しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2014年04月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

連休中の読書――卓球マンガ等

今年の連休は間に平日が何日も入り、あまり連休らしくない連休だ。

私は人混みが苦手なのだが、河原町四条に行く用事があったので、ついでに最近?できたOPAのブックオフに寄ってみた。難しい本は読む気がしないので、卓球マンガを探してみたところ、以下の2タイトルが1冊100円で売っていたので買ってみた。今回はこれらを読んだ感想などを綴ってみたい。

島本和彦『卓球社長』(ビッグコミックス)
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本田真吾『卓球Dash』(少年チャンピオン・コミックス)1~3巻
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『卓球社長』は会社内の揉め事や人間関係の軋轢などが卓球をめぐって展開し、仕事とは、人生とは何かということを問いかけつつ、しみじみとしたペーソスとユーモアが漂う作品となっている。従来の島本和彦氏の作品とは違い、アツい展開は控えめである。5つのエピソードが収録されていたが、それほどおもしろいエピソードがなく、盛り上がらないまま最終エビソードに。しかし、この最終エピソードがなかなかの佳作だったので、うまくまとまって終わっている。ただ、卓球の記述に納得できない部分がいくつかあり(ダブルスにおいて打球した自分のパートナーの体の正面を狙って相手が返球するという常套手段が「卑怯」だとされている等)、作者が卓球に詳しくないことを窺わせる。
卓球のスコア風に評価すれば、2-4で敗北だが、2ゲームはとれたといった感じである。
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6-11
12-10
11-5(最後のエピソード)
8-11
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『卓球Dash』は(ピンポン・ダッシュと読むらしい)は茨城県牛久市のヤンキー高校生(昭和の遺物のような典型的なヤンキー)が卓球に取り組むというスポーツギャグマンガ。主人公が卓球部の少女に惚れて卓球部入部を決意し、卓球を始めるまでのいきさつがかなり強引で、少年マンガらしい、「まず設定ありき」のストーリーだという印象を受けたものの、意外におもしろかった。絵柄もキレイで

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ユニークなキャラクターが多く、妙に専門的である(欄外にニッタクや明治大学卓球部への謝辞が記されていた)。主人公の必殺技は裏拳で鍛えた強烈なバックハンドドライブ「爆速魔駆須駄屁(ばくそくまっくすだっぺ)」で初心者ながらも全国レベルの強豪から数本エースをとるといった活躍を見せる。ヤンキーマンガと敬遠しないで、ちょっと手にとって見てもいいかもしれない。ノリ的には『エリートヤンキー三郎』に近いか。
3巻までしか読んでいないが、おそらくこれからもユニークな敵キャラが現れ、茨城の自嘲ネタと恋愛ネタとがあいまって、優等生的な少年マンガストーリーを展開していくことだろう。少年マンガとしてはレベルが高い。
卓球のスコア風に評価すれば、4-1で勝利といったところである(私は4巻以降は読むつもりにはならないが)

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11-9
11-7
11-8
11-7

卓球を題材にしたマンガは、なかなか描きにくいのか、私は傑作といえるような正統派の卓球マンガにはまだ出会えていない。正統派の卓球マンガというと、主人公が強烈なスピード・スピンの必殺技のようなものを編み出して、県大会、全国大会、世界大会とどんどん強い相手を倒していくというストーリー展開になりがちだが、卓球人としては、そういう強烈なスピードやスピンで相手を圧倒するのではなく、相手との心理戦、裏のかきあい、を軸にした対戦を期待したいところである。

今日の世界卓球2014予選、中国対ロシアの第二試合、樊振東選手 対 リヴェンツォフ選手の試合を興味深く観た。普通に考えれば、リヴェンツォフ選手は樊振東選手の前に手も足も出ず敗退だろう。結果は確かに0-3のストレート負けだった。しかしリヴェンツォフ選手は意外に善戦していたように見えた。

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リヴェンツォフ選手はボールの威力はあまりないのだが、コース取りがうまく、樊振東選手に思い切り攻撃させないような老獪さがあった。こういう地味な上手さをマンガにしてもらえたら――相当卓球に熟知していないと無理だが――味わい深い作品になるのではないだろうか。

なお、私は『P2!― let's Play Pingpong!―』というマンガも読んだことがあるが、ストーリーが行き詰まって?打ち切りになっていたし、『行け!稲中卓球部』はおもしろいらしいが、1巻を読んで、その表現のどぎつさに挫折してしまった。今、アニメ放映中の『ピンポン』は、マンガは読んだことがないが、ストーリーもおもしろく、演出もすばらしい。期待大である。


【付記】
卓球とは関係ないが、いっしょに買った『特殊清掃』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)をおもしろく読んだ。

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筆者の内省的で抑制の効いた文章と、細かいところまで行き届いた配慮がここちよかった。
筆者は遺体にまつわるさまざまな「特殊」な清掃を生業とする方である。遺体の後片付け等、生々しく、衝撃的な内容を期待していたのだが、そういうグロテスクな描写は少なく、それよりも筆者の生死や人生についての思考が中心である。死を目の当たりにするという、通常ではありえない極限の状況で生まれる思考は、短文ながらも深く考えさせられるものばかりである。日常生活を題材とした文学作品では、さまざまな道具立てと多くの字数を費やさなければ表現できない主題が、毎回極限状況のこの作品ではわずか2~3ページで生き生きと表現されている。

人は死ねば腐っていく。しかし、生きながら腐っている人もいる。私などはそんな「生き腐れ」の一人に違いない。

死に向かって、確実に過ぎていくいまを、腐って生きるのか新鮮に生きるのか…。
普通に考えれば、腐って生きるなんて、そんなもったいないことはできるはずもない。
…しかし、実際は腐って生きてしまう。
腐りそうになったら、「今日一日で自分の人生は終わり」と仮定してみるといいかもしれない。
”今日一日”が短すぎるなら、一週間、一ヶ月、一年だっていい。


人生が今日で終わりと考えれば、今日一日を無駄にしたくないと、ポジティブに生きられるのではないだろうか。

黒沢0902-horz

4月最後の今日、みなさんは今日一日、あるいは今月一ヶ月を振り返って「生き生きと充実した時間を過ごした」と思えるだろうか。私は思えない…。


大薙刀のイメージ――矛盾する2つのイメージ

それは角速度について考えたのがきっかけだった。

角速度というのは、下の図の円周を黒い点が一定時間(例えば1秒)でどのくらいの角度を移動するかを表したものである(ここで早速間違っていたのだが、黒い点のスピードは周速度というらしい。軸がどのくらい回転するかが角速度らしい)

周速度/半径=角速度
周速度=角速度×半径
 
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私が物理学などに詳しければ、噛んで含めるように分かりやすく、詳しく説明するのだが、あいにく数字に関することは大の苦手なので、これ以上は説明できない。中高でまじめに勉強しておかなかったことが悔やまれる。

そこでもっと身近な例で考えてみたい。

木刀を横に振って切るのと、大薙刀を同様に横に振って切るのではどんな違いがあるだろうか。
木刀はそこそこ長いが、片手で持って腕だけで90°ぐらい振れないことはない。しかし、3メートルほどの大薙刀を片手で持って腕だけで振れるかというと、自信がない。片手で振るなら、こちら側の先端を脇に挟んででないと振れないような気がする。

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どうして腕だけではうまく振れず、脇に抱えれば振れるかというと、腕の発生するトルクは身体の軸から発生するトルクに及ばないからだ(「それ以前に手首が重さに耐えられないから」のようにあまり厳密に考えないでほしい)
では、それを振ったときの先端のスピードはどうか。短い木刀よりも長い薙刀のほうが速いはずだ。
木刀は相対的に小さな力で振ることができるが、先端のスピードは遅い。薙刀を振るには非常に大きな力を必要とするが、その結果先端のスピードははるかに速くなる。

卓球で考えると、腕を曲げて小さく振れば腕だけの小さな力でも振りきれる。しかし、腕を伸ばして大きく振るためには大きなトルクが必要になる。したがって腕だけでは力が足りない。どうしても腰を使うことになる。丹田のあたりにフンっと力を込めて腰で振れれば大きなトルクが発生し、腕を伸ばして半径を長くしたスイングでも素早く振りきれるはずである。よく指導者が独楽の軸を持って独楽をクルクル回したり、あるいはでんでん太鼓の軸をもってクルクル回して、この身体の中心軸から生まれるトルクを説明したりする。

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前記事「常住卓球」のコメント欄でロコさんが以下のように述べていた。

スイングをするのも、フットワークをするのも、体の端→つまり腕や手首や膝や足先に意識を置きすぎず、まずは体幹だと、常々感じています。

すべての体の部位を動かす動力源は体幹

これは上の大薙刀のイメージにも合致する。私もこの意見になるほどと思わされた。

しかし一方で私にはスイングに別のイメージもあった。それは身体は力を伝達する道であり、足先の踏ん張りによって生まれた力が膝→腰→肩と「流れ」ていき、最終的に手まで到達するというイメージである。

この2つのイメージが私の中でうまく噛み合わない。どちらも正しいと思われる。

問題は出発点である。体幹(背骨?)から生じた力が身体の先端に伝わるのか、はたまた先端(足先)から生まれた力が体幹で増幅され先端に流れていくのか。

体幹→先端(足先・指先)
先端(足先)→体幹→先端(指先)

「そんなのどっちでもいいではないか、細かいことを気にしすぎだ」

という読者の声が聞こえてきそうだが、私は卓球でイメージを重視しているので、この2つのイメージのどちらがより的を射ているのか気になって仕方がない。

今後、折を見て検証していきたい。

屋内履き用アウトソール――かさばらない卓球用具

ニッタクのマルチスという製品があるのだが、惜しいと思った。
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ラケットケースについては前記事「卓球用具代用考」で考察した。これはラケットケース単体には有効だが、「しっかりパック」だけで卓球用具すべてが持ち運べるわけではない。かさばる卓球用具すべてが手軽に持ち運べたら、どんなにいいか。

マルチスはかなり手軽に卓球用具を持ち運べそうだが、残念ながら、これだけでは仕事帰りなどに卓球はできない。いちばん嵩張るシューズが入らないからだ。シューズまで持ち運ぶとなると、どうしてもこのぐらいのサイズになってしまい、
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あまり手軽とは言えなくなってしまう。どうにかしてシューズを手軽に持ち運びたい。

そこで卓球用シューズに外履きをかぶせて、外履きにできないだろうか?
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上の写真のような卓球用のインソールがあるのだから、同じように靴裏に履かせる「アウトソール」というのがあれば、卓球用シューズの外側に着けて、外履きとして外出できる。体育館ではアウトソールを取り外し、卓球シューズとして機能させられれば、クツの他にわざわざシューズをかばんに入れて持ち運ぶ必要がなくなる。
イメージ的には昔あったおもちゃのローラースケートである。
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このようなアウトソール(卓球用シューズに着けても違和感のない色・柄のもの)を卓球メーカーが発売してくれれば、マルチスだけでも卓球用具が持ち運べることになる。

ニッタクさん、アウトソールの開発のご検討、よろしくおねがいします。卓球用シューズにかぶせて外を歩いても違和感のないデザインにして、体育館の中ではマルチスに収納できるようにすれば、マルチスだけで卓球用具をひと通り持ち運ぶことが可能になります。需要はあると思いますよ。

あと、もう少しマルチスのカラーバリエーションがあればありがたいです。

【追記】140518
ネットでこんなラケットホルダーを発見した。かっこよすぎる!
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趣味は縄跳び――卓球のイメージ向上のために

世界卓球2014が来週から始まるというのに世間ではそれほど話題になっているとは言いがたい。テレビ東京は宣伝に余念がないが、他のメディアではあまり盛り上がっていないように見える。

SSF笹川スポーツ財団2011「スポーツ白書」によると、観戦スポーツのランキングは以下のとおりである。7位のバレーボールは意外だった。卓球もがんばれば、このぐらいの地位にはつけると思われる。

1.プロ野球
2.高校野球
3.フィギュア
4.マラソン・駅伝
5.サッカー
6.プロゴルフ
7.バレーボール
8.競馬
9.陸上
10.大相撲

他のマイナースポーツ――バドミントン、バスケ、サイクリング、オートバイ、水泳などに比べれば卓球はまだ恵まれている方かもしれない。しかし、まだまだ足りない。どうして卓球がメジャースポーツになれないのか。考えられる理由は2つ、一つはプロデューサーの能力(前記事「プロデューサーのお仕事」)、もう一つは卓球にある、拭いがたい負のイメージだと思われる(前記事「差別されている卓球」)。 

「ご趣味は?」
縄跳びです」
「えっ?」

大の大人がこんな回答をしたら、誰でも怪訝に思うだろう。

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しかしその縄跳びというのが「ダブルダッチ」だとしたらどうだろうか?

「あの…ダブルダッチってロープを2本使う縄跳びなんですけど…。」

「わぁ、ダブルダッチですか!かっこいいですね。」

ダブルダッチの歴史
1973年、ニューヨーク市警の2人の警察官がダブルダッチを楽しむ女の子達の姿にヒントを得て、スラム街で急増する少年・少女の非行に歯止めをかけるため、ルールを作り、新しいスポーツとして再生し、普及活動が始まりました。翌74年に「第1回ダブルダッチ・トーナメント」が開催され、現在では全米で人気のスポーツのひとつとなり、若者、子ども達を中心に世界に広がっています。
日本ダブルダッチ協会」サイトより

「ご趣味は?」
ピンポンです」
「あぁ…そうですか」

世界卓球

「いや、ピンポンというより卓球です
「あぁ、そうなんですか……。卓球って……けっこう難しいですよね。」

卓球は質問者にダブルダッチと同じような印象を与えることができただろうか。
残念ながら、おそらくダブルダッチのときのような印象の転回を質問者に引き起こすことはできなかったのではないかと思われる。

「ダブルダッチ」→かっこいい、たのしそう、やってみたい!
「卓球」→あっ…そうなんだ…。よかったね。


私が非卓球人に「卓球が趣味です」と答えた時、相手が、触れてはならない恥部に触れてしまったかのような気まずい反応を示すことが一再ならずあった。

この違いはどこから来るのか。ダブルダッチと卓球はいったいなにが違うというのか。競技としての卓球がダブルダッチに劣っているとは思えない。どうして卓球人は憐れまれなければならないのか、納得がいかない。そこでダブルダッチがかっこよく見える原因を突き止めようと思った。ダブルダッチと卓球の競技人口を比べたら圧倒的に卓球が勝っている。しかし一般人のイメージとなると話は別だ。私のこの考察は競技人口を増やすことよりも、イメージの向上を目的とするものである。

ダブルダッチにはあって、卓球にはない長所は以下の点だと思われる。

1.数人のグループで楽しめる
2.屋外で楽しめる
3.道具がロープ一本で済む(=ごちゃごちゃといろいろな道具が必要ない)
4.ジャンプというシンプルな技術が中心なので取り組みやすい
5.音楽をかけながらプレーしている
6.プレイヤーがファッショナブルである
7.若者が多い

1と2は楽しさという観点からの特長である。
卓球は一度に3人以上が楽しみにくい。たしかにダブルスなら一度に4人楽しめるが、初心者がダブルスでラリーを続けるのはけっこうハードルが高い。ダブルダッチならターナー(回す人)がゆっくり回せば3~4人がワイワイ楽しめるだろう。この敷居の低さが卓球には欠けている。ダブルダッチ一筋で長年続けている人は稀だろう。しかし、多くの人に何度か楽しんでもらえば、競技イメージに大きな影響を与えるのではないか。

街中の広場や駅前等で若者がダブルダッチをしているのを見かける。しかし、児童公園や河川敷などで見かけることは稀だ。彼ら(ある程度上手な人)はおそらく人目につくところでわざとやっているのだろう。そしてそれがかっこいいイメージの醸成に与っていると思われる。若者が身体を動かして軽やかにステップを踏んでいるのを見ると、すがすがしい印象を受ける。やっている人も人に見られて、「おぉ、すげー」などと言われたら、楽しくなってやる気も出るだろう。
一方卓球は屋外ではできない。街中で道行く人の視線を浴びながらアクロバティックなラリーを続けるなんて不可能だ。強い風が吹いたらボールが曲がるし、ボールが道行く人の顔にでも当たったら、迷惑千万だからである。卓球は一般人のギャラリーの視線を浴びにくい。

野外卓球
こんなふうに公園に台があれば卓球を身近に感じられないか

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このぐらいのサイズの台なら駅のちょっとした待ち時間に遊べるのでは?

通りすがりの非卓球人の目に触れること、みんなでワイワイ気軽に楽しめ、卓球に親しむこと、これが卓球のイメージ向上に有効なのではないだろうか。

3と4は未経験者の取り組みやすさからの観点である。
いつでもどこでもロープさえあれば始められるという手軽さは多くの人に受け入れられやすい。経験者が鞄の中に忍ばせたロープを取り出して、「ちょっと跳んでみる?」と誘われたら、経験が全くない人でも「じゃぁいっちょやってみようか」という気分になる。
一方、卓球は卓球台を持ち運ぶことは困難なので、街中で「ちょっと打ってみる?」という展開にはなりにくい。
インスタント・ピンポン」のようなものを街中や大学等に持って行ったら、人の注目を集められるかもしれない。もっとも、風がないところに限られるが。
ちょっとした暇つぶしに楽しめるよう、公共の場に卓球台を設置してくれる企業、自治体が増えてくれればと思う。

また、卓球は技術が多すぎて(それが卓球の魅力でもあるのだが)、何から取り組んだらいいか分からない。フォア、バック、ツッツキ、ドライブ、ブロック等、多彩である。しかもフォームがそれなりに形になってくるには時間がかかり、初心者は尻込みしてしまう。
一方、ダブルダッチの基本はジャンプという非常にわかりやすくシンプルな技術であり、未経験者が軽く楽しむのに適している。ちょっと跳べるようになって、次にジャンプのバリエーション(足を開いて着地膝を高く上げてジャンプ等)を修得するのもそれほど難しくはないだろう(私はダブルダッチの経験がないので憶測である。ターナーは経験者でないときついだろう)

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複数のボタンとレバーを組み合わせて使う、この手のゲームが廃れて
joystick



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この手のゲームが大流行しているのはボタンを押すだけという単純な操作が受け入れられたからか
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一般人に楽しんでもらうためには卓球の複雑で奥の深い技術というのがかえって障害になる。回転や微妙なボールタッチを気にせずに済むシンプルな用具の開発が望まれる。

5、6、7は競技の本質に関わることではなく、演出的な、周辺の問題である。しかしもしかしたらこれがダブルダッチと卓球のイメージに大きく差がつくところなのかもしれない。
リズムが大切なダブルダッチには音楽が欠かせない(たぶん)。それがプレーに華やかな印象を添える。そしてファッションも若者らしい垢抜けた感じのものが多い。若者人口が多いからファッションもそうなるのだろうか。
卓球のユニフォームにはJTTAの縛りがある(前記事「誰か教えてくれませんか」)。これによって卓球のファッションの発展が阻害されているように感じられてならない。競技に支障がないなら、ジーンズやサーフパンツで試合に出てもいいと思うのだが、JTTAの縛りでボトムスは全員短パンかスカートである(肉体的に衰えている中高年がみんな短パンというのはちょっとはずかしい…)
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サーフパンツやステテコで試合に出られれば、リラックスした感じでちょっとかっこいい?

また、競技の本質的な違いというのもイメージに大きく影響する。最近のフィギュアの人気はすさまじい。あれがどうして国民的な人気を呼んでいるのか。羽生結弦選手、浅田真央選手といった優れた容姿と実力を兼ね備えた選手がいることも原因だと思うが、卓球だって負けていない。松平健太・賢二選手、石川佳純選手、大矢英俊選手、丹羽孝希選手等、容姿と実力を兼ね備えた選手はいくらでもいる。

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kasumi

男子選手は特にイケメンが掃いて捨てるほどいる。しかし、フィギュアが演技の美しさを競うという競技の性質から、一般人に受け入れられやすいのに対して卓球は勝敗を競うという競技の性質上、万人が観賞するのに向いていない。また、フィギュアは1つの演技の時間が短いというのも関係するだろう。
そこで新井卓将氏のように大道芸的なプレーや美しさを競う、魅せる競技というのがあればと思う(前記事「ARP理論」)。ダブルダッチだけでなく、フィギュアやシンクロ、スノーボード等、短時間で美しい技を競う競技は万人受けする。卓球もこのような演技的競技があれば、卓球のイメージが向上するのではないか。3分間で美しいラリーを競う競技というのがあれば、お茶の間で受け入れられやすいし、硬式卓球では選手としての活躍を諦めてしまった人にも挑戦のチャンスがある。その際、音楽に合わせてラリーする競技などがあれば、卓球のイメージもずいぶん変わるのではないだろうか。

以上、長々と実現の難しいことばかり提案してきたが、私が卓球のイメージ向上に効果があると考えるのは2つある。

一つは体育館以外のいろいろな場所に卓球台が設置してあり、空き時間に気軽に楽しめる環境の整備である。普通の卓球台ではなく、小さな卓球台にラージボールというのが適当ではないだろうか。こうして多くの人が卓球に親しめば、卓球が一部の人のマニアックなスポーツではなくなり、親しみやすいイメージが生まれるだろう。

もう一つは通常の硬式卓球以外の演技スポーツとしての卓球競技ができないかということである。ボールをもっとスピードが遅いものに変えて、音楽に合わせて同時に2~3のボールを両手で打って技を競うような競技があれば、もっと一般的な層も取り込め、ファッションや音楽などの華やさが卓球のイメージを変えるのではないだろうか。

【付記】
こういう映像も卓球のイメージ向上に貢献しているだろう。

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https://www.youtube.com/watch?v=tZrm7e6Ly14
 

上級者のサービスの工夫

我らが岸川聖也選手のサービス

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このサービスにずっと違和感を感じていた。エンドラインよりもかなり前(ネット側)に立ち、トスの手だけかろうじてエンドラインの外に。そんなに位置に立ってサービスして反則にならないのだろうか。この立ち位置が岸川選手だけなら、「クセなのかな?」で終わっていたのだが、この立ち位置の選手は少なくない。

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熱血漢、森薗政崇選手も同じようにエンドラインを割って構えている。

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この人もそうだ。

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オフチャロフはバックサービスだが、右腕をエンドラインより前に置く。

どうしてこのような位置からサービスをするのだろうか。何かメリットがあるのだろうか。周りの人に尋ねてみても「分からない」という返事。そこで自分で実際に試してみたところ、理由がわかった。この位置からサービスを出すと、切れて止まるのだ。その原理はこうである。

台の側面からサービスをする場合、打球後にニュートラルの位置に戻るためにどうしても後ろに下がらなければならない。そのままの位置だったら、フォア側を突かれたら、台のコーナーが邪魔でフォア側に飛びつけない。もちろんサービスをしてから後ろに下がるのではない。インパクトと後ろに下がるのが同時、というより、下がりながらボールを切ることになるのだ。この動きによってボールを前に押す力が最小限になり、ボールがよく切れる。あるいは腕を残して身体全体が後方に移動することによって反作用(前記事「スポーツバイオメカニズム」)が働き、スイングスピードが上がるということなのかもしれない。イメージとしては水泳の時、手で水を掻くようにラケットを振ること。とにかく台の側面から後ろに下がりながらサービスを出すと、切れて短いサービスが出しやすい。

また、最近、サービスの長さの工夫について上級者に教えてもらったのだが、サービスの長さというと、ネット際に落とす、非常に短いサービスか、エンドラインギリギリのロングサービスをうまく使い分けるという工夫が一般的だが、サービスの長さのバリエーションはそれだけではない。

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短いサービスを出すときはネット際に落とすといい

longservice
長いサービスは逆に第一バウンドを手前にするといい

サービスにおいてコースや回転、長さの工夫というのは一般的だが、バウンドの位置の工夫というのはこれまで気付かなかった。つまり、上のように

「短いサーブ→ネット際に落とす」
「長いサーブ→エンドライン近くに第一バウンド」

というセオリーを逆手に取って、

「ネット際に落として深い、エンドラインギリギリのサーブ」
「自陣のエンドラインに第一バウンドを置いて、短いサーブ」

という、2つのバウンド位置の間隔にバリエーションを持たせるというのは、実戦では有効なのではなかろうか。
自陣のエンドライン上に第一バウンドが来たら、相手は「深いサービスがくるぞ!」と台から離れ気味で待つが、意外にも台上で2バウンドするショートサービスだった、ということになれば、相手がつんのめってくれるので、サービスで崩しやすい。

サービスの工夫というと、変化を分かりにくくするフェイクモーションとか、3球目が打ちやすいコースとかを思い浮かべるが、上級者はサービスにもっといろいろな工夫を凝らしているようだ。卓球は奥が深すぎると改めて感じた。上級者の工夫、おそるべし。
 

常住卓球――ウォーキングを中心に 《本題》

本記事は前記事「常住卓球――離台練習のすすめ 《前口上》」の続き、実践例である。

どうやって卓球台もない、普段の生活の中で卓球の練習ができるのか。
私が今実践しているのは以下のような「練習」である。

この練習法がどの程度有効なのかまったく分からない。手探り状態で私なりに編み出した練習法である。もしかしたら何の意味もない練習かもしれないが、私はこれによってプレー中に足が動き、腰が回るようになってきた気がする。ご参考までに以下に紹介したい。

この練習は、ともするとバラバラに動かしがちの身体全体をシンクロさせる――足先から手先まで効率よく力を伝達させるための練習である。

卓球で「手打ち」をしている人が多いように、歩くときには「足歩き」をしている人が多いと思う。「足歩き」というのは「足だけで歩く」ことである。つまり、骨盤を旋回させずに歩くことである。私は自分が「足歩き」をしていることに気づいてからは、極力身体全体を使って歩くことを心がけている。身体全体を使って歩くというのは、以下のようなことである。

レベル☆
まず、足裏の感覚である。地面に足が接地するとき、かかとに重心を置き、その重心を少しずつ前に移動させ、最後に足指でしっかり地面をグリップして地面を蹴って身体を前に進ませる。これは前記事「感覚を味わう」で述べたように足裏の感覚を研ぎ澄ますことにより、身体の動きを対象化し、集中力を高めるという効果もあるのだが、それとともに重心移動を明確に意識しようという意図からである。移動中に身体のバランスが崩れるのは足先でしっかりふんばれないからだと思われる。足先で重心移動を明確に意識し、しっかりと踏ん張ることで最も基礎の土台がしっかりすることになる。
私は今までは最初から最後までかかとに重心を置いたまま、足を蹴っていた。もちろんつま先も地面に接地することはするのだが、重心は最後までかかとだった。しかし足裏の重心移動を意識するようになってから、歩きのキレがよくなった(気がする)

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二宮町サイトより。拇指球で蹴りだすのが一般的なようである。

注意すべきは重心移動によってつま先でしっかり地面を蹴って身体全体を前に進ませるように留意することである。「足歩き」になってはいけない。

レベル☆☆
次に腰をしっかり左右に動かしながら左右の重心移動と、足裏の重心移動を意識する。
骨盤というのはしょっちゅう動かさないと錆びついて回りにくくなる(たぶん)。そこで普段から骨盤を旋回させることで骨盤を普段から「ゆるい」状態にしておき、軽い刺激ですぐ回ってしまうようにしようという意図である。

骨盤が滑らかに動くようになると、足を出すのと腰を旋回させるのがシンクロしてくる。自分は腰を動かしているのか、足を動かしているのか分からなくなってくる。喩えて言えばボートを漕いでいるような感覚である。

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次第に足が自動的に動くようになり、腰だけで歩いているような錯覚に襲われる。この時も重心移動に留意し、キレのある動きを心がけなければならない。

レベル☆☆☆
次のステップが難しいのだが、しっかり腕を振りながら(やや肘を曲げる)、足裏の重心移動、骨盤の旋回とシンクロさせる。右足を前に出したら、左手を前にしっかり出すと、その反動で上半身と下半身がほどよくねじれて骨盤がさらに旋回しやすくなる。
前の2つのステップ「足裏重心移動」「骨盤旋回」と、この「腕の振り」の3つを同時にやってみると、初めは腕が遅れがちになると思う。そこで腕が遅れないようにしっかり振るためには手から出さず、肩から前に出すといい。
さらに余裕があれば利き腕を前に差し出した時に手を握ってみる。卓球では打球時にグリップを強く握るといいと言われているからである。ついでに呼吸を整えるのもいいだろう。規則正しい呼吸と足裏、腰、腕、指の動きがすべてシンクロした時、ウォーキングが得も言われず楽しくなってくる。

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腰を使いすぎると、競歩になってしまう

この歩き方を普段からやっていると、腰を使ってしっかりと上半身がねじれる感覚が養われ、さらに腰と腕の同期のタイミングが身につくのではないか(たぶん)。足先から指先までの連動というのは難しい。力をつま先から腰を通って指先までダイレクトにスムースに伝えるには修練が必要だ。たいていどこかで力の流れが中断してしまう。時には脚が振り遅れたり、時には腕が先行してしまい、下半身の力が十分腕に伝わらなかったりしてしまいがちだ。

レベル☆☆☆☆
フォア側(右)に移動してフォアハンドを打つときを想定して、右足と右手を同時に出す歩き方を試したり、より卓球の動きに近づけて、腕を振る時には肩甲骨を寄せては開き、をしてみると、さらに全身が使えて練習になる。


レベル☆☆☆☆☆
ここまでくると、はたから見て立派な不審者なので、もう何もためらうことはない。毒を食らわば皿までである。私はまだ試したことはないのだが、実際にラケットを握って素振りをしながら歩いてみるといいだろう。ダンベルでもいいかもしれない(前記事「ダンベル・トレーニング」)。そして歩くときは膝の屈伸もとりいれたい。「足裏」「腰」「腕」「指」「呼吸」「肩甲骨」をすべてシンクロさせるのは少し練習すれば達成できると思うが、これらにさらに「膝」をシンクロさせるのは至難の業だ。しかし、ここまで極めた人ならそこまでやってみてほしい。このレベルともなると、もはや前に歩く必要さえないのかもしれない。横歩きになってラケットを振りながら完全に卓球のフットワークをすればいいのである。ただし、近所の人に本人と特定されないよう、サングラスやマスクの着用を勧めたい。

【まとめ】
私の提案する離台練習は以上である。
ふだんの移動――たとえば最寄り駅までの移動等を利用して、つま先から指先、果ては呼吸や膝までを有機的に統合し、融通無碍な力の伝達を目指すというものである。
球撞きや筋トレなどの独り練習も有効だと思うが、それらを仕事中にやってみるのはなかなか難しい。それにくらべてウォーキングを利用した腰の旋回、手足の同期等の鍛錬は普段の生活の中で取り組みやすく、効果があると信じている。

しかしくれぐれもやり過ぎは慎まねばならない。白昼堂々とやるならレベル☆☆☆までに止めたい。


グリップデザインにバリエーションを

ダーカーから「アルバ ALBA」というラケットが発売されるらしい。
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スペイン語かイタリア語で「暁、夜明け、始まり」という意味だそうだ。ときどきこの名前の人を見かける。

こだわりの会社ダーカーから、新開発の接着剤という武器を引っさげて、期待の新製品が発売されるとなると、注目しない訳にはいかない。きっと心地よい打球感に違いない。だが、残念ながらこのアルバにはあまり心惹かれなかった。これはどういうことなのか。

同様に、SK7はとても評価が高いラケットだが、私はあまり心惹かれない。
sk7
グリップのカラーリングも、レンズのデザインも私の趣味ではないからだ。冒頭のアルバも性能的には満足の行くものかもしれないが、グリップのデザインがちょっと素朴すぎる。

今月、ヤサカから「スウェーデン・エキストラ」というラケットが発売されるらしい。

来た!
…来たっ!


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このラケットのグリップデザインはモロ、好みなのだ!もう用具は替えまいと思ってはいても、かっこいいラケットが発売されると心が揺れる…。

同様に、ギャラクシャ・カーボンとか、スプラインとかはちょっと買って試してみたいという誘惑にかられるときがある。
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ギャラクシャ・カーボンは板が硬くて、上級者向け(TTI-LABOによる)らしいし、スプラインD1は守備用ラケットだから、私には使いこなせないと分かってはいるのだが、ちょっと使ってみたい気になってしまう。グリップのデザインが好みなのだ。

ようするに私はラケットを選ぶ際にグリップデザインを重視するのだ。いくら評判のいいラケットでも、グリップデザインが気に入らないと、買おうという気が起こらない(前記事「ラケットの命名」)。

グリップが私的にイマイチなためにあまり食指が動かない名ラケットというのがある。そういうラケットのグリップを自分で交換・改造というのもリスクが高い。それならメーカーのほうでグリップの違うバージョンをたくさん出してはどうか。STやFLといったグリップ形状だけでなく、ブレードはそのままでいろいろなバリエーションのグリップデザインを用意してくれるメーカーがあればいいのにと思う。

SK7の2014年モデルとか、ファッション雑誌とのコラボモデルとか、世界卓球やインターハイ限定グリップとか、そんなグリップなら、多少高くてもほしいと思う(インターハイに出場した人なら、記念に買っていく人は多いだろう)し、用具マニアの人なら、グリップのデザイン違いの同じラケットを数本買ってくれるだろうから、メーカーにしてみればいいことずくめではないか。最近、コンビニでよくやっているようにアニメとのコラボで、バタフライが廃盤のカット用ラケット、カトラスを復活させ、「ソード・カトラス」という新作として発売するのもおもしろい。グリップにはもちろんドクロとカトラスが彫刻されているのだ。

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「ブラック・ラグーン」で有名な「ソード・カトラス」。ドクロとカトラスの彫刻が施された象牙製グリップだという。

スウェーデンエキストラはガシアンエキストラのグリップを換えた焼き直しバージョンにすぎないと噂されているが、私は大歓迎である。

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ガシアンエキストラの地味すぎるグリップよりもスウェーデンエキストラの高級そうなグリップのほうが所有して楽しい気分になる。

いっそのこと、グリップサイズを統一してもらい、グリップは別売りにしてもらえないだろうか。そうすれば汚れてきたり、デザインに飽きてきたら買い換えることができる。接着剤でくっつけるだけ、あるいは螺子で留められるなら素人にもできそうだ。

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グリップに焼き印や彫刻が施してあれば、愛着が湧く


【付記】
グリップの交換・改造については以下のページが参考になる。ただ、板への負担が大きそうなのでおすすめできない。

ラケットを煮るといいらしい。
1、ラケットのグリップ部分だけ鍋に突っ込んで煮ます
2、5分くらい煮たら鍋から出してグリップを横にスライドさせるようにして取ります
スライドさせても簡単に取れない場合は、まだ煮たりませんので、もっと煮てください(無理矢理取ろうとするとグリップ折れます)横にスライドさせると凄く簡単にとれます

グリップを煮るとあるが、それが合板の接着剤のほうも溶かしてしまわないのだろうか?板の反りなどが起こらないかも気になる。また、木工用ボンドで貼り付けるとあるが、「貼り付けたグリップが何度もとれてしまう」という記事を散見した。

下の、手間はかかるが、より安全なやり方のほうがよさそうだ。

グリップ交換

・コップに熱湯を入れてグリップを浸すと熱と水分で接着層がはがれやすくなる
・グリップをカッターではがす

・接着はギターのリペアに使っているタイトボンド

この記事ではシェークSTのグリップを中国式に短くするというやり方である。シェークの別のグリップをシェークに貼り付けるというのもできると思うが、グリップ幅がぴったり同じものでなければ不格好になってしまう。

卓球ラケット加工
シェークを中ペンに改造してくれるサービスもあるらしい。
しかし、そんなことをしてほんとうに大丈夫なのだろうか? 

ずいぶん古い記事だが、グリップ交換はルール上、認められているという。

しかるべき人(全日本卓球選手権副審判長)に直接聞いたところ、グリップ交換に関しては、日本・世界共にトップ選手でも結構やっているとのことでした。反転式ペンなどは、市販品ものに自分でグリップを作成し、くっつけていると聞きました。

ネット上でも、グリップ交換はシロということになっているが、本当にそうだろうか?根拠は上記の出処の不明な伝聞なので、全国大会などに出場するような選手はグリップ改造はやめておいたほうがいいだろう。

 

常住卓球――離台練習のすすめ 《前口上》

練習時間が多ければ多いほど、上達するなら話は簡単である。
その考え方が有効だとすると、平日は毎日5~6時間練習し、週末や休日等は一日12時間ぐらい練習すれば、練習量では全国有数のレベルなのではないだろうか。しかし、もちろんそれで全国トップレベルになれるわけではないだろう。下手な練習をいくら長時間したところで上達するとは思えない。受験勉強でも毎日うちで3~4時間以上もダラダラと勉強するよりは、制限を設け、1~2時間の勉強にとどめておいたほうが効率が良さそうだ。量より質である。

以下のブログにおもしろいことが書いてあった。

トップ選手と一般人との違い

曰く、上のブログで管理人の友人が「トップ選手は大して努力していない、せいぜい一般人の1.5倍程度にすぎない」と主張しているというのだ。
しかし、この「努力」というのが何を意味するのか曖昧である。練習場で汗水たらして動き回っているのだけが努力とは言えない。トップ選手ともなると、「これをやれば確実に強くなる」という上達法が確立しているわけではないだろう。むしろ「何をしたら強くなるのか?」という模索状態なのではないだろうか。ランニングを毎日30分から2時間に増やせば4倍フットワークが良くなるというものでもないだろうし、筋トレを今までの3倍にすれば、ボールのスピードも3倍になるというものでもない。

私はトップ選手の考えていることは分からないが、トップ選手の練習は、おそらく「どういう練習をすれば強くなるのか?」ということを考えることから始まるのだと思う。そうやって練習メニューを模索している時間が半分以上で、実際にそれを試してみる時間はそれほど多くはない(といっても、毎日数時間はやっていると思うが)のではなかろうか。それでたとえば実際に練習している時間(台前の練習)は毎日3時間であっても、練習メニューを考えたり、相手選手のビデオを観て分析したりする時間(離台の努力)が4時間あったとしたら、その選手の「努力」は、何も考えずに毎日2時間練習している一般の選手の「努力」の3倍以上ということになる。目に見える練習だけが「努力」とは限らないわけである。

決まったことをなぞるだけの練習はむしろ楽であり、そんな練習よりも「どうすれば他の選手に勝てるのか」「有効な練習メニューは何なのか」を考えることのほうが選手としては辛いのではないだろうか(そういうのは指導者だけの仕事だろうか?)。というのは、自分で考え出した練習メニューが実際に試合に役に立つかどうか分からないからである。役に立つかどうかの保証のない努力ほど苦痛なものはない。せっかく考えだした練習メニューに沿って練習してきたのに一向に強くならない、というのでは、「無駄な努力をした」「何をやっても強くなれない」という「燃え尽き症候群」に陥ってしまう。こうなるぐらいなら、練習しないほうがマシだとさえ言える。

…かなり話が脱線したが、ようするに卓球台を使って相手と打ち合う「練習らしい練習」だけでなく、あまり「練習らしくない練習」(離台の練習)というのも重要ではないかと主張したいのである。前記事「観て上達」もそういう練習法の提案だったのだが、今回も「練習らしくない練習」を提案したいと思っている。もちろん、練習時間の限られた我々中高年の初中級者向けである。

毎週1~2回ほどしか練習できない、しかも相手を選べないというのが社会人の悩みである。こういう環境の我々は台に就いてボールを打てる時間を最大限に活用したい。最高の状態で台に就きたい。となると、上に挙げた「離台の練習」に時間をかけなければならない。

私が最近注目しているのはウォーキングである。

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といっても屋外を何キロも歩くわけではない。数十メートルでも実践できる練習である。この「どこでもウォーキング」ならどんなに忙しい社会人でも暇を見つけて実践できる練習法である。オフィスで働いているデスクワーカーでも、ちょっとトイレにいく時等に気をつければ実践できる手軽な練習法である。

およそ卓球人たるもの、毎日どこにいても卓球に対して意を用いなければならない。

いわば「常住、卓球」である。

ずいぶん長口上になってしまったので、実践例はのちほど。

観て上達――美しい角度を求めて

練習にもいろいろあるが、身体を動かさない練習について考えてみたい。

中年は体力的に週に3~4日とかの練習はきつい。
「いや、そんなことはない。毎日だって大丈夫だ」という意見もあるかもしれないが、私にはそんな体力はない。以前なら、ほとんど足を動かさず卓球していたので毎日2時間練習しても大丈夫だったが、1球ごとに足を動かして打球していると、練習後2~3日は疲れが残ってしまう。フットワークを使って練習するかどうかで体力の消耗が格段に違うことが分かった。

そこで疲れが残っているときはビデオを観たり、写真を眺めたりすることにしている。

ビデオを観て研究するというのはよくあることだが、写真を眺めることが練習になるのだろうか。
私は練習になると思う。

下の写真を見てほしい。『卓球王国』の過去の連載「高島規郎のテクニック大革命」からの抜粋である。

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全8回分の連載がe.pacという電子書籍にまとめられてわずか205円と格安で購入できる。
上の王励勤選手のバックスイングの美しいこと…。

そして2枚目の写真。面を開いてラケットの先端でのインパクト。これだけ先端で打ったら、すさまじいスピードのドライブになるだろう。全身の力が一点に集中しているのが伝わってくる。
この2枚の写真を眺めていると、この後のボールの軌跡まで見えてくるようだ。このボールはきっと強烈な回転がかかっており、低く速いドライブになっていることだろう。観ているだけでカタルシスが得られる。

このような画像を観て、このストロークの角度を目に焼き付けてみる。そして実際にラケットを握って同じようなボールの軌道を脳裏に描き、写真の角度で素振りしてみる。そうしていると、しみじみとこのストロークの角度が脳裏に刻まれていくのを感じる。

下も同じく「高島規郎のテクニック大革命」からの抜粋である。このペンホルダーの選手のラケットの寝かせ具合…。まだ打球していないが、この角度のまま打球したら、どう見ても良いボールが入るとしか思えない。

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これらの美しいストロークの角度を眺めていると、観ているだけで恍惚としてくる(私だけか?)。「うわぁ~」とか心のなかで叫んでしまう。自分でも素振りをせずにはいられなくなる。

このように写真、特にバックスイングからインパクトまでの写真を観ると、自分のストロークの角度に物足りなくなってくる。自分でもラケットを振ってみて「もうちょっとバックスイングの位置を高くしたほうがいいかな?」などと吟味してみたくなる。
しかしどんな写真でもこのように興奮できるわけではない。打球後のフォロースルーの写真を見ても、あまり楽しくない。前記事「運命のバックスイング」で考察したが、ストロークの中で、バックスイングこそが最も重要であり、ここがずれていると、毫釐千里である。最適なバックスイングからまっすぐに放たれるドライブは観る人の心に響く。画像を見るなら、バックスイングからインパクトまでである。

一つのボールに対してストロークの角度というのは、様々だ。とんでもなく間違っている角度でなければ、スイングスピードやインパクトの当ての強さ次第で様々な角度でもボールが入る。しかし、それは理想的なボールにはならない。上の写真を観ていると、「正解」ともいうべき最適の角度があって、その角度で打てばスピードとスピンのバランスがいい、理想的なドライブが入ると思われる。
しかし、我々初中級者はこの角度がブレている。ために、よくオーバー/ネット ミスをしたり、スピードが乗らないボールや回転が不十分なドライブを打ってしまう。まず、バックスイングの位置がずれている。そしてそこから無理にボールを入れようとするため、スイングの角度が歪んでしまう。上級者はバックスイングの位置が正確なので、歪みなく最短距離でまっすぐに振りきれる。

そこで、これらの、「正解」の角度をケータイの待ち受け画面などに設定して、普段から眺めていれば、実際に打球するときにもその角度に近づけることができるのではないか。

これはスイングだけでなく、姿勢にも言える。
下の写真は元ドイツチャンピオンのターニャ・クレーマー Tanja Kraemer 選手だと思われる。下のyoutubeの動画で見つけたのだが、このバックスイング時の姿勢を見てほしい。

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なんともどっしりと安定しているではないか。腰が立っており、膝からすねの角度と、背中の角度が並行で、この姿勢なら、どんなボールが来ても安定して返球できると思われる。観ているだけで楽しめる(私だけか?)。





前記事「卓球名詩選」で動画を観ることの有用性について述べたが、動画だけでなく、美しいフォームの画像をじっくり眺めることで、自分のフォームの改善になるのではないだろうか。
 

皆はあんなに明敏なのに 私独りが愚かでみじめ――行き詰まっている若い人へ

新年度が始まって、新しい環境にとまどっている若い人も多いのではないだろうか。
期待に胸を膨らませ、新しい出会いや自分の可能性の開花を信じて入学・入社したものの、なんだか想像していたのと違う…。

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まわりの人の生き生きとしていること、まるで春の満開の桜を前に楽しく花見をしているようだ。

それにひきかえ私ときたら、ポケ~っと何も分からず、独りだけオロオロしていて、やることなすこと裏目に出る。

周りのみんなは才知にあふれているのに、私独りだけついていくのがやっとだ。

あいつらは本当にすごい…私独りだけが愚図なんだ。
あいつらはなんでもソツなくこなすのに、私独りだけが何をすればいいか分からず、気が利かない。
上司や先輩に叱られてばかり。

私の人生なんて海の藻屑のように浮いたり沈んだり…止まることなく転がり続けるだけ。何ひとつ築き上げることもない…。

周りはみんな才気煥発、私独りが頑迷で垢抜けない…

こうしてストレスがたまり、うつ状態に陥ってしまう人も多いのではなかろうか。

自分の若いころを振り返ってみると、一番のストレスは

「自分はどうしてこんなことも分からないのか」

というプレッシャーだったような気がする。周りのみんなはキチッとしていて、自分がすべきことに邁進している。一方、私は取り残され、何をすべきかさえ分かっていない…。

そこで自分自身を追い込んで、無理に環境に合わせることになるのだが、当然摩擦や齟齬が生じてくる。それに耐えられる人はうまく環境に適応し、このプレッシャーを克服できるかもしれない。一方、耐えられない人は挫折し、去っていく。

一体元凶はなんなのか。

「分からない」という気持ちである。この気持ちがときには自らを滅ぼすことになる。

しかし、今、思い返してみると、「分からない」という気持ちはもっと大切にしたほうがよかったのではないかと思う。分かっていないのに、無理に分かっているふりをして素通りしてしまうと、何かに気づくきっかけを失うことにもなる。

「分かる」というのは根性でがんばったからといってできるものではない。いつの間にか自らのうちに兆すものだ。
その機が訪れるまではひたすら待たなければならない。「こんなにがんばっているのに分からないなんて自分には才能がないんだ」などと卑下することはない。「分からない」ということは、人よりもそれだけ問題を深く捉えているということなのだから。

私は「腰を使って打つ」ということがいまだによく分からない(前記事「ロケット理論」「しっくりくる説明」等)。腰を使って打つとは何なのか、手打ちとどう違うのか、どんな場面で有効なのか、そもそも「手打ち」と「腰で打つ」は截然と区別できるものなのか…。この「分からない」という気持ちがあるからこそ、私は向上できると思う。「分からない」という気持ちはきっと自らを一段高めるよすがになるはずである。

壁にぶつかって行き詰まっている人は、いたずらに自らを責めるのではなく、「分からない」という気持ちをもっと活用し、問い続けてほしい。遅すぎるということはない。人生は十分に長い。わずか10年で世界チャンピオンと肩を並べるほど上達した樊振東選手のような人もいるのだから(前記事「問題意識」)。遅咲きになるかもしれないが、それだけ大きな問題を掘り当てる可能性があるのだ。

「分かる」人なほもて、結果を残す。いはんや「分からない」人をや。

【追記】140419
私の場合「腰を使って打つ」が分からないのだが、他にも「肩を使って打つ」や「前腕を使う」といったテーマを数年単位で追い求めれば、きっとライバルに差をつけられるのではないだろうか。身体の使い方というのは奥が深く、1週間やそこらで理解できるとは思えないからである。

「面を開いてドライブ」は間違い?――水谷隼選手の技術論

私は水谷隼選手の大ファンである。

私が部活で卓球をしていて頃は、田舎の中学生であり、国際大会や全国大会観戦などには縁もなく、ビデオなどで有名選手をみることもなかった(小学生の時、一度バタフライの合宿で伊藤繁雄氏に会ったはずだが、ほとんど覚えていない)。当時の私にとって有名選手というのは、名前と写真の印象しかなく、リアルな存在ではなかった。
それが中年になって卓球を再開した頃には、神戸のジャパン・オープンを観戦に行ったり、大阪で日本リーグをやっていたり、youtubeでいくらでも有名選手のプレーが観られたりする環境になっていた。

私が初めて世界レベルの卓球を目の当たりにし、興奮させられたのは水谷選手のプレーであった。それ以来、水谷選手が私にとっての卓球のシンボルともいうべき存在になったのだ。

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もちろんサインだって持っている。

大ファンなので、今でも欠かさず水谷隼選手のブログを見ているのだが、1~2週間前の記事で水谷選手が読者からの技術的な質問に対してコメントを返していてビックリした。その前回の記事「バカヤロー」のコメントへの回答だったのだが、水谷選手のこんな対応は極めて稀だ。水谷選手はブログでは基本的に技術的な質問コメントには回答しない立場だと思われる。
もちろん、それに対して文句を言うつもりなど毛頭ない。水谷選手は卓球のプレーでファンに応えてくれれば十分だと思うし、素人のコメントや質問に対する返信や回答に水谷選手の貴重な時間を費やしてほしくないと思う。

それにしても、水谷選手に技術的な質問を答えてもらえるなんてうらやましい。
水谷選手は非常に基本的な初中級者向けの質問にさえ答えている。

Q1 カットマンに勝つ方法は?
A1 相手のラバーが裏の場合。(全部バック側が前提です)
とにかくループドライブしてください。めっちゃゆっくりのドライブ。山なりであるだけ良いです。回転をおもいっきりかければさらに◎ 

Q2 深いツッツキのいい打ち方は?
A2 ツッツキは自分の台についてからボールが止まる(失速)ので焦らないことが大事です。たぶん焦って手が先にでてるはずです。


Q3 チキータが安定しない。
A3  とにかくゆっくりで良いので回転かけることです。当たる瞬間にだけおもいっきり力いれてください。

A2の解答などは、目からうろこだった。そういえば、速くて深いツッツキが来た時は、焦って手打ちになりがちだ。半歩下がって落ち着いてループドライブで対処すればいいのかもしれない。

より高度?な技術的な質問にも回答してくれている。

Q4 3球目を持ち上げてドライブしてしまう。前方にドライブするには?
A4 特に気にすることはないですよ。ティモボルは持ち上げるドライブがほとんどです。ただ強烈にスピンをかけるように意識してください。


ループドライブはつなぎのドライブで、スピードドライブは攻撃的なドライブという先入観があったが、持ち上げるループ気味のドライブでも、回転さえかければ、十分戦えるらしい。しかしこの見解は本当に信用できるのだろうか。やはりスピードドライブがなければ試合では相当不利になるのではないか…といっても、この「持ち上げるドライブだけで大丈夫」という見解を否定するのは至難の業だ。なにせこの見解は、当世の日本卓球の第一人者、世界ランキング10位(2014年4月現在)の水谷選手の見解なのだから。

また、次のような見解もあった。

Q5 試合になると、サーブが高く、長くなってしまう。
A5 僕も練習よりはサーブ切ることができないですし台からでたりします。台からださないためにはトスを低くしたりストレートにサーブだしたりします

サービスを短くし、台から出さないためには距離の長いクロスに出すべきではないのか…。しかし水谷選手が言うのだから、ストレートに出すというのはサービスを短くするのに有効であるのに違いない。

Q6 チキータができなければ全国を目指すのは難しいか?
A6 チキータできなくても大丈夫ですよ。僕も下手ですし。

Q7 ドライブがいつもカーブになってしまう。
A7 手首を開いて打てばシュートになります。オススメはしません

A6についてだが、一体これはどういうことだろう?世間では現代卓球(中級者レベルでさえ)ではチキータぐらい使えるべきだという論調ではないか。それどころか「チキータはもう古い、これからは台上バックドライブを身につけないと試合では勝てなくなる」みたいな雰囲気ではないか。我々初中級者なら、チキータができなくてもなんとか戦えるかもしれない。しかし、水谷選手は全国大会でも(ひいては国際大会でも)チキータができなくても勝てるというのだ。たしかに水谷選手が台上処理でチキータや台上ドライブを頻用している印象はない。

さらにA7の「手首を開いて打」つことは勧められない!?そんなバカな!?世間の指導者は口をそろえて「面を開いてドライブを打て」「相手にフォア面を見せるように打て」と言っているではないか。これは間違いなのだろうか。たしかに水谷選手が面を開いてドライブを打っているのをあまりみたことがない。どうして「オススメできない」のか。その理由を詳しく知りたい。
 
このように水谷選手の見解は世間の指導者やメディアの見解と正反対の場合があるのだが、水谷選手の技術論が間違っているとは思えない。なぜなら誰もが認める日本一、そして世界有数の卓球名人なのだから。とすると、世間の指導者やかつてのトップ選手の方が間違っているということになるのだろうか…。

以前、拙稿「卓球における近代的自我の目覚め」で同じようなことを考察した。おそらく水谷選手の技術論も、世間の指導者の技術論もどちらもイデオロギーに過ぎず、「真理」ではないのだろう。時と場合によってどちらも「正解」になりうるし、一方が他方を排除するという関係ではなく、巨視的に言うと、どちらも「正解」なのかもしれない。そういえば、Q4「3球目を持ち上げてドライブしてしまう。前方にドライブするには?」というのも、80年代にあった議論ではなかったか(記憶が曖昧なので、間違っていたらごめんなさい)

当時、日本国内では圧倒的強さを誇る斎藤清氏が国際大会ではほとんど勝てなかった。それは低い打点からの持ち上げるドライブだったため、中国選手のスピードについていけないためだったと記憶している。それで「前陣でもっと早い打点で速いドライブを打たなければ世界では通用しない」などと言われたものだ。それで打点を落とす持ち上げるドライブは「間違い」あるいは「古い」ということになっていたのだが、水谷選手は現代では持ち上げるドライブ主体でも勝てると言っているのだ。

それにつけても卓球の理論や指導というのは一筋縄ではいかないと感じる。一方が正しくて他方は間違いだと単純に切り捨てることはできないだろうし、古いスタイルの卓球が装いを改めて現代でも通用したりする。水谷選手の解答がそういうことを浮き彫りにしてくれた。私にはこのような矛盾をどう整理すればいいのか分からない。一つの理論に拘泥するのではなく、そのときの条件に応じて臨機応変に諸理論のいいところを取り入れるという態度をとるしかなさそうだ。諸家の理論は「仁義の心」(前記事「馬琳選手の言葉」)が行動に現れたものに過ぎないと、突き放して眺めるぐらいの態度がちょうどいいのかもしれない。なんとも後味の悪い結論で申し訳ない。

【付記】
以前、英語のネイティブの人に水谷選手のブログのタイトル"Single-mindedly Table Tennis"は「卓球一筋」の英訳としてはあまりぴったりではないと言われた。それよりも以下の二つの方がぴったりなのではないかという。

(ア)Dedicated to Table Tennis
仕事として、卓球のためにはどんな苦労も厭わないといった感じ。たとえば、料理人が最高の食材を求めて、アフリカの奥地にまで訪れる、といったイメージ。

(イ)Devoted to Table Tennis
卓球を愛していて、卓球のためにすべてを捧げるといった感じ。恋愛のシチュエーションで使われやすく、女性などに対して忠誠を誓い、浮気をしないで、あなただけを大事にする、といったイメージ。

水谷選手にご検討いただきたい。

Action! Not Words――「フィニッシュはフォアハンド」を観て

卓球ショップJASUPOから発売されているDVD「吉田海偉のフィニッシュはフォアハンド!」を観たので、その感想などを書いてみたいと思う。




このビデオは2巻に分かれていて、1枚あたり、35分ほどで約1300円である。2枚で70分、2600円になるが、このビデオはあまりおすすめできないと感じた。

私は吉田海偉選手のプレーが好きだ。数年前に吉田選手のプレーを生で観たことがあるのだが、フォアハンドのスイングスピードが周りの選手とくらべて頭ひとつ抜けていた。今どき珍しい、片面ペンホルダーで、広いプレー領域を持ち、かつ情熱のこもったプレー。吉田選手は観客を魅了する要素をいくつも持っている。
それにしてもあの強力なフォアハンドの秘密はなんだろうか?このビデオを見れば、その秘密が明らかになるのではないか。そんな動機でこのビデオを観たのだが、残念ながら私の求めていたものはこのビデオにはあまり見いだせなかった。

「フィニッシュはフォアハンド」は吉田選手の技術論や練習メニュー、指導理念などの解説的な部分と、実際に実演する部分に大きく分かれている。
前者の吉田選手の解説なのだが、たとえば、次のようなやりとりが交わされる(実際のやりとりは冗長なので、要約して示す)。

【フットワークについて】
Q「コツはあるか?」
A「ないですね。
Q「練習あるのみ?」
A「しっかり練習すれば試合に役立つ


【フォア・ミドル・バック・飛びつきのフットワーク練習について】
Q「なぜいつもこの練習をするのか、この練習の意図は?」
A「なんでだろう…フォアに打って、次に真ん中に返ってくる可能性もあるし、真ん中から打って、次にバックに戻ってくる可能性もあるし、3点の練習もできる。そしてバックからバックに打ったら、ふつう、フォアに返ってくるから、飛びつきしなければならない。試合の時にそういうボールに遭う経験が多かった


コツは「ない」とか、意図は「なんでだろう」とか、このやりとりを見る限り、台本がなく、行き当たりばったりで答えているように見える。そして吉田選手の解答も「なるほど」と思わせるものが少なかった。もしかしたら、このビデオは、前日に飲み屋で一杯やりながら、プロデューサーがおおまかな流れを吉田選手に説明し、ぶっつけ本番、3~4時間ほどで撮影したやっつけ仕事なのでは…と勘ぐりたくなる(ディスクも通常のDVDではなく、耐久性の低いDVD-Rである)。

3球目攻撃の練習の実演があるのだが、画面下に

Q「吉田選手は今何を考えてサーブ・レシーブ練習をしていると思いますか。よく観察して考えてみましょう」

というテロップ。トップ選手は我々の想像も及ばないような緻密な思考をしているのだろう。吉田選手も「卓球は頭を使わなければダメだ」ということを何度も述べていた。しかし解説では次のような解答にとどまった。

A「ちょっと甘いボールが来たらすぐに3球目で打つという気持ちで練習していました」
Q「気をつけるポイントは?」
A「サーブに対してどんなレシーブが来るか考えなければならない。それが一番大事。」「こういうサーブをしたら、相手は短くストップするとか、何でも早めに予想しないと」


「何でも早めに予想しないと」という吉田選手の言葉にはたしかに重みがあるが、実際に「どういうサーブのときに、どういうレシーブをすべきか」という具体例をこそ教えてほしかったのに…私が知りたいのはそういう当たり前のことではなく、トップ選手ならではの「答案」なのだ。しかし、そういう踏み込んだ解答というのは、ほとんどなかった。「手首の重要性」とか、「3球目のコースどり」「インパクト時の面の角度」といったちょっと踏み込んだ発言もあることはあったのだが、全体的に「腰を使って打つのが大事」とか、「子供の時に基本を身につけるのが大事」とか、無難な解答ばかりだった。

結論として、私はこのビデオの吉田選手の解説には満足できなかった。

しかし、吉田選手のフットワークの実演はすばらしかった。3点フットワークの練習などは、何度も見る価値があると思った。カメラも斜め前からと、正面から(こちらは画質が悪いが)と、いくつかのアングルが用意されており、身体の使い方などがわかりやすい。そこで私はビデオ編集ソフトで実演部分のみ切り取って、1つの動画ファイルを作ってみたのだが、それが20分弱だった。

約50分の会話部分はかなり冗長で、新たな発見も少なく、何度も観たいとは思わない。
吉田選手の超人的なフットワーク練習や、豪快なフォアハンドドライブ20分の映像に2600円を出しても惜しくないという人以外は購入しないほうが無難である。

いっそのこと、解説部分を一切入れず、吉田選手の普段の練習をいろいろなアングルから120分ぐらいぶっ続けで流してくれたほうが価値があるビデオになったのではないか。

最後にもう一つ文句を言いたいのだが、BGMの音量が大きすぎて、吉田選手の会話部分が聞き取りにくいのが気になった。

卓球名詩選――「ザ・ファイナル 2014」を観て

Honesty is such a lonely word.
Everyone is so untrue.
Honesty is hardly ever heard.
And mostly what I need from you.

カラオケで英語の歌でも歌えたらなぁと、若いころ、歌詞カードを見ながら、なんとなく覚えたビリー・ジョエルの「オネスティー」。今でも8割がた歌詞を覚えているし、イントロが聞こえてくると、歌詞が自然と口をついて出てくる。メロディーに乗せて英語を発音するのは、記憶に残りやすい。これによって"such a Adj+N"という語順や、"heard"が「ハード」ではなく「フード」に近い発音であることなどを身をもって理解した。世間で言われている、英語の歌(スラング等がない、オーソドックスなもの)を覚えるのは英語学習に効果があるというのは本当だと思う。

「ザ・ファイナル 2014」は外国語の歌を聴くのに似ている。



息抜きとして、ときどきちょっと滑稽なシーンなども収められているが、メインは全日本卓球選手権の好ゲームの名シーンである。トップ選手の試合のうち、それぞれ1~2本ほどの好ラリーを収めてある。これは単に眺めるだけの動画ではなく、卓球の上達にも資するのではないだろうか。

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卓球ビデオは指導者が卓球の技術を論理的に解説したものと、大きな大会の名勝負を収録したものに分かれるだろう。前者の代表である「超効くコツ!!」が参考書だとすると、後者の代表である世界選手権や全日本選手権のビデオは文学作品(古典)である。「ザ・ファイナル 2014」は後者に分類されるが、通常の大会ビデオとは違って凡ミスなどの夾雑物が取り除かれたアンソロジーである。しかも、各試合のうち、最高の場面だけをわずか1~2ポイントだけ収録しているのがミソだ。

参考書は頭で理解し、なるほどと納得させられるが、理解した後で何度も繰り返し読もうとは思わない。一方、文学作品は直接役には立たないが、間接的に知性を豊かにしてくれる。内容が分かっていても、いろいろな視点から何度も味わおうという気になる(古典なら)。どちらがより高級か、ということではない。どちらもそれぞれに知性を磨いてくれる。

「ザ・ファイナル 2014」はダイナミックで美しいプレーだけが厳選されているので、何度も観てみようという気にさせられる。もしこれが1試合をまるまる収録したりしていたら、じっくり味わおうという気になりにくいだろう。長い物語を諳んじようという気にはならないが、短い詩だったら、口ずさんでみようという気になる。一つ一つのプレーが短く(ラリー自体は長いが、1試合まるごとと比べたら短いという意味)、それらが自然と脳裏に焼きつきやすい。それらのプレーを真似してみたくなる。英語の歌を聴きながら、いっしょに口ずさんでみるようなものだ。

トップ選手のプレーを形だけでも真似するのは卓球の上達につながると、どこかで読んだことがある。水谷隼選手のしなやかで躍動的なプレーや吉田海偉選手のパワフルなプレーのワンシーンを目に焼き付けておいて、自分の練習中に水谷選手や吉田選手になりきってみる。それを繰り返すことによって、フォームもあこがれの選手に近づいてくる。そして自分のラリー中に、ビデオと同じようなシチュエーションに出会ったなら、英語の歌が口をついて出るようにおのずから身体が動き始めるのではなかろうか。私は一流選手を真似ることが上達につながると信じている。

youtubeの動画の中にもそのような名場面を集めたアンソロジーがいくつもあるが、「ザ・ファイナル 2014」がそれらと比べて優れているのは、画質もさることながら、背後からの低い視点でのカメラワークだろう(前記事「カメラアングルによる臨場感の差」)。これは迫力があり、素人の作った動画とは一線を画している。

「ザ・ファイナル 2014」は頭ではなく、イメージで一流選手のプレーを学びたい人におすすめである。

これぞ四つのかなめなりける――ドライブの安定性を高める方法

「誰でもグングン卓球が上達する!」

などと、よくブラウザの隅に広告が表示されるのを見かけるのだが、ああいう広告には一切手を出さないようにしている。「誰でも」というのも怪しいし、「グングン」というのはもっと怪しい。何年も卓球に熱心に取り組んでいる私のような下手っぴが一向に上達しないのに、そんなうまい話などあるわけないと思うのだ。

「1ヶ月でみるみる痩せる!」

とか

「寝室に響きわたるオットセイの雄叫び」

などという広告と同断で、広告の説明文を読む前から「絶対だまされるまい」と身構えてしまう(別に私は肥満や精力減退に悩んでいるわけではない)

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 下山隆敬選手や松平賢二選手も飲んでいるのだろうか。

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効き目があるかどうかはともかく、思わず見入ってしまう…

「若いころはドライブなんて軽々と入ったし、力がみなぎっていた。ミスを恐れるなんて考えられなかった。しかし今の私ときたら…。もう一度あの頃の自信を取り戻したい!」(上の広告に影響され過ぎか)

こんな嘆きを解決する方法を見つけたのだ。それは私のブラウザの隅にしょっちゅう表示されていたバナー広告で紹介されているDVD「試合に勝つための”必須”スキル」にあった。

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講師の藤井貴文氏というのは、「シェークハンズ」内のブログで名前だけは知っていたが、「卓球三昧」という卓球教室の代表をつとめている、有名な指導者だという(先日、高田馬場に行った時に訪れてみればよかった…)。のみならず、全日本選手権シングルスベスト32という輝かしい戦績も残している。

藤井氏はフォアドライブを安定して入れるには以下の4つの条件があると主張する。

打球点
ラケットの角度
ラケットの振る方向
スイングスピード

下の図を見れば、一目瞭然である。何も説明はいらない。

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“打点が下がるほど、スイングスピードは遅くなります”

指導はできるだけシンプルなのがいい。ドライブの打ち方をこんなにシンプルに美しく法則化してくれると、安定性を高めるのに大いに役立つだろう。

おそらく私はCあたりの打球点と角度でドライブをかけることが多いと思う。ここでは約70%ほどのスイングスピードが要求されるが、私はときには50%、ときには90%のスイングスピードと、バラバラのスイングスピードで打ってしまったために不安定になったわけなのだ。もしCの打点でとっさに70%のスイングスピードで打てず――スイングにスピードが乗らず、ネットミスをしたのなら、次に同じような場面に遭った場合は、打点を遅らせるとともに、ブレードの角度を開けば――無理にCで打たず、BやAの打点と角度まで待って打てばスイングが間に合い安定するというわけだ。私の場合、このようなミスをフィードバックする際に、ネットにかかったのは、スイングスピードが足りなかったせいだと、むやみに力を入れて振り切ろうとすると同時に打球点も早めてしまったり、ブレードの角度も支離滅裂にいろいろいじくりまわしてしまうために安定感がなかったのだと思われる。

しかし、このようにストロークを4つの要素に分析し、それらのバランスが取れるよう一定の法則に従って自分の打法を調整していけば、ドライブの安定性は飛躍的に高まると思われる。

これまでバナー広告の商品は信用できないと敬遠していたけれど、これはちょっと観てみたくなる。

しかし、「試合に勝つための”必須”スキル」は3枚のDVDで構成されており、税・送料込で約15000円…。1枚約5000円…。
これは藤井氏の1時間の個人指導の料金5000円に基づいての価格設定なのだという。たしかに個人指導を何度か受けたと思えば15000円はそれほど高くない。

しかし、15000円あれば…

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インナーフォースZLC

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水谷隼

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ローズウッドNCT-V

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エバンホルツNCT-VII

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インテンシティカーボン

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アコースティック・カーボン

高級ラケット、よりどりみどりである。

「DVDなんて1枚の原価はわずか数10円なんだから、15000円なんて、暴利を貪りすぎだろう」という批判は当たらない。村上春樹氏の小説のように世界的に広い層に売れる商品なら、1冊1500円でも作者のふところにかなりの印税が入るだろうが、卓球DVDという限られた層をターゲットした商品では、利益は知れている。藤井氏には印税のようなものはほとんど支払われないと思われる。それどころか逆に藤井氏の方でいくらか支払ってDVDを出してもらった可能性さえ考えられる(あるいは作者に100セット=150万円分買わせて、教室でさばかせるとか)。つまり赤字である。卓球のメソッドは、指導者にとって商売道具であり、飲食店で言えば、秘伝のレシピである。1枚5000円のDVDで、その「秘伝のレシピ」を教えてもらえるのなら、決して高い買い物ではない。われわれは藤井氏の長年の経験と研鑽に敬意を表すべきだ。

…とはいうものの、指導者ではない私にとって1枚5000円はなかなか手が出ない。15000円の高級ラケットを所有し、触れて、打てて、眺められるという誘惑にも抗いがたい…。

とりあえず毎月2000円ずつ貯金してみようかな。

【追記】140511
「オルニチン」の新しい広告を見つけたので、貼っておく。
この広告のファンになってしまった。

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現代卓球指導必携――「超効くコツ!!」を観て

DVD「超効くコツ!!」2011年(卓球王国)を観た。

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これは、一言で言えば、ワンポイント・アドバイスの集大成である。
基本打法から台上処理、フットワークや身体の使い方といった初中級者が躓く点についての上達のコツが79も収録されている。シェーク向けが中心だが、監修者の一人、見目剛廣氏が中ペンだからか、ペン向けの指導も多少収録されている。バック表向けのコツが2つあったが、カットや粒高向けのコツはなかった。時間は115分ほどで、3500円。通常のビデオが60分ほどだと考えると、非常にコストパフォーマンスが高い。おすすめというより、これは卓球人なら必ず観ておかなければならない基本文献だと思われる。

私が以下の前記事で考察してきたことの「答え」はすでにここにあったのだ。

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振り遅れについての考察
ラケットのニュートラルポジション
このバックハンド、変じゃないですか?

どのコツもなるほどと思わせるものばかりで、「捨てコツ」がない。非常に内容が濃い。ここに紹介されていることをそのまま指導に取り入れれば、私でも初中級者の指導ができそうな気がする(あくまでも「形にはなりそう」という程度だが)。

演出もわかりやすい。
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スローモーションと同時に現れる字幕と矢印などの効果がわかりやすい。

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いい例と悪い例の比較動画もわかりやすい。

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コツだけでなく、悪いフォームの矯正法・練習法もわずかだが紹介されている。

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「悪い例」があまり上手でないのはご愛嬌。

そうか、世の指導者はこういうものを基礎にして、自分なりにアレンジして指導しているわけか。
ここに紹介されているコツをしっかり身につけることができれば、安定した卓球ができるようになるだろう。

ただ、注意しなければならないのは、これだけいろいろなコツが詰め込まれていると、観ただけで分かったつもりになってしまうのではないかということだ。本来、この一つ一つのコツを身体で覚えるためには一つのコツにつき数時間の練習時間が必要かと思われる。習得には長い時間が必要だ。

考え方や到達点は示されている。あとはこれを血肉となるまで身体に覚え込ませられるよう練習メニューを工夫することだ。
 

新入生のための卓球ラケットの選び方

新学期が始まって卓球部に入ろうと思うけれど、どんなラケットを買ったらいいか分からない、という入門者・初心者のために以下に私なりに簡単な指南をしたいと思う。ちゃっちゃと結論だけ知りたい人は、【本題】というところまで読み飛ばしてほしい。
【追記】160313
未経験者に分かりやすいように記事を書き直したので、そちらも併せてご参照いただきたい(「もしも、中学入学を控えた娘がいて…」)。

【話の枕】
卓球がもっと国民的なスポーツになるためには著名人の部活経験が大きな影響を与える。
たとえば、大人気グループエグザイルのアツシ氏がかつては卓球部で、今も仕事の合間を縫って卓球教室に通っているとしたら、どうだろうか。
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同様に今、注目のアイドル(たぶん)橋本環奈さんも卓球部で、松平健太選手のファンとかだとしたら、どうだろうか?
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「へぇ~卓球やってる人って結構多いんだなぁ、どれ、私もひとつ始めてみようかしら」などと影響される人も出てくるに違いない。卓球部出身の著名人がたくさん出てくれば、卓球はもっと多くの人の注目を集めるはずである。そのためには今、この時期に卓球部に入部する人をできるだけ増やさなければならない。これから卓球を始めようという人の中に、10年後の著名人がいるかもしれないのだから。

全くの初心者が用具を選ぶとき、先輩などが相談に乗ってくれるかもしれないが、乗ってくれないかもしれない。あるいは意地悪な先輩がいて、イタズラで、超高級ラケット張継科・SUPER ZLCにゴリラとオーソドックスを勧めたりしないだろうか。
zlc

gorilla

ox

こんな組み合わせで卓球を始めたら、一発で卓球が嫌いになるだろう。

【本題】
以下のページでラケットセットを購入するのが最も手っ取り早い。
卓球屋
卓球応援団
卓激屋
ピンポンドリーム
トランスポーツ」01 「トランスポーツ」02
卓球便」(この店はセットではなく、ラケットとラバーを別々に売っている)

選び方について
ラケットは大きく2つある。1つははじめからラバーが貼ってあるホビー用ラケット。もう一つはラケットとラバーが別々に売っている競技用ラケット。部活などではもちろん後者を選ぶ。

・ラケットのグリップ:シェークハンドグリップが無難。ネットで実売3000~4000円ぐらいが一般的。
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シェークハンドグリップ。
グリップの形状はストレート(ST)か、フレア(FL)が一般的。どちらでもよい。


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ペンホルダーグリップ。どうしてもペンホルダーを選ぶなら、中国式のほうが無難。

・ラバー:裏ソフトを両面(赤・黒)貼るのが無難。ネットで実売1枚あたり2000~3000円ぐらいが一般的。厚さは「中」か「厚」。
・戦型:ドライブ攻撃型が無難。あるいはオールラウンド型。
・その他:ラケットケースはわざわざ専用のものを買わなくても、100円ショップのノートパソコン用ケースで可。あるいは前記事「卓球用具代用考(ラケットケース)」参照。シューズは学校の体育館シューズでOK。あるいは前記事「卓球用具代用考(シューズ)」参照。

ラケットは、はじめは初心者用の安いもの(ラバー2枚とラケットのセットで1万円以下)で十分である。高級ラケット(セットで合計2万~3万円)を初心者が使っても、その良さがあまり実感できないだろう。
しかし、初心者セットよりも、もう少しだけ良い物がほしいという人には以下のラケットとラバーが一般的に評価が高い。ラバーは扱いやすい柔らかめのもののみを選んだ。
リンク先の「卓球屋」は、非常に安く、ラケットとラバーを同時購入すると、貼り付けサービスが利用できるのでおすすめである。

ラケット
swat
スワット


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クラウト

sk7
SK7

colbel
コルベル

AE
オールラウンド・エボリューション

ラバー
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マークV(ファイブ)AD

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ザルト

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スレイバーFX

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フライアット・ソフト

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ヴェガ・ヨーロ


【おまけ】
ラージボール卓球を始めようという初心者には以下の製品がおすすめである。
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ラージスターシェーク

051635
スーパーラージ

TSPのラケット「TSラージ」も使ってみたのだが、「ラージスター」のほうが打球感が良かった。

【追記】140405
卓球ショップ「卓球屋」で2014年新入生ラケットセットの販売が始まった。
ニッタク製
http://www.takkyuya.com/goodspage.php?mk=Z&mn=85&pg=2 

バタフライ製
http://www.takkyuya.com/goodspage.php?mk=Z&mn=85&pg=3

スティガ製
http://www.takkyuya.com/goodspage.php?mk=Z&mn=85&pg=4

個人的には「 フライアットカーボンセット(フライアット)」「アコースティックセット(アンソート)」「ティモボルW5セット(アンソート)」「コルベルセット(アンソート)」「オールラウンドエボリューションセット(アンソート)」がいいのではないかと思う。「アコースティック」は高級ラケット。「フライアット」は柔らかく使いやすいラバー。「アンソート」はややフライアットよりもやや硬いが、標準的なラバーで使いやすい。

【追記】 150429
2015年度になって最大手のバタフライの製品が大幅に入れ替わった。
上に上げたSK7やコルベルが廃盤になり、代わりにハッドロウSKハッドロウVKになり、値上げされた。
バタフライ製品なので、品質的に問題はないと思われるが、使っている人の評判を聞いたことがない。
コストパフォーマンスを考えると、フライアットカーボンや上に挙げたスワット、XTD(実際に使ってみて悪くなかった)が無難かと思われる。リンク先の卓球応援団は1万円以上で送料無料になるのでおすすめである。

【おまけ】

新入生

卓球における近代的自我の目覚め

前近代の家父長制度の中で、個人はイエの一部だった。伝統的な価値観――年長者を敬い、長男は親の跡を継ぎ、親の決めた相手と結婚し、女は男に従い、男の子を産み、序列に従い、身分相応に生きる…といった価値観を信じた、というより、その枠組みが当時は絶対的で、枠組み――イデオロギーの存在に気づく人が少なかったということかもしれない。しかし近代になって個人は近代的自我に目覚めた。今までは世界の一部として組み込まれていた自分が、世界と対等になり、世界を「見る」存在として現れてきた。「女が男に従う理由はない」「葬式とか墓参りって意味あるの?」「結婚しなくてもいいじゃない?」――伝統的な価値観にとらわれず、いいか悪いかは自分で――理性で決める。こうして権威や封建的な価値観が次々と崩れ始めた。

しかし、実際にやってみると、自分の生き方をすべて理性的に判断して決めるというのはけっこうしんどいものだ。このような自由という名の自己責任に現代人はとまどっているように見える。昔だったら何も考えず親の跡を継いだり、地元で無難に就職。「運命の人」ではない、平凡な相手と結婚。それが今では自分らしい生き方を求めての自分探しとモラトリアムの果てに、進むべき道が見いだせず、行き詰まってしまう人が大勢いる。イエの一部ではない、独立した個としての自分の目覚めが自分の進むべき方向を見失わせてしまった。自我に目覚めてしまった現代人は、何ものにも依存できず、孤独で不安で疑心暗鬼になってしまっている。かといって前近代の価値観にはとらわれたくない。それで宮﨑駿的な自然への回帰・崇拝に安らぎと救いを求めるようになる…そんな山崎正和氏の評論を読んだ(たぶん細部では誤読しているかと思うが、だいたいそんな内容だった)。

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これは前記事「WRM高田馬場店への行き方」の店員さんの話の続きなのだが、店員さんは「いい」用具というのは結局人それぞれだから、万人に対して「いい」用具などというものはない、ということだった。5枚合板よりカーボンラケットのほうがいいラケットで、ペンならヒノキ単板が一番。そういう価値観を「どうして?」と疑い、自分の理性で改めて「いい」かどうかを判断する。

こういう社会意識の変遷は普遍的にさまざまな領域で起こりうることだろう。

日本卓球における前近代は50~70年代まで――日本が世界のトップレベルにあった時代だろうか。フォア主体、フットワーク重視で動きまわり、膝と腰を使ってドライブやスマッシュで決めるという伝統的な価値観にとらわれすぎたために80~90年代の長い低迷期に苦しんだ日本卓球は、次第に前近代の伝統的な価値観に疑問の目を向けそれを否定し始めた。「バックハンドを積極的に使わなければ勝機はない」「手打ちにもメリットがある」「三歩動はもう古い」。そして新しい「正解」がメディアによって様々な指導者から示されている。

A権威・束縛→B理性・自由→C不安・孤独→D自然?
                          →A新しい権威?

今は、BとCの段階だろうか。そして次にD「自然」の段階にいたるのか。しかし、卓球において「自然」に相当するものはなにか?勝ち負けにこだわらず、それぞれが自分なりに楽しむということかもしれない。あるいは別のEやFの段階が現れてくるのかもしれないし、またループしてAに戻るのかもしれない(これが一番可能性が高い)。たとえば現在、圧倒的な強さを誇る中国の卓球理論が新しい権威になって、それに従う時代がしばらく続き、また「どうして?」という疑問によって権威が否定され…という流れになるのかもしれない。

また長々と要領を得ない、独りよがりになってしまったが、ようするに山崎氏の評論を読んで、卓球にも同じことが言えるのではないか、「正しい」理論というのものが、「古臭い」理論を駆逐していつの時代にも現れるが、それらはどれもイデオロギーであって、「間違っている」と主張する新しい理論もいずれ「間違っている」と批判される日がくるし、逆に駆逐された「古臭い」理論の中にも学ぶべきことが多いのだから、現在支配的な指導理論が絶対とは言えない、ということを考えたわけである。
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