しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2014年08月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

卓球用具代用考―中ペン用ラケットケース(附:ジップスポンジ代用)

仕事や、ちょっと出かけた時などにラケットを持ち歩きたいということはないだろうか。私はどこに行くにもラケットを持ち歩きたいのだが、市販のラケットケースはかさばりすぎる。1本のラケットがギリギリ入るぐらいの薄いケースがないだろうか。

そのような希望に適う製品をようやく発見した。

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ミリオンパックワイド1200 ピンク

私はローソンショップ100で発見したのだが、他の店でも購入できるかと思われる。

まず、優れた点はその薄さである。

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材質はポリプロピレン。ペットボトルよりも柔らかく、しなやかな材質。

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標準的なラケットケースよりもかなり小さい。

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前記事「卓球用具代用考(ラケットケース)」で紹介したナカヤ化学産業の「しっかりパックX」と比べると、大きさはほんの少し小さく、厚さは半分程度。中ペンのラケットがちょうど1本入る大きさである。

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ヤサカのラケットサイズ

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標準的な大きさの中ペン 馬琳エキストラオフェンシブがちょうど入る。

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ブレードの大きい王皓(ブレードサイズ:166×151mm グリップサイズ:80×23.5mm)はグリップがギリギリ収まらない。

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残念ながらシェークの馬琳エキストラスペシャルは入らなかった。

なお、日ペンも試してみたが、入らなかった。
馬琳エキストラオフェンシブの全体のサイズ247x150mmがベストサイズということになる。
ただ、このケースを持ち歩くと、ラケットとケースがぶつかって、コツコツ音がするのが気になる。そこで、ウレタンのスポンジを貼ってみた。

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馬琳エキストラオフェンシブが入らなくなった。

厚さ5mmのテープは厳しいようだ。そこで、100円ショップで売っている、ちょっと薄いスポンジが入った両面テープを貼ってみた。

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ぴったりだった。

これで持ち運んでもコツコツ言わない。

【まとめ】
ミリオンパックワイド1200は標準的な大きさの中ペンを1本持ち運ぶのにちょうどいいサイズである。また、両面テープなどを内側に貼れば、ラケットとの緩衝材にもなる。ただ、ポリプロピレンは耐光性が低いらしいので、直射日光に当たるようなところにはおかないほうがいいようだ。

【付記】
上の両面テープは上手に切れば、サイドテープの代わりになると思った。ただ、真っ白なので見栄えが良くない。

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それから「隙間テープ」を触っていて思ったのだが、これはラバーを貼る際のスポンジとして使えるのではないだろうか。ファインジップ用のジップスポンジと同じような材質である。あのスポンジが手元にないとき、隙間テープを流用できるかもしれない。

「用具愛」からの解放

京都の夏の風物詩、納涼古本まつり

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下鴨神社の糺の森で毎年8/11~16日まで行われる古書即売会。
学生時代は毎年開始の10時前にスタンバイし、価値のある本を目ざとく漁っていた。毎年3日以上行って、合計数十冊の本を購入していた(とにかく安い)。そんな本が狭い我が家の空間を圧迫し、通行の妨げにはなるし、自然と失せ物も多くなる。本を買いすぎて、持っている本なのに、同じ本を買ってきてしまったり、持っているはずの本が部屋の中に見つからず、しかたなく図書館で借りてくるハメになったり。

何かがおかしい。

どうして私はこんなに本を買わなければならないのか。一生かかってもこんな大量の本は読めないし、意欲も時間もない。私は本を読むことよりも、集めることが目的になってしまっている。

いろいろ思い入れのある本もあったが、ブックオフの宅本便というサービスで家にあった本を大量に処分した(といってもせいぜい5%ほどだが)。部屋が少し片付いた。気分も軽くなった。 これが世間で言う「断捨離」か。売値が1万円ほどだった。

「よし!これで新しいラケットでも買おうかな」

しかし、ラケットの方も、20本以上ある。半分以上は数回試し打ちをしただけで放置してある。さすがの私も懲りた。もう新しいラケットはいいや。では、ラバーか?いや、ラバーも開封していないヤツとか、お蔵入りしたラケットに貼り付けてあるほとんど使ってないヤツがたくさんある。達観した上手な人で、同じラケットを10年以上使い続けて、毎年2回、ラバーだけを貼り替えるという人がよくいる(前記事「ラケットへの愛着」)。こういう境地に達することができればいいのだが、私はもう少し用具に未練がある。

下のブログで「悩む理由が値段なら買え、買う理由が値段ならやめておけ」という言葉が紹介されており、大いに納得させられた。
格言に学ぶラバー選び?

私もよくネットショップをチェックし、特価品などを見つけては、購入していたので、耳が痛い諫言だった。結局それほど気に入らなかったラケットに6~7千円使うということを何度もやってきたので、合計したら高級ラケットが余裕で買える金額になってしまう。小金が入る度に安いラケットを買うのではなく、高級ラケットに狙いを定めて、それ以外には一切金をつかわないようにすべきか。今まで何度も繰り返してきた思考である(「嫌用具事」「ラケットの品質」)。用具のことを簡単に思い切れたらいいのだが、煩悩の多い凡夫にはなかなかそれができない。

何かがおかしい。

用具を使えるあてもないのに次から次へと欲しがり、頭では分かっているのにその渇愛を捨てられないというのはどういうことだろう?「あれも欲しいし、これも欲しい。欲しいものがありすぎて困っちゃう」といって楽しんでいる人もいるかもしれないが、私にとっては苦痛でしかない。どうにかしてこの渇愛を思いきりたい。

