しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2017年10月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

ラケットケースの話――雑文です

台風が接近し、せっかくの週末だが、出かけられない。

私は部屋で雨音を聞きながら、ブログを書くぐらいしかすることがない。

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ヤフオクを見ていたら、こんなラケットケースを見つけた。

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非常に私好みのデザインである。以前、売っていた記憶があるが、いつごろの製品か思い出せない。ラケットケースなんて年々進化するわけではないのに、どうして廃版になったとたん市場から消えてしまうのだろう。古い製品をずっと売ってくれればいいのに。

現行品よりカッコいいとおもうのだが。

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(現行品)


用具をコロコロ変えると、調子が悪くなるので、ラケットとラバーにあれこれ手を出すのを自ら戒めている。しかし、気づいたらネットで卓球製品のページを見ている。仕事が終わって、食事を済ませて、ネットで卓球用具のページを見ていると、なんとも心が落ち着くのだ。

新しいラケットを試してみたい…いや、それはやはりダメだ。しかし用具を買いたい…。

そんな葛藤の末に気づいた。ラケットとラバーは変えられないが、ラケットケースならコロコロ変えてもいいじゃないか。
最近のラケットケースはちょっといいなと思わせる製品も多く、そういう目で見てみると、いろいろ欲しくなってくる。私は使わないラケットをいくつも持っているが、そういうものを保管するという大義名分があるので、お気に入りのラケットケースを複数購入するというのも悪くないアイディアだ。


ラケットケースなんて、ちょっと古いもののほうがむしろカッコいいのではないだろうか。

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昔はこういうシンプルな製品しかなかったが、これも今見ると、味があってほしくなる。メーカーも毎年新しい製品を出すだけではなく、70年モデルとか80年モデルとか、古い製品をずっと売り続けてくれたらいいのになぁ。

つい1~2年前に廃版になってしまった製品などの中には、買っておけばよかったと後悔させられるものがある。
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このバタフライのケースもつい最近発売されたばかりだと思ったら、もうどこにも売っていない。


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この愛ちゃんモデルのケースは市場から消えつつある。10年後に振り返ってみると、ちょっと購買意欲をそそられるかもしれない。


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このキラースピンのケースなどは10年ぐらい前から売っていると思うが、そろそろ市場から消えそうな気がする。

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このスティガのケースはシンプルでカッコいいなぁ。買っておけばよかった。


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アンドロのグラフィティー・ケース。私はこういうデザインは好みではないが、こういうデザインのケースはもう二度と現れないかもしれない。好きな人は今のうちに買っておいた方がいいだろう。


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このアンドロのケースも今までにない素材感なのでちょっと欲しいなぁ。


オチも何もない雑文だが、そろそろ飽きてきたので、以上である。

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そういえば、こんな言葉を目にした。

この世に〝雑用〟という用はありません。用を雑にしたときに、雑用が生まれるのです。」(渡辺和子)

 

(前略)自ら望んだとはいえ、日々繰り返される修練院での単純作業に嫌気がさしていたころに気づかされた、時間への向き合い方だった。

 

 渡辺さんは、続けてこう語る。

「生きていく上では、嫌なこと、したくないこと、欲しくないもの、気に入らない相手など、数々の自分にとって〝ありがたくない〟物事に向き合わないといけないことがあります。つまらない仕事を、つまらなくない仕事に変える術を、若くして修練院で教えてもらったことを、私は感謝しています」


失礼しました~!

渡辺さんのことはよく知らないが、アメリカの修道院に入り、そこで何年も修行をして、ノートルダム清心女子大の学長になったそうだ。アインシュタインとか、徳川家康とか、そういう何かを発見したり成し遂げたりして歴史に名を残した人は立派だと思うが、年をとるにつれて、そういう有名人よりも、渡辺さんのような社会のために尽くした縁の下の力持ち的な人に心惹かれるようになってくる。そういう人の言葉は重い。

渡辺さんの青年期は、おそらく来る日も来る日も掃除、洗濯、食事の用意、聖書の勉強などが延々と続いたのだろう。卓球に喩えれば毎日毎日フォア打ち往復1000本、バック1000本、ツッツキ…と単調な練習を繰り返すようなものだ。このような単調な練習の中で、意識さえ高ければきっと「つまらない」練習を「つまらなくない」練習に変える術がきっとみつかるに違いない。

私も、書く前から「つまらない記事だなぁ」などと思いながら綴った結果、やはりつまらない「雑文」になってしまったのだ。そうではなく、心の持ちようでどんなトピックでも、きっとおもしろい記事になる!と気付かされた。

反省。


台上技術を考える――卓球男子ワールドカップを観て

卓球男子ワールドカップが終わった。
中国選手がまさか決勝に残れないとは。
日本選手は両選手ともにメダルには届かなかったが、それでもすばらしい試合内容だったので満足である。

丹羽選手とイ・サンス選手の接戦も見ごたえがあった。丹羽選手の最近の強さには驚かされるばかりだ。

そしてそのイ・サンス選手を予選でフルセットのデュースまで追い詰めた、ナイジェリアのアルナ選手。

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水谷選手の対戦相手である。

最近は吉田海偉選手をポーランドオープンで破り、優勝。
水谷選手とは初対戦だったようだ。水谷選手にかぎって負けはしまいとは思うものの、不安を拭いきれなかった。



だが、いざ試合が始まってみると、おもしろいように水谷選手の攻撃が決まる。まさにやりたい放題である。大きなラリーになると、水谷選手は打ち負けてしまうことが多かったが、アルナ選手はかなりの確率でレシーブを浮かせて、あるいは甘いレシーブをし、あるいはミスしてしまい、水谷選手は攻め手を渡さなかった。試合前の不安がウソのような快勝だった。

いくらラリーが強くても、台上(レシーブ)が弱ければ一方的に負けてしまうものなんだなぁ。

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全力で動き回って連打する卓球は楽しいが、中年がそんな卓球をしていると、いつかケガをするのではないかと心配だ。もっと年齢相応の卓球を磨いた方がいいのではないだろうかと最近思うようになった。課題練習の内容も工夫しなければ。

