しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2015年04月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

三次元で捉える視点

世界卓球2015が始まった。
水谷選手の1回戦を動画で観戦したのだが、順調な滑り出しだった。

 
https://youtu.be/fKjAhi-Zrd4

上の動画は序盤の1コマ。
なんともきれいに相手を左右に振っている。

バックへ
(A) 相手のフォアへ

figA




フォアへ
(B) 次に相手のバックへ
figB


またフォアへ
(C) 最後に相手のフォアへ決定打
figC


なんだかビデオゲームのようだ。
こういう視点で見ると、卓球がとても単純に感じられる(前記事「カメラアングルによる臨場感の差」)。

私たち初中級者は、ともするとプレー中、棒立ちになり、上から目線でボールを見下ろしてしまう。そうすると、上の図のようなボールのコースだけが脳裏に残ることになる。いわば二次元的にボールを見てしまうのである。しかし、卓球はそんなに単純なものではない。卓球では厚みをもっと意識しなければならない。二次元的に見るとボールの厚み――弧線が見えづらくなってしまうのである。

回転のかかったボールをむやみに押してはいけない。押したらボールはすっ飛んでいってしまう。ボールの弧線に沿わせて薄く捉えなければならない(前記事「弧線の外側をとる意味」)…と頭では分かっているが、上から目線で俯瞰してしまうと、ついついボールの弧線の機微を無視してブレードをボールにぶち当ててしまう。

そうではなくて、下から目線でボールを仰ぎ見るのがいいのではないだろうか。

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姿勢を低くすると、ボールを斜め下から仰ぎ見ることができる。そうすれば三次元的にボールを見ることができ、弧線もモロ見えである。ふだんはボール様の意向を無視して前方にラケットをぶち当てている人も、下から見上げれば弧線に沿った形で返球できる。上の写真を見れば、ボールの斜め上をやさしくこすり上げる(前記事「45度にこすりあげる」)のが容易に感じられるはずである。
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【まとめ】 
姿勢を低くしてボールを下から仰ぎ見れば、ボールを薄く捉えやすくなり、安定すると思われる。
 

卓球クラブ運営――ボーイスカウトの方法から その2

承前

「でも、ものわかりの良い親ばかりじゃないでしょう?いろいろな目的で子供を参加させている人がいますから、いろいろ文句を言ってくる保護者が多いんじゃないですか。『忙しいから、すべてお任せします』みたいな親がいたらどうするんですか?」

「そういう保護者さんには何度も話し合う機会を作って我々の活動を理解してもらいます。忙しい人は、できるだけ参加していただくということで結構です。スカウトが多いと、リーダーだけで目を配るのは大変ですから、保護者の方の協力がどうしても必要です。参加できないときは、他の保護者さんが補ってくれます。参加できるときは別の保護者さんが欠席するかもしれません。お互い様です。」

「しかし、それで納得してもらえますか?いつも活動に参加しない保護者と、いつも参加する保護者がいて、不公平感を感じたりしませんか?」

「結局、人は喜びや満足感を覚えないと動かないものですよ。いくら『ルールだから』といって活動参加を押し付けても、本人が納得していなければ続かないものです。まず保護者さんたちに満足感を感じていただくのが先決です。スカウトの活動は義務だからイヤイヤ参加しているというのではなく、社会全体で子供たちの教育に携わっているという理念を理解してもらうことです。自分の子供だけでなく、人の子供の成長も促すことによってコミュニティーにもいい影響を与える。 子供だけでなく家族も巻き込んで活動することによってその理念が広がっていく。保護者さんのお友達にも『ボーイスカウトはこんな活動をしている』と伝えてもらえれば、お友達のお子さんもスカウトに入団してくれて、その輪がさらに広がっていくかもしれない。」

「なるほど。子供たちだけでなく、大人もいろいろ気づかされることが多いですよね。団体活動によって人の気持ちを察するようになるし、 いろいろな子供、保護者に出会うことによって人付き合いも上手になって地域の交流が生まれる。何かの知識や技術を学ぶための活動ではなく、地域の子供の人格形成や社会奉仕に関わっていると考えれば、親も自分の参加が社会の役に立っているという満足感を感じられますね。」

「中央集権的にリーダーがすべてを取り仕切ってなんでもやろうとしても、無理です。ボランティアなのにそんなにいろいろなことを任されては負担になり、誰もリーダーを引き受けなくなります。リーダーにすべてを任せるのではなくて、いろいろな人ができる範囲で子供を指導して初めてスカウトの活動は成り立つんです。」

「ところでリーダーというのはどうやってなるんですか?何か試験とか資格とかがあるんですか?」

「いえ、そういうのは関係ないです。みんな子供の頃からスカウトをしていたり、スカウトの保護者で、理解のある人などにお願いしています。たしかに菊スカウトとか、富士スカウトとか、そういうランクはありますが、小中高の教員のように免許があるわけではありません。」

「その、『富士スカウト』というのは、どうやったらもらえるんですか?まさかペーパー試験とか、実技試験とかあるんですか?」

「いえ、いろいろな活動にとりくんできたという実績ですね。○○という活動でリーダーを務め、事前に計画書を提出して、活動後に報告書をまとめたりとか、そういう実績を積み重ねてランクを上げていくんです。会社で管理職が企画書を提出して、その報告書をまとめたりするのと同じですよ。そのような、社会に出てから経験するようなことをスカウトでやらせるんですよ。多くの人をまとめて活動を成功させるというのはやりがいのある仕事ですよ。さらに世界大会というのもあって、そういうので各国のスカウトたちと交流したりもできるんです。」

「なるほど、まさに社会教育ですね。縦のつながりだけでなく、横のつながりもできるわけですね。」

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ボーイスカウトでは、指導者であるリーダーが一人いて、子供たち全員を指導するというやり方を採らないらしい。リーダー以外の保護者、先輩のスカウトたちにボーイスカウトの高邁な理念を理解させ、保護者や先輩たちに補佐的に関わってもらい、できる範囲でそれぞれが指導に携わってもらう。多くの子供たちが活動を通して何かを得られるように知恵を絞って指導計画をし、携わる各々も指導を通じて自らの欠けている点に気づき、それを補強することによって達成感や満足感を覚える。

卓球クラブでも代表の人がすべてを仕切って指導するのではなく、上級者、中級者、初級者といったランクを分けて(前記事「大学卓球部2軍相当の実力」)、それぞれできる範囲で格下の指導に携わるというやり方はどうだろうか?全国大会に出場したような人でなくとも、市民大会レベルの人でも初級者の指導なら行える。上級者が中心となって練習メニューや課題を作り、それを基に中級者は初級者に、たとえば「下回転サービスの出し方」といった課題を与え、指導する。指導するからには自分も準備しなければならず、自分にとっての勉強・練習にもなる。そして一人の中級者が指導に当たるのではなく、ローテーションで、休憩時間に指導に当たる。複数の人が指導に当たるには事前にどうすれば最も効果的かを議論しなければならない。中級者の中にバックハンドが上手な人がいたら、その人にコツや注意点を教えてもらうといったことで、中級者同士でも交流も生まれ、いろいろな人の意見を聞くことによって新たな発見もあるかも知れない。そして上級者も同様に中級者の指導にあたり、上級者同士での意見交換をする。

そのような形式が定着すれば、「初級者の時に教えてもらったのだから、今度は自分が初級者の指導に当たらなければ」という意識も芽生えてくる。

指導者がおらず、各々が勝手に練習をしたら、クラブは活性化しないだろう。指導は必要である。しかし指導を代表一人に任せてしまうのは多くの弊害があると思われる。別に高度な技術もなく、指導者としての資格などもない一般人でも指導に携わることができる。いろいろな関わり方があるだろう。そして技術指導以前にメンバー各々がクラブ運営によって社会貢献をしているという意識が大切なのではないだろうか。

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『おお!昨日の坊やか!』

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『誰さん?』
『ラルさん。学園関係者じゃないけど特別にガンプラバトル部のコーチをお願いしてるの』

 

卓球クラブ運営――ボーイスカウトの方法から その1

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「ボーイスカウトってなんですか?」

「え~と…キャンプに行ったり、ハイキングしたりして遊ぶ活動ですよ(たぶん)。」

ボーイスカウトというのは分かりにくい活動である。卓球クラブやサッカークラブなら、卓球やサッカーの技術の向上が目的だといえば、とりあえず間違いではないが、ボーイスカウトというのは何が目的かよく分からない。
ボーイスカウトというのは、みんなで野外でワイワイ遊ぶものだと思っていたのだが、それは結果であって目的ではないのだ。別にテントの貼り方とか、飯盒炊爨のコツを学ぶのがボーイスカウトの目的というわけではない。

健全な青少年育成をめざした世界的な社会教育運動です。
自立心ある健全な青少年を育てる、世界的な社会教育運動のひとつです。少年たちの好奇心や探究心にこたえる活動を通して、心身ともにバランスの取れた人格の形成を目指しています。

学校教育は、ともすると知識教育に偏りがちで、しつけや価値観の教育は後回しになりがちだ。挨拶や他者への態度、博愛といった人間の美徳を学校で学ぶチャンスは少ない。学校の先生としても、授業の準備や宿題のチェック、テストの採点、問題児や保護者への対応、会議、事務処理等で目が回るほど忙しいのに、その上しつけまで要求されては大変だ。しかも、保護者の多くが期待しているのは知識量のほうであり、しつけなどで先生が努力してもあまり報われない。

しかし、知識量が多いかどうかなどよりも、マナーの良さや善意の教育のほうが人間としてずっと大切なのではないだろうか。私が企業の面接官なら、知識量よりも人間性のほうをずっと重視するだろう(まぁそれがわずか数回の面接では測れないのが問題なのだが)。そのような人間形成で最も大切な徳育――社会教育を学校教育と相補う形で行っているのがボーイスカウトなのである。

先日、ボーイスカウトに携わっている方から興味深い話を聞いたので紹介したい。
 
卓球クラブの代表で人間関係に苦労している人は多いだろう(前記事「スポーツの意義」「xiaの悩み相談~」)。

  • 上級者「週に1回しか練習できないのだから、同じレベルの人と1分でも長く打って自分の練習がしたい。中級者以下と打つ暇はない。」
  • 中級者「初級者とは打ちたくない。初級者はジコチューなボールばかり打って、時間の無駄だから。上級者と打ちたいけれど、上級者は相手をしてくれない。上級者に相手をしてほしい。」
  • 初級者「誰と打っても練習になるんだし、みんなで楽しく打てばいいのに、中上級者は相手をしてくれない。ここはみんなと交流するためのクラブなのに…。」
  • 初心者「何をすればいいか分からない。私は会費を払っているのだから、指導してほしい。」
  • その他「今日もたくさん運動できてよかった。これで血糖値が下がったかな?」
人によってクラブに求めているものは違う。
大きく分けると、

競技性を求める人
交流を求める人
健康増進を求める人

に分けられるが、すべてのニーズに応えようとすると、どれも中途半端になり、不満がたまる。かといって競技性だけを考えてクラブを運営すれば、初級者や初心者は排除され、邪魔者扱いされるし、交流や健康増進だけを考えて運営すれば、中上級者は去っていってしまう。中級者なら、どんな方向性にしても不満を覚えるかもしれない。

どうやってもみんなが満足する方法はなさそうに思える。こんな八方塞がりをどうやって打開したらいいのだろうか。私は、ボーイスカウトのリーダーから聞いた話に何かヒントがありそうな気がした。

なお、以下のリーダーの意見は、ボーイスカウト活動の統一見解ではなく、私の出会ったリーダーの個人的な見解だとお断りしておく。
--------
「ボーイスカウトは、保護者が参加しなければなりませんか?保護者によっては『会費を払っているんだから、スカウトのリーダーが責任をもって指導するのは当然だ。親は参加する必要はない』と思っている人もいるのでは?」

「私たちは給料をもらっているわけではなくて、ボランティアなんですよ。私たちも大きなイベントに参加するときは会費を払って参加しています。でも、子供の頃からずっとボーイスカウトで教えてもらってきたので、今度は私が無償奉仕する番かなぁっていう意識がありますね。しかし、『責任をもって指導するのは当然』というのはちょっと困ります…。ボーイスカウトは社会教育ですから、リーダーだけがスカウトを指導するというより、保護者・家族を含めて、みんなでスカウト(子供)たちを指導していこうという立場です。保護者のみなさんが活動に参加して、いっしょに子供たちの世話をしたり、活動に協力することによって親が子供の心得違いに気づいたり、他の子供に影響を与え合ったりして人間的に成長していく、そしてうちに帰ってから活動について家族で話し合ってフィードバックするというのがボーイスカウトの方法です。それは子供の性格や親の考え方によっても解決法が違うし、みんなが頭を絞って解決に近づいていくというものです。一つの『正しい』ルールがあって、それで全てが解決するほど単純ではありません。」

いろいろな子供、保護者の集まるボーイスカウトをまとめるのは容易ではない。どんなコミュニティーでも簡単にまとめられる「必殺奥義」のような解決法はないらしいのである。



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『じゃあな。師匠が俺に奥義を授けなかった理由がようやくわかった』
『ジュンヤ君 次元覇王流に奥義と呼ばれる技はないわ』


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 『あるのは… 極意よ』


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 『ったくよ。本当に果てしないな 強さを極めるということは』

【続く】

「棒」と「ムチ」――スイングのイメージ

硬式野球のバット全体がゴムでできていたらと考えてみる。

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やっぱり飛ばないだろうな。全力でスイングしたら、ブルンブルン震えそうだ。

では、バットの一部だけがゴム(自動車のタイヤ程度の硬さ)だった場合はどうか。たとえばボールが当たる部分の少し下、中央部のあたりがゴムだったら(下図A)。あるいはグリップのあたりがゴムだったら(下図B)。

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中央部がゴムというのは、まだマシな気がするが、グリップ部分がゴムでできていたら、ふにゃふにゃで、インパクトしたボールをしっかり押し返せない気がする。

こういうことが卓球でも起こっていると思われる。これを腕に喩えてみると、Bは肩の部分、Aは肘の部分ということになろうか。
腕全体を棒のようにしてスイングすれば、上半身の力がダイレクトにインパクトに伝わると思われる。もちろんフォロースルーのときまで腕を棒のように固定する必要はない。棒のように固定するのはあくまでもインパクトの瞬間までで、インパクト後は力を抜いて腕が自然に曲がるのに任せるのがよさそうだ。
それに対して肩の部分がふにゃふにゃしていたら(B)、全力でラケットを振っても根元で折れて、力が逃げてしまう気がする。

ただ、「腕を棒のように固定して打つ」、この単純素朴な考え方も、本当かどうか疑わしい点がある。腕をムチのようにしならせれば、威力のあるボールが打てるという話をよく聞くからだ。その考え方に従うと、上半身がまず回り、次に上腕、さらに前腕、手、の順に振っていくのが最も効率がいいということになる。とりわけ「手首を使う」というのは威力を増すのに効果があるとよく聞く。
しかし、肩もムチのようにしならせるというのは、ちょっとむずかしそうだ(張継科のフォアハンドは肩をグラグラさせているように見える)。せいぜい肘(A)から先をしならせるぐらいしか私にはできそうにない

「棒のように固定して」と「ムチのようにしならせて」とどちらが正しいのか、あるいはどちらも一長一短があるのか。専門家じゃないので分からないが、少なくとも初中級者にとってハードルが低いのは「棒のように固定して」だろう。といっても腕をまっすぐに伸ばすわけではない。直角に近い形で肘を曲げ、固定したままインパクトを迎えるわけだ。

ただ、これはフォアハンドで考えた場合であって、バックハンドはまた別だろう。バックハンドでは「棒」ではなく「ムチ」のほうが効率がいいのかもしれない。


このビデオは何度観てもほれぼれしてしまう

フォアハンドは棒のイメージで、バックハンドはムチのイメージで。
今のところ、こんなふうに考えている。

【付記】
ブログ管理画面をみると、この記事が400本目だという。
一度には読み返せないほどの分量になってしまった。

振り返ってみると、昔は間違った方向性で大まじめに議論していたり、考えがコロコロ変わったりと、恥ずかしくて読み返せない記事も多いが、低いレベルながら、卓球について真剣に考えていたなぁと感慨深い(もちろん、今のレベルも十分低いのだが)。