そこで仏教である。

以下のサイトで仏教の四聖諦について分かりやすく説明してあった。
四聖諦」「縁起

四聖諦では、「【苦・集】も了知する」するとあります。これは分かりやすくいえば、「自分が苦しんでいること、自分の心の状態、原因、そういったことに気付きなさい」ということですね。
案外、人は自分のことが分かっていません。

気付きの瞑想を行って、それが正しく進んでいくなら、必ず、自分の姿に気がついてきます。客観視ができるようになるのですね。良いと思って行っていたことへの本当の動機に気付いたり、自分の普段の言動の様に気付いたり、さまざまな気付きが得られます。

縁起を使って煩悩を無くす具体的なやり方は、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚、意識といった感覚器官が受けた情報レベルで「気付き」を入れて、好き・嫌い・無関心といった煩悩への連鎖を引き起こさなで、心が清まった状態を保つ方法になります。

本ブログでも「ヴィパッサナー瞑想法」について言及したことがある(「感覚を味わう」)が、これは自分の欠点に気づいたり、打球感を向上させたりするという目的であった。しかし、今回は自分の用具への渇愛を捨てるために改めて瞑想法について考えてみたいと思う。

仏教の根本原理は縁起(因果関係)を理解し、自分の心を浄めることだという。自分の苦しみの原因と結果(現状)に気づき、「好き」とか「嫌い」といった煩悩(苦しみ)に陥らないようにするのだ。「なんだか分からないが、つらい」というところから発展し、「どうしてつらいのか」を問い、その原因に気づき、心を落ち着かせる。自分のストレスの原因は自分では意外に気づいていないものだ。私の場合で言えば、「新しい用具が欲しいからつらい」ということになる。ではどうして新しい用具がほしいかというと、練習できる時間が少ないからだろう。用具を買って練習できない憂さを紛らわしているのかもしれない。そして自分の欠点や課題がうまく解消できないということもあるのかもしれない。練習時間を増やすことも、自分の欠点を解消することもなかなか容易ではない。それなら、この煩悩を滅するためにはどうすればいいのか。目の前の仕事に集中して余計な煩悩を起こさせないことだという。

たとえば掃除です。
掃除をする際、漫然と行うのではなく、行為や動作を確認しながら行っていきます。これを10分、20分と続けていきますと、掃除の最中は、心は動作に向けられています。途中で雑念が出てきても軽くスルーして、また動作の確認を続けていきます。こういうことを行いながら掃除をしていますと、終わった後はは心がスッキリします。

なるほど。上の空で目の前の仕事に取り組んでいるから、余計な煩悩が起こるのだと見える。常に目の前のことに集中し、自分の心の状態を観察すれば効果がありそうだ。

今回、本を処分した時の心の晴れやかさは私を少し成長させた。用具が溜まっていくと、「せっかく買ったのに使わないのはもったいない」とか「早く使わないと、ラバーの鮮度が落ちるのではないか?」といった苦しみをもたらす。

そうだ!メインラケットをもう1本買おう!そしてラバーは今使っているラバーのスポンジ厚を変えたものにしてみたらどうだろう?こうすれば、自分の感覚が狂うことも少ないし、メインラケットとときどき取り替えてみて、打球感の微妙な違いなどを楽しむこともできる。これなら新しい用具がほしいという渇愛をある程度満たすこともできる。

用具を愛するというのは、とっかえひっかえいろいろなものを試すだけではない(「B面ラバー ファントム007」)し、一つの用具をずっと使い続けるほうがむしろ用具愛と呼ぶにふさわしい(前記事「卓霊さま」)。なんだか自分の心の整理がついた。新しい用具は欲しくなくなった。今度、今のラケットと同じ製品をもう一つ買って、個体差などを楽しんでみることにしよう。

 

離合――上に振る勇気

幅員狭小、離合困難

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「ふくいんきょうしょう、りごうこんなん 」と読むのだろうか。「政党が離合集散する」といった一般的な使い方では、「離合」は「離れたり、集まったりすること」という意味だが、西日本では「離合」という語が「すれ違う」という意味でも使われるらしい。冒頭の言葉は、「道路の幅が狭く、2台の車がすれ違うのはむずかしい」という意味だという。

卓球で回転をかけるには、この「離合」という概念がしっくりくる。たとえばツッツキで回転を掛ける場合である。

離合
上の図のように相手のツッツキのライジングを、ボールのベクトルと平行になるように切ると、技術がなくても力を入れずに自動的に切れた、短いストップになる。ボールの向かってくる力を利用するので、スイングスピードが倍になるからだ。しかも短く止まる。一方、下の図のように頂点を過ぎたボールをストップしようとすると、自分から切らなければならず、回転をかけるのは難しい。鋭い、深いツッツキを打つなら、下の頂点を過ぎた打点がいいと思われるが、下の打ち方で回転をかけるにはある程度の技術が要求されるだろう。

この離合の概念を対下回転ではなく、対上回転に使えないだろうか。

私は相手にドライブで強打されたとき、うまく返球できる自信がない(前記事「ものすごい対戦」)。しかし、そういって相手の強打を警戒しすぎていると、ラリーにならず、つまらない卓球になってしまう。相手にドライブを打たれそうになったら、すかさず半歩後ろに下がって、この離合の原理でドライブをドライブで迎撃したいと思っていろいろ試してみた。つまり、相手のドライブが頂点を過ぎて、落ちてきた軌道と平行になるようにスイングするのだ。しかし、これがうまくいかない。相手のドライブ強打をドライブ強打で返そうとすると、想定以上にボールがすっ飛んでいく。思い切り下がって引き合いのような形になれば返球できるのだが、中陣ぐらいでドライブをドライブで返球するのは私には難しい。

前記事「打球音が変わった」で相手のドライブを薄く捉えれば安定すると書いたが、あれは前陣で相手のドライブを軽打で返すときに安定するが、今回のように中陣でも安定するだろうか?私の今の考えは、上方向にこすり上げてドライブを打つのがいいのではないかということだ。

落ち着いたプレーで初戦を突破した丹羽孝希

上級者のプレーを見ていると、ラケットをほぼ真上にこすり上げているのに、ボールがすごいスピードで前に飛んで行くのをよく見る。スイングが上なのに、ボールは前だ。どういうことだろう?
前記事「強烈なドライブに対するブロックのコツ」でボールの向かってくるベクトルと垂直になるようにラケットを振ると、安定すると書いたが、ある一定以上のスピードのボールなら、スイングの向きを上にすることによってボールの威力を殺しつつ、速いドライブを打てるのではないだろうか。

頭ではこんなことを考えているのだが、水平方向に進むボールを垂直方向に強打するというのは違和感があって、なかなかできない。上に振る勇気がない。しかし、チキータやフリックなども、横や上に振らなければ安定しないように、対ドライブも上に振らなければ安定しないのではないだろうか。おそらく対ドライブのカウンターというのもこういうことなのだろう。

と、冒頭の「離合」という主題を離れて、おかしなところに行き着いてしまったが、ドライブをドライブで上書きするには上方向にスイングするのがいいのではないかという一応の結論を次の練習の時に検証してみたいと思っている。
 

すさまじい対戦――対戦における意識

コースの決まった練習では安定して打てるのに、試合形式の練習ではミスばかり。私のようなヘボ同士で試合をすると、ミスばかりでちっとも楽しくない。特にある一定のタイプの人と対戦する時、ちっともラリーにならない。たいてい3球目までで終わってしまい、4球目以上の、ラリーらしいラリーには発展しない。一方、上手な人同士の試合では気持ちよく強打を応酬し、卓球の醍醐味であるラリーが続き、見ごたえがある。これはなぜなのか。

おそらくこれは意識の問題である。

対戦となると、私は相手に強打されないよう、できるだけ低く、厳しいレシーブを心がける。相手のサービスを低く厳しいツッツキで返球したり、短くてとても強打できないようなストップで返球しようとする。これがミスが多い原因だと思われる。相手のサービスに対して、低く厳しいコースにレシーブしようとすれば、どうしても不安定になり、ミスする確率が高くなる。多少甘いレシーブになってしまっても、とにかく台に入れることを優先すべきなのに、私は対戦では、つい厳しいレシーブを心がけてしまう。低いツッツキをしようとしてネットに引っ掛けてしまったり、フリックしてオーバーミスをしてしまったり、早い打点のストップをしようとしてネットが越えられなかったり。うまい具合に低くて速いレシーブが成功する場合もあるのだが、どうしてもミスが多くなる。

最近、気づいたのだが、どうやら私と同じことを考えてプレーしている人がいるのだ。こういう人と対戦した場合、お互いにミスが多く、消極的な対戦になってしまう。どちらも「相手に強打させまい」と過剰に警戒し、厳しいレシーブを心がけているから、容易に強打できない。その結果、お互いに強打が打ちにくく、4球目以上のラリーに展開することが少なくなり、不完全燃焼のまま対戦が終わってしまう。なんとつまらない対戦だろうか。こういう対戦は柔道の「教育的指導」を思い起こさせる。

教育的指導
柔道では極端な防御姿勢を6秒以上とると、指導の対象になるという。

ただ、卓球の場合、柔道と違って完全に消極的に試合を続けることはできない。たとえば、相手がロングサービスを出してきたときは、こちらも攻撃に転じなければならない。しかし、ここでも相手に攻撃させないよう、低くドライブしたり、厳しいコースを狙ったりする。ロングサービスをとっさに速いバックハンドドライブで迎撃しようとすると、やはりミスが多くなり、ラリーにならない。

防御を完璧にしようとして、ミスを連発し、はたまた2球目から相手がとれないような強打をしようとしてミスを連発する。なんとも寒々しく、すさまじい対戦である。どうして私はこんなに相手の先制攻撃を恐れるのか。たしかに相手に絶好球を送るのは恐ろしいが、ある程度返球するコースを工夫して、絶好球にならないようにすれば、多少甘いレシーブでもいいではないか。相手に先制攻撃させてもいいではないか。そうすれば、相手も気持ちよく強打を打てるし、それを止め、チャンスを作って、こちらからも強打を打つことができる。3球目攻撃の練習相手を務めているつもりで、相手に長いツッツキを送ってやり、それを打たせてやったほうが、こちらも楽しく、いい練習になるのは間違いない。


ベラルーシオープン女子U21決勝。お互いに3球目は「どうぞ打ってください」的なボールを送り、そこから激しい打ち合い。これぞ卓球!ただ、森選手の行き過ぎた叫び声を問題視する声が多いようだ。試合中のマナーはすばらしいのだが。

「強打させない合戦」ではなく、「強打合戦」こそが卓球の醍醐味である。「相手に絶対に強打させないこと」ではなく、むしろ「相手の強打を絶対に返球できるようにすること」にこそ意を用いるべきである。とすると、私のレベルでは高度な台上技術よりも、堅いブロックを身に付けるほうが優先されるべきだろう。

古人は言った。

「馬には乗ってみよ 技にはかかってみよ」

対戦では、相手に先制攻撃をさせてやるぐらいの度量がないと、対戦が楽しくならない。

【追記】 141027
元々の題名は「ものすごい対戦」だったが、「すさまじい対戦」のほうがピッタリだと思い、題名を変更した。
「気持ちがすさんでいる」などの「すさむ」の語感のほうがよりふさわしいと思ったからである。 

やさしい練習――身体の使い方の確認として

前記事「ツッツキの妙」でICCというアメリカのチームの動画を観ていておもしろそうなものがあったので紹介したい。

練習というと、ハードでストイックなイメージがあるが、私たち社会人の趣味の卓球では、厳しく難しい練習よりも、楽しくやさしい練習のほうが充実感を得やすいかもしれない。ファルケンベリフットワークで多球練習とか、速くて厳しいツッツキを回りこんで3球目とか、そういう練習は成功率が低いため、達成感を感じにくい。中高年にななってから卓球を始めたような人たちなら、なおさらである。試合で勝つためには必要かもしれないが、初中級者にとってはハードルが高い練習が多すぎる。私たちは雑誌などで紹介されている上級者の練習ではなく、もっと難易度の低い練習に目を向けたほうがいいように思われる。

下のビデオで紹介されているトレーニングはボールを打たない練習である。実際にボールを打たない練習は退屈で大人はすぐに飽きてしまいがちだが、このビデオの練習は実際のプレーに近いので、やりがいを感じる。



1.シャドープレー
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ツッツキ

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回り込み

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飛びつき

シャドープレーはボールを台に入れることに意識を使わなくて済むため、体の動かし方だけに集中できる(前記事「満ち足りて…」)。これでちゃんと腰を使って打っているかどうか、重心移動ができているかどうか、ステップが滑らかかどうかなどを確認できる。ゆっくりやれば、失敗しにくい。かりに失敗しても、行き詰まることはない。しかも上の3つのコンビネーション――ツッツキ、回りこみ、飛びつきは実際のプレーに近い動きなので、やりがいもある。


2.体幹を鍛えるトレーニング
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おちゃらかホイ…ではなく、体軸を鍛えるトレーニング

上のトレーニングは右の台と左のフェンスを右腕で交互にタッチするというトレーニングである。これを素早くするには、体に軸を作り、その軸を中心に体を回転させなければならない。これは腕に頼らず、体を回してスイングする訓練になる。多球練習で早いピッチでボールを送ってもらっても体軸で打つ訓練になるが、こちらのほうがより手軽である。

次に実際にボールを打つ練習だが、下のビデオのフォア2球、バック2球をペアで輪唱のように打つという練習が楽しそうだ。ピッチもあまり早くない。



3.輪唱的多球練習
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送球者はフォア2球、バック2球への送球を繰り返す。練習者Aがフォア側を打った後、続いて練習者Bもフォア側を打つ。次にバック側に回りこんで練習者Aがバック側を打ち、練習者Bもバック側を打つ。これを一人でやると、動く距離が大きい割に送球間隔が短くて、厳しい練習になってしまうが、二人なので、一人が打っている間にもう一人が移動する時間的余裕がある。余裕があるからフットワークやスイングなどの確認ができる。この練習がクリアできたら、今度は下回転でやってみたり、送球の長短を変えてみたりすれば、なかなか飽きが来ない。

【まとめ】 
雑誌で青森山田の練習メニューなどが紹介されていると、つい自分の練習にもちょっと取り入れてみようなどと考えてしまう人が多い。しかし、子供ならともかく、社会人は練習時間が限られているので、上達が遅い。基本ができていないのに難易度の高い練習ばかりしていて、達成感が感じられなければ、卓球に対する情熱も冷めてしまいかねない。
私たち社会人にとって練習の難易度というのは、 それほど高くないほうがいいのではないだろうか。速くて低いボールばかり打ち合っていては、いつまで経っても基本的な身体の動きが身につかない。そうではなく上に紹介した動画のようにエアロビクスのような難易度の低い運動で、卓球の基本となる身体の使い方を確認するような練習をしたほうが長い目で見ると上達するような気がする。
 

ツッツキの妙――陳龍燦氏の卓球

前記事「伸ばしきりストップ」のコメント欄で許ッシンさんに紹介していただいた陳龍燦氏の動画がおもしろかったので改めて取り上げてみたい。

陳龍燦Chen Longcan氏はwikipediaによると、1965年生まれ。中国のナショナルチームで80年代後半に活躍。ソウル・オリンピックのダブルス金メダル(偉関晴光氏とのペア)、ワールドカップのシングルス優勝など、輝かしい成績を残している。それが現在、どうやらカリフォルニアのチームのコーチか何かをしているらしい。

下の動画は一見すると、素人のおじさん同士に見えるが、奥のちょっと髪の毛の後退したおじさんが陳龍燦氏である。2004年の録画なので、このとき38~9歳?。失礼ながら、年齢より老けてみえる。



ツッツキで遊んでいるのだが、なにげにすごい。ストップが短すぎる。0:15ぐらいからのストップは、ネットから10センチほどのところにフワッと浮かせてボールを落としている。そのまま放っておくと、ネットを越えて、自陣に戻ってくるほどの切れ味と短さ。
次はサイドスピンツッツキ。横下、横、横上の深いツッツキをすごい速さで送っている。ストップから突然こんなツッツキを食らったら、草の根プレーヤーではとても対応できないだろう。

下の動画は2007年の録画なので、陳龍燦氏が40代前半のころである。40代前半なら、まだまだ動きまわって活発な卓球もできるはずだが、陳龍燦氏はほとんど動かない(これは相手との実力差がありすぎるからかもしれない)。一人目の相手は私たちの周りによくいるような、わりと上手な若い選手。しかし陳龍燦氏は棒立ちの状態でリラックスしてプレーしており、サービス、ツッツキ、ブロックだけで完全勝利している。陳龍燦氏が絶妙のコースにボールを送ってくるため、自分の卓球を全くさせてもらえず、軽くあしらわれている。



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フォア前に短いツッツキ

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ひゃ~、なんとか間に合った!

backoku
「じゃあ、これをどうぞ」バック深くにプッシュ

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ショートサービスから
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またフォア前に短いツッツキ!

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またか!

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次はお約束のバック深くへ

次の選手は一人目の選手よりも上手そうだ。しかし陳氏が積極的に攻撃しているわけでもないのに防戦一方で自分の卓球をさせてもらえない。

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まず、速くて深いツッツキ

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打点を落としてなんとかループでしのぐ

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それを待ち構えてサイドスピンブロック

両選手とも、いいとこなしで、軽くあしらわれているが、実際はふつうに上手い選手だと思われる(少なくとも私では勝てないだろう)。もしこの両選手が試合をしたら、派手な打ち合いになって、しばしばスーパープレーのようなボールも見られるのではないだろうか。だが、陳氏との対戦では気持ちよく強打を放つ場面がほとんど見られない。 なぜ彼らはこんなに脆いのか。おそらく陳氏のツッツキが切れていたり、切れていなかったりして、回転の見極めが難しいのと、どちらに打つか分からないモーションで、かつ、打ちにくい、絶妙なコースにボールが来るのだろう。

このビデオを観て、卓球の上手さというのは意外と地味なところにあるのかもしれないと思った。趣味の卓球のレベルなら、両ハンドで目の覚めるようなドライブが打てることよりも、ツッツキやブロックで前後左右に自在に揺さぶることができるほうが強いのかもしれない。特に深いツッツキというのは効果がありそうだ。こういう地味な技術を磨き上げれば、社会人の趣味の卓球なら、ほとんど負けないのではないだろうか。

 

伸ばしきりストップ

今日から関東方面に帰省することになった。ネット環境が整っていないので、しばらく本ブログが更新できない。
私の中で、まだ納得がいく結論がなく、熟していないが、今取り組んでいる技術や気づいたことなどを帰省前に記しておきたいと思い、公にすることにした。

先日のインターハイをネットで少し観て、ちょっと前まで大流行だったチキータではなく、ツッツキやストップを使っている選手が多かったように感じた。みんながみんなチキータを使いこなすので、チキータがあまり効果的なレシーブではなくなり、その反動としてツッツキやストップが復権したということなのかもしれない。 

もとよりチキータなどという派手な技術は私の柄ではないので、堅実なツッツキやストップの方を確実にしたいと思っている。 前記事「見えているのに見えない」にも書いたが、上手なストップというのは、

「腕を早い時点で伸ばしきり」
「それからボールを迎え」
「腕を引っ込める」
「と同時に打球する」

ということらしい。

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これによってボールとラケットとの衝突を防ぐことができ、理想的な短いストップが打てるのだという。しかし実際にやってみると、とても難しい。特に台上で腕を伸ばし、引っ込めるところで打球というのが難しい。さらに、よく指導書などで紹介されているストップのコツは、フォアストップなら、右足を台の下深くまで入れるということである。そうすると、上の一連の流れの中に「右足を台の下深くまで入れる」という項目が付け加わることになる。

複雑すぎる…。もっと簡単にストップができないものだろうか。

恐らく上のストップのやり方は、丹羽選手などのような超上級者のレベルでのことだろう。そのようなプロのレベルではストップの短さや切れ味が鋭くなければ簡単に強打を打たれるおそれがあるのだろうが、私のような趣味のレベルなら、せいぜい台から出ない程度のボールさえ打てればそれで十分だと思う。こんな複雑な一連の動作は私には無理である。

そこで、私は「腕を伸ばしきり」「引っ込めるとこで打球」というのを省略し、初めから腕を伸ばした状態で、足を使って移動することによって打球する。言い換えれば、ストップでは腕を固定し、動かさないというのがいいのではないかと思っている。

「腕を伸ばしきり」
「そのまま移動し、右足を台の下深くまで入れ」
「打球」

だけで十分ストップになる。今までは台上で腕を伸ばしたり、引っ込めたりしていたが、それはタイミング次第ではボールを押してしまい、ストップにならない。腕は伸ばしきりのほうが安定すると思うのである。

なんだかオチのない話で申し訳ないが、とりあえず、ここまでが私の現在の課題である。この話をこれからさらに発展させられたらと思う。

強烈なドライブに対するブロックのコツ

若い人と練習をすると、そのドライブの威力に圧倒されてしまう。低く高速で飛んでくるドライブや、高い弧線で強烈に回転がかかっているドライブは、なかなか止められない。

今回のトピックはこのような強烈なドライブを上手にブロックするコツである。ブロックのような基本技術が安定していないと、ラリーが続かず、卓球が楽しくないし、上手な人はブロックが下手な人の相手をしてくれないので、上達の妨げにもなる。ブロックの安定性は脱初中級者への第一歩だと思われる。

私はブロックも苦手なのだが、中高年の遅いボールならなんとか安定して止められる。しかし、若い人の生きのいいドライブはうまくブロックできない。特にフォアハンドでのブロックが安定しない。若い人に今どきの高性能な用具でガツンと回転をかけられると、ボールがすっ飛んで行き、オーバー。ラリーにならない。
それなら、ボールがオーバーしないように面を寝かせたり、ラケットを動かさず、じっと止めたりしてみると、今度は逆にネットにかかってしまう。ブロックって難しい。



上の動画のオフチャロフ選手は強打者として有名だが、張継科選手はオフチャロフ選手の、すさまじい回転のバックハンドドライブを苦もなく返球しているように見える。どうやっているかというと、派手に上方向にこすり上げてブロックしているのだ。
しかし、考えてみると、不思議である。インパクト後に上に飛んで行くドライブのボールに対して上にラケットを振る?強烈なドライブに対して上方向にボールをこすり上げるなんて自殺行為ではないだろうか?

実際に若い人の猛烈な回転のドライブをほぼ真上に擦り上げてブロックすると…果たして安定した!どういうことなんだろう?もちろん、斜め45度ぐらいの方向にラケットを動かすと、ボールはすっ飛んで行ってしまうが、垂直に近い方向なら、軽々と入る。

ブロックのコツ

逆に下方向に軽く落としてブロックしても、わりと安定した。しかし、上方向への擦り上げが私には最も安定する。

【まとめ】
強烈なドライブに対してブレードを寝かせて返球するのは難しい。そうではなく、回転の強いドライブを垂直方向に擦り上げれば、返球スピードは遅いが、安定する。
上手な人にとってはこんなことは言わずもがななのだが、私のレベルだと、こういう技術でさえも知らなかったりするのだ。私と同じようなレベルの人で、若い人のドライブが止められないという人はこの「すりあげブロック」を試してみてほしい。それにつけてもボールの挙動は不思議である。

【追記】
強烈なドライブに対しては、やっぱり上方向に擦り上げるよりも、台から距離をとってブロックするほうが安定すると後で思い直した。

独り練習―「リターンボード」は自作できないか?

久しぶりの練習日に練習に行ったら、人が少なく、十分練習しないうちに「今日は所用が…」などといって、三々五々、帰ってしまい、不完全燃焼のまま独り残された私。今日はクタクタになるまで練習して、練習後のビール(もどき)を飲むのを楽しみにしていたのに。

こんなとき、卓球マシンがあればなぁと思う。TSPのモバイルロボ(前記事「卓球マシンがほしい」)なら買えるかもしれないが、それでも4万円近い出費はためらわれる。
「リターンボード return board」という製品がヨーロッパで売っているという話を聞いたことがあるが、外国から個人輸入するのは私には敷居が高い。あんなのが国内で1万円ちょっとだったら絶対買うのだが…と思ってネットを見ていたら、TSPからリターンボードが!

Returnboard

しかも、土台がコンパクトで使い勝手が良さそうだ。ちょっと食指が動く…。

しかし、残念ながら、これはドイツのTSPの製品らしい。170ユーロ(2万円ほど)。おそらく本家「リターンボード」のOEMだろう。さらにこのサイトにはこんな製品も。

Spinrad

ドライブ練習用ホイール、125ユーロ。速度計が付いているらしい。下の「ラリーメイト」とどちらが使えるだろうか?フォークのところにオイルダンパーとか、スプリングなどがついていて、ラケットを傷めないような工夫があるなら、こちらのホイールのほうが楽しく練習できそうだ(ラバーはボロボロになりそう)。おもしろそうだが、耐久性に疑問を感じる。若い男子選手が力任せにひたすらドライブを打ちまくったら、1日で壊れてしまいそうだ。

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「ラリーメイト」実売20000円弱。実際に使った人の評判を全然聞いたことがない…。

独り練習のツールとしてリターンボードはちょっと試してみたい。しかしお金がない。これは自作できないだろうか?そういえば、最近寝ながらパソコンが使える机というのがリターンボードに似ていたような。

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「スーパー仰向けごろ寝デスク」という名前らしい。アマゾンで7000円ほど。

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こちらの類似品なら4000円ほど。

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サイドテーブル。高さが90センチぐらいまで伸びれば、使い物になるか?

これらの机に安いラバーを4枚ぐらい貼り付けたらリターンボードの代替品にならないだろうか?

さらにこんな製品も見つけた。

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名前は分からないが、タブレット用スタンド。かなり横長の板を取り付ければ、広い範囲をカバーしてくれそう。

「リターンボード」は案外簡単に代用品が自作できるのではないだろうか?今度ヨドバシカメラやビックカメラに行った時にこれらの「机」が使い物になるかどうか手にとって確認してみたいと思う。

満ち足りて やっと中流 愚痴ばかり

三条大宮に妙泉寺という寺があって、そこの入り口に小さな黒板があり、週替り?で味わい深い標語が書いてある。表題の言葉はそれである。通る度にそれを見るのを楽しみにしている。

私たちは常に「あれもない」「これもない」と不満ばかり言っている。しかしそんなふうにすべてが整った環境というのは実はありがたいものなのではないだろうか。

「上手い相手がいない」「設備が不十分」「練習時間がない」「指導者がいない」等など

こんなことをついグチってしまう人は多い。特に「上手い相手と練習する機会がない(相手は初心者ばかり)」「練習時間がない(週に1~2回、1時間程度)」というのは深刻な問題である。しかし限られた環境でも、工夫次第では上達できる。卓球王国の電子書籍e.pacの「ゼロから始めて強くなる」を購入し、読んでみてそんなことを考えさせられた。

「ゼロから始めて強くなる」は公立中学で中学から卓球を始めた生徒に対する指導法などを集めた『卓球王国』の過去の連載である。自分も初心者の指導などをする機会もあろうかと、あまり期待せずに読んでみたのだが、いろいろ発見が多かった。特に、初回の加古川市立中部中学校女子卓球部と、最終回の中之条町立中之条西中学校の指導例は興味深かった。どちらも限られた環境の中での工夫が際立っていたからだ。

私立の強豪校と違い、ここに出てくる公立の中学校の卓球部では、ほとんどゼロの生徒をわずか2年ほどで全国レベルの選手に育て上げなければならない。「ゼロから始めて強くなる」にはそのような逆境にもかかわらず、全国大会出場を成し遂げてきた指導者の工夫が詰まっている。

中部中学の場合、卓球台が6台に対して部員が50名(1台あたり12名!)。練習時間は毎日1~2時間という絶望的な環境である(しかし、私の中学時代を振り返ってみると、こんな環境は普通だった…)。こんな環境の生徒たちに比べたら、今の社会人の環境は恵まれているとさえ言える。このケースは、週に4時間ほどの平均的な社会人の練習時間に近いものがあり、私にとっても大いに参考になった。 

中部中学では、少ない台で多くの生徒を練習させる工夫が際立っていた。なんと1台を同時に8人で使うという練習法がある。「ノーバウンドツッツキ」である。これなら6台で48人が同時に練習できるわけだから、ツッツキの上手い選手が育つだろう。

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「ノーバウンドツッツキ」

上の図の白の練習者がネット際にツッツキをし、黒の相手がノーバウンドでツッツキを返す。この窮屈なツッツキ練習で回転の感覚が養えるのだという。女子中学生はツッツキ合戦になる展開が多いので、中部中ではツッツキに力を入れているのだという。コントロールやボールタッチを養うのにも有効そうだ。

また、「メリーゴーラウンド」という練習方法もおもしろい。

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「メリーゴーラウンド」

同時に6人がゆるいラリーをしながら台の周りを回るのだが、これは緊張するだろう。大縄跳びのようなもので、誰か一人がミスしたら、全体の廻転が止まってしまい、みんなに迷惑をかけることになってしまう。絶対にミスできない。力を抜いて打ち、安定性を養うのに効果がありそうだ。

それから、中之条西中学校の練習もおもしろい。下はシャドープレーなのだが、ボールも腕も使わず、体の軸だけでスイングする練習だという。これによって腕に頼らないスイングを習得するのである。

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台についてボールを打たせると、ラケットに当てることしか意識できないので、正しいスイングや足の運びまで頭がまわりません。
 
なるほど、これは効果がありそうだ。ボールを使って腰で打つ練習をしたら、ボールを入れることにばかり意識が行ってしまい、腰を回す方は、おろそかになってしまう。いくら練習しても、手先の感覚しか発達せず、身体全体での打球ができない選手を作ってしまいかねない。

初心者は特に、ラケットを引く動作を腕だけで行いがちです。腰から下の下半身を使って、体軸を中心としたスイングの回転軸を意識させるのが、このシャドープレーの目的です。

中之条西中では感覚練習にも工夫をこらしている。
ブレードの角度調整を養うトレーニングとして「二度打ち」というのが紹介されていた。

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「二度打ち」

ボールを普通に返球せず、一度真上に上げてから、ゆるく返球するという練習を繰り返すことによって、どのぐらい面を開いたら、ボールがどんな方向に飛ぶかの感覚が養えるのだという。これをクロスで4人同時に行うと同時に、下の「ネット際でのラリー」を組み合わせて、同時に8人が練習できる。

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「ネット際でのラリー」。1台を8人で使うというのは、中学校ではわりと一般的?

こういう練習を見ていると、台を使って2人で普通にボールを打つ練習というのは、意外にロスが大きい練習なのかもしれないという気がしてくる。「これは体の軸を回す練習だ」「これはボールの感覚を養う練習だ」とはっきりした目的意識をもって、一つの技術を集中的に高める練習は、台上で実際にさまざまなボールを打つ総合的な練習よりも、進歩が早いだろう。様々な回転のボールをフォアやバックで自在に打つという練習は、さまざまな技術を複合的に用いなければできないが、個々の技術が不十分なレベルでこのような総合的な練習を行なってしまっては、個々の技術がどれも中途半端になってしまう。個々の技術レベルを集中的に仕上げていって、一通り身についたところで総合的な練習をしたほうが、遠回りに見えて、実は近道なのかもしれない。 

【まとめ】
「上手い人と打てない」「練習時間が少ない」というのは、私もよく感じることだが、そんな環境でも十分上達できるのではないか。「ゼロから始めて強くなる」はそんなことを考えさせられる連載だった。初中級者が自身の練習法を工夫するのに本書は大いに益すると思われる。値段もわずか260円足らずでお買い得である。

【付記】
最近、こんな標語も見つけた。私はもっと足るを知るべきだと反省させられた。

持たざるものを求めれば、嘆きあり
持つものを見つければ 喜びあり 
(三寶寺)

私の卓球ノート―『東大合格者のノート…』を参考に

前記事「看脚下」で卓球ノートに注目してみたわけだが、よく考えると、私はノートテイキングについて何も知らない。重要だと感じたことを、感じたままにメモしていくだけでは芸がない。ノートを作るというのは重要なことのはずなのに書き方を何も知らないというのはいけないと思い、図書館で参考になりそうな本を借りて読んでみた。

東大合格生のノートはかならず美しい』 (文藝春秋)

日本最難関の大学に限られた勉強時間を効率的につかって合格した人たちは、きっと 優れたノートテイキングの技術を持っているはずだ。
本書はノートテイキングの7つの法則を選定し、それに沿ってノートを作る上での注意点などを解説した軽い読み物である。カラーの図や写真が多く、レイアウトが美しい。また、東大合格者の合格体験談なども載っており、受験生にやる気を起こさせる上で有意義だと思われる。
ただ、ここに書かれている法則はちょっと的はずれなものもあり、とうてい鵜呑みにはできない。案の定、アマゾンのレビューでは、東大生から「軽佻浮薄だ」「一部の例を一般化するな」のように叩かれている。 しかし、私はこの本はたたき台としての意味があると感じた。情報というのは、たいてい偏りや不足があるものだ。そういうものを自分で修正、補足するための素材としておもしろい本だと感じた。

7つの法則というのは次のようなものである。
と:にかく文頭は揃える
う:つす必要がなければコピー
だ:いたんに余白をとる
い:ンデックスを活用
の:ートは区切りが肝心
お:リジナルのフォーマットを持つ
と:うぜん、丁寧に書いている

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これが東大合格者のノートである。写真は日本史のノートだが、非常に情報量が多い。
・「と」の文頭を揃えるの法則の通り、大見出しの下の小見出しの文頭がきれいに揃っている。
・「う」の例だが、左ページの地図や右ページの史料はコピーを貼り付けてある。
・「だ」の余白を取るというのは、この例には当てはまらない。日本史なので、情報量が多く、うまく余白をとれなかったのだろう。
・「い」のインデックスについては、左上の冒頭に「8 平安時代」と書いてあるのがそれに当たると思われる。人によってはノートの冒頭に書籍のように目次を加えるとある。
・「の」の区切りというのは、この見開きだけで「平安初期の政治」がひと通り分かり、3~4ページに渡らないということである。
・「お」のフォーマットについては、よくわからない。「と」の丁寧に書いてあるということに関しては異論はない。

しかし、私には筆者の言う「法則」というのは現象であって、本質ではないように思える。

「と」の文頭を揃えるというのは単に分かりやすく、見やすいからと説明されているが、それは結果の説明にすぎない。どうして文頭を揃えると分かりやすいかというと、情報のレベルの違いを際立たせているからなのだ。「宇多朝」と「遣唐使の廃止(894)」「菅原道真」という情報は同じレベルには並ばない。
「う」のコピーを貼り付けるというのは、手書きの手間を省き、教師の話を聞き逃さないとされているが、それと同時に未加工の素材と、書き手の解釈――取捨選択を経た「ポイント」とは峻別されるべきだという思想があるからだと思われる。
「だ」の余白を十分取る、というのは、後から見なおして気づいた点や全体の要点を書き込む欄であり、これも授業の板書と、それに対する自分のコメントや疑問点というレベルの違う情報を区別するための工夫である。

私には、東大生のノートテイキングの工夫の本質というのは、情報のレベルの違いを際立たせるというのが第一なのではないかと思われる。数色のマーカーを用い、例えば年号は緑のマーカーで統一するようにしたり、事件や紛争は赤字で書くといった工夫もその現れに思える(不徹底だが)。

そして第二の本質は読み返しの便宜を図ることではないかと思われる。縷々と綴られた膨大な情報は、後から見返すときに大きな負担となる。後から繰り返し読み返せるように要点を簡略にまとめたコメントを欄外などに記しておけばいい。「い」のインデックスを作るというのも読み返しの便宜のためだと思われる。ただ、この第二の本質は第一の本質と排他的ではない。第二の本質の中に第一の本質の大部分が含まれてしまうだろう。

また、合格者のインタビューというのもおもしろかった。自分がミスした点や弱点などを積極的に書き出して苦手克服に役立てたという人がいた。模試などでミスしたところに「このミスは痛い!」などと、後から振り返って、赤字で大書きするのだ。誰でも自分のミスや弱点には向き合いたくない。しかしそれから目を背けていると、いつまでたっても進歩しない。そこで自分のミスや反省点をまとめるという作業は有意義なのではないかと思う。

こういうことを踏まえて、私も卓球ノートを記してみたい。

バックハンドレシーブ技術
1.回転方向の交差

横回転サービスに対しては上方向のドライブ、下回転のサービスに対しては、斜め上方向のドライブ(チキータ等)

  • ・打球前におなかをへこまし、上半身をかぶせるようにする。
  • ・打球時に上半身を起こして、両腕を大きく開くように打つ。
  • ・ボールを押さないように、薄く当て、上方向に振る。
  • ・一発で決めようと思わず、緩いボールでもいいから、とにかく安定して入れる。


【できたこと】…


【できなかったこと】ボールを薄く捉えることができない。


?(チキータの構えからとっさにストップにできないか)
 


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