「10分交代で課題練習をしましょう。そちらからどうぞ。どんな練習をしますか?」

ここでいつも考えてしまう。どんな練習をすべきなのか…。

とりあえず安定感を向上させるべきだと思い、相手にバックでブロックしてもらって、こちらはフォアハンドで動いてドライブを連打する練習などを私はよく選択するのだが、そういう練習ばかりでいいのだろうか…。自分が攻撃する練習よりも、もっと守備的な練習も必要なのではないだろうか。

そうだ!台上の練習をしよう。しかし、どんな練習がいいだろう?いいアイディアが思い浮かばない…。

「いえ、そちらの練習から先にどうぞ。」

すると相手は

「そちらからショートサーブ、ときどきロングサーブを出してもらって、そこからオールでお願いします。」

おお!その課題練習は私の求めるものに近い。つまり、自分はレシーブの練習+相手に打たせてからの守備の練習をメインにするわけである。どちらも私に欠けている技術だ。

10分後、私の番になったので、「じゃあ、そちらと同じ課題で」と答えてみた。

相手のショートサービス
→こちらがストップ/ツッツキ
→相手がストップ/ツッツキ/ドライブ
→こちらがツッツキ/フリック/ブロック

このようにしてできるだけこちらからドライブなどの攻撃をしないようにして練習してみた。

この練習を通して自分がいかにストップが下手かということがよくわかった。ストップが下手なだけでなく、ストップ後の戻り(後方への下がり)も遅いということがわかった。ストップが止まらず、台から出てしまうことが多い。

ところでどうしてストップというのだろう?ボールが台上で止まる(伸びない)からか?

違う。きっとラケットをピタッと止めるからだろう(たぶん)。私はストップでも下回転をかけようとして少し前方にこすっていたためにボールが台から出てしまっていたのかもしれない。バウンド直後にラケットをピタッと止めてインパクトすれば台から出ないのだ。

そしてツッツキである。ツッツキは腕を伸ばさず、身体ごと前に突っ込んで打つと安定することが分かった(今更だが)。しかし、そうするとラケットがボールに届かないので、姿勢を低くして足を台の下に深く入れる。それでも届かない場合は少しだけ腕を伸ばす。そうかぁ…よく「ツッツキは台の下に入って」などと指導記事に書いてあるが、あれは腕を伸ばさないで打つなら必然的にそうなるんだよなぁ。

しかし「台上がうまい」というのはどういうことなんだろうか。レシーブが安定して返せるというだけではないだろう。アルナ選手は得意のラリーでできるだけ勝負したかったにちがいないが、水谷選手はそれをさせなかった。相手に先に強く打たせない、これが台上がうまいということだろうか?しかし相手が先に打てなかったというのは結果に過ぎない。台上が上手かったから先に打てなかったということだ。

水谷選手は一体何をしたんだ?

水谷選手の試合をもう一度見ながら、台上とは何かをよく考えてみることにした。

見てみたが…よく分からなかったorz。

どんなテクニックなのかよく分からないが、水谷選手がストップなりフリックなりでボールを送ると、アルナ選手は不完全な姿勢で打たざるをえないような場面が多かった。水谷選手はギリギリまでどこにどんなボールが来るか分からないような打ち方をしているということだろうか?逆にアルナ選手がレシーブした先には水谷選手が待ち構えて強打していた。アルナ選手は水谷選手の意表を突くことがあまりできなかった。この差が台上技術の上手い・下手ということだろうか。

結論は出ないままだが、今回は以上である。

ウサギと亀の話――雨の日の自省

台風が接近し、せっかくの週末だが、出かけられない。時代まつりが数十年ぶりに中止されるという。

私は部屋で雨音を聞きながら、ブログを書くぐらいしかすることがない。

この間の練習で、以前、購入した「王道02C」を初めて試してみた。

王道02C

形態的にはブレードが小ぶりで、グリップが細いのが特徴である。

実際に振ってみると、グリップが細いからか驚くほどの先端重心である。体力のある若い人がガンとドライブをかけるのにはいいかもしれないが、私にとっては重すぎた。打球感はふつうかな。弾みはやや抑えめだろうか。2度ほど打ってみて、満足したのでしばらく使わないことにした。買ったもののまだまだ試していないラケットがたくさんあるのだ。

このラケットの特徴はグリップの細さかなと思う。グリップがすべすべしているので、反転したり、プレー中にグリップを変えたりする自由度が高い。

毎年次から次へと新しい用具が出て、購買意欲をそそられる。が、私がつかえるお金は限られている。2万近くする高級ラケットにはちょっと手が出ない。めいっぱい奮発して1万円前半のインナーフォース・レイヤーALC.S-CSまでかなと思う。インナーフォース・レイヤーALC.S-CSというのは板が非常に薄いというが、打球感はどんな感じなのだろう。しかし、実売1万円を超えるラケットはあまり買いたくない。それよりもダーカーのスピード25PIというのが値段も安くてよさそうだ。今度買ってみようかな。

と、こんなふうに安いからといって、ちょくちょくラケットを買ってしまうと、結局2万ぐらいすぐにつかってしまうので、高級ラケットを1本買った方がお得だ、というのはこれまで何度も書いてきた内容である。

これを練習に喩えたらどうなるだろうか。

私が練習できる時間は限られている。めいっぱい奮発しても、週に3回、6時間ぐらいがいいところだろう。その練習でいろいろなラケットやラバーを試してみたり、新しい技術やシステム練習を試してみたりすれば、6時間の練習時間などすぐに吹き飛んでしまう。地道に一つのこと――フォアドライブとか、バックブロックとかを一つの用具で集中的に練習していれば、最短距離で上達できるのではないか。無駄に金をつかってしまったことに対してはそれほど後悔はないが、無駄につかってしまった時間に対しては憾みが遺る。

私は今までどれほど回り道をしてきたことか。ラケットやラバーをしょっちゅう替えたり、打ち方を大幅に変えてみたり。これでは時間がいくらあっても足りないだろう。たとえ週に1回、2時間しか練習できなくても、一つのことを地道に続けていれば、今ごろ私も人並みに上達していたに違いない。そう考えると悔やまれてならない。


フットワークの方向――前後と左右の移動について

フットワークが卓球で重要なことは言を俟たない。
全てのレベル、あらゆる戦型で重要とは言えないかもしれないが、多くのレベル、多くの戦型で極めて重要と言えるだろう。

フットワークと言えば、例の反復横跳びを連想する人が多いのではないだろうか。

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私も中学時代は部活の練習でよく反復横跳びをしたものだが、私は先日の練習で確信した。
左右のフットワークよりも、前後のフットワークのほうが(私のレベルでは)大切だということを。

先日の練習で初級者の人と練習する機会があった。その人を仮にNさんとしよう。Nさんはフォア打ちをすると、フォア打ちにもかかわらず、思い切りドライブをかけてくるのだ。そのドライブはスピードはあまりなく、ループ気味のドライブなのだが、困ったことに台のエンドから10センチぐらいの深いボールが何本も入る。

「打ちにくいなぁ…」

私は台のエンドから30センチほどの距離でじっと動かずフォア打ちをしていたのだが、ときどきつまらされる。振り遅れる感じがする。回転がかなりかかっているので、バウンド直後ではなく、少しバウンドが高くなってからの打球点で打つのだが、非常に打ちにくい。そのとき閃いた。

「もしかして、台との距離が近すぎるのではないか?」

10年以上卓球をしてきてこんな初歩的なことに気づかなかったなんて…。

台との適切な距離は戦型や人によって違うし、前陣の人なら、たいていのボールは台から50センチ以内で処理するのかもしれないが、少なくとも私にとっては台のエンドギリギリのボールは30センチの距離ではうまく打てない。50センチほど離れてみたが、それでも心もとない。80センチほど離れてみて、ようやくしっかり打てる気がした(ここらへんの数値は測ったわけではないので正確ではないかもしれない)。別にNさんとフォア打ちするときだけでなく、試合などで台のエンドギリギリのボールはよく飛んでくる。それを私は今まで台との距離を調節することもなく、30~50センチほどの距離で対応していたのだ。ミスが多いわけだ。

となると、自陣の真ん中ぐらいでバウンドする打ちやすいボールなら台から50センチほどの距離でも大丈夫だが、台のエンドギリギリに入る深いボールなら打球の落点を予測し、瞬時にもっと下がらなければならないということになる。たしかに台から50センチほどの距離でも深いボールが打てないことはないのである。これまでは打ちにくさを感じながらも、なんとか返球していたのだ(だから今まで台に近すぎることに気づかなかった)。しかし、今ではこんな無理をして懐に入ってくるボールを打つのはバカげたことだと感じている。一歩後ろに下がるだけで、打ちやすさが段違いなのだ。

回り込んで積極的に攻撃する人なら、左右の素早いフットワークが欠かせないものかもしれないが、中年の万年中級者にとっては、左右のフットワークはほどほどでいいだろう。とにかく前後のフットワークを完璧にして、深いボールでも浅いボールでも力のこもった打球ができるようになるのが先決だ。

これは私だけの問題なのだろうか。いや、私の見る限り、ほとんどの初中級者は左右のフットワークには敏感だが、前後のフットワークはあまり気にしていないように見える。距離感が不適切でもなんとか打ててしまうので、気づかないのではないか。

自陣の真ん中ほどでバウンドするボールと、エンドギリギリでバウンドするボールを同じ台からの距離で対応するのでは安定感を損なう。初中級者は左右のフットワークよりも、まず前後のフットワークを身につけることを勧めたい。

腕のスイートエリア――力の入る範囲について

「卓球…に限らず、たいていのスポーツはつまるところ、下半身やで」

という意見を聞いたことがある。いろいろなスポーツを経験したことがないので本当かどうか分からないが、なんとなく説得力のある意見である。ある程度までなら下半身をほとんど使わなくても卓球は強くなれるが、ある程度以上になると、上半身だけではダメで、下半身が使えるかどうかに上達が大きく左右される。私の実力はちょうどその境目のあたりだろうか。

前記事「カット打ちのコツ」で力の入る範囲についての発見があったと述べた。簡単に言うと、卓球では土星の輪のように、自身の体幹を中心に力の入る層が分布しているのだが、それが実際には思っていた以上に狭かったという発見である。

ラケットの届く範囲がすべて打てる範囲かというと、そんなことはない。体幹に近いミドルは言うまでもなく、腕を限界まで伸ばして、ラケットがギリギリボールに届くような距離では当てるだけしかできず、力が入らない。

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こういう限界まで腕を伸ばして打つ人もいるので、一概には言えないが

では80%ぐらい腕を伸ばしてやっとボールに届くような距離ならどうか。フォアハンドなら力が入るかもしれないが、バックハンドではどうだろうか。ペンの裏面なら、その距離ではあまり力が入らないのではないだろうか。私は80%腕を伸ばした状態で、裏面バックハンドが打てないことはないが、安定しない。しかし、手が届いて打ててしまうので、以前はあまり気にしていなかった。

まず、フォアハンドで腕を80%ほど伸ばしてカット打ちをしてみると、力が入ることは入るが、大振りになってしまい、スイングのキレがなくなる気がする。うまくタイミングが合えばパワーは十分だが、スイングの描く円が大きいので、スイングスピードが最速に達するまでに時間がかかってしまう。その結果、振り遅れてしまうことも少なくない。伸縮率70%ぐらい(脇を軽く空ける程度)が私にとってパワーとキレのバランスが一番いいように思う。腕の伸びにやや余裕をもって振ると、スイングの描く円が小さくなるので、スイングスピードがマックスに達する時間が短くなり、キレがある。裏面ドライブなどは、50%ぐらいの伸縮率が一番バランスがいい。

台から50センチほど離れた、私のニュートラルポジションでのベストの腕の伸縮率は、フォア70%、バック50%と試算している。それが台から20センチほどの台近の場合は、フォア60%、バック40%の伸縮率がベストかもしれない。そして台から1メートル以上離れた場合は、フォア80%、バック60%がベストかもしれない。台から近ければ近いほど、ボールの到達が早くなるわけだから、すぐにマックススピードに達する小さいスイングがいいはずだ。私の仮説は、台からの距離に応じて腕の伸縮率を変えるのが打球の威力とキレのバランスを最高に保つコツなのではないかということである。もしかしたら今まで私は台の近くでも、台から離れた時も同じように腕を限界近くまで伸ばして打っていたことが多かったかもしれない。今まで台からの距離に応じて伸縮率を変えようという発想がなかったので、以前はどう打っていたのか思い出せない。おそらく台の近くで振り遅れたり、オーバーミスをしていたのは、腕を伸ばしすぎていたことが原因なのではないかと疑っている。

そして、私にとってのベストの腕の伸縮率――「腕のスイートエリア」は、以前思っていたよりも、もっと短いのだと思う。以前は腕のスイートエリアを外れたボールも、文字通り「手を伸ばし」て打球していたため、ミスが多かったのだろう。これまでよりも10%ほど伸縮率を下げて打つのがよさそうだ。

となると、腕を少し縮めて力のこもったスイングができるようになる代わりに、今まで届いていたボールに届かないということになってくる。今までの私が「届く」と思っていた距離よりも、もう10センチほど近づかなければならないとなると、失われた10センチをフットワークで補わなければならないということになる。

冒頭の「つまるところ下半身」という話題である。

サービス後の素早いフットワーク(前記事「ザリガニのように」)から始まって、その後のラリーも足で細かく動かし続けるということが私の卓球を上級者の卓球に近づけてくれるに違いない。

フットワークをどのように私の卓球に組み入れるか。それにはもう少し実践――練習を重ねた上で報告したい。

【付記】
なお、前記事「ボールを転がす方向」で取り上げたカラカセビッチ選手は、サービスの後、その場でじっと待っており、ほとんど動かない。


ラケットの価値の創造――テナリーアコースティックカーボンインナー発売

ニッタクの新製品「テナリーアコースティックカーボンインナー」(名前が長い…)が11月に発売されると知った。
未発売なので、もちろん使ったことはない。レビュー記事でないことを予めお断りしておく。


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久々のテナリーシリーズの新作が出たことは喜ばしいが、値段は残念である。
テナリーアコースティックが国際卓球で12,960円(税込)。アコースティックカーボンが 17,280円(税込)ということで、約5000円の値上げということになる。FEカーボンというのが2枚挟まっているのがこの値段の根拠らしい。カーボンが入っていなくてもいいから、このグリップの色でふつうのテナリーアコースティックがほしい。

最近、カーボンを入れたバージョンで価格が3割増とか、そういうラケットが目立つ。
アコースティックカーボンはモロその例だし、SKカーボンとか、セプティアーカーボンとか、佳純スペシャルとかバイオリンカーボンとか…なんだかニッタク製品が多いなぁ。ヤサカもギャラクシャとかデュラングルで同じ売り方をしている。海外のメーカーではこういう商法はそれほど多くないようだ。
SK7とかセプティアとか、木材で評判のよかったラケットにカーボンを挟んで、お値段2~3割増。佳純スペシャルとかラティカカーボンに至ってはお値段10割増以上である。

おそらくそれだけの価値があるのだろうが、邪推すれば、既存の特殊素材を入れるというのが単に価格を上げるためのお手軽な手段となっているようにも見える。

ラケットの値段を上げれば儲かるので、メーカーとしてはなんとしてもラケットの価格を上げたいところだろう。しかし私は特殊素材が苦手なので、できれば他の方法で値段を上げてもらいたいものである。

ラケットの価値はどのように上げることができるのか。新たな特殊素材を開発するというのは時間もお金もかかるだろうから、もっと簡単に価値を創造できないものだろうか。

伝統的なのは「有名選手の名前を冠する」である。ヤサカのガシアンエキストラに少し変更を加えて馬林選手の名前を冠した「馬林エキストラオフェンシブ」(通称マリエキ)が大ヒットしたことは記憶に新しい。

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選手本人が愛用し続けていればなおよい。

他には、限定品である。
吉村真晴選手の限定ラケット「吉村真晴LIMITED EDITION」
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試作品のようでグリップはあまりかっこよくないが、 国際卓球で26,244円(税込)という値段にもかかわらず、早くも品切れとなっている。

カーボンを入れるよりも、こういう「今しか手に入らない」+「出回っている数が少ない」という限定品にしたら、ラケットの価格が高くなっても納得である。

「品質にこだわる」というのもいいかもしれない。
アンドロの「和の極み」が売れたのは目利きの家具職人が選んだ品質の高い木材を使用したという価値があったからだと思われる。ドイツのメーカーなのに日本製というのも好印象だったのだろう。

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「和の極み」にはもう一つの特徴がある。他業種とのコラボレーションという特徴である。
この価値は、ユニクロのTシャツなどで知られているが、卓球ラケットではまだ未開拓である。卓球メーカーも「○○大学の研究室と共同で人間工学に基づいた…」とか、「グリップデザインは文具メーカーの○○が担当」とか、そんなことをやったら話題を呼ぶかもしれない。

専用ラケットケースとのセット販売でというのもいいかもしれない。

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車だったら、セドリックとグロリア、マーク2とチェイサーとクレスタ、レビンとトレノのように基本は同じで外見が違う兄弟車のようなものがあったが、ラケットでもSK7と吉田海偉のような兄弟ラケットがあったらどうだろうか。付加価値は生み出せないかもしれないが、1本買って気に入ったら、もう1本兄弟ラケットのほうも欲しくなるのではないだろうか。同じフレアグリップでも、5種類ぐらい異なるグリップデザイン(色や模様の違い)を用意したら、コンプリートしようとする人も少なくないだろうから、メーカーにとってはおいしいと思われる。

以上、ラケットの付加価値を生み出す方法について考えてみた。

カット打ちから学んだこと

普段練習する人は右裏裏シェークの人が多く、私は左利きやカットマン、ペン表がとても苦手である。じゃあ、右裏裏シェークの人には強いのかというと、そういうわけでもないのだが、左利きやカットマンと対戦すると、同じぐらいの実力の相手でも、「自分の力を出し切れた!」という達成感を得られないまま負けてしまうのである。特にカットマンである。対戦の前半はリードするのだが、次第にこちらのミスが増え、結局負けてしまうことが多い。カット打ちのコツをつかんで、もう少し安定すれば勝てたのではないかという試合も少なくなかった。カット打ちの練習がしたい、しかしなかなか機会がない。

そこで、私は上手いカットマンを見つけると、できるだけ練習相手をお願いすることにしている。世間で非主流派の戦型と練習する貴重な機会は逃したくない。

カットマンは貴種である。

カットマンで強い人は私たちのような市井の愛好家の中にはなかなかいない。おそらく育成には長い時間と専門的な指導が必要なので、通常の部活では指導できる人がいないし、我流で始めても、なかなか勝てるようにならないので、あきらめて攻撃型に転向する人が多いのではないだろうか。

最近、練習相手の中に上手なカットマンMさん(といっても、全国大会に出たとか、そういうレベルではない)がいて、こちらが全力でドライブを打っても安定して返してくれる。こういう人と練習できる幸運に恵まれたので、よくカット打ちの練習をさせてもらっている。そのカット打ちを通じて学んだことを記してみたいと思う。

カットマンは速くて深い、威力のあるボールよりも、浅くて高いゆっくりしたボールを嫌がるということを本で読んだことがあるので、私のカット打ちはネット際を狙ってできるだけ高くこすり上げるゆっくりしたループドライブだけだった。

打ち方は「とにかく全力で上にこする」だけで、前方向には振らないというものである。

しかし、これだけだと、ミスが多い。打点の大切さを痛感した。打点が頂点を過ぎてしまうと、まず持ち上がらない。バウンドしてからのボールの上昇期の、上昇する力を借りてようやく持ち上がるという感じである。

それでもあまり安定しない。

そこで以前、酒井明日翔選手のループドライブの打ち方がネットで紹介されていたので、これを参考にしてみた。




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「低い姿勢で右足に体重をかける」とあるが、ふつう、我々の考えるような「低い姿勢」ではなく、動画のようにネットの少し上ぐらいに目線を落として、常識では考えられないほど低い姿勢を作るのがいいと思う。

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そして最後の「右足のかかとが床から離れるぐらい伸び上がる」というのは安定性にとても寄与した。ラケットを振り上げ終わるときに軽くジャンプするのである。この打ち方を試してみると、上がる上がる!下回転に全然負けない。

ただ低い姿勢を作るのに少し時間がかかるので、今までよりも少し早めに打球姿勢に入り、身体を沈め、早い打点で軽くジャンプしながらこすり上げる。これでとりあえずミスせず安定してカットが打てるようになった。

しかし、このように大きく体を動かし、全力で連続して打つのは体力的に厳しい。たぶん上手な人はもっと軽く打っているはずである。たとえば50%の力で安定してカットが打てないものだろうか。

Mさんと納得のいくまで何時間も練習できるわけではない。せいぜい週に1度10~20分ぐらいカット打ちをさせてもらえるだけである。わたしは数週間にわたってMさんのカットを打ちながらスイングの角度を工夫し、ようやく納得のいく角度を発見した。スイングの角度などは、人によって力の入るポイントが異なるので、万人に最適な角度はないと思われる。私の場合は肘を支点にして斜め上方向に敬礼する――あるいは窓を拭くようにドライブすることで安定した。このスイング方向なら、たとえ打点が遅れてもなんとか入る。軽い力で安定してフワッとしたドライブが打てるようになったと思う。上級者の回転量の多いカットが同じようにして入るかどうか分からないが、中級者レベルのカットなら、この打ち方――低い姿勢から軽くジャンプし、敬礼するように肘を支点にしてこすり上げるという打ち方でたぶん大丈夫だろうと思う。

以上が私のカット打ちのコツである。

このカット打ちを通して、私は普段のツッツキ打ちも安定してきたように感じる。低い姿勢が苦にならなくなってきた。低い目線でドライブを打つと、ずいぶん安定感が増すように感じる。そして他にも大きな発見があった。力の入る範囲についてである。それはまた、別稿に俟ちたい。

【付記】
紙媒体の『卓球レポート』が休刊するらしい。60年間お疲れさまでした。卓球の技術情報が全くなかった時代に卓レポが果たした役割は大きかった。出版というのは、素人が考える以上にお金がかかるので、別の形での再開を期待したい。


「時代まつり」がありますね🐹

週末の日曜日は京都の三大祭り「時代まつり」の日。

葵祭、祇園祭と比べると、歴史的にも知名度的にも大きく劣りますが、私は以前、時代まつりに「随身」として参加したことがあるので、この祭りに少し思い入れがあります。

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ちなみに馬に乗る役(名のない公卿)もできたのですが、100万ほどの寄付が要るという噂を聞いて辞退しました。坂本龍馬とか、巴御前とかを演じている方は、どんな方なんでしょうね(笑)。

明治維新から時代をさかのぼり、延暦時代までの仮装をした人たちがパレードするというお祭りです。歴史上の人物に興味があって、当時の服装などを知りたい人なら楽しめると思います。

ちなみに足利尊氏は逆賊ということで、このパレードには登場しなかったのですが、近年、登場することになりました。歴史観が変わったからというより、やっぱり足利市が経済的にがんばったからのようです。

服装や武具、装飾品などをできるだけ当時のままに再現しているためにお金がかかるそうです。

京都御所を出発し、平安神宮がゴールです。見学するなら途中の丸太町通りや御池通りのあたりや、ゴールの少し手前のほうが見物人が少なくていいかもです。

桓武天皇が平安京に遷都したと伝えられる10/22に行われます。

明治時代半ばから始まった、歴史の浅いお祭りです。

【付記】
私はまだ行ったことがありませんが、同日夜に行われる「鞍馬の火祭り」のほうが評判がいいようです。

ボールを転がす方向――ボールタッチについて

セルビアのカラカセビッチAleksandar Karakasevic選手の試合がアップされていたので観てみた。
なお、相手のPete Zolt選手も同じセルビアの選手のようだ。



この選手を知らない人のために簡単に説明すると、有り余る才能を持ちながら、勝利への執着が薄いのか、勝つことよりも相手の意表を突くプレーを繰り出すことに心血を注いでいるように見える。トリッキーで独特なプレースタイルから、世界中にファンが多い有名なオジサンである。ウィキペディアによると、ワルドナーは「あいつが酒を止めたら、誰も勝てない。」とコメントしたのだとか。

北斗の拳に喩えれば、雲のジュウザのようなオジサンである。

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前記事「かつてない才能」で取り上げたチェコのシュトルビコバ選手を思い出させる。日本や中国にもこういう選手はたぶん存在する(比較的近いのは丹羽選手か)と思うのだが、国際大会でもこういう選手が観られるのは、ヨーロッパ卓球のおもしろさだろう。

カラカセ選手のプレーをみて気づくのは、

コースの打ち分けがすごい。
たとえば、2ゲーム目の冒頭ではフォアに打つのかバックに打つのか全く分からず、相手が逆を突かれまくっている。
https://youtu.be/7AVP6-uYtw0?t=88

また、バックハンドの打ち方というか、ラケットをボールに当てるタッチも、多彩である。
たとえば、3ゲーム目の4-2や4-4の場面

https://youtu.be/7AVP6-uYtw0?t=152

https://youtu.be/7AVP6-uYtw0?t=166


バックハンドで連続ブロックしているが、おそろしく浅いブロックの後にギリギリまで深くブロックで返球したりしている。

他にもサイドの切り方がエグいとか、いろいろ見どころがあるのだが、カラカセ選手のボールタッチをみて、ボールタッチについて思うところがあったので記事にしてみたい。

ボールタッチというのは、感覚的なものなので、言葉ではなかなか説明しにくい。それで技術記事などでは、「厚く/薄く 当てる」とか、「弾く」といった表現ばかりで説明されることが多い。そういう微妙な感覚は、言葉で説明するより、動画をみたほうが手っ取り早いからだろうか。しかし、タッチを説明するには、ラケット上でボールをどの方向に転がすかというのが初中級者には大切な情報なのではないかと個人的に思う。

ボールをラケットに当てるのは一瞬であるが、私たちはその一瞬のインパクトの中に、後ろから前に押すというタッチと、下から上にラケットを擦り上げるというタッチを区別している。前者はプッシュやミート打ちで、後者はドライブである。「こする」といっても、実際にはわずか数ミリにすぎないのだろうが、私たちのイメージの中では、ボールはラケットの上を数センチは転がっているように感じる。

たとえば、ドライブというのは、ラケットを下から上に擦り上げるので、ボールはラケットの下方向に転がるし、ツッツキやカットはラケットを上から下方向に移動させるので、ボールはラケットの上方向に転がることになる。

私は最近、ボールを上方向に転がす新たなタッチを覚えた(前記事「ボールを持ち上げる方法」)。ボールを上方向に転がすタッチは、ツッツキやカットのようにしっかりと下回転をかける打ち方しかできなかったが、ツッツキやカットのように下回転をかけないで、ボールを上に転がして押し出すようなタッチができるようになってきた。このタッチは、上手な人はみんな身につけており、もちろん冒頭のカラカセ選手のバックハンドでも用いられているが、初中級では身につけていない人も多いと思われる。

表面バックショートではこの打ち方が特にやりやすい。例えば吉田海偉選手対ロビノ選手の5ゲーム目冒頭のラリー。

https://youtu.be/yuoYLENvV0s?t=576

吉田選手はバックショートで前半はボールを上方向に転がし(つまりラケットを下に移動させて)、後半は下方向に転がして(ドライブっぽい打ち方で)返球している。

私も最近はあまり切れていない下回転を表面のプッシュで押し出すとき、ボールを上方向に転がすことを意識しながら打つようになった。それによって軽い下回転を安定してそこそこのスピードで相手コートに返球できるのである。この打法はチキータや台上バックハンドドライブなどに比べると地味だが、試合では非常に効果を発揮する。

以上、タッチについて最近考えていることを、記事にしてみた。相変わらずレベルの低い考察で申し訳ない。
前記事「ボールを持ち上げる方法」では、言葉足らずでうまく表現できなかったのだが、ブレード上でどの方向(たとえば「1時の方向」のように時計になぞらえたらもっと分かりやすい)にボールを転がして打つかというタッチを意識することによって安定性が高まるのではないかというのが言いたいことである。ブロックやプッシュだけでなく、流し打ちやフリックも転がす方向という視点が大切なのではないかと思う。

ボールを持ち上げる方法――ナックル対策

「息をするようにウソをつく」という言葉があるが、私がときどき相手をしてもらうLさんは、呼吸するようにナックルを出す人なのである。

Lさんは典型的なペン表で、おそろしく打点が早く、それでいてミスが少ない。練習の冒頭にフォア打ちをしていると、私はこらえきれず、わずか4~5往復ぐらいでボールを落としてしまう。バックのブロックなら、さらに返球が難しい。私がバックでLさんのロングボールを止めるときも、私がフォアドライブでLさんに止めてもらうときも、どちらも私は安定してラリーを続けることができず、ボールを落としてしまう。いろいろなペン表の人と打ったことがあるが、たいていのペン表の人のナックルは限定的である。ふだんのボールにはほんのり前進回転がかかっているので、対応するのはさほど難しくない。ナックルを出すのはこちらのドライブを待ち構えていて、表面バックでブロックするようなときだけだ。一方Lさんは意識してナックルを繰り出しているというよりも、ナックルの打ち方が染みついていて、どんな打ち方で打っても、フォアでもバックでもボールが自然にナックルになっているといった感じである。まるで「全身凶器」である。こちらが甘いボールを打つと、ナックルのプッシュで押し込まれるし、こちらがドライブ強打を打つと、それが非常に厳しいナックルで返ってくる。そんな人である。

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しかし、フォア打ちでビュンビュン飛び交っているボールがナックルになるというのはどういうことだろうか。それはおそらく錯覚なのだろうと思う。サービスでナックルボールを出すとき、メーカーのマークがはっきり見えるようなときがある、これこそまさにナックルボールと呼ぶべきものだが、このような真性のナックルボールではなく、「おそらくこのぐらいは前進回転がかかっているだろうな」という推測を下回る前進回転しかかかっていないラリー中のボールも「ナックル」と感じるわけで、ラリー中のLさんのボールの大半は多かれ少なかれ前進回転がかかっているのだろうと思う。しかしそれが想定外の弱さなのだろう。以下で私が考える「ナックル」は真性のナックルだけでなく、こういう錯覚によるナックルも含んでいる。

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「そちらに速いドライブを打ってもらうと、楽なんですよ。ゆるいロングボールだと、こっちから力を加えなきゃいけないでしょ?」

そんなことを言われた。どうやらナックルを落とすまいと、こちらからグイっとスピードのあるドライブをLさんのバックに打つのが一番危険らしい。それよりは、あまり回転をかけず、力を加えないようなボールでLさんのバックを狙うのがよさそうだ。しかし、私にとってそれが一番難しい。

私はどちらかというと、ワン・ハオ的なスタイルで、台上を除けば、バックハンドはほぼ裏面である。裏面でプッシュは難しいので、たいていドライブで打ってしまう。そうすると、Lさんのドナックルの格好の餌食となってしまう。表面でのプッシュが安定して打てれば、Lさんのナックルもそれほど脅威ではないのかもしれない。もっと表面を安定させなければと思う。

Lさんのナックルを受け続けながら、どうすれば対ナックルが安定するのかいろいろ打ち方を工夫してみた。
ナックルは落ちる。それでボールを落とすまいとドライブをかけるのだが、それがまた厳しいナックルとなって返ってくる。もがけばもがくほど苦しくなる…この方向性が間違っているのは明白である。ドライブをかけないでボールを持ち上げなければならない。

ドライブは面が下を向いているから落ちるのである。面を垂直ぎみにしてこすらないで打てばいいのではないだろうか。しかし、こすらないで後ろから弾くように打っても、やっぱり落ちるし、こすっても落ちる。こすってもミス、こすらなくてもミス…一体どうすればいいのか。現在も模索中である。

一つだけわかったことは、ボールを持ち上げる方法はこすり上げるだけでないということだ。

バックハンドで考えてみるが、頂点を過ぎたナックルボールを面を垂直気味にして打つと落ちる可能性が高い。しかし、バウンド直後を狙って面を垂直気味に当てると、今度はボールが上に上がる。こすっていないのに上に持ち上がるのだ。同じ面の角度でも、ボールの下降期と上昇期では、ボールの飛ぶ方向が正反対になる。ラケットの面の角度が同じでも打点を変えればボールが上に上がる!
当たり前のことかもしれないが、私は今になってようやくこのことに気づいた。うすうす気づいてはいた…というか、身体では知っていたことかもしれないが、この発見は大きな収穫のように思える。対ナックルに限らず、台上の弱い下回転や横回転のボールは、これまでフリックやドライブでこすり上げてきたが、打点を早めれば、こすらずに押すだけでボールがネットを越えるということになる。ほかにもいろいろな場面でこすらずにボールを持ち上げることができるなら、台上で主導権を握りやすくなる。

ただ、たしかにボールのライジングを垂直気味に当てると、落ちないことは落ちないのだが、ボールが上がるというよりは、浮いてしまい、今度は相手のスマッシュの餌食となってしまう(Lさんはスマッシュの名手である)。そこで、ライジングでボールを打つときは落ちない心配よりも、浮かない心配をしなければならなくなる。ボールを上から少し押さえるようにして打たなければならないのだ。この角度が微妙である。私にはまだまだボールを浮かないようにしてミートする角度が身についていない。しかし、ライジングで適切な角度で押すことができれば、ナックルを克服できるのではないかと思う。

表ソフトのナックルには、打点を早めることで対応するのが有効だ!と言いたいところだが、まだ模索中なので、結論は保留としたい。

家庭に卓球台を

オリンピック日本代表元監督の村上恭和氏が代表理事を務める卓球ジュニアサポートジャパンが保育園・幼稚園に卓球台の寄付をしているという記事を読んだ(「打倒中国」次は育成)。

世界で戦える有為な人材を育てるためには早期教育が有効なのだという。

世界で戦える人材云々には興味はないが、この「こども卓球台」はとても魅力的だ。

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魅力その1「小さい」
私は昔、自宅に卓球台を所有していたことがある。もちろん試合で使える大きさの卓球台である。だが、あの大きさの台を部屋に入れると、8畳ぐらいの部屋でも狭かった記憶がある。前後にほとんど動けなかったし、ラケットを振り回して家具を傷つけるという心配もあった。
前後にほぼ動けないが、フルサイズの卓球台で練習するのと、2/3サイズの台で少しだけ前後に動ける余地があるのだったら、私は動ける方を選びたい。
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上の図はイグニオというメーカーの「家庭用サイズ卓球台」の説明から。

魅力その2「けがをしにくい」
卓球台の角に腕をぶつけてケガをしたり、台の下に落ちたボールを拾って起き上がったところにネットのサポートがあって頭から流血したりといった経験は卓球人ならきっとあるはずだ。卓球は他のスポーツと比べて大けがをするおそれはほとんどないが、それでも台に体をぶつけてケガをするといった事故はしばしば起こる。卓球用具がこれだけ進化しているのに、どうして卓球台の角は直角のままで、ネットのサポートは金属製でとがった部分があるのだろうか。もっと安全性に配慮してほしいものである。


T2での張本智和選手のケガは記憶に新しい。

村上氏の卓球台は角が丸くてネットのサポートはプラスチック製のようだ。これならケガをする心配はない。

魅力その3「真剣な練習をする気にならない」
もし、国際規格サイズの卓球台が自宅にあったら、私は真剣にサーブ練習とかをしてしまいそうである。そして自然の流れとして卓球マシーンを買ってしまうだろう。そして気がついたら、毎日そればかりしていて、日常生活に支障が出る気がする。いくら好きなものでも、いや、好きなものだからこそ、多少距離を置いた方がいいこともある。さらに自宅に卓球台があって、もし適当な練習相手がすぐ近くに住んでいたら、私は卓球のために仕事を辞めてしまうかもしれない。自宅に本物の卓球台があるというのはハニートラップのようで危険すぎるが、「こども卓球台」にはそういう危険なにおいがない。物理的な意味でも、精神的な意味でも安全である。「こども卓球台」が自宅にあったら、軽く打球感やフォームを確かめる程度で満足するような気がする。台上に下回転をかけたボールをポトンと落として、「チキータ!」ぐらいのことはやるかもしれないが、真剣に練習する気を起こさせないところがこの台のすばらしいところである(ちなみにこの台は高さも低い)。

以上、小さめの卓球台を自宅に置いたら…と想像してみた。小さな卓球台はとにかくいろいろな意味で安全だ。それに尽きる。

中陣の楽しさ

甘い初恋の思い出…などとは無縁の人生であった。

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仲間との絆…友情…夢…そんなものもなかったなぁ。

振り返ってみると、私の青春時代というのは先がどうなるか分からない中、人間関係や進路に悩み、ストレスも多く、何もかもが中途半端で、悶々とした期間だった。あの頃に戻れと言われても、絶対にイヤだと思う。まして子供時代は人間未満、動物以上の存在だったので、もっと嫌だ。

それに比べて、中年の現在のなんと充実していることよ。

卓球という一生をかけるに足る趣味とも再会できたし、自分がどこにいて、何をすべきかも分かってきた。忙しいことは忙しいのだが、心に余裕がある。たいていのことは自分で考え、自分で決めることもできる。不本意なイベントに参加させられることもほとんどないし、精神的に自由である。

一般的には青春期や青年期が輝いていて、中年期というのは人生のたそがれ時のようなイメージがあるが、私にとっては中年こそが今までの人生で一番明るく楽しい時代だと感じる。

…いや、私は今回、中年の楽しさについて語りたいのではなくて、中陣の楽しさについて語るのだった。

閑話休題

現在の私の「陣」は、たぶん前陣だと思う。あまり後ろに下がって打つことがない。
やっぱり前陣で打つボールが一番速いし、後ろに下がると動く距離も大きくなるので、体力的に厳しくなる。それによく利用する練習場はそれほど広くないので、あまり後ろに下がると壁とか柱にぶつかってしまわないか心配である。

しかし、先日、広い体育館で練習する機会があって、相手にブロックしてもらって、ドライブの練習をする機会があった。相手はあまりブロックが上手じゃなかったので、前陣で強くボールを打つと、ほとんど続かない。そこで、普段よりも後ろに下がってドライブを打つことにした。

ちゃんと測ったわけではないが、おそらく私は台のエンドから30~80センチぐらいのところに陣を取っているのではないかと思う。広い体育館だったので、それを80~150センチぐらいまで、ぜいたくに下がって打ってみたのである。すると、今まで見慣れた風景が一変したように感じた。

ボールがこちらに到達するまでに時間の余裕がかなりある。今までだったらこちらが打ったドライブを厳しくブロック――押されたりすると、第一歩を歩みだす間もなくミスしてしまったところが、中陣でボールを迎えると、一瞬考えてから、ポジショニングをする余裕もでてくる。ブロックのコースが逸れて、フォア側に大きく動かなければならないときも、大きくフットワークを使って何とか間に合うことも多かった。

狭い室内で飼われていた犬が、広い公園に放たれて、自由に駆け回っている――そんな気分だった。

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もしかしたら、私には中陣が合っているのではなかろうか。

試合で中陣を実現するためにはいろいろな工夫が必要かもしれない(前記事「いつかは中陣で」)が、とりあえず基本練習の時に中陣を試すだけでも、楽しい。精神的な余裕がなく、いつもピリピリしていたかつての青春時代のような前陣では味わえない心の豊かさが中陣にはある。

中陣での練習、おすすめである。

ク・セ・ジュ?――自分の感覚を信じられるか

「そろそろラバーを替えようと思うんですよ。」
「どのぐらい使ってるんですか?」
「そろそろ1年です。」
「それはがんばりすぎじゃないですか?」
「でも、週に1回しか練習しないので…もちろん新品とは明らかに違うんですけど、使おうと思ったらまだまだ使えるというか…」

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知人はあまり用具にこだわりのない人だが、上手なので、ラバーが劣化しても、ひっかかりがなければないなりにボールが打ててしまう人である。

ラバーの寿命は3か月ぐらいなどと言っている用具メーカーが多いが、WRMの動画で、ラバーの寿命というのは人によって違うので、客観的な寿命というのは設定しにくいという旨のことを言っていた。自分では精度や球威が落ちている自覚はないが、「まだまだ引っ掛かりあるやん、イケる!」と言われれば、なんとなくイケるような気もする。しかし、客観的には自分のプレーを相当損なってしまっているということがあると思われる。

上級者はともかく、中級者以下は、自分の中に「正しい感覚」――広い意味での「感覚」で、打球感覚のみを指しているわけではない――がまだできていないので、自分の感覚を信じてプレーするのは危険だ。

たとえばバックハンドドライブが安定しない。チャンスボールを打つとき、3本に1本しか入らない。しかし、1本は入る。そのとき、「入った時のあの感覚を再現できれば、安定するはずだ」と、つい思ってしまうのだが、本当にそうなのか。そもそもふつうなら入るはずのない打ち方をしているから、3本中、2本はミスしてしまうわけで、偶然入った1本をいくら追い求めてもミスは減らないのではないだろうか。そうではなく、根本的に打ち方なり打球ポイントなりを変えるのが安定への近道なのではないだろうか。

また、私は振り遅れることがよくある。というか、「今のは振り遅れていた」と人に指摘されることが何度もあったのだ。自分では振り遅れている自覚はないので、「今のミスは角度が悪かった」とか「スイングスピードが…」とかそんなことを考えていたのだが、プレー中、相手のラケットに合わせてバックスイングを引くようにした(前記事「踵を接して」)ら、軽い力で驚くほどスピードのあるボールが打てた。実に爽快だった。そのとき私はすべてを理解した。

「これが振り遅れているということか」

と。私はそのとき、自分の感覚というものは本当に当てにならないと思ったものだ。

振り遅れというのは、本当に微妙なもので、多少振り遅れていてもボールが入ってしまうことが多いから厄介だ。自分が悪い打ち方をしていると気づきにくい。

というようなことをxia氏の「良い悪いを感じる能力について」という記事を読んで考えた。

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