しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2013年12月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

フリックとは何か――多様なレシーブとの関係

フリックとはなんだろうか?分かっているようで、よく分からない。

辞書では以下のように説明されている。

flick
a(むちなどで)軽く打つこと; (指先などで)はね飛ばすこと.
bピシッ[パチッ](という音).
研究社『新英和中辞典』より
 
自分があまりフリックを使わないせいか、フリックという打法を的確に説明できない。
英語の意味から、なんとなく、台上で軽く弾く打法といった程度の認識だったのだが、実際に下回転のボールを台上で弾くというのはけっこう難しいのではないだろうか。そんな打法がそうそう安定するとは思えない。軽く弾けばネットにかかるし、強く弾けばオーバーしてしまう。回転量をしっかり読んで、適当な強さと角度(ブレード面の開き具合) で弾くのはかなり難しい。よく考えてみると、弾くだけでなく、手首を返すような打法もフリックと呼ばれていることを思い出した。フリックとは一体なんだろうか。

下の動画を見ると、フリックにはA「乗せるフリック」、B「こするフリック」、C「弾くフリック」の少なくとも3種類があるようだ。そしてこれらの習得は連続しているという。初めは角度をつけて乗せるだけのA。それに慣れてきたらボールの後ろをこするB、さらにボールの回転が読めるようになったら、より攻撃的なC、というように。

【Q&A】下回転に対するフリック
 

なるほど。台上でボールをさまざまなタッチで処理するのがフリックか。そして3者に共通するのはバックスイングをとらない点だろう。自分からボールを迎えに行かず、ボールがラケットに到達するまで引きつけて打つという打ち方である(前記事「知っているかどうか」)。

しかし、下の動画にはさらにフリックだけでなく、「流し」「払い」といった多様なレシーブが紹介されている。「横に引っ掛ける」「面を開く」「ナックルで弾く」。これはフリックとは区別されているらしい。では、フリックと「流し」と「払い」とは何が違うのだろうか。

はらたか教室 台上技術


「フリック」に近い打法として「流し」や「払い」というのがあるようだが、それらの外延は部分的に一致するのだろうか。それとも「流し」「払い」「フリック」はそれぞれ排他性を持つ独立した概念なのだろうか。
動画を見ると、「流し」というのはスイングがやや大きいように思う。しかしバックスイングをとっていないのでフリックの一種と言えないこともない。
また原田氏が「高等技術」と呼んでいる“面を開くレシーブ”はフリックの一種だろうか。「流し」だろうか。フリックとの違いが見いだせない。
最後に水谷選手が使っている「ナックルの払い」というのはバックスイングがないのはフリックと同様だが、スイングがかなり大きいという違いがある。ただ、これもフリックの延長とはいえないだろうか。

また、「こするフリック」と「台上ドライブ」というのは何が違うのだろうか。

【卓球知恵袋】回転をかけるフォアハンドフリック
 

台上ドライブというと、バックハンドなどで、バックスイングをとって、低く速いボールを打つというイメージなのに対して、「こするフリック」というのは、面を垂直に、あるいはやや上に向けてボールの後ろをこすりながら乗せる技術のように思う。ドライブは相手の下回転に自分の上回転を上書きするような打法だが、フリックは上書きというより、相手の下回転を弱めつつナックル気味に返球するボールなのかなと思う。その中間的なものが「チキータ」だろうか。 

では、「弾くフリック」とペンのバック・ショート、あるいはプッシュは何が違うのだろうか。

卓球技 フォアフリック(ペン)


卓球技 バックショート&プッシュ


下回転のボールを弾くのがフリックで、順回転のボールを弾くのがプッシュだろうか?あるいはフォア・ハンドで打つとフリックで、バック・ハンドで打つとプッシュということだろうか。

また、下の新井卓将氏の「フリッカー」というのはフリックの一種だろうか?「弾くフリック」や「プッシュ」と何が違うのだろうか?「プッシュ」はバックスイングをしっかりとって打つという違いだろうか。

卓球技 弾く!流す!フリッカー打法


「フリック」「流し」「払い」「バック・ショート」「プッシュ」「フリッカー」と、この辺の用語の関係がよく分からない。あるいは人によって同じものを違った呼び方で呼んでいるのだろうか。人によって微妙に用語の外延が重なっているのかもしれない。「台上」「バックスイングを取らない」というのがフリックの定義のキーワードになると思うが、その要素できれいに割り切れるのかよく分からない。

考えがまとまらず、中途半端になってしまったが、これらの打法については後の考察を俟ちたい。

【付記】
2013年最後の今日、ミュージシャンの大滝詠一氏が亡くなったというニュースが飛び込んできた。
大滝詠一氏は80年代初頭に一世を風靡したミュージシャンである。
もう30年以上も前に作られた数々の名曲は今も輝きを失っていない。
個人的な感想にすぎないのだが、私は大滝詠一氏の下の3枚のアルバムを超える作品を未だ知らない。

また、永井博氏のジャケットはwiki pedia によると、

「A LONG VACATION」は日本のジャケットデザイン史上に残る名作と言われている

そうだ。

大滝詠一氏の初期のアルバムはあまり私の趣味には合わないのだが、以下の3枚のアルバムは私のストライクゾーンだった。このアルバムの路線でのニューアルバムを数十年も待ちわびていたのだが、とうとうその完成を見ることはなかった。

合掌。

A LONG VACATION
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EACH TIME
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B‐EACH TIME L‐ONG
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【追記】150112
大滝詠一氏の追悼ベストアルバムが発売されるようだ。
ちょっと気になる。



卓球場めぐり―壱球卓球センター

今回の卓球場めぐりは、京都市山科区にある壱球卓球センター。
私が卓球場めぐりを書こうと思った経緯については以下のとおり。

「卓球場めぐり」


山科は山で隔てられているため、京都市というよりも、滋賀県の大津市のほうが近い印象がある。京都市の中心からかなり距離があるが、地下鉄東西線の開通で快適に訪れることができるようになった。烏丸御池駅から小野駅までは約20分。京都市営地下鉄東西線の小野駅下車、徒歩10分以内というアクセスの良さ。

山々が間近に迫っている(左は名神高速)。

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山科警察署の近くの、農地と住宅地の中にある。

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1階は駐車場。卓球場利用者もおそらく利用できるのだろうが、よくわからない。

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2階の卓球場。台が全部で10台! うち2台はマシン用。私が訪れた卓球場の中でこんなに設備が整っている場所はない。ちょっとした大会も開けそうな広さ。しかも卓球マシンも利用できる(1時間500円)。マシンは「スピード・スピン」(つまり、スピードを上げれば、スピン量も増えるタイプ)「ピッチ」「首振り角度」の調節ができるだけのTSPの旧式のものだが、基本打法の練習に限れば不満はない。

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ウェブサイトによると、利用条件は以下のとおり。

【131228現在】
・料金:1時間500円(高校生以下は400円)。頻繁に利用する人は年会費を払うと少し割安になる。マシンも1時間500円。つまり、マシンを使うなら、1人1時間1000円。
・営業時間:10:00~22:00
・定休日:日曜・祝日
・電話:075-574-3719
・駐車場:8台
・用具販売:あり。ただし在庫は最低限のもののみ。
・駐車場・駐輪場:あり。
・貸しラケット・靴:1時間100円ずつ。
・更衣室・シャワー:あり。

料金は平均的だが、設備の充実ぶりはすばらしい。ただ教室の予定が細かく組まれているので、利用に際しては電話での確認が必須だ。前記事「嫌用具事」でバッティングセンターならぬ、「卓球マシンセンター」の需要について書いたが、ここは1人で訪れて黙々とマシンで練習するにはピッタリである。

年末年始は29日(日)から1/3(金)まで休みだという。

自宅でできる練習―脳内ラリーのすすめ

年末年始でクラブや教室が休みになってしまい、卓球ができなくなってしまった。

それで卓球のことばかり考えてしまい、毎日ブログを更新してしまう。私がブログを更新するということは、卓球方面が充実していないためといったも過言ではない。卓球のことばかり考えているので、いろいろなアイディアが浮かんでくる。

中高生のように毎日練習ができる環境にあれば、年末年始の休みはさぞ心穏やかな命の洗濯になることだろう。しかしふだんあまり練習する機会に恵まれていない社会人にとっては、卓球ができない年末年始は欲求不満がたまって悶々としてしまうのである。自宅でできる効果的な練習でもあればいいのだが。
Li_onepice_116_01Li-Ning ワンピース
Li_onepice_116_04
卓球でもついにこういうユニフォームが発売された。10年後はこういうのが普通のユニフォームになっているかもしれない。

素振りとか、球撞きとか、そういう練習に飽きた私が行き着いたのはイメージトレーニングである。

ボールの感覚を思い出せるなら、それをなぞってラリーを展開してみる。
まず、サービスである。ボールがラバーをこする感覚をいろいろイメージしてみる。
ドンと面を当ててスピードサーブを出す感覚や、サクッと切れた感覚など。
そしてそれをフォア側に出してみたり、バック側に出してみたりする。
無難にフォア前に短いサービスを出すとイメージしてみよう。
それを相手はどう返すだろうか?
短くミドルあたりに返されるような気がする。
一方で自分のフォア前に短く返されるかもしれない。あるいはフリックかもしれない。
とりあえず、短くミドルで考えてみよう。

それをどう打つか。

回転がかかっていないボールなら、台上でチキータをしてみようか。
それとも無難にツッツキか。
よし!思い切ってチキータだ。ただし、ミスしないようにかなりループ気味にこすってみよう。打点は、頂点がいい。あまい下回転のボールの頂点をチキータで相手のフォア側に返してみよう。

これは特定の相手を想定し、「あの人なら、きっとこんな返球をするだろう」などと頭の中でラリーしてみるとおもしろい。ただ、そのためにはかなり相手の癖や返球パターンを知っていなければならない。また、ボールを打球する生々しい感覚が残っていないと、なかなか脳内ラリーを続けることができない。

今度はロングサービスを出してみよう。
バック側にYGサービスを出してみる。
相手はどう受けるか。 
このサービスが苦手な人は「角度レシーブ」(角度をつけて当てるだけのレシーブ)で返してくるし、慣れた人はドライブで打ってくるかもしれない。
後者で考えてみよう。どんなコースにドライブを打たれるだろうか。こちらのフォア側か、あるいはバック側か。
いや!ミドルだ。よし、こちらは思い切ってそれを待って、カウンタードライブで仕留めてみよう!

さらにフットワーク&素振りを交えたシャドー卓球にすれば、もっと楽しめる。
こういうイメージトレーニングがけっこう楽しめてしまう私はおかしいのだろうか。
ともあれ、このイメージトレーニングは、下手な練習よりも実戦にかなり役に立つのではないかと思う。

 

トレーニング用具―フォームとタッチの改善のために

『卓球王国』最新号に興味深い記事が載っていた。ゆーき氏の「今月の自腹買い」という記事である。
タキファイア・DRIVEの特厚を取り上げていたのだが、ゆーき氏は「トレーニング用」というユニークな発想から従来の用具に新しい光を当てていた。

「トレーニング用」というのは、自身の不調の原因を探るためにあえて弾まないラバーに替えることによって、ラバーの性能に頼らず、ボールを自分の力で飛ばすトレーニング――フォームの見直しをするというものだ。ゆーき氏はじっさいにタキファイアに替えた当初はボールが弾まず戸惑ったが、次第に打ち方が分かってきて、テンションラバーと遜色ないスピードのボールが打てるようになり、その結果身体を使って打つフォームも獲得したのだという。

このエピソードを読んで、「トレーニング用」という新たな用具のジャンルがあるのではないかと思い至った。

以前にも弾まない用具の良さについて書いた(前記事「諸刃の剣」「弾まないラケット」)が、この路線をさらに推し進めて、

A 弾まないラバー
B 引っかからないラバー
C 重くて弾まないラケット
D 小さなブレードのラケット

という組み合わせでふだんの練習をしてみたらどうだろうか。

A’ 弾まないラバーを使えば、身体全体を使って打球しなければ飛ばせないので、身体を使うフォームが身につく。
B’ 引っかからないラバーを使えば、当て方の厚さなどの調整に役に立つ。たたきつけずに上手にラバーに引っ掛けてこする訓練になる。
C’ 重くて弾まないラケットを使うことによって腕力が付き、かつA’の効果も期待できる。
D’ 小さなブレードのラケットを使うことによってスイートエリアにボールを当てる訓練になる。

問題は低性能用具を使い、それに慣れた感覚を最新用具に戻した時に不具合が生じないかどうかだ。
弾まないラケットを使っていた人が急に高性能なラケットに替えたら、替えた当初はオーバーミスを連発すると思われる。しかし、感覚が慣れてきたら、身体全体を使う理想的なスイングで、ブレードのスイートエリアのど真ん中に当てられ、ラバーの食い込みも適切なボールが打てるようになるかもしれない。

カット用のラケットを小さく削り、コントロール系ラバーを貼ったら、とりあえずそんな「トレーニング用」のラケットができるだろうか。しかし、あまりにも低性能すぎて、ふだんの用具とのギャップが大きすぎると、元の用具に自然に戻せなくなるかもしれない。カット用ラケット等の極端に弾まないものとコントロール系ラバーという組み合わせではなく、初心者用のラケットにマークVやスレイバーあたりの組み合わせがいいのかもしれない。
 