このような拙いブログをここまで続けられたのはひとえに読者の皆さんの支えによるものである。謝意を表したいと思う。


「全身で打て」――打球に用いる筋肉

練習が終わった後はいつも腰が痛い。昔は腕が筋肉痛になったものだが、最近は手打ちをしなくなってきているので、腰のあたりの筋肉が筋肉痛になる。ネットで調べてみると、胸腰筋膜(きょうようきんまく)のあたりが疲労しているようだ。
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http://yo-tsu.org/kouzou.html

専門的なことは分からないので、以下、通称の背筋(はいきん)という言葉を使うことにする。

なんでこんなことになったかというと、次のような事情からである。

ある日、卓球ができず、悶々としていた時、素振りをしてみることにした。身体を回転させて、バックハンドの素振りを打っていたのだが、ふと思いついて、バックスイングを回転ではなく上半身を前方に沈み込ませて、お辞儀をするように素振りをしてみた。前記事「上体の起こしについて」でプロの選手がバックハンドの打球前に上体を沈み込ませているのを思い出したのだ。バックスイング時に上体を沈み込ませて、起き上がる力を利用してバックハンドを振ってみると、ブォっという音がして、回転による素振りよりもスイングスピードが早くなった気がした。その後、練習の時に上体を起こす力を利用して打球すると、早いピッチで威力のある打球が打てたのだ。

それ以来、私の打球時の意識は常に腰のあたりの背筋が中心になってきて、すべての打球がこの筋肉から始まっているような意識なのである。ラケットを振ってボールを打つのに腰の筋肉を最も酷使しているというのはなんだか不思議である。よく「打球するときは腕の力で打つのではなく、全身で打て」などと言われるが、背筋を使うというのはこの理想的な打ち方に近づいているのかもしれない。上級者はさりげなく「全身で打て」などというが、初級者のうちはこの言葉にこんな深い意味が隠されているとは思いもしなかった。

いや、待てよ。私は腰のあたりの筋肉を使ってこと足れりと思っているが、上級者は「全身で」と言っているではないか。私はせいぜい腰と胸と腕あたりを使って打っているに過ぎない。ということは、他の部分も使わなければならないということではないか。

そうだ!下半身、とりわけ膝の屈伸を使えば腰に集中していた負荷が分散されて、もっと効率的に全身を使えるに違いない。次の練習では「膝+背筋」で、より効率的な打球を追究してみたい。


45度にこすり上げる

安定してドライブするには…

下回転が強いボールに対してはラケットを上に振り、あまり下回転のかかっていないボールに対してはラケットを前に振るものだと思っていたのだが、そう単純なものではないということが最近分かってきた。

下の動画を見ると、下回転ではなく、順回転のボールに対して藤井・大村コーチのバックハンドはかなり前に振っている。

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それに対して根田コーチのバックハンドはかなり下から上に振っている。角度にすると、45度ぐらいに見える。なんだかボールがプリンプリンしている。

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藤井/大村コーチのバックハンド

 
根田コーチのバックハンド

どちらが正しいというのもないのだろうが、根田コーチのバックハンドは力があまり入っておらず、スピードよりも安定性や回転を重視しているように見える。われわれ中級者にとっては根田コーチのように45度の角度でこすりを強くしたバックハンドを目指すべきなのではないだろうか。
45度というと、かなりの上方向に感じられるので、ボールが大きく山なりになってしまうのではないかと思われるが、実際はほどほどの高さで、打点や捉え方によっては高いボールにはならないようだ。擦り上げているのに高くならないなんてすばらしい!

私は最近薄く当てることが気になってしかたがない(前記事「弧線の外側をとる意味」)のだが、根田コーチの打ち方は3人のコーチの中でもっとも薄くボールをとらえているように見える。薄く捉えると、力が抜けて体勢が崩れにくい。

しかし、上方向(といっても45度ぐらいだが)にこすりあげて薄くとらえると、安定性は高まるが、スピードは落ちるのではないか、という懸念は当たらない。



中陣にさがってからのバックハンドだが、王皓選手のバックハンドはかなり上方向に擦り上げている。しかし、十分スピードが乗っていて回転も強そうだ。

【まとめ】
初中級者は順回転に対するドライブを上にこすりあげることをためらいがちだが、上方向にこすっても十分スピードが出るし、低い軌道のボールも打てる。何より安定性が高まると思われる。

弧線の外側をとる意味

ミドルに来たサービスをレシーブするというシチュエーション。

順横

このサービスをどのようにレシーブするか。

A1 回りこんでフォアドライブで迎撃
A2 右に移動してバックドライブで迎撃

相手のサービスがよく曲がって、ミドルでも、ほんの少しバック側にそれたなら、A2のバックハンドでの迎撃を試みるかもしれないが、私はたいてい回りこんでフォアドライブというA1で対応している。

逆横

次に逆振り子サービスや、巻き込みサービスなど、逆横回転サービスがこちらのミドルに来たときはどうするか。

B1:回りこんでフォアドライブで迎撃
B2:右に移動してバックドライブで迎撃

私はやはりB1の回り込んでフォアドライブの方を選ぶと思う。

どうしてフォアで迎撃するかというと、よく上手な人に「バックばっかり使ってたらあかん」と言われるからだ。古い考え方かも知れないが「足を使って回りこむ」「基本的にフォアを使う」というのが刷り込まれているのだ。

しかし、最近、バックハンドも安定させようと、A2でバックハンドドライブでレシーブするようにしたところ、ちっとも安定しない。フォアドライブだと簡単に安定して返せるのに、バックドライブにすると、とたんにミスが増える。

「やっぱりまだまだバックハンドを鍛えなければ」

そんなことを考えたのだが、Bの場合は逆にバックハンドドライブが楽で、フォアハンドドライブは安定しない。
私はA2でミスを連発するのはバックハンドの安定性が低いからだと思っていたのだが、Bの場合はB2のバックハンドが安定し、B1のフォアハンドドライブが安定しない。これはどういうことだろう?

どうやら横回転系の左右に曲がるサービスは、弧線の外側をとると安定するらしいという結論に達した。

内側

弧の内側からボールを取ろうとすると、上手く取れる気がしない。


外側

逆に弧の外側からボールと取ろうとすると、軽くこするだけで返球でき、ミスする気がしない。

以前は回転に逆らってレシーブするだの、回転に従ってレシーブするだの、回転の軸を外すだの、回転のことばかり考えていたのだが(前記事「フォア向きのサービス…」)、回転の性質よりも、弧線の外側をとるということのほうが大切だという気がしてきた。

では、どうして弧線の外側をとると、安定するのだろう。おそらく「薄く」当てることになるからだと思われる。

Bのように弧の外側をとらえようとすると、ボールは微妙に曲がって内側に逃げていくので、ボールをラバーにグッと押し付けることができない。自然と薄く捉えることになる。

一方、Aのように弧の内側をとってドライブしようとすると、ボールはラケットに当たりにくるので、自分が当てようとしている厚さよりも、余計に厚く捉えてしまう。ボールの力が木まで届いてしまう。そうすると、しっかりグリップする前にボールが飛び出てしまい、不安定になるということだろうか。

これはサイドスピンのボールの話だが、トップスピンやバックスピンの弧線に当てはめてみても同様ではないだろうか。トップスピンのボールが安定して返せない、バックスピンが持ち上げられない、というのも、この当ての厚さが大きく与っているに違いない。

基本的にボールは、どんな回転でも薄く捉えれば安定する…これは正しいのだろうか?

あっというまに世界卓球2015――テレビ東京「全力球」を観て

卓球世界選手権 蘇州大会が4/27から始まるのだという。
え?もう再来週じゃないか。なんだかあまり実感がない。テレビ東京のサイトはどうなっているのだろうか。

お!ずいぶんサイトが立派になっている。
http://www.tv-tokyo.co.jp/takkyu/

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新しい動画も増えているぞ。「全力球(ぜんりょくだま)」という、女性タレントに卓球をやらせる企画のようだ。

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でも、どうせ

「ひゃ~ん、こんな速いボール打てないぉ~」

とか、

「キャー!卓球たのしー!!きゃぴきゃぴ」

とか、そういうたぐいの動画なんだろうと思って、あまり期待しないで観てみたのだが…


果たしてそのとおり だった。

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ソフトフォーカスの美しい映像

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男心をくすぐるローアングル

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レツゴー はぁん 

腹の底からこみ上げてくるものがある…。胃が痛い。この感情をいったい何にぶつければいいのか。

・・・言いたいことはたくさんあるのだが、大人げないからやめておこう。

世の中にはこういう動画を見て

「萌え萌え~!れなちゃんの汗ばんだユニフォームをおもいっきりクンカクンカしてぇ~!」

と大満足の人もいるのだろう。
それに限られた予算で手っ取り早く作れる映像というのは、こういう「萌え」を前面に出した動画ぐらいしかないのかもしれない。

私は別にレベルの低いプレーでもいいから、努力やひたむきさが感じられる、ケレン味のない動画のほうがよかった(このタレントさんは、1年以上前から卓球に取り組んでいるかと思われるが、卓球に対する愛があまり感じられない)。


世間はあまり盛り上がっているようには見えないが、ともかく再来週は世界選手権である。今までマイナーだった卓球をこれだけもりあげてくれたテレビ東京には、感謝である。
願わくは広報や放映などでがんばっていただき、世間の目をもっと卓球に向けてほしいものである。

 

鷲掴みグリップは持ちやすいか――ペンホルダーグリップのチェックポイント

中ペンのグリップとして「わしづかみグリップ」というのがある。
人差し指と親指の間隔を広げて握るグリップだという。


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おそらく上の写真の右のようなグリップだと思われる。左の日ペンのグリップと比べて二本の指の間隔が大きい。
しかし、こういうグリップは最近はあまり流行らないのかもしれない。
現在のペンホルダーの代表、許昕選手のグリップをみると、指の間隔が狭く、ピッチリとくっつけている。

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私もグリップをいろいろと模索していて、わしづかみに挑戦したことがあるのだが、非常に握りづらい。ブレードを垂直に立てる(たとえばフラットにボールの後ろを叩くとき)のはやりすいのだが、ドライブのときに水平気味に寝かすことが難しい。表ソフトでスマッシュを多用する人に適したグリップなのかと、早々にあきらめ、許昕選手のような、人差し指を垂直に折り曲げるようなグリップに戻した。

それからしばらくして「鬼のペンドラ」(『卓球王国』2015-5)で吉田海偉選手が「裏の三本の指は折り曲げずに伸ばしたほうが威力が出る」といったことを書いていたのを読んで、またグリップを変えようかどうか迷い始めた。
私は指を伸ばすと、ボールを指にしょっちゅう当ててしまうので、できるだけ曲げていたい。吉田選手は片面ペンだから、好きなだけ伸ばせるが、私は躊躇してしまう。そこで他のペンホルダーの選手がどのようなグリップなのか気になって調べてみた。

日体大の温馨選手。
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昨年の全日本学生選抜で優勝した、日本の大学生屈指の実力者である。

「あれ?裏面の指3本が上の方を向いている。」

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ふつうはこんなふうに指3本が下を向いているのに温馨選手はむしろ上を向いている。

なんだか話がややこしくなってきた。

 「わしづかみ」は持ちにくい。
→「最近はわしづかみは流行らない」
→「裏3本は伸ばす?伸ばさない?」
→「裏3本は上向き?下向き?」

という流れなのだが、う~ん、今から文章の構成を変えるのはめんどくさい…。

結論から言うと、
私は「わしづかみ」+「下向き」が合うのである。ただし、「下向き」といっても、「上置き」である。
「上置き」ってなんだ?と思われた方が多いだろうから補足すると、つまり以下の写真のようなグリップである。

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「卓球王国のサイトより」

裏3本の向きは下向きだが、置いてある場所はブレードの半分より上である。

この選手は卓球王国で取り上げられた明誠という高校の岩田選手という人らしいが、

「あれ?裏2本?小指は?」

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おそらく小指を表面に出している?

こんなグリップがあろうとは。ペンホルダーのグリップというのは奥が深い。

また、脱線したが、初めの問いに戻ると、「わしづかみ」というのは、つまりこういうことではないだろうか。

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この写真を探すために見たくもない写真をたくさん目にしてしまった

人差し指と中指でブレードを挟むのである。そのため、裏3本は上置きになる。こうすると、ブレードが安定し、かつ水平の角度も出しやすいと思われる。

今回は、時間の余裕がなかったので支離滅裂なことを書いてしまったが、ペンホルダーのグリップには

表2本の指の開き具合
裏3本の指の曲げ具合
裏3本の指の置き場所
人差し指と中指でブレードを挟むかどうか

さらに

親指をどのぐらい深く入れるか

というチェックポイントがあるかと思われる。手の大きさや、フォア/バック主体かどうかでもグリップが変わってくるので、上のチェックポイントをいろいろ組み合わせて、自分に合ったグリップを探すときの参考にしてはどうだろうか。

【付記】
xia氏のブログでもちょうど裏3本のことが取り上げられていた。
http://blog.livedoor.jp/worldrubber-pendora/archives/44227823.html

【追記】150413
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 卓球王国のゆう氏のブログから
 
このグリップも独創的。おそらく表面はそうとうなわしづかみのはずである。 

懲罰卓球――ミスを減らす練習法

中級者以下のレベルでは、ミスに対して無頓着な人が多い。オールで練習すると、渾身の力で両ハンドを「ムチャ打ち」する人が多い。もちろん成功率は半分以下である。そういう人と練習することになったら悲惨である。社会人にとって貴重な自分の練習時間がほとんど無駄になってしまうのだ。ムチャ打ちの人は、ラリーを続けて相手にも練習させてやろうという意識がない。練習相手をツッツキ送りマシーンとしか考えていないような人が多い(前記事「こういう人、結構いるよね?」)。

そういう人は特にレベルの低い試合でよく目にする。強烈なドライブで1点とったかと思えば、レシーブミスや3球目強打のミスで3点ぐらい落として「おかしいな」「今日は調子が悪い」などといって負けているのだ。

私もかつてそういう卓球をしていたので、そういう人の気持ちは分かる。おそらくムチャ打ちの人は、上級者なら強打している場面なのに、自分が情けないヘロヘロ球しか打てないのに耐えられないのだ。「これじゃ卓球じゃなくて、ピンポンだよ」と、つなぐだけのボールを打つのを潔しとしない。自分の実力以上のボールを打とうとしているので、せいぜい3本に1本しか入らないのは当然なのだが、自分の実力はその程度だという厳然とした事実を信じたくないのだ。

こういう人に対して「すみません、ラリーが続かないのでもう少し球威を弱めて、安定性を高めてもらえませんか?」などとは言いづらい。いろいろな目的の人がいるし、強打の安定性を高めたいという目的の人だっているだろう。しかし、そういう目的の人にはそういう目的の人同士で練習してほしい。

「サービス」→「台上バックドライブ強打(ミス)」

という練習をお互いに延々と続けてほしいものだ。

「ミス」といっても、いろいろなものがある。誰でもミスはするので、そういう偶発的なミスは不問に付し、オール練習での3球目までのミスのみを指して「ミス」としたい。つまり、サービスミス、レシーブミス、3球目のミスである。それ以降ならガンガン強打を試みてもらってもいいと思うが、4球目に至るまではお互いに不安定な打球を慎んでもらえば、ラリーらしくなって楽しめる。

「ミス」に無頓着な人と練習させられるのは勘弁してほしい。そういう人に「ミスすると相手に迷惑だ」ということを意識させるにはどうしたらいいだろうか。

最近、そういう人には懲罰を課せばいいのではないかと思うようになった。ミスによって相手の練習時間を奪うことは懲罰に値する。ではどんな懲罰がいいだろうか。

罰ゲームだ
「じぁあ、罰ゲームだ」


「ミス、1回ごとに100円の罰金です」

というのはなかなかおもしろいと思うが、お金のやりとりがあると、いろいろ問題が起こりそうだ。
それにこれは外発的な動機づけに近いので、課金された本人としては、監視されているようで楽しくないかもしれない。

こういうのはどうだろうか。オールの練習などで

「ミスをしたら、次の3ターンはひたすら受けに回ってください。決して自分から打ってはいけません。チャンスボールが来ても、ブロックやツッツキしかできません。相手に打たせる練習をさせてあげてください」

こうすれば、強打されてばかりの人の気持ちがわかるし、懲罰を受けている側も「強打を打ってスカッとできないのは残念だが、相手の役に立っているし、ふだんあまり守りの練習をする機会がないからいいか」とポジティブに捉えることができる。

あるいは

「ミスをしたら、1回ごとに100メートルのランニングです」

とすれば、練習中にたとえば30回「ミス」したら、3キロのランニングが課されることになる。ランニングのような「トレーニング」は必要だが、なかなか自発的に取り組む気にはならない。しかし、自分の卓球を向上させるには「トレーニング」も効果があるだろうから、自分にとっても意味のある懲罰だと思えばそういう「トレーニング」にも取り組める。内発的な動機付けになる。「次回の練習には自転車や車に乗らず、ランニングで来てね」というのもおもしろい。

この懲罰卓球を実際にやってみたところ、サービスも慎重に出すようになるし、レシーブや3球目も

「この回転なら、ボールの右後面を高くこすり上げれば入るはず…」

などとよく考えてレシーブするようになる。もちろん、打球に際して吟味し過ぎると、次のアクションが遅れてプレーに悪影響を与える(前記事「ワリヤゴナドゥ」) が、何度も何度も繰り返し、確実にボールを入れられるようになってはじめて、意識しないで打球ができるのだから、こういう過程も必要だろう。そして不安定な低くて速いボールは減り、ちょっと浮いた、浅いボールの応酬になる。情けないラリーだが、そういうボールでないと安定しない実力なのだからしかたがない。しかし、ラリーが3往復以上続く確率が確実に上がり、卓球が楽しくなってくる。練習というより、ちょっとゲームっぽい。楽しんで練習できるのだから、こんないいことはない。

序盤、私が300メートルペナルティーの状態で、今度は相手が3球目を「ミス」。私のペナルティーは200メートルに減り、私は何が何でもミスをしないぞ!と覚悟を決めて、「ミス」を減らし、しばらく200メートルの借金から変化がない。しかし、今度は相手の「ミス」が次第に目立ち始め、貸し借りゼロの状態から、今度は相手が1000メートルのペナルティーまで借金を増やした。私はできるだけ3球目を「ミス」させるように「ミス」しない範囲で厳しいレシーブを送る。相手はそれを「ミス」しないようにふだんの倍ぐらい高いループドライブで3球目を打つ。4球目以降は「ミス」とカウントされないから、そのループドライブを思い切りスマッシュ!

こんな感じで懲罰卓球をやってみたのだが、楽しく、安定性を高める練習になると思われる。「ミス」が減れば、飛躍的にボールを打つ回数が増えるので、上達する。「ミス」の多い初中級者のみなさんもこの懲罰卓球を試してみてはどうだろうか。試合での勝率も上がるかもしれない。




 

卓球のレシピ――フリーハンドの活用法

ある女性が結婚して毎日料理を作らなければならなくなった。
それまでほとんど料理などしたことがなかった人だったのだが、その後、ちゃんと料理を作っているか尋ねてみたところ、

「料理ってレシピさえあれば簡単ですよ。」

という答えだった。今はインターネットでいくらでもレシピが検索できるし、食材や調味料も抱負で簡単に美味しい料理が作れるのだという。

しかし、今までほとんどつくったことがなかったのに、そんなにすぐに作れるようになるのだろうか?

「料理って、レシピの通りに作れば、誰でもおいしく作れるもんですよ。料理が下手っていうのは、レシピの通りに作っていない――たとえば分量をきちっと計らず、目分量でやってしまうとか、10分煮込むと書いてあるのに5分で済ませてしまうとか、にんにくがないから生姜で代用するとか、そういう自己流の解釈を加えるから変な味になるんです。レシピに愚直なまでに従えば、誰でもおいしく作れるんです。」

もちろん、プロの料理人が目指しているような境地(前記事「まだあるんじゃないか?」)とは比べ物にならないが、家庭料理のレベルで美味しい料理を作るのはそれほど難しいことではないらしい。

今月号の『卓球王国』を読んで、気になる写真があった。

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王皓選手の台上バックハンドドライブだが、フリーハンドの不自然な位置が気になってたまらない。
フリーハンドというのは、ラケットハンドのスイングの威力を増すために動かすものだと思っていたのだが、 なんだかおかしい。台上バックハンドドライブの威力を高めるためなら、フリーハンドは外側に開くか、あるいは後方に引いたほうがいいはずだ。

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こんなふうにフリーハンドを外側に開いたり

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こんなふうに後ろに引くのなら分かる

しかし、王皓選手は「ちょっと待って!」みたいな手振りで、さほどフリーハンドを開いているようには見えない。
なんでこんなフリーハンドの構えなんだろう?何らかの意図を感じる。
自然な身体の動かし方から考えると、バックハンドを打つとき、左手は左胸の辺りに置くのが自然だと思われる。

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胸のあたりにフリーハンドがあるのが自然だと思う。

それをわざわざ前方に突き出しているのは、自然にそこにあるというより、敢えて伸ばしているのだと思われる。それはどうしてか。

台上でバックハンドを打つ選手は、王皓選手にかぎらず、フリーハンドを前方に出している人が多い。
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こんなふうに前方にフリーハンドを突き出す必然性があるのだろうか?


これは何かあると思って私も真似してみたところ、なぜかわからないが、打球が安定したような気がする。
フリーハンドを前に突き出すことによって、上半身がブレにくくなる。台上で早い打点でフリックやブロックをする時、フリーハンドを突き出してみると、それがバランサーとなって、左右に身体がブレるのを防いでくれるようなのだ。

そしてさらにラケットの微妙な角度やスイング方向を一定にするためのガイドという役割もあるかもしれない。スイングというのは知らず知らずの間に狂ってきて、週に1~2回しか卓球をする機会のない社会人なら、毎週微妙にずれてくる。しかし、前方にフリーハンドがあると、自分のスイングの角度を調整するちょうどいい目印にならないだろうか。たとえば水平に突き出したフリーハンドを基準にして、ストロークがフリーハンドの高さをだいたい10センチほど越えるようにスイングの軌道が通れば、安定するといったことを覚えておけば、練習の頻度の少ない人でも、自分でスイングを修正することができる。

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デッサンの時、鉛筆を使って大きさのアタリをつけるように

料理のレシピに小麦粉を何グラムとか、醤油を大さじ何杯とかが書いてあって、そのとおりに作れば初心者でも安定して美味しい料理が作れるように、フリーハンドを目印として自分のもっとも安定するスイングというのを確立しておけば、練習の機会が少なくても、調子の良かったときに近いプレーができるのではないだろうか。

ワリヤゴナドゥ――意識と行動とのずれ その3

意識と運動との関係というのは、考えれば考えるほど神妙である。
こんなことなら心理学というのをもっと勉強しておけばよかった。

それはそうと、以前こんな話を聞いたことがある。

年配の初心者の女性のフォームが横殴りの手打ちなので、そんなに直接叩かないで、すこしボールの威力を殺しつつ、斜め上に半分こすりながら振るように指導者が指導したところ、それはある程度できるようになったのだが、今度はボールの方に手を伸ばして打つのではなく、一歩踏み出して――フットワークを使って打つように指導したところ、女性は「そんなに一度にいろいろなことはできない」とあきらめてしまった。

自分のスイングに気をつけながら、下半身の動きにまで気を回すことは難しい。ある程度打てる人でも、新しい打ち方などを試しているときに、同時にフットワークのステップも、今までと違うステップを試すことはできないのではないか。根拠の乏しい、私の内観による意見なのだが、おそらく人は一つのことにしか集中できない。だからスイングとフットワークを同時に直すことはできない。スイングを直して、それが意識せずともできるようになってはじめて、フットワークの改良に着手することができる。スイングが無意識にできるというのは、つまり意識下でスイングを行い、意識をフットワークの改良のほうに集中させるということである。

人はある運動に慣れることによって、それを意識下でできるようになり、意識は別のことに向けることができる。そして意識下でできることは1つではなく、複数である。赤ちゃんがはじめて歩く時は、おそらく歩くことに集中していて、他のことはできない。しかし、歩くという運動を意識下で行えるようになると、次は歩きながら手を叩くことができるようになる。そして手を叩くのも意識下で行えるようになると、今度は歩いて手を叩きながら歌(喃語で)を歌えるようになる。

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大人だってケータイをいじりながら、下半身でアクセルとブレーキを操作しつつ、片手でハンドルを操作している人がたくさんいる!そのときはケータイに意識を集中しているはずである(もちろんこんなことは危険極まりないから絶対にしてはならない)

同じようなことが卓球でも起こっていると想像できる。

打球が意識下で行えるようになると、今度はフットワークに意識を向けながら打球することができるようになる。フットワークも意識下で行えるようになると、今度は打球しながら足を動かし、さらに次の打球の予測や戦略に意識が向けられるようになる。

意識下で身体が動くようになれば、意識の「手が空く」ので、意識を他のことに向けられる。予測や回転の見極めなども、何度も何度も繰り返して慣れてくると、それも意識下で行えるようになり、より高次の視点からプレーを眺められるようになる。

初心者のころは、サービスをレシーブする時、どんな回転か一所懸命考えながら返球していたような気がする。しかし、慣れてくると、どんな回転で、どのくらいの回転量か、考えずにレシーブできるようになってくる。もちろん、分かりづらいサービスや、初めて見るサービスなら、意識下で回転を読むことはできないが、複雑なモーションのない、素直なサービスなら、私たちは無意識に角度を作ってレシーブしているし、相手のフォアサイドを切るボールをこちらが打てば、次は無意識にこちらのフォアサイドへの返球に備えてポジショニングしている。これらは運動ではなく、判断や予測を意識下で行っているわけだ。

打球、フットワーク、回転の見極め、予測、これらがすべて意識下でできるようになれば、プレー中での戦術の転換にまで意識が向けられるようになる。百戦錬磨はその戦術さえ意識下で行えるのだろうか?

こう考えていくと、卓球の上達の段階というのは、できるだけ多くのことを意識下に任せることと言えるだろう。コースの決まった単調な練習というのは、敬遠されがちだが、運動と判断を意識下に送るという観点から有益だと思われる。

まずは打球(フォーム)と回転の見極めを意識下に送り、次にフットワークを意識下に送り、さらに予測も意識下に送ることができれば、上級者になれるのではないだろうか。

逆に言うと、私のようにフォームをしょっちゅう変えて、いつまでもフォームから意識が離れない人間はいつまでたっても上達しない。フォームやフットワークを固定し、意識下で体が動くようにならなければ、予測や戦術などの、より高次の活動に意識が向けられない。

繰り返すが、これは検証のない、単なる私の内観である。こんな考え方もできるかも?という程度に考えてほしい。

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