない。

ボールの真後ろをとらえず、斜めをとらえながら前に飛ばすというアイディアは、ペンホルダーのショートにとどまらず、卓球のさまざまな場面で応用できる普遍的なボールの性質だと思う。




ここじゃないどこかへ――立ち止まったら、そこで終わり

ボールの威力が増した、回転量が増えた。
フリックが安定して、速く鋭くなった。

といった上達は分かりやすいが、そういう上達よりももっと基本的なものが私には欠けている。

たとえばフットワークである。これをなんとしても上達させないことには私の卓球は進歩しない。
一見してすごいボールが打てるようになるわけではないが、確実に私の卓球を進歩させてくれるだろう。

Footwork


前記事「一にして全」で荻村伊智朗氏を取り上げたが、荻村氏は54年の世界選手権で優勝した時を振り返ってこんなことを述べている。

世界選手権へ出るまでに、平均1日5㎞走ったとして最低7000㎞ぐらいは走っている。なわとびは両足そろえてつま先でとぶのを1000回1セットとして毎日1~2セットやった。うさぎとびやシャドープレーもやったし...。…なわとびのおかげで、ほとんどツマ先で試合をやった。ロンドン大会のとき、ぼくのフットワークを"焼けたトタン屋根の上のネコ"と向こうの新聞に出た。世界一への道 荻村伊智朗

"焼けたトタン屋根の上のネコ"というのはどういうことなのか。ネットで調べてみると、55年に上演された有名な演劇らしい。一年のズレがあるが、細かいことはおいておこう。猫のように俊敏なフットワークだったということだろう。

毎日5キロ走って、縄跳びのトレーニングを繰り返し、常につま先立ちでプレーすれば、素早く動ける?

しかし、今どきつま先立ちでプレーしている人がどれだけいるのだろうか。つま先立ちがいいかどうかはともかく、素早く動ければ、つま先立ちだろうが、摺足だろうが何でもいい。

どうすれば素早く動けるのだろうか。

もう少し荻村氏のケースを考えてみよう。

荻村氏の練習の中で重要な位置を占めていたのが足腰のトレーニング。それも走るということである。

その頃の子供は、体を基本的にきたえるという意味では水準が非常に高かったと思う。行軍(長距離の徒歩)できたえられたし、電車が空襲で焼けたため毎日片道5㎞を歩いて通学していた。小学生時代から足を中心にしてきたえられた時代だと思う。

高校時代は練習量がたりなかった。ただ、工夫とか体力トレーニングはよくやった。毎日1~2時間走った。3年でキャプテンになったときは、みんなに走るクセをつけさせようと、5時間で授業を終わってくる者と一緒に走り、6時間で終わってくる者とまた一緒に走るというようにして走った。

「走るクセをつけさせよう」「6時間で終わってくる者とまた一緒に走る」ってどれだけ走るのが好きなんだ…。

じゃあ私も毎日職場まで電車を使わず歩き、帰りはランニング。こういう毎日を送れば、私のフットワークも向上するかもしれない。しかし、プロの選手じゃあるまいし、毎日こんなつらいトレーニングが続くはずがない。

「荻村氏は非常にストイックで意識が高かったからこういうつらい練習にも耐えられたのだ」

と最初は考えたのだが、そうではなく、もしかしたら、荻村氏は走るのが楽しくて大好きだったのかもしれない。

そう考えると辻褄が合う。荻村氏は走ること、というか足を動かすことが好きだったのではないか。だからフットワークも速かったのではないか。

私は走ることなんて、疲れるし、単調だし、大嫌いである。卓球のフットワークも同様に大嫌いである。卓球でボールを打つのは楽しいが、フットワークを使って移動するのは疲れるし、めんどくさいしつまらない。卓球ってボールを打つ競技でしょ? あちこちに動く競技じゃないでしょ?