ふだんはこのトレーニング用ラケットで練習し、試合が近づいたら、元の高性能ラケットに戻す――こういうことができないだろうか?もしこういうことが可能なら、打球の威力を数割増しにできるのではないだろうか。しかし、台上処理が下手になってしまうおそれもあって難しそうである。しかし、よく考えたらラージボール卓球でもいいのかもしれない(前記事「相対化するということ」)。

【追記】131227
JTTAやITTFの登録料というのはどのくらいなのだろうか。
トレーニング用なら、ITTFやJTTAAの刻印は必要ない。試合では使えない非公認のラケット、ラバーの組み合わせで価格を抑えることができないだろうか。
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TSPの新しいサインラケットミニが500円ほどで作れるのだから、これのもう少し大きいバージョンを1000円ぐらいで、ラバーもスレイバー程度の性能の無地のものが1枚500円ぐらいなら、需要もあるかと思うのだが。ついでに接着剤も非公認で安く作れないものか。

【追記】140103
今日、5枚合板のラケットにニッタクのマジックカーボン(厚)を貼って打ってみたところ、ボールが飛ばずにびっくりした。ちょっと台から離れて打球すると、ネットに引っかかってしまう。それでしっかり厚く当てながら回転をかけるように気をつけたら、ちゃんと入るようになった。木材の打球感をしっかりと感じることができて、心地よかった。このような低性能用具の使用がフォームの改善に役立つかどうか、まだ分からないが、初心者には低性能のほうがいいかもしれないと思った。 

かつてない才能―シュトルビコバ(チェコ)って誰?

『卓球王国』最新号(2月号)の「奇天烈 逆も~ション」98にこんな話が載っていた。

もうひとつ面白かったのが、石川佳純と対戦したチェコのシュトルビコバの話だ。仲村さんによると、女子であのボールタッチは天才的で、中国にもあんな逸材はいないという。いっしょに見ていた松下浩二さんも同じことを言っていたそうだ。しかし彼女は勝つことよりも楽しさを優先し、必ずプレーに遊びを入れるので、結局は勝てないのだという。

中国にもいないほどの才能!シュトルビコバ?聞いたことがない。シュトルビコバに対する評価は星野美香氏も同じだという。

「あんな天才みたことない」

星野氏にここまで言わせるなんて一体どんな選手なのだろうか。
調べてみたら、こんな選手だった。

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シュトルビコバSTRBIKOVA Renata

あぁ~そういえば、2013世界卓球パリ大会で石川佳純選手との対戦を見たことがある。石川選手がかなり追い詰められていてハラハラした試合だ。神経質そうな女性で、ミスをすると唸ったり叫んだりしてちょっと怖かった。そのときのテレビの解説によると、卓球だけでなく、何か別のスポーツにも取り組んでいるらしく、多彩な人という印象を受けた。

試合中に「遊びを入れる」というのはどういうことなのだろうか。
「遊び」と言えば、岸川選手を思い出す。


1:28ぐらいから始まる水谷選手との「オール」練習はすごい。岸川選手はフットワークをつかって必死で動くタイプではないので、こういう遊びっぽい、トリッキーなプレーが多い気がする。先日行われた世界卓球2014代表選考会、男子第8試合Aリーグでの松平賢二選手との試合も、遊びっぽいプレーが随所に現れていた。別に遊んでいるわけではないのだろうが、岸川選手があまり動きまわらないために、そして賢二選手が全力で向かってくるタイプなため、自ずと岸川選手が軽くあしらっているように見える。それにしても岸川選手、百花繚乱の男子選手の中で派手さはないが、底知れぬ実力の持ち主である。
話が逸れたが、早速シュトルビコバ選手のプレーを観てみた。



2:08 ミスをしてフロアにゴロン。
2:48 1.5Lのコカ・コーラをラッパ飲み。
3:36 「うぁぁぁぁぁぁ~」
3:50 ジャンプしながらカット打ち

かなり豪放磊落な性格と見た。



こちらのビデオでは中陣からのみごとなバックドライブが2本入っている(1:13、1:58)。

これが世界最高のボールタッチか…。残念ながら私にはどのへんが世界最高なのかよく分からない。
第一印象はどのプレーも力が抜けているということである。長い手足を活かし、力が抜けていても、男子選手のようなのびのびとした、威力のあるボールを打つ。そして前後のフットワークがすごい。ボールに応じてこんなに前後に動ける女子選手は珍しい。
打球時に力が抜けているということは、ボールに間に合っているということである。ボールをギリギリ打っている場合は打球点を落とさないように、ピッチを間に合わせようとして力が入ってしまうだろうからである。判断が早いのか、戻りが早いのか、とにかく余裕を持って打球に臨んでいけるというのはすばらしい。

「遊び」が入るというのは好奇心の裏返しなのかもしれない。あるボールに対していくつかの返球が考えられる場合、普通の選手は、決定率の高さを基準として返球の選択肢を選ぶが、シュトルビコバ選手の場合は、「こんな返球もできるかな?」という知的興味から返球を行う場合があるように見える。必死さがない。
新井卓将氏がyoutubeのビデオの中で“卓球はつまるところ、遊びである” “一つのボールに対して10通りの返球方法を考えてみるといい” と言っていたのを思い出す(前記事「一以貫之」)。彼女はあるボールに対して、そこで決めに行けば、ほぼ決まる場面であってもムリに一発で決めに行かず、いろいろな返球を試しつつ、ちょっとラリーを楽しんでしまう傾向があるのかもしれない。仲村氏や星野氏は、彼女のそういう得点よりもラリーの楽しさを優先してしまうところを指して「遊び」と言っているのかもしれない。

ボールタッチのほうはよく分からなかったが、こういう力の抜けたのびのびしたプレーが世界レベルの目から認められるプレーだということが分かっただけでもよしとしよう。

【追記】131227
力を抜くことと、体重移動には関係があるらしい。
強くなる卓球の練習方法
 体重移動が適切にできれば、「手元でグッと伸びるドライブ」が打てるようになるという。ボールタッチには関係ないが。

【追記】 140912
チェコオープン2014で彼女のボールタッチの才能が遺憾なく発揮されていたので挙げておく。

 

嫌用具事

「テナジーとオメガVとどちらが高性能なのか。イヤイヤ、ラザントやブルーファイヤ、ファスタークやラクザ7も侮りがたい。」

このブログで「検索ワード」というのが見られる。どういう語を検索してこのブログに辿り着いたのかが分かるわけだ。ときどきその「検索ワード」をチェックしてみると、ラケットやラバーの名前で検索してくる人が非常に多い。どうやら多くの読者の関心は用具にあるようだ。

とすると、このブログで私のひとりよがりな由無し事を綴るよりも、用具をいろいろ買ってみて、その感想などを書いたほうが喜ばれるということなのかもしれない。

つらつら考えて見るに、同じ価格帯のラバーの優劣というのはどの程度なのだろうか。定価6000円ほどの最高級テンションラバーと定価3000円ほどの旧式の「高弾性ラバー」を比較すると、たしかにボールの威力がかなり変わるかもしれない。しかし同価格帯のテナジーとオメガの違いというのは、せいぜい弾みや引っ掛かりが数%違う程度なのではないだろうか(弧線がどうのということは私には分からない)。全国レベルの選手にはその差が致命的なのかもしれないが、多くの人にとっては、誤差の範囲でしかなく、しばらく使っていれば、自分の感覚がラバーに慣れてくる、あるいは経月変化で性能差は解消されるのではないだろうか。1ヶ月前に使ったときはとてもいい感じだったが、久しぶりに使ってみたら、イマイチだった、あるいはその逆ということもよくある。これは自分の打法や感覚が変わったせいだと思われる。「ラバーXはラバーYよりも高性能だ!」という中級者のレビューは、実は気のせいという要因も大いに与っているのではないだろうか。

「いいラバー」かどうかを決めるのは、結局のところ自分の打法に対する相性であり、同価格帯のラバーなら、ラクザが高性能だとか、ラザントのほうが上だといった議論は、あまり意味がないと思われる(少なくとも初中級者にとっては)。
私は用具が嫌いというわけではないのだが、最近の用具をめぐる狂騒には違和感を感じる。

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最近出た裏ソフトラバーの数々。毎年おびただしい数のラバーやラケットが発売されている。これからも毎年2~30枚ぐらいの新製品ラバーが発売されるのだろうか。一体そんなに種類を増やす必要があるのだろうか。何のためにそれほど多くの用具を発売するのだろうか。

こういう事情をみるにつけ、現在の出版業界のことが思い合わされる。私は出版業界の人間ではない(もちろん卓球業界の人間でもない)ので、以下の考察は憶測が多く含まれているので注意されたい。

現在、出版業界は非常に苦しい。長年読み継がれる本は少なく、出版各社は次々と新刊を出してはその場をしのいでいる。新刊を出せば、とりあえず人の注目を浴び、書店の目立つ棚に置いてもらえ、ある程度の売上が見込める。出版の企画や執筆期間はどんどん短縮され、質より量となってくる。新刊は2~3ヶ月もすれば書店の片隅に追いやられ、挙句の果てに返本の憂き目に遭う。店頭に並ばなくなった本は売上がガクンと落ちる。出版社は何が何でも新刊を出し続けなければならない。
最近では余った在庫のカバーだけを新しいデザインのものに替えて「新装版」などといって出しているものさえ目にする。

ラバーも同様に次々と新しい製品を出さないと、注目されなくなり、新製品を次々と出している他社にシェアを奪われてしまうという仕組みなのかもしれない。市場に問うほどの新味もないのに、新製品を出さざるをえない。こういう「出したもの勝ち」のような業界の構造が行き着く先は価格競争ではないだろうか。
私の本音は、スピードやスピン性能が向上しているかどうかはどうでもいい、したがってテナジーのような高性能・高価格ラバーを買うよりも、ヴェガ相当のそこそこの性能のラバーが2000円以下で買えるなら、銘柄は何でもいいというものである。卓球人の多くがそのように考えるようになれば、卓球業界も出版業界のように構造不況に陥るのではないだろうか。最近の極薄ラバーのような新分野の開拓ができればそれが望ましいが、こういうユニークな製品の開発はそうそうできるものではない。

現状では、卓球メーカーはゴムづくり、板づくりに精を出しているが、消費者は早晩このおいかけっこに飽きてくるのではないだろうか。数年前に発売された製品と比べて、劇的な用具の進歩が感じられないからである。いや、仮に年々スピードとスピン量が数%ずつ向上していったとして、それに何の意味があるのか。去年と比べて、仮に2倍のスピードのボールが打てるようになったとしたら、卓球が楽しくなるのだろうか?3倍になったらもっと楽しいのだろうか?卓球人は打球スピードやスピン量を向上させることを求めているわけではない。自分の能力の向上をこそ求めているのだ。用具の性能がいくら向上しても、使う人が下手なままなら、卓球はちっとも楽しくならない。卓球メーカーが用具の性能向上にいくら血道を上げても、卓球業界が活性化するとは思えない。

私なら、次々と新しい用具を購入するよりも、自分の能力向上に投資したい。例えば仕事帰りにちょっと上手な人が相手をしてくれるような卓球場にお金をつかいたい。バッティングセンターのようなイメージで「卓球マシンセンター」でもいい。

卓球メーカーはどこへ向かっているのか。これからもスピードとか、「つかむ感覚」とか、スピン性能を追い求めていくのだろうか。もうそういうのは行き着くところまで行っており、十分なのではないだろうか。それよりも、もっと消費者が求めているものを提供したほうが業界全体の活性化にはならないだろうか。

【追記】 140101
新年早々デパートのバーゲンに多くの人が訪れるらしい。
服なんてタンスに入りきらないほどあるだろうに、多くの人はどうしてまた新しい服を高い金を払って買うのだろう?そう考えると、卓球用具を買う人も同じことなんだろうと合点がいった。
 

リトラクタブル・ライトのイメージでドライブを打つ

昔はリトラクタブルライトこそがイケてる車の条件だった(私の中では)。

サバンナRX-7しかり。
rx7

セリカXX しかり。
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フェアレディZしかり。
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果てはバイクや自転車にまでリトラクタブルライトが採用されたものだ。
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スポーツカーがたそがれどきに、走りながらおもむろにリトラクタブルライトを開きはじめる。
このイメージでドライブを打つと、非常に引っかかって回転がかかる。しかもボールが速い。

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これが非常にいい感覚なので、紹介したい。

1.台から斜め後方へ腕を8割がた伸ばしてバックスイング。
2.ブレードの面を下に向ける。
3.ラケットの側面(サイド)をボールにぶつけるつもりでスイングをスタート(身体からラケットをかなり離してスイング)。
4.軌道は斜め上に直線的に。
5.リトラクタブルライトが開くイメージでインパクトの直前にゆっくりとブレードを上に開き、薄くこする。
6.ややデッパリ弧線(前記事「スイングの弧線―デッパリ弧線とヘッコミ弧線」)で。

コツは、ラケットのサイドでボールを当てるイメージでスイングすることと、途中でデッパリ弧線にすること。

これで下回転も楽々持ち上がる。

【追記】131229
言葉での説明では分かりにくいので、以下の動画で確認してほしい。

台上BDの『3つのコツ』


0:33から、たくしょー氏の「面を台に沿わせるようにして」という部分がまさに「リトラクタブル・ドライブ」と同じ原理だと思う。
 

安定性と自己省察の関連について―調子の波の考察

「今日は調子が悪い。全然入らない。」

卓球ではこんな嘆きをよく耳にするが、この「調子」というのはなんなのだろうか。

その一方で

「今回の期末テストは調子が悪かった。前回は200人中30位だったのに、120位になってしまった。」

という嘆きを耳にすることは稀だ。テストの点数が悪かったのは、単に勉強が足りなかったという原因が明らかだからだ。全科目をまんべんなく復習したにもかかわらず、たとえば前回の順位を100位近くも落としたというのはありえない。もしそういうことがあるなら、テストの方に問題があると言える。

卓球には理不尽な「調子の波」というものがある。

2008-2-16-8
「神様なんて・・・いつもそうよ・・・いつも理不尽なことばかり・・・」
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いくら練習してもその「波」に乗れなければ、試合でいいプレーが全く出ないのだとしたら、こんな理不尽なことはない。そうではなく、いいプレーができないのは私たちの自身に対する認識や自己省察の方に問題があるのではないだろうか。

サービスの第一バウンドは重要である。サービスミスをするかどうかは第一バウンドを狙い通りのところに落とせなかったから、ということが多い。どうしてサービスミスをするかを考えてみると、いくつかの要因があるように思われる。たとえば

A 打点が早(高)すぎたり遅(低)すぎたりする
B ボールを当てるブレードの位置(ブレードの先端か、グリップ寄りか等)がいつもと違う
C ブレードの入り方(ブレードの先端から入るか、肩、真横から入るか)がいつもと違う
D ボールを当てる厚さがいつも違う
E 第一バウンドの位置がいつもと違う
F インパクトをするときの位置(ラケットの身体からの距離)がいつもと違う

他にもあるかもしれないが、少なくともこれらの項目が要因として考えられる。もしサービスが入らない場合、これらの項目をチェックして、ふだんと同じに修正できれば、サービスミスはそうそうしないのではないだろうか。数センチ単位の厳しいコントロールが要求される上級者ならともかく、一般的な選手なら、これらのすべての項目を確認すれば、ふだんとさほど変わらないサービスが出せるはずだ。

ただ、私たち中級者はサービスを打つとき、これほど細かく分析していない。「厚さ」と「第一バウンドの位置」ぐらいしか意識していない人が多いのではないだろうか。私の場合はそれさえもあまり意識していない。その結果、感覚でプレーしてしまい、「調子の波」に乗れなくなったときには、どこが狂っているのか分からず、自身のプレーの修正のしようがない。
上級者はそうではなく、「調子」が悪い時でも、ふだんのプレーのイメージを明確に持っており、それらを一つ一つ確認すれば、どこが狂っているかが分かり、自ら修正可能なのではないだろうか。

これはサービスにとどまらず、他の様々な打法でも同様だと思われる。初中級は自分の打ち方を大雑把にしか把握していないのに対して、上級者は自分の打ち方を複数の項目に分解して(前記事「眼光紙背に徹す」)、細かく分析・意識化しているのだろう。ドライブがうまく入らない時には

「スイングスピードはどうか」
「スイングの円の半径はどうか」
「当て方や軌道は?」
「下半身との連携は?」
「戻りの早さはどうか」

など、ふだんの自分のプレーに対するイメージが複数の項目にわたって明確にあるのではないだろうか。上級者と中級者の違いは分析の細かさとイメージの明確さに帰するというのが私の見立てである。

【まとめ】
ほんの数センチという精密さで卓球をしているのでない限り、自分のプレーが「調子の波」などという、運不運のめぐり合わせに支配されているなどと考えるべきではないだろう。自身のプレーを構成要素に分解して点検し、狂いの元を突き止めれば、調子に大きく影響されることはないのではないか。調子の波があるという人はもっと自分のプレーを細部まで見つめる必要があると思われる。


2013年の総括―投稿200本を記念して

ブログの管理ページを見ると、本投稿が記念すべき200本目の投稿だということがわかった。
平均して月に8~10本ぐらいは投稿しただろうか。
私がこれまで拙ブログを続けて来られたのは、読んでくださった読者のみなさんの励ましのおかげである。
記念すべき200本目を期に拙ブログについての管理人の考え方やこれまで発表した記事の位置づけなどをまとめておきたい。

編集方針について
内輪ネタや雑談、独り言はできるだけ慎もうと思っている。私が意味があると思った情報や発見、考察で、かつ読者のみなさんにとっても多少は意味があるのではないかと思うことだけを投稿することにしている。ときどき卓球とあまり関係のない雑談(「苦しいけど、次の電柱まで走ってみようよ」「丹波路紀行―卓球人としての地方散策」「卓球とデザイン―空白の使い方」)に流れることもあるが、できるだけ卓球に関係をあることだけを書こうと思っている。これからも読者の皆さんの貴重な時間をムダにしないような記事を書いていこうと思う。

読者のみなさんへ
このブログに書かれている技術や情報には私の早合点や「間違い」が含まれている可能性があるので、鵜呑みにしないように気をつけていただきたい。私の卓球のレベルはかなり低いので、上級者が読んだら、「それは全くの見当違いだよ」ということも少なくないだろう。しかし、それでも私の気づきにも何らかの意味があると思う。「西村卓二『指導者バカ』(日経プレミアシリーズ)を読んで」の中に書いた「小坊主」のように雨漏りのしずくを受けるのに見当違いなザルを持ってくることにも何らかの意味があると信じている(「ボールの接地時間」)。私の気づきや考察は真実ではなく、あくまでも考えるためのたたき台としていだだければと思っている。

コメントをいただけると、とても嬉しいので、できるだけ1度はコメントを返そうと思っている。ただ、忙しさに紛れて返信を忘れてしまっている場合はご容赦願いたい。
また、私は指導者ではないので、私にアドバイスを求めるのはムダだと思う。逆に私が教えてほしいぐらいである。
それから意味がわからないコメントをときどきいただくのだが、意味がわからない独り言のようなコメントは、失礼ながらスルーすることにしている。ネットでは意味不明なコメントには関わらない方がいいと言われているからである。

管理人について
京都市在住の中年男性である。小5から卓球を始め、中3まで卓球をした。戦績はパッとしない。県大会にようやく出場できるかどうかというレベルだった。それから数十年のブランクを経て、社会人になってから生活習慣病予防のために卓球を再開。現在に至る。戦型はシェーク裏裏、あるいは中ペン裏裏の攻撃型。硬式卓球の実力はたぶん、そのへんの中学校(市内で中堅の学校?)のレギュラーといい勝負だと思う(中学時代から進歩がない?)。いつもいろいろな打ち方を試みているため安定性がない。ラージボール卓球のほうは試合に出たことがないので、どのぐらいの実力かわからない。安定感や足を使った卓球を志向しているが、それこそが実は私に最も欠けているものだったりする。
卓球以外には日本の歴史や文化に興味があり、経済の動きや数字が苦手である。


以上を以て簡単だが、2013年の拙ブログのまとめとしたい。
 

一以貫之――新井卓将氏の東洋的卓球論

全体を把握すれば、部分の理解は深まるものだ。
今練習していることの意味、全体の中で個々の技術がどんな意味を持つかを考えれば、その技術が目指す方向性が定まり、どう向上させればいいかが分かってくる。

そこで私は問いたい、一言で全体を表すなら卓球とは何なのかと。

「卓球とは相手が取りにくいボールを打って得点するスポーツである。」

それはそうなのだが、それは結果を指しているだけに思える。結果的には強打や取りにくい回転のカットといったボールを打って、得点するスポーツだとは思うが、私が知りたいのはそういう結果ではなくて、そこに至る過程――意識や心構えといったものなのだ。どういうことを考えながらボールを打てばいいのか。つまり「卓球の本質とは何か」なのだ。

以下の動画で新井卓将氏が卓球の上達法について語っている。はじめは雑談で、6:50あたりから本題に入る。卓将氏がシェーク、ペン、粒、カットと多彩な戦型を自在に操れるのは、「基本」がしっかりとあるからであり、その応用としてさまざまな打法が現象しているに過ぎないのだという。卓将氏の言う「基本」とは、一体どのようなものなのだろうか。



卓将氏は同じ練習を長時間続けても意味がないと主張する。
コースの決まった練習を繰り返して、型を身につけたところで、相手がその型にはまってくれなかったら全く役に立たない。役に立たないどころか、その身につけた型がジャマをして、相性の悪い相手にうまく対応できないことさえある。対戦相手はそれぞれに個性を持っており、それらの個性にある特定の型を以て完全に対応させるのは不可能である。

試合をしていると、自分が想定して練習してきたのと同じタイプのボールがなかなか来なかったり、思い通りの展開にならなかったりすることがままある。私程度のレベルだと、格下だと思っていても、ちょっと癖のあるタイプに当たると、思わぬ敗北を喫してしまったりするものだ。

「あの人はフォームもメチャクチャで、ボールも遅いし、しかも微妙に変な回転がかかっていて取りにくい…」

試合に負けた時、ついこんな負け惜しみを言ってしまうのだが、このような考え方は根本的に間違っているのである。自分が欲することを相手に求めるのではなくて、逆に相手に応じて自分を変えるという発想の転換が必要なのだ。これは非常に仏教的な考え方だと言えよう。

また卓将氏は「自分のスタイル」を持っていないと語る。スタイルというのは相手がいて初めてできるものだからである。卓将氏のスタイルは相手との関係によって変化するものであり、相手を切り離した単独の「卓将氏のスタイル」というものはありえない。つまり、卓将氏自身のスタイルというものは、強いて言うなら、「相手と自分との関係それ自体」、すなわち「空」とでも呼ぶべきものなのである。

無題

卓将氏の言う「基本」というのは、フォームやフットワークといった現象的なものではなく、「己を虚しくする」という心構えのことなのだ。卓球の本質は「こちらからどう打つか」という自分中心の視点ではなく、「相手のボールをどう受けるか」あるいは「相手の発した問いにどう答えるか」が出発点にならなければならないという。自分が練習してきた打法や戦術を無理に相手に押し付けるのではなく、相手の立場に立って、相手のやりたがっていることを見抜き、相手の攻撃を止め、相手の狙いを外すことこそが卓将氏の言う「基本」なのである。まず相手がいて、自分がいる。相手のやりたいことが決まってから自分のやることが決まるというスタンスなのである。

『老子』(岩波文庫)第2章に次のような記述がある。

有ると無いとは相手があってこそ生まれ、難しいと易しいとは相手があってこそ成りたち、長いと短いとは相手があってこそ形となり、高いと低いとは相手があってこそ現れ、音階と旋律とは相手があってこそ調和し、前と後とは相手があってこそ並び合う。

何事も相対的なものであり、醜があってはじめて美が生まれ、不善があってはじめて善が存在できる。『老子』にはこのような、物事を相対化する傾向が著しい。たとえば「仁・義・礼」などといった概念は満ち足りた状態が破れてから生まれた概念なのだという(第38章)。卓球は個人競技だが、相手の存在が不可欠である。相手によってこそ自分が現れるのである。

また第1章には次のような言葉が見える。

いつでも欲がない立場に立てば道の微妙で奥深いありさまが見てとれ、いつでも欲がある立場に立てば万物が活動するさまざまな結果が見えるだけ。

相手の意思にかかわらずサービスから「3球目を強打してやろう」と狙っていると(「欲がある立場」)、卓球の「道」が見えず、単にボールが想定外のコースに来たという「さまざまな結果が見えるだけ」になってしまう。そうではなく、自らを空にし、相手がどう考えているかを虚心に見れば、「微妙で奥深いありさまが見てとれ」、相手のボールにどう応じるかも見えてくる。

卓将氏の言う「基本」というのは「己を虚しくして、相手に応じること」と考えられる。それは結果として変幻自在でさまざまな打法となって現れる。これこそ上の老子の言う玄妙な「道」に通じるものではないだろうか。

ラケットのニュートラルポジション―戻りの最適化

戻りの早さは非常に大切だ。私は最近そればかり気にしている。 特にフォアハンドの戻りである。フォアでドライブを打った後にすぐに「手元」?に戻すようにしている。
ここでいう「手元」というのは自分の右胸の前辺りである。

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しかし、切り替えの練習をしているとき、これでは戻りが遅いのではないかと思うようになった。フォアハンドを打ってから、いちいち右前にラケットを戻したら、次にバック側に来た時にバック側から最も遠い右前にラケットがあるのは都合が悪い。1テンポ遅れる。フォアハンドを振って、そのスイングの頂点からバック側に戻し、そのままバックハンドのバックスイングに入りたい。
となると、フォア・バックどちらにボールが来ても最も素早くバックスイングに入れるラケットのニュートラルポジションというのは、胸の真ん前ではないだろうか。
そういえばティモ・ボル選手や森薗政崇選手はレシーブの時にラケットを祈るように真正面に構えている。

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ただこれはレシーブの構えなので、ラリー中のニュートラルポジションとは違うかもしれない。

ラケットを、単に身体の真正面に戻すというだけでなく、かなり前方に置くことで、身体から遠い位置でボールをインパクトしやすい。胸にあまり近づけてしまうと、スイングが縮こまってしまい、思い切ってスイングできない。これは特にバックハンドを早い打点で打つのに有利である。バックハンドを打つ時、身体の近くでインパクトすると打球点が遅くなり、安定しない。身体から離して、バウンド直後を打球すれば、ブロックは安定性が向上する。

胸の前方で腕をかなり伸ばしたところをニュートラルポジションにすると、切り替えが早い。しかし、いつも「前へ倣え」のようにしていると腕が疲れる。そこで、肩甲骨を大胆に開いて腕を伸ばし気味にしてみる。いいかえれば、首をすくめるようにしてラケットを前に出すわけだ。フォアハンドで打球後、スイングの頂点から、少しだけ手前に戻し、胸の真ん中のニュートラルの位置にラケットを置く。胸から十分距離をとって。

今日、ちょっとこのニュートラルポジションを試してみた。初級者の方が相手だったので、早いピッチで打つことはできなかったが、少なくともバックハンドはかなり安定した。また検証を続けていきたい。

卓球世界選手権2014 東京大会を観戦に行きたいが…

世界卓球2014東京大会が迫ってきた。先日ついにチケットの価格が発表された。

2014年世界卓球選手権東京大会チケット情報

http://www.tv-tokyo.co.jp/takkyu_ticket/

一番安い2階の席で、前半2000円、後半(つまり準々決勝以降?)3000円(前売り券)
1階のより近い席なら3000円~7000円ぐらい(前売り券)
アリーナ席(選手たちと同じフロアに設置された席?)は8000円となるようだ。

チケットの価格は高くない。むしろ良心的である。しかし関西から観戦に行くとしたら、新幹線でどんなに安くても往復2万円(高速バスなら1万円?)。 宿代も含めれば1泊しかしなかったとしても3万円はどうしても超えてしまう。これも楽観的な数字で実際は4万円を超えるだろう。それにチケット代。世界最高レベルの選手のプレーを生で見られるということなら、ぜったいにアリーナ席!しかしアリーナ席はすぐに完売になるだろう。だったらせめて1階の席にしたい。なにせ10年に1度あるかどうかのチャンスなのだ。そうすると、合計5万円ほどになる。

日本で開催された近年の世界選手権は91年の千葉、2001年の大阪、2009年の横浜での開催である。だいたい10年に1度のチャンスなのだ。あと10年~20年待って、関西で開催されたときに観戦しようか。しかし、関西で開催された世界選手権は大阪大会のみなので、もしかしたら次に関西で開催されるのは30~40年後というのもありうる。そこまではちょっと待てない。

今まで国際大会はジャパン・オープンを観戦したことはあるが、ジャパン・オープンには中国のトップ選手は出場しないので、世界選手権は生きているうちにぜひとも観てみたい。しかし約5万円の出費はちょっと…。
う~ん、この出費はどう考えても私にはムリだ。

しかし、この5万円前後の出費は本当に高いのだろうか。卓球に関して、私はこれまでどんな金の使い方をしてきたのだろうか。結果だけをみると5万円の出費はそれほど高くはないかもしれない。

使う当てもないのに、ちょっとした興味から買ったラケットやラバーの総額は少なくとも10万円には達しているはずだ。卓球教室に毎月1万ほどかけて通っているのを考えると、5万円はそれほど高いわけでない。

たしかに世界トップレベルのプレーでなくても、十分楽しめる試合はある。中高生の地区大会だってベスト8ぐらいになると、そうとうレベルが高い。関西で開かれる大会なら交通費も2~3000円で済むし、入場料も無料だ。しかし、それらと世界選手権とは意味が違う。単に上手なプレーが観られるというより、卓球の歴史の一コマを目のあたりにできるという意味だ。卓球愛好者としては一度は世界選手権を観に行ってみたい。張継科、馬龍、許昕、劉詩文、李暁霞、丁寧といった選手が10年後も現役である可能性は非常に低い。彼らのプレーが生で観られるのは今回が最後のチャンスかもしれないと思うとなおさらである。

どうしても観に行きたいが、来年のGWあたりのスケジュールがどうなっているか分からないし、5万円という金額を考えるとやはり尻込みしてしまう。関東の人が羨ましい…。

とりあえず、来週、12/21~23までの世界選手権の選考会でがまんしようかな。男子は大阪の羽曳野市でやっているらしいので、交通費往復3000円、入場料1500円の4500円ほどで観戦できる(比較的近いが、交通の便は非常に悪い)。また、テレビ東京がネット配信もしてくれるらしい。
http://www.tv-tokyo.co.jp/takkyu/


侮りがたい初心者

初心者にもいろいろなタイプがいるが、私の出会った初心者は大きく2つの類型に分かれる。

  • A:何をするにも慎重すぎて間に合わない。打球時に考えすぎて、気づいたら、振り遅れているタイプ。ラケットをほんの少ししか振らない。
  • B:思い切りがよすぎて、ムチャに打とうとする。考えるより先に、失敗してもいいからとにかくやってみるタイプ。スイングはかなり大振り。

そしてこの2つをミックスしたようなタイプもいる。

  • C:慎重に球質を吟味しているのだが、打つとなったら、ムチャクチャに打ってくるタイプ。

しかし、先日すごい初心者に出会ってしまった。
その人(仮にTさんとしよう)はシェークにもかかわらず、珍しいことにバックハンドが安定していた。
初心者がバックハンドを安定させるのは難しい。なぜなら、バックハンドは体の正面でボールを捉えなければならないからだ。フォアハンドは腕を伸ばして打ってもそこそこボールをコントロールでき、コートに入れることができるが、バックハンドで腕を伸ばして打ったら、初心者はそうそう入るものではない。普通の初心者は体より左にボールが来たら、腕を伸ばして不自然な姿勢で打ってミスをする。そしてミドル(右腰あたり)にボールが来たら、バックハンドではとれない。
しかし、Tさんは左に来たボールも右に来たボールも、体が正面になるようにフットワークを使って移動しながら打っているのだ。しかも、少し前後のフットワークまでおりまぜて。

私が感心したのは、Tさんは「できること」と「できないこと」をちゃんと理解していることだ。Tさんは自分が腕を伸ばしてバックハンドを振ると、安定しないことを知っている。それでラケットを体の正面に引き寄せて、軽くプッシュするようなバックハンドを使っている。

つまり、

体から少し離れたボールを打つには腕を伸ばして振らなければならない。
Tさんは腕を伸ばして安定してボールを打つことが「できない」。
そこでその欠点を補うためにフットワークで腕を伸ばさずともボールが届く位置まで移動して打っている。

という論理なのである。このようなタイプには今まで出会ったことがない。

  • 「できること」と「できないこと」を把握する
  • 「できないこと」を他の「できること」で補う

このような問題解決法はあたりまえのことといえば、あたりまえのことだが、多くの初心者は自分が何ができて、何ができないかに気づいていない。だからできないことでも、できると思い込んで同じ失敗を繰り返すことになる。

翻って自分はどうなのだろうか。この初心者の知恵から学ぶことはできないだろうか。

私は何ができないのだろうか?

残念ながら、私は自分は何ができないかがきちんと意識化できない…。これが意識化できていないと、「できる技術」で補うことができない。

以前、上達の最短ルートとは、自分の弱点を的確に見つけ、それを繕うプロセスの繰り返しだと述べた(前記事「問題意識」)。欠点をもっていることは致命的な欠点ではない。自分の欠点を発見する能力が低いことこそ、上達にいたずらに時間がかかる致命的な欠点だといえないか。「過ちて改めざる」これこそが真の「過ち」というべきだろう。 

打球音が変わった―ラバーの引き攣れる感覚を楽しむ

「若い人の威力のあるボールにラケットが弾き飛ばされるように感じる」
「ブロックが安定しない」
「ドライブがオーバーしてばかりいる」

そんな悩みを持っている人は、ラケットを厚く当てすぎているのではないだろうか。

私が卓球でなにより優先したいのは、安定性である。
ラリーが続く楽しさは他の何物にも代えがたいし、ミスというのは練習相手の時間をムダにしてしまう失礼な行為なので、厳に戒めねばならない。よってミスの少ない卓球こそが私の理想とするものである。

そんな私はボールが落ちるのを怖がってボールを後ろ気味(2時あたり)に捉えて打球しがちだったのだが、最近、順回転のボールを打つときは思い切って12時から1時の位置を捉えるようにしてみた。実際はもっと後ろで捉えているのかもしれないが、とにかく今までよりも1時間、時間を早めて打球することを心がけてみた。すると、劇的に打球感が改善した。オーバーミスが減り、安定性が改善した。

もちろん安定性が向上したのはその要因だけではないだろう。フォアの場合はスイングの半径を長く(遠心力を利用)したり、インパクト時に少し手首を使うようにしたり、ブレードの先端でボールを捉えるようにしたりといったことも影響しているかもしれない。
しかし、最も大きな要因はボールを上からそっとこするように打球すること、つまり薄く当てるようにしたことだと思う。今まで、オーバーミスが多いのは、振り遅れているからと考えていたのだが、それよりも回転のかかったドライブをラケットの芯で捉えすぎていたことが原因だったようだ。
そこで相手の強烈なドライブを受けるときは、ラバーとボールを摩擦させ、上から撫でるように打つと、ボールの威力が減殺され、ラバーが引きつれるような感覚をともなって安定して返球できることに気づいた。
相手の威力のあるボールに対抗してこちらもガーンと厚く当ててしまうと、ボールが飛びすぎてしまう。ラバーの性能を信じて、思い切ってボールの上部を軽くこすれば、おもしろいほどブロックやカウンターが安定する。

打球感が変わった。インパクトの衝撃がブレードの木に直接届かず、やわらかく、得も言われぬ打球感に変わってきた。今までは強いボールを受けると、場合によってはバチッと手に響くような不快感があったのだが、薄く当てるとゴムまりを打っているかのような心地よさがある。打球音も「パチ」から「バシュ」に変わってきた。

ペンのバックショートなど、かなり後ろから捉える打ち方が有効な場合もあるだろうが、ボールを薄く捉え、わずかにこするように返球すると、威力のあるボールに対して安定性が向上するかもしれない。

【追記】 140215
板まで衝撃が届かず、上手にスポンジにボールを食い込ませたときには「コキュ」という音がする。金属音といわれている、あのアメリカンクラッカーのような音に少しにている気がする。そのときは軽い力で速いボールが打てる。 
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緊張と弛緩―力の抜きどころ

上手な大学生と練習させてもらった時にこんなことを聞いてみた。

「そんなに上手なのに、どうして大学で卓球部に入らなかったんですか?」

その人は、小・中・高とがっつり卓球をやって、県でも上位に入れるような成績を残した人だった。

「小・中・高・大と、ずっと卓球漬けというのもなんだか虚しいじゃないですか?全国で上位を狙えるわけでもないし、大学時代のときぐらい、卓球のことを忘れて、他のことにも取り組んでみたいですよ。」

なんだか、どこかで聞いたことのある言葉だ(「あたし、ついていけそうもない…」)。なるほど、このぐらいのレベルの人ともなると、全国レベルの選手の強さを知っていて、そういう人たちには逆立ちしても敵わないということを身をもって知っているのだろう。あるいは満足の行くまで卓球をやったという充実感があるのかもしれない。

「週1回ぐらい、運動不足解消を兼ねたレクリエーションとして卓球するだけで十分です。」

私が今、熱心に卓球に取り組んでいるのは、小中までしか卓球をやらず、社会人になって卓球を再開するまでの20年ほどの空白期間があったからだと思う。空白期間が長かったからこそ、それを補おうと、今熱心に卓球をしているように思う。
逆に小・中・高・大まで、すきまなく卓球をやった人は、もうこれ以上強くならないので、ほどほどでいいという気分になるようだ。 恋愛関係にも「長すぎる春」という言葉があるように、モチベーションというものも、途中に区切りや空白がないと、長く持続させることが難しいものである。

最近、スイング時に前腕が痛くなってくる。腕に力が入りすぎているのだ。ボールに効率的に力を伝えたいと思うあまり、始終力を込めてしまうせいらしい。よく指導者に手に力が入っていると指摘されるのだが、力の入れどころというのは、力の抜きどころがあって初めて成立するものである。効率的な力の伝達というのは、入れどころと抜きどころのメリハリがはっきりしていなければならないだろう。ずっと力を入れ続けていたら、そこにさらに力を入れることはむずかしいし、モチベーションと同じで、ずっと力を入れ続けていたら、持続しない。

フットワークも同様かもしれない。全力で左右に移動し、全力で元の位置に戻るということを続けていたら、全力で動いたさらにその上に力を加えることはできないから、あまり素早く動けず、停滞してしまう。また下半身に意識が集中しすぎて、上半身が疎かになってしまう。左に回り込んだ後、右に移動するといった場合、たとえば、左への第1歩だけに力を込めて、2、3歩目は力を抜き、次の右への1歩目にはグイッと力を込めて、2、3歩目は力を抜くというふうにメリハリをつけなければ、流れるような素早いフットワークにはならない気がする。

力を入れる方法についてはいろいろな意見や工夫を聞いたことがあるが、積極的に力を抜く方法についてはそれほど注目されていないように思う。しかし、緊張と弛緩は相補う関係なので、どちらか一方だけでは機能しない。聞く人がいなければ、話す人が存在できないように、力の抜き方を知ることが力の入れ方を知ることでもあるのではなかろうか。

スイングにおける力の抜き方に関しては、以下のブログに興味深い練習法が紹介してあった。
力を抜いて入れるの感覚
ラケットを使わず、手でボールをキャッチするという練習法らしい。今度試してみたい。
 
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