「レースは走る実験室」
故本田宗一郎氏はそう言ったそうだが、それを私の卓球に引き付けて言うと、「大会は躍動する教室」とでも言ったらいいだろうか。
大会で上級者のプレーを観て、普段気づかないことをいろいろなことを学んだので記しておきたい。
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とある試合会場でのこと。
おじいさん、おばあさんががむしゃらにボールを打っている数台横の台で、明らかに違うスピードのボールが一定のリズムで行きかっている。20代の若者たちが試合前の練習をしていたのだ。彼らは私たちとは違う人種――全国大会出場を目指している人たちだった。
全身を使ってとんでもないスピードのボールでドライブとブロックの練習をする人たち。それが全くミスなく延々と続いている。みんなすごいスピードのドライブを打っているのだが、その中にひときわ速いボールを打つ人がいた。その人を仮にMさんとしておこう。
Mさんのドライブは低くて直線的である。台から2メートル以上、下がっているのに全く減速せずにギューンと飛んでいく。バックハンドのスピードもほとんど同じである。それでいて必死で打っているという感じではない。私もドライブを打つことは打つが、私のドライブとMさんのドライブを同じ「ドライブ」という括りでひとまとめにしていいかどうかためらわれる。それぐらいすごいドライブである。
さぞ名のある人に違いない。私は京都のトップ選手のことはあまり知らないのだが、たぶん京都でも五指に入るような実力者に違いない。ドライブのスピードだけなら全日本レベルのランク選手と比べても遜色ないのではないだろうか(たぶん)。今回は初級から上級までのさまざまな選手のいる大会の中で、しかも目の前で見ていたので、Mさんのドライブは私に鮮烈な印象を残した。Mさんのドライブが炸裂したら、さすがの上級者も、カウンターはおろか、ブロックさえできないのではないか。
その日、私も試合に出て、さんざんに負けて、ちょうど近くでMさんの試合があったので、観戦して驚いた。私が見た2試合とも、Mさんはストレート負けだったのだ。練習ではほぼノーミスで打ちまくっていた両ハンドドライブも試合ではミスを連発していた。
どういうことなのだろう?
他の上級者よりも一段上のドライブを持っているにもかかわらず、それが通用しなかったということだろうか。いや、通用しないことはなかったのだが、Mさんのドライブは残念ながら、ほとんどの場合、普通に止められていた。おそらくコースがあまり厳しくなかったのだろう。それどころかカウンターブロックのように返球されて、スピードの速さが逆に自らの首を絞めているようなところもあった。
Mさんのドライブが決まることももちろんあったのだが、それよりも先に攻められたり、厳しいコースを突かれたり、タイミングを外されたりして十分な状態でドライブを打たせてもらえないことが多かったように感じた。どうやら私の見込み違いで、Mさんは京都で五指どころか五十指にも入るかどうか分からない、凡庸な(といっても私よりははるかに上手)選手だったようだ。
私は自分の見る目のなさに失望し、練習時のドライブの速さと実力は必ずしも比例しないということを思い知らされた。
なんだかMさんに親近感が湧いてきた。練習ではガンガンすごいボールを打てるけれど、試合ではそのドライブをなかなか打たせてもらえない…。
上級者は上手すぎてどの人も強そうに見えるが、上級者の中にも明らかに格差があった。Mさんはおそらく上級者の中でも半分より下のほうで、京都代表として全国大会に出場する選手には10回対戦して1回も勝てないようなレベルかもしれない。
そしていろいろな上級者のプレーを生で見て、大きな発見があった。上級者はプレー中、姿勢が大きく崩れないということである。
上級者同士の対戦で、お互いに相手に厳しいボールを送っているにもかかわらず、上級者は適度な前傾姿勢を保ち、ぶざまに姿勢が崩れることはない。軸がしっかりしているように見える。
一方、私は試合の時、体勢を崩してしまうことが多い。
上体が起き上がってしまうことはもちろん、ちゃんと打てる位置まで移動してボールを迎えず、横着してボディーワークに頼るために体の軸がふにゃふにゃである。
めったに姿勢が崩れないというのは、結果であって、その原因のほうを明らかにしなければならない。上級者同士の生の対戦を観る機会がなかなかないので、非常に参考になった。
上級者がどうして姿勢が崩れないかという原因を考えてみたのだが、後ろに下がるタイミングが早いからではないかと見当をつけている。
上級者のプレーを観ていると、浅いボールを前に進んで打つときはそろそろと進むのだが、インパクトするやいなやにさっと後ろに下がる。まるでザリガニである。
もしかしたら、都会の人はザリガニがどうやって泳ぐか知らないかもしれないので説明すると、ザリガニは前に進むときは足を使ってヨチヨチ歩くのだが、ひとたび危険を察知すると、尾びれを使って弾丸のような速さで後ろに泳ぐ。前に進むときと後ろに進むときのギャップは同じ生き物とは思えないほどである。
上級者のプレーを観察していると、台から1メートルぐらいの距離を保ち、台上のボールや台から出る浅いボールを打つ――前に進むときはそれほど素早くは動かないのだが、台に近づいて打った後にすぐに元の位置――台から1メートルぐらいのところに戻る。それで速いボールが返ってきても、ある程度準備する時間が作れるし、上体が伸びあがってしまうことが少ない。一方、自分のプレーを省みると、私は相手のツッツキなどを台に近づいてツッツキやドライブで返球した後、あまり下がらず、その場で次のボールを待ってしまう癖がある。このため深いボールが返ってくると、すぐに姿勢を崩してしまい、前傾姿勢を維持できなくなってしまうのである。
ザリガニのようなプレーを心がければ、きっと私のプレーも安定するにちがいない。
故本田宗一郎氏はそう言ったそうだが、それを私の卓球に引き付けて言うと、「大会は躍動する教室」とでも言ったらいいだろうか。
大会で上級者のプレーを観て、普段気づかないことをいろいろなことを学んだので記しておきたい。
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とある試合会場でのこと。
おじいさん、おばあさんががむしゃらにボールを打っている数台横の台で、明らかに違うスピードのボールが一定のリズムで行きかっている。20代の若者たちが試合前の練習をしていたのだ。彼らは私たちとは違う人種――全国大会出場を目指している人たちだった。
全身を使ってとんでもないスピードのボールでドライブとブロックの練習をする人たち。それが全くミスなく延々と続いている。みんなすごいスピードのドライブを打っているのだが、その中にひときわ速いボールを打つ人がいた。その人を仮にMさんとしておこう。
Mさんのドライブは低くて直線的である。台から2メートル以上、下がっているのに全く減速せずにギューンと飛んでいく。バックハンドのスピードもほとんど同じである。それでいて必死で打っているという感じではない。私もドライブを打つことは打つが、私のドライブとMさんのドライブを同じ「ドライブ」という括りでひとまとめにしていいかどうかためらわれる。それぐらいすごいドライブである。
さぞ名のある人に違いない。私は京都のトップ選手のことはあまり知らないのだが、たぶん京都でも五指に入るような実力者に違いない。ドライブのスピードだけなら全日本レベルのランク選手と比べても遜色ないのではないだろうか(たぶん)。今回は初級から上級までのさまざまな選手のいる大会の中で、しかも目の前で見ていたので、Mさんのドライブは私に鮮烈な印象を残した。Mさんのドライブが炸裂したら、さすがの上級者も、カウンターはおろか、ブロックさえできないのではないか。
その日、私も試合に出て、さんざんに負けて、ちょうど近くでMさんの試合があったので、観戦して驚いた。私が見た2試合とも、Mさんはストレート負けだったのだ。練習ではほぼノーミスで打ちまくっていた両ハンドドライブも試合ではミスを連発していた。
どういうことなのだろう?
他の上級者よりも一段上のドライブを持っているにもかかわらず、それが通用しなかったということだろうか。いや、通用しないことはなかったのだが、Mさんのドライブは残念ながら、ほとんどの場合、普通に止められていた。おそらくコースがあまり厳しくなかったのだろう。それどころかカウンターブロックのように返球されて、スピードの速さが逆に自らの首を絞めているようなところもあった。
Mさんのドライブが決まることももちろんあったのだが、それよりも先に攻められたり、厳しいコースを突かれたり、タイミングを外されたりして十分な状態でドライブを打たせてもらえないことが多かったように感じた。どうやら私の見込み違いで、Mさんは京都で五指どころか五十指にも入るかどうか分からない、凡庸な(といっても私よりははるかに上手)選手だったようだ。
私は自分の見る目のなさに失望し、練習時のドライブの速さと実力は必ずしも比例しないということを思い知らされた。
なんだかMさんに親近感が湧いてきた。練習ではガンガンすごいボールを打てるけれど、試合ではそのドライブをなかなか打たせてもらえない…。
上級者は上手すぎてどの人も強そうに見えるが、上級者の中にも明らかに格差があった。Mさんはおそらく上級者の中でも半分より下のほうで、京都代表として全国大会に出場する選手には10回対戦して1回も勝てないようなレベルかもしれない。
そしていろいろな上級者のプレーを生で見て、大きな発見があった。上級者はプレー中、姿勢が大きく崩れないということである。
上級者同士の対戦で、お互いに相手に厳しいボールを送っているにもかかわらず、上級者は適度な前傾姿勢を保ち、ぶざまに姿勢が崩れることはない。軸がしっかりしているように見える。
一方、私は試合の時、体勢を崩してしまうことが多い。
上体が起き上がってしまうことはもちろん、ちゃんと打てる位置まで移動してボールを迎えず、横着してボディーワークに頼るために体の軸がふにゃふにゃである。
めったに姿勢が崩れないというのは、結果であって、その原因のほうを明らかにしなければならない。上級者同士の生の対戦を観る機会がなかなかないので、非常に参考になった。
上級者がどうして姿勢が崩れないかという原因を考えてみたのだが、後ろに下がるタイミングが早いからではないかと見当をつけている。
上級者のプレーを観ていると、浅いボールを前に進んで打つときはそろそろと進むのだが、インパクトするやいなやにさっと後ろに下がる。まるでザリガニである。
もしかしたら、都会の人はザリガニがどうやって泳ぐか知らないかもしれないので説明すると、ザリガニは前に進むときは足を使ってヨチヨチ歩くのだが、ひとたび危険を察知すると、尾びれを使って弾丸のような速さで後ろに泳ぐ。前に進むときと後ろに進むときのギャップは同じ生き物とは思えないほどである。
上級者のプレーを観察していると、台から1メートルぐらいの距離を保ち、台上のボールや台から出る浅いボールを打つ――前に進むときはそれほど素早くは動かないのだが、台に近づいて打った後にすぐに元の位置――台から1メートルぐらいのところに戻る。それで速いボールが返ってきても、ある程度準備する時間が作れるし、上体が伸びあがってしまうことが少ない。一方、自分のプレーを省みると、私は相手のツッツキなどを台に近づいてツッツキやドライブで返球した後、あまり下がらず、その場で次のボールを待ってしまう癖がある。このため深いボールが返ってくると、すぐに姿勢を崩してしまい、前傾姿勢を維持できなくなってしまうのである。
ザリガニのようなプレーを心がければ、きっと私のプレーも安定するにちがいない。