その認識を変えてみたらどうだろうか。卓球の本質はあちこちに動くことであると。

今まで私は「打球の合間に移動がある」と考えていたのだが、これを「移動の合間に打球がある」と考えを改めたらどうなるだろう。「足を動かすのはなんて楽しいんだ。それに比べて打つのはめんどくさい、もっとずっと動いていたい」と自分に暗示をかければ、打球の威力は多少落ちるかもしれないが、確実に動き出しが早くなる。

たとえばサービスである。

サービスを出して、打球の行方を見つめて、「あ~よかった。低くていいサーブが出せた」などと安心している上級者はいないだろう。中級者でもサーブ後にこんな意識でいたら、勝てる試合も勝てなくなる。サーブを出す前から、すでに「移動中」の意識でいなければならないのである。

「早く動きたいなぁ、ウズウズする。でもサーブを出さなければならないし。しかたない、さっさと出して早く動き続けるぞ!」

こんなふうに動くことの方に重点をおけば、いやでもフットワークが早くなるはずである。

台上でも打球してから移動するというのでは遅い。打球に入る瞬間、すでに動き出す心の準備をしておかなければならない(前記事「そなえよつねに」でも同じようなことを考えた)

「このボールをつっついた後、いや、ボールが触れた瞬間に速攻で動くぞ!」

しかし、動くと言ってもどこへ動いたらいいのだろう。相手がまだ打球していなければどこへ動けばいいかわからない。フォア側に返球されるかもしれないし、バック側かもしれない。あるいはそのまま真正面に返球されるかもしれない。

どこでもいいから、今いるところじゃないとこへ動くのがいいだろう。

台上でツッツキやストップなどを打った瞬間、少し後ろに下がるのが最も無難である。そうでなくてもとりあえず「ここじゃないどこか」へ動いていたら、たとえ逆を突かれても、素早く反応できるのではないか。最も恐れるべきは、完全に足が止まってしまうことである。一度完全に止まった状態から動き出すよりも、ちょっと離れていても動き続けていたほうが、速く動けるだろう。

一にして全――卓球の価値の創造

元旦にLiliの「重大発表」という動画が公開されていた。
そこで「プレミアム登録」という新たな制度の発表があった。どうやら今までの完全無料動画から、一部のコンテンツを有料化するというものらしい。

muraji

この動きについて村田氏は「メッセージ」の中で「卓球というスポーツに全てをかけて戦い続けているトップ選手の価値をあげることが必要だ」と述べている。

それを読んで、かつて荻村伊智朗氏が世界選手権に出場するときのエピソードを思い出した。

1954年の世界選手権ロンドン大会の代表に選ばれた荻村氏は渡航費として80万円の負担を求められる。現在の物価で1000万円にも相当する金額だという。こんな大金をとても準備できない荻村氏は出場をあきらめかけたが、クラブの仲間がカンパを集め、80万円が用意できたのだという。

1953年12月から1954年3月まで中央線沿線の駅の改札口で卓球ボールの空き箱を持って街頭募金運動や戸別訪問をして地元で20万円を集め、大学で30万円を集め、仲間が映画の上映会でカンパを集め小学校の体育館で入場料50円の模範試合などをして30万円を集めて、遠征費の自己負担金80万円を工面した

マイナースポーツの無名の選手のために敗戦後10年も経っていない貧しい日本でこれだけの金額を寄付してくれる多くの人がいたということに驚きを禁じ得ない。それだけでなく、あまり社交的でなかった荻村氏のために同じクラブのメンバーが自分の時間を削って東奔西走してくれたというのも今ではありえないだろう。

このようなことが当時の日本でできたのはどうしてだろうか。おそらく日本人としての連帯感が今よりもずっと強かったのだと思われる。

『正しいパンツのたたみ方』の中にこんなエピソードがある(前記事「若い時の苦労は…」)。

筆者が家庭科の授業中に生徒たちに「何のために働くか」と問いかけたところ、「生活(お金)のため」「やり(生き)がい」といった答えが返ってきた。現代、働くことに対する若者の不安や悩みが増えているように感じる。仕事がつらくて何か心の支えがなければ心が折れてしまいそうだという嘆きを耳にすることが多い。筆者は生徒たちの答えを聞いて自身が高校生のとき、先生から同じ質問をされたエピソードを紹介した。

先生の答えは「社会のため」だったのだという。

当時は「社会のため」とか「労働は人間としての義務」という発想は非常に一般的なものでした。
それは戦争を生き延びてきた人たちの労働観だったろうと思います。戦争に負け、多くの人が亡くなり、空襲で焼け野原になった日本を、生き残った一人ひとりが一生懸命働き立て直してきたといった自負が、おそらくそのような労働観につながったのでしょう。僕たちは親から、「労働に貴賎なし」「どんな仕事も同じように尊い」とよく言われました。


現代でも「労働に貴賎なし」ということはよく言われるが、一方で「年収の高い企業ランキング」とか「転職に成功するために」などといった言葉がネット上に氾濫している。現代では「どんな仕事も尊い」という言葉は形骸化し、手っ取り早く金を稼ぐ方法にばかり目が向いているような世相に見える。

僕の親世代の人たちの感覚では、社会というものは、みんなの労働があって初めて成り立つもの、一人ひとりがしっかりと参加し、支え合うことで成立するものだ、ということになります。生活に必要なすべてのものは、食べるものにしても、着るものにしても、仲間の誰かが作ってくれたものであり、さまざまな人の手を経て自分のところに来たものばかりです。いくらお金があっても、作る人がいなければ、また作ったものを運び、売る人がいなければ、私たちは何ひとつ手に入れることができません。

私たちはともすると、プロの卓球選手は自分とは別世界の人、無関係の人と考えてしまいがちである。しかし、私たちがワールドツアーや世界卓球を動画で無料で楽しめるのも、卓球に全力で打ち込んでくれている選手たちがいるおかげであり、それを企画、編集、発信してくれている人がいるからであり、ひいてはそのような機器を開発してくれた人たちのおかげである。多くの人の努力があって私たちは見たいときに無料でプロのプレーが楽しめるわけである。

そして多くの人に支えられて世界選手権でみごと優勝した荻村氏はどういう思考をしていたのだろうか。

「荻村、お前は世界チャンピオンになったがそれで満足なのか」

「我々は学業も仕事も犠牲にして、なぜこれほど厳しい訓練をし、限界に挑戦しているのか。それは人間の文化の向上に寄与するためだ。」

「俺はまだバレエに対するあの人達の情熱のようなものを卓球に持てない。 残念だ。 卓球をして芸術の域に引き上げたい。 既に引き上げてあるモノのなかに身をていするなら誰でもしよう。 引き上げる役を誰かがしなくてはならない。 (バレエ映画『赤い靴』を観て)」

「皿洗いのバイトをしたときに、バイトだから適当にやればいいやという人は、絶対に適当なレベルまでしかいきません。バイトの皿洗いでも世界一になろうという人は、ビジネスの世界でもそうそうのところへいくということです。」

荻村氏が今でも多くの人を惹きつける理由は、単に卓球が強かったからではなく、高い志と意識を持っていたからではないだろうか。自分ひとりが高みに上るというだけでなく、卓球という競技全体を、ひいては世界の文化を引き上げてやろうという志があったのである。荻村氏は自己完結した天才ではなく、常に社会とつながっていた。

私にはそんな悲壮な覚悟はないが、トップ選手の中には荻村氏のような大きな志を持っている人もいるにちがいない。そういう人の価値を高め、ささやかながら応援するというのは、私にもできるかもしれない。私もそうやって社会とつながっていたいと思う。ただ、卓球のトップ選手のうち、誰が応援するに値する選手なのか。誰が強い選手かは、戦績を見れば分かる。しかし、そういうことは分からない。

Lili動画の有料化は選手を応援するという以前にLiliを応援するということになる(村田氏は動画の中で「私たちのために」とも言っていた)

現在、卓球産業というのは、「儲からない」産業である。街の卓球用品店はどんどん廃業していくし、卓球場は半分ボランティア。卓球教室も決して潤っているとは言えない。おそらく村田コーチはこのような卓球産業の現状を憂え、なんとか卓球産業を「儲かる」産業に引き上げたいという志を持っているに違いない。Liliの村田コーチにはこの卓球産業の仕組みを変えてくれそうなオーラがある。彼はなにかを「持っている」。もちろん村田コーチ単独の力で卓球産業を変えることは不可能だろうが、村田コーチのもとに多くの優秀なタレントが集えばきっと何か大きなことを成し遂げてくれると期待している。

tatumi2
何かこうでっかい、すごい何か、でっかくて凄いのを、俺は持っとるんじゃい!

感覚を聞く――打球と反省

練習の機会が絶対的に少ない社会人が上達するにはどうすればいいのか。

「週に1回しか練習できないから、一年前と比べても全く進歩が感じられない」
「学生時代のような感覚が全く戻ってこない。下手になっていく一方だ。」

という諦めの声が聞こえてくる。
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今年はイノシシ年ということで、京都御所の西側にある護王神社に初詣に行ってきた。

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狛犬の代わりにイノシシが。

そこへ行く途中で「山田松」という香木屋さんの前を通ったのだが、帰宅してその店のウェブサイトを調べてみるとトップページにこんなことが書いてあった。

聞香(もんこう)とは、文字どおり、香炉から「香りを聞く」ということであり、嗅ぐのとは異なり、心を傾けて香りを聞く、心の中でその香りをゆっくり味わうという意味です。 
山田松香木店ウェブサイトより
「香りを聞く」だなんて、なんとお上品な表現だろう。
聞香

自慢ではないが、私はこういう高尚な趣味にはめっぽう疎い。
休日に美術館を訪れて古今東西の名作を鑑賞するとか、紅茶の銘柄の違いを味わうとか、クラシック音楽を楽しむとか、そういうことはさっぱりわからない。クラシックの中で唯一私が好きなのはちっともクラシックらしくない「春の祭典」である。
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この間、手持ち無沙汰で一人で球突きをしていたとき、なんだか気になることがあった。

bounce

球突きというと、ふつうは連続して何十回もカンカンと打つものだが、そのときの私は1球下回転をかけてはボールを手でキャッチ。また1球突いてはボールをキャッチということを繰り返した。そして1球ごとにラケットに伝わる振動を味わっていた。

ブレードの当てる位置や、ラケットをしゃくりあげる角度によって微妙に手に伝わる振動が変わる。気持ちよくテインと弾むときもあれば、ボテっと不完全燃焼のような弾み方のときもある。こんな単純な運動でも、1球1球確認すると、違いが感じられるものだなぁ。

考えてみれば、非常に味覚が敏感な人でも、高級なお茶をがぶ飲みしたり、繊細な料理をドカ食いしたりしたら、微妙な味わいなどろくに分からないのではないだろうか。繊細な感覚を「聞き分ける」には多すぎる情報は毒になる。同様に卓球の練習はいかに多くのボールを打つかが大切だと思われがちだが、そうすると1球1球の感覚に耳を澄ませる間もなく、次々と打球して感覚を省みることがない。打球感覚を味わうためには、ある一定以上の打球は、害毒とまでは言えないが、感覚を薄めてしまうことになるのではないだろうか。打球だけではない。たとえばフットワークでもステップを踏みしめる感覚というのはひたすら動き回っていては良いステップと悪いステップの感触が区別できないのではないだろうか。

そんなことを考えながら後日、1球1球噛みしめるように打球して、数球打つごとに立ち止まって反省してみたところ、一つ発見があった。

私は裏面バックハンドを打つ時、よく振り遅れてしまう。もっとバックスイングをコンパクトにしなければ間に合わないと感じていたのだが、自分の身体の筋肉の動きに耳を澄ませてみると、私はバックハンドを打つ時、まずバックスイングで背中側の右脇腹の辺りの筋肉を使っているらしい。

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そしてスイングのときは、同じく背中側の左脇腹の辺りに力を入れているようだ。

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このように右、左と順番に素早く筋肉を収縮させているのだが、これでは速いボールには間に合わない。そこでバックハンドを打つときに右脇腹の筋肉をあえて使わず、ボールが来たと思ったら、左脇腹の筋肉だけを収縮させて打つようにしてみると、振りが早くなった気がする。

今までたくさんボールを打つことばかりに夢中になって、打球中の筋肉の動きなんて意識したことはなかったのだが、「香りを聞く」というアイディアを応用して自分の筋肉の運動をつぶさに見つめてみるということを試みるようになったのだった。

社会人は練習時間が少ない――ボールを打つ時間が少ないから下手になる一方だというのも一面の真理かもしれないが、ボールを打つ機会が少ないからこそ、学生のようにむやみに毎日練習していたときには気づかなかった微妙な身体の感覚に耳を傾けることもできる。そのような少ない情報をかみしめるように味わえば――次から次へとボールを打つのではなく、途中で少し立ち止まって自分がどう打ったのか、どこの筋肉を使ったのかなどを反省するようにすれば、多くの気づきがあり、社会人でも練習時間が少ないなりに上達が早まるのではないだろうか。

小首を傾げて――下回転サービスから始める新年

穏やかな好天に恵まれた元日。

だが年末年始は卓球ができない。テレビをぼんやり見るのも空しいので、仕方なく家でサーブ練習。
畳の上で新サーブに挑戦である。

私の課題は何と言っても下回転ショートサーブである。純下回転サーブは出せることは出せるのだが、回転量が少ない。この間のTリーグ、木下マイスターズ対岡山リベッツの対イム・ジョンフン戦で張本智和選手のサーブを見て、「私もこんなサーブを出してみたい」と思ったのだった。

hari serve

張本選手の下回転サーブは弾道が低く、回転量も尋常じゃないらしく、イム選手は張本選手のサーブをボトボト落としていた。かと思うと同じモーションで放たれたドナックルを浮かせてしまい、それも張本選手に強打されていた。

下回転がしっかり入っていない横回転サーブは上手い人には台上で軽く打たれてしまう。それを防ぐために切れた下回転サーブからの展開を基本戦術として、安定した試合の組み立てをしたいものだ。

数年前、同じように年末年始に卓球ができず、悶々とうちで毎日ひたすらサーブ練習をし、ついに逆振り子サーブを習得できた。今回も大晦日から三が日にかけて、うちでずっとサーブ練習をしてブチ切れ下回転ショートサーブを習得するぞ!

まず、どうやって下回転の回転量を増やすかである。

上半身をくねらせて、腕をしならせながらボールをこすれば、回転量が増えるに違いない。

「えい!」

おお、ラバーにボールがしっかりひっかかった感触から、確かに回転量が増えている気がする。やはり腕を使いすぎてはダメだ。体全体で切らなければ。しかし、もっと劇的に回転量が増えないものだろうか。

いろいろ考えた結果、水谷選手の投げ上げサーブのように、一度前にラケットを振って、それを戻しながらバックスイングして、ザクッと切る。つまり、通常はバックスイングとスイングの「一往復」の動作だが、それを「一往復半」にするわけである。

あれ?タイミングが合わない。相当早くラケットを引かないとボールに当たらない。ボールを投げ上げると同時に前にラケットを前に振り、なんとかタイミングを合わせることに成功したのだが、

「おお!」

今、ラバーに引っかかった感触は、確かにこれまでよりも回転量が増している感覚である。この下回転サーブが短く出せればもう言うことはない。

だが、速いスイングスピードと安定性を両立することは容易ではない。ちゃんと切れるのは1~2割ほどで、残りは空振りか、カドである。たしかにラケット面を斜めにして切れば、成功率は上がるのだが、斜めにすると、サーブが長くなってしまうし、多くの上級者が面を水平にして、ボールの真下をとらえて切るべし!と言っているので、面をできるだけ水平気味にして切りたい。

試行錯誤の結果、顔の近くで切ると、カドや空振りを減らせるということが分かった。不思議なことにラケットを顔の前に持ってきて、目の前でインパクトすると、カドる確率が大幅に減る。
そういえば、ティモ・ボル選手のフォアサーブはまさに顔の近くで出しているではないか。

timo serve

ボル選手だけではない。
wong serve


malong serve

もしかして下回転ショートサーブを出す時ってみんな顔の近くでインパクトするものなのか(レベルが低い気づきで申し訳ない)
私はふだん、フォアサーブを出す時、胸の高さで出していたが、それをもう15センチほど高くしなければならない。しかし、そうすると、高い位置でボールがラケットに当たるので、サーブも高くなってしまう。

どうしよう?
答えは簡単である。腰と膝を曲げて、姿勢を落とし、インパクト地点を台上から20センチぐらいの高さにする。さらに首を少し傾げるようにして顔を台に近づければ、顔の前でのインパクトと低いインパクト位置が両立できる。ティモ・ボル選手のように。

そういえば、年末の練習で相手のショートサーブを鋭くつっつくときに「台に頬ずりする意識」で首を傾げて低い姿勢で入ると安定したのを思い出した。

フォアで下回転系のショットを打つときは、小首を傾げるようにボールに顔を近づけると、低くて浅いボールが出せるにちがいない。今週末の練習で早速試してみよう。

末筆ながら

本年も卓球ブログ「しろのたつみ」をどうぞよろしくおねがいします。

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