しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2013年11月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

あやまちは安き所に成りて必ず仕る事に候ふ

こんな動画を見た。

 

3:16と5:18のフットワーク、信じられない。
この人はなんでこんなに速く動けるのだろうか。バック面にラバーを貼っている意味がないではないか。
この選手は張超選手。国際大会にはあまり出ていないようだが、中国の一軍の選手に準ずる実力者のようである。
どちらのプレーもフォア側で強打した後に驚異的なスピードでバック側に移動している。私なら、フォア側で強打した時になんとなく達成感を感じてそのままボールの行方を見守ってしまうだろう。その結果戻りが遅くなって逆に攻め込まれてしまう。
戻りが遅い多くの場合、この心理状態が影響しているように思われてならない。
それは強打に限らず、通常の打球においても同様である。相手の強打をバックブロックで止めたとき、「やった…」という充実感に満たされてしまい、そこで以降のプレーを忘れてしまう。この傾向は自分にしては上出来のプレーをした後にやってくることが多い。
しかし、卓球では戻りの早さこそが安定性を左右する。上出来なプレーのあとこそ、すばやく戻らなければならない。

「戻る」にもいろいろある。さきほどの張超選手のようにフォアからバックに戻るのもあれば、スイングした後に基本姿勢に戻るというのもある。私が最近気づいた自分の悪い癖は前後の戻りの遅さ、あるいは後ろへの戻りを忘れてしまうことである。

最近ITTFのオフィシャルページにアップされていた1999年の世界選手権決勝の動画。劉国梁選手 対 馬琳選手の対戦を見て、興味深く思った。前陣でビシバシ連続強打する劉選手に対して馬選手はプッシュやドライブを駆使して対抗している。ほとんどの場合、劉選手が先手を取って攻め、それを馬選手が防ぐという展開が目立つ。フルセットデュースまでもつれ込む展開は見ごたえがある。



これを観て気づいたのだが、劉選手はラリーの序盤、強打で先手を取った後、常に半歩後退している(例えば9:00あたり~、14:00あたり~)。私だったら3球目でガーンと強打を決めたらその場所にとどまってしまうだろう。いや、むしろ少し前進しているかもしれない。というのは、以前の練習で、ドライブをバックで受けてもらったとき、相手にこんなことを言われたのだ。

ドライブを連続して打ちながらだんだん前に来ているみたいです。
だから安定しないんだと思いますよ。

私は好打したとき、充実感に満たされて、ついわずかに前進してしまう癖がついているらしい。前進しても、きちんと戻ればいいのだが、そういうときは夢中で強打しているので、半歩戻るということに思い至らない。
同様にカットマンと練習させてもらった時に「攻撃型の選手は、前後の動きにむとんちゃくな人が多いですよね。」と言われたこともあった。

そういえば、徒然草にそんなことが書いてあったと思いだして、調べてみた。表題は徒然草109段「高名の木登り」の話。弟子に木に登らせて、枝の剪定をさせているとき、師匠は何も言わなかったが、すべての仕事をつつがなく終え、降りる段になって「気をつけろ!」と注意したという。その理由が表題の言葉である。苦しく、難しい場面では人は精いっぱい緊張して、ミスをしないように気をつけているが、失敗はむしろ、その難しい場面がおわり、楽なところにさしかかったときに訪れるのだという。兼好はこの言葉に感心し、

あやしき下﨟なれども、聖人の戒めにかなへり。
鞠も、難き所を蹴出して後、安く思へば必ず落つと侍るやらん。

とコメントし、スポーツ(蹴鞠)にも通じるものとしている。
人生にも通じる真理だと思うが、うまくいったときの、その直後の「戻り」が肝心なのである。


 

卓球における予測をめぐって―談話分析の視点から

予測といえば、生前、懇意にしていただいた、老先生を思い出す。

先生はかつて某学界をリードするような立場の方だったが、あまりにも頭の回転が速すぎて凡人の読者を想定できず、京都学派や仏教哲学を遠慮なく論文にとりこむ晦渋な文体から敬遠され、いつしか学界の主流から外れてしまい、顧みる人も稀になっていた。

駅前の喫茶店でお話を伺っていたとき、話が先生の健康状態に及び、

「いやぁ~年をとると、いろいろなことが思い出せなくなるもんですなぁ。」

先生はある人の名前がどうしても思い出せず、そうボヤいた。

「しかし、本を読むのだけは速くなりましたな」

「座った跡に書斎の畳がすり減っていた」という逸話を残す先生だけあって、その読書量と読書スピードは桁外れだった。

以前「眼光紙背に徹す」にも書いたが、読書スピードが異様に速い人がいる。そのような人はスキーマ(理解の枠組み)が発達していて、ちょっと読んだだけで話の流れが先の先まで読めるに違いない。

卓球でも予測が非常に大切な要素になっている。予測ができないと、次にどんなボールが来るか分からず、打たれて初めてアタフタと対策を講じることになり、結果、防戦一方のジリ貧情況に陥ることになる。

卓球の予測を読書における予測の観点から分析してみることは可能だろうか。そんな荒唐無稽なことを思いついたので、以下に記してみたい。

読書における予測というのは階段を想像してみると分かりやすい。

通常階段はまっすぐ一定間隔に設けてあるので、その感覚が分かってしまえば、目をつぶっていても上り続けることができる。しかし、もしこの間隔や位置がバラバラで、ある段は右に設置してあり、ある段は左に設置してあるとしたら。しかもその階段には電灯もなく、足元さえおぼつかないような暗さだったらどうだろうか?「このへんにあるはず」と思っていた段が、ずっと右やはるかに高い場所にあったら、リズムよく上ることはとうていできないだろう。しかし、もし、今踏みしめている段に次の段の情報(高さや位置)が示されているとしたら、それを読み取ることができるなら、スピードを落とさずに駆け上がることが可能になる。

文章の予測は具体性によっていくつかのレベルが考えられる。
文章を読む場合、具体的に次が予測できる場合もあれば、ぼんやりと「こんな話が続きそうだ」という程度しか予測できない場合もある。たとえば、

「ある晴れた日のことである。」

という冒頭の文章から次にどんな話が展開するか予測するのは難しい。何らかの事件が起こるのだろうというぼんやりした予測は成り立つが、それ以上のことは分からない。

そうではなく次に来る展開がある程度予測できる場合もある。

たとえば充足系と呼ばれるタイプの予測である。文の一部、あるいは全部の情報が不十分であると感じさせるとき、次にそれを充足させるための文が続く。

「複雑で捉えようのない『心』というものは、実はたくさんの小さなプロセスからできている。」

という文を読んだとき、読者は「『小さなプロセス』って何だろう」と不足感を覚える。次に続く文は「小さなプロセス」の詳細な説明になるはずである。ただ、その説明の内容までは分からない。

他にも継起的に順番に出来事が起こる場合の予測もある。

「電車内で突然刃物を取り出した男を見て、女性は悲鳴を上げながら車掌室に飛び込んだ。」

この文から「車掌を呼んで、男を取り押さえてもらおうとする」といったかなり具体的な次の展開が予測できる。

このように具体性の強弱によってマクロ(弱)、メゾ(中)、マイクロ(強)のレベルの予測が考えられる。

mashu (3)


その一方で、次の予測はほぼ不可能という場合もある。予測を考える上で、予測不能ということも予測しておかなければならない。たとえば、

「このように予測というのは日常生活のあらゆる場面で機能しているのである。」

のようにまとめ的な文で締めくくられた後は次に続く話を予測できない場合が多い。

まとめると、次のようになる。

予測できない
予測できる →展開系:マクロ(具体性弱)・メゾ(具体性中)・マイクロ(具体性強)
→充足系:マクロ(具体性弱)・メゾ(具体性中)・マイクロ(具体性強)

予測できる場合は具体性の強弱によって3つのレベルを考え、予測の質によって展開系と充足系に分ける。文章の分析はもっと詳細な分類がある(石黒圭『日本語の文章理解過程における予測の型と機能』)のだが、煩雑になるので割愛する。

と、ここまで書いて、思った以上に長くなってしまったので、続きは別記事に譲る。

ロケット理論―手打ちと腰を使った打法の違い

手打ちはいけない、腰を使って打て!と誰もが口をそろえて言うが、腰を使って打つというのが自分ではまだよく分からない。腰を使って打つということをめぐっていろいろ考えてきた(「腰の使い方をめぐって」「手打ちじゃダメ―腰而下の鍛錬」)が、いまさらながら、最近、また少し手打ちと腰打ちの違いが分かってきた。

「いいかげん、理解したら?」「どうして分からないの?」

という向きもあるだろうが、私は「分かっているつもり」というのが一番キライなのである。場合によっては「分からないことは分からない」という態度を貫きたいので、腰の使い方について納得するまでトコトン考えてみたい。

以下の動画で松下浩二氏が手打ちの例を実演している(0:25)が、たしかにこういう打ち方をする人がいる。



上の動画の1:07ぐらいから始まる模範プレーをみてみると、腰を使った模範的な打ち方というのは、思ったほど腰が回っているようには見えない。「腰の回転を利用する」というぐらいだから、腰がグルングルン回転するというのをイメージしていたのだが、そういうわけではないようだ。腕の動きの速さ(と戻りの早さ)が際立ち、腰の方はほとんど回っていないように見える。たしかにかすかに腰が動いているのは分かるのだが、スイングにおいて腰は大活躍しているというほどではない。いわば縁の下の力持ち的な位置づけなのかもしれない。むしろ腰はほとんど回さない方が正解なのかもしれない。

腰というのはいわば、空母のカタパルト、あるいは多段式のロケットの1段目のようなものなのだろう。
Apollo_11_first_stage_separation

腰はスイングのあるところまでは上半身に随行し、そこからは肩あるいは腕にスイングを託す。そうすることにより、スイングの失速を防げるのではないか。

野球のピッチングには「ロケット理論」というものがあるらしい。このサイトに「ロケット理論」について分かりやすく書いてある。ふんだんに画像やGIFアニメを利用しているだけでなく、物理学まで援用し、これでもかというぐらい丁寧に説明されており、その努力には頭がさがる。

軸足(右足)で強く体全体を前に急発進させ、次に左脚を伸ばして下半身に急ブレーキをかける。

なるほど、これは「まったく新しいボクシングの教科書を読んで」で考察したことに似ている。「ボクシング」のほうでは、上半身にブレーキをかけるのがよいとされていたが、ピッチングでは下半身にブレーキをかけるのがいいようだ。ピッチングでは1発の威力が重視されており、連続攻撃が必要な卓球とは重点が異なるので、卓球にそのまま応用できるかどうか分からないが、卓球で考えれば、打球時に左足でブレーキをかけるということだろうか。上半身にブレーキをかけるよりも下半身にブレーキをかけたほうが腰の回転をより利用できそうな気がする。

さらに腰を効率よく回転させるために振りかぶる(卓球でいえばバックスイング)時に内股になり、投球(卓球の打球)時にはガニ股にするのがいいとある。また振りかぶる際に背中を打者の方に向ける等、腰の回転を最大限に利用するためのあらゆる工夫が紹介されている。

「ロケット理論」については以下のように簡潔にまとめてある。

腕だけで投げないで、体全体で投げるのが投球の基本ですが、この際気をつけなくてはいけないのが、体の各部分(1)脚、(2)腰、(3)肩、(4)腕、(5)手、を同時に動かしてはいけないのです。5段ロケットのように(1)から(5)へと順に動かしていかないといけない(ロケット理論)
中略
 ロケットは効率的に推進力を得るために多段式になっており、下から順番に仕事をして行き、用が済んだら切り離されて行きますが、投球も効率よくするためには5段ロケットのように順番に仕事をしなければいけないのです。

つまり、下から上に順番に力が伝わらなければならず、順番を無視して手足と腰を同時に動かしたり、あまつさえ、手足のほうを先に動かし、腰がそれに引きずられていったりするのは厳禁だということである。そのためには腰の回転が肩や腕の回転よりも速くなければならない。腰の回転が遅かったら、肩や腕がなかなかスタートできず、ストレスがたまり、「交通渋滞」が発生することになるのだから。

 前足を地面に着く前に腕が振り出されたり、腰と肩を同時に回したりとかはよく見られます。腰の回転は前足が地面に着く直前にもう回転し始めますが、腕は振り出されてはいけません。

なるほど、卓球に置き換えてみれば、左足が踏ん張る前にスイングをスタートさせてはいけないということになる。左足のふんばりと腰のスタートは同時でもいいが、踏ん張る前に腕を振ってはいけないわけである。よく卓球で「もっと引きつけて打て」などと言われるのは、腰の回転を差し置いて、肩や腕が先にしゃしゃり出てくる下克上を戒めたものかと思われる。
逆に腰の回転がいつまでも続き、肩や腕にスイングをなかなか引き継がないとしたら、肩や腕の出番が遅れてしまう。したがって腰がグルングルン回転しすぎるのも効率的なスイングとはいえず、上の動画のように地味に少しだけ動かし、すばやく肩、腕にスイングを手渡すのが正解のようである。

【まとめ】
卓球と野球のピッチングは要求されるものがちがうので、野球の考え方をそのまま卓球に適用できるとは限らない。しかし、適用できることもあると思われる。下半身にブレーキを掛けて腰の回転を促すことや、腰の回転がまず先に始まり、肩、腕と順番通りに始動させる「ロケット理論」は、卓球の打法にも応用できそうな気がする。
手打ちとはつまり、下半身の始動をまたず、肩・腕が先走ってしまう状態のことを指すのではないだろうか。
 

かしこい卓球用具の買い方

先日、ジャスポでヤサカとTSPの4割引セールが始まった。
最近、クリスマスが近いからか、いろいろなネットショップでセールが行われている。

うちにたくさん中古で買った用具があり、使い切れていないので、これ以上用具を買うのはためらわれるが、4割引となると、食指が動く。

WRMでも中国の銀河社の正規代理店契約記念セール?が行われている。

http://rubber.ocnk.net/news#1028

銀河のラバーが1枚あたり2000円以下で買える。銀河のラバーは水星2しか使ったことがない。絶対的な性能はよくわからないが、コストパフォーマンスは高いと思う。

しかしそれよりも来週から始まる卓球屋の「スーパーセール」というのが気になる。
http://www.takkyuya.com/index.php

ジャスポのセールはヤサカとTSPの一部の商品が4割引になるだけだが、卓球屋の方は全商品が4割引になるような気がする。年に1回のことだし、ちょっと余分になるが、用具を買ってみようかという気になる。

私は他にも卓球応援団というサイトもよく見る。
http://www.tt-ouendan.com/
ここの「イベント」もなかなか安く、掘り出し物があったりする。 

しかし、新品の用具で一番お得なのはアマゾンかもしれない。
http://www.amazon.co.jp/s/ref=sr_nr_n_2?rh=n%3A15314971%2Ck%3A%E5%8D%93%E7%90%83&keywords=%E5%8D%93%E7%90%83&ie=UTF8&qid=1384526352&rnid=2321267051

アマゾンのいいところは「70%以上OFF」とか、「50%~70%OFF」とかが選べるところである。楽天や価格コムで「安い順」などでソートすると、とんでもないゴミがひっかかり、お得な商品を探し出すことができない。それに対してアマゾンなら割引率でお得な商品だけ選ぶことができる。色や厚さは制限されるものの、時には人気ラバーが半額以下ということもある。これは他店の年に1度のセールも敵わない安さでオススメである。

【追記】131116
最近のヤフオクの卓球用具はますます高くなってきており、うまみがほとんどない(前記事「「今しかない」はまためぐってくる」)。ヤフオクで買うよりもジャスポの中古で買ったほうが、少なくとも「振り込んだのに商品が送られてこない」「写真と全然違う、詐欺だ!」というおそれがないだけマシである。 出品者本人、あるいは出品者と通じているサクラがいて、値段を釣り上げているとしか思えないが、勘ぐり過ぎだろうか。

【追記】 131116
アマゾンでラクザ9が50%オフ?2350円だったので、 思わず買ってしまった。
卓球屋のセールの詳細が明らかになった。バタフライ、ミズノ、アシックス、ダーカー等は30%OFFにとどまった。しかし、バタフライの3割引には理由があると思う。個人的には、バタフライのラケットは同価格帯の他社製品と比べて品質がいいような気がする。ちょうちょのマークはあまりカッコイイとは思えないけれど…。
【追記】 131126
業界大手のタクシンスポーツでも4割引セールを行っている。 卓球屋と同様バタフライやアシックスの割引は30%にとどまる。ただ、こちらは代引きのみの支払いらしく、送料に300円の代引き手数料がかかるようだ。卓球屋とタクシンスポーツは経営者が同じ?

苦しいけど、次の電柱まで走ってみようよ

2012年から毎年「京都マラソン」が開催されている。

marason

参加料が12000円もかかるにもかかわらず、京都の街を走れるということで、なかなか人気があって、応募者の1/3程度しか出場できないらしい。また、1人あたり12000円もの収入(地元企業のワコールやオムロンなどの選手はもっと払っているはず)があるにもかかわらず、第1回は2億以上の赤字だったという。ガードマンを雇いすぎたのが原因らしい。「こういうイベントはもっとボランティアを活用すべきだ」という反省に立って、今年2013年は警備会社に頼むのは必要最低限にし、多くのボランティアに沿道警備を任せることになった。

私も今年の3月、そのボランティアの一人として参加した。

担当部所にコーンを置いて、テープなどで観客がコースに入らないように結界を張り、目を光らせているだけの単純な仕事だったのだが、それだけではあまりにもそっけないので、せめてランナーに声援を送ってあげようと、声を張り上げて励ましていた。京都マラソンは一般の府外のマラソン愛好家が大半なので、温かい言葉で励ましてあげたかった。
しかし、励ますべき言葉が見つからない。「がんばれ!」を連呼するのはあまりにも芸がない。しかし、そうはいっても他にどんな声をかければいいのだろうか?ゴール近くなら「あと?キロ!」とか言えるのだが、私が担当した箇所は残り30キロ近い場所。マラソンの経験があれば、どんな言葉が励ましになるか分かるのだが、あいにく私にはそういう経験がない。

ゴールの見えない長い道程を苦しみながら独りで走るというのはつらいものだ。そんなときに励ましの言葉をかけてもらえたら、干天の慈雨に遇ったような喜びを感じるに違いない。

そしてそんなつらい道のりを不安を抱えながら走っているのはランナーだけではない。いくらがんばっても進歩が感じられない。もうイヤになってくる…。そういう人たちに私ができるアドバイスは、目の前の目標だけをなんとか達成していれば、いずれ道は開けるということだけだ。

表題の言葉は図書館で借りた本の中に挟まっていた返却期限の紙に書いてあった言葉。正確には「苦しくても、次の電柱まで走ろう」だったと思う。なんだか励まされる言葉だ。ゴールまでの長い道のりを考えると投げ出してしまいそうになるが、次の電柱までだと思えばまだ走れるような気がしてくる。走り終わった後、振り返ってみれば、今がいちばんキツイ坂だったりするのかもしれない。孤独に走り続けているのは自分だけではない。そう考えて少しずつ前進すれば、きっと努力は報われる。

知っているかどうか―バックハンドレシーブのコツ

相手の横回転ロングサービスがバックに来た時、うまく迎撃できるか自信がない。
バックハンドドライブや払いで返そうとすると、ボールが落ちたり、あらぬ方向へ飛んで行ったりして安定しない。
回りこんでフォアハンドドライブという手もあるが、これもそうそう使える手ではない。ボールが速いと間に合わないからだ。
そういうミスの連発で練習相手に迷惑をかけまいと、だいたいツッツキ系の止めるレシーブを多用していたのだが、最近、指導者にバックハンドレシーブのコツを教わった。

バックスイングをとらなければよかったのだ。こんな簡単なことを今まで知らなかった私のなさけなさよ。

横回転のロングサービスがバック側に迫ってきたとき、

「ボールの回転に負けまい」
「ボールにしっかり回転をかけよう」

と力んでしまい、バックスイングをしっかりとってからバックハンドを振っていたわけだが、そうすると、ボールを押す力が働いてしまい、必要以上に飛んでいってしまう。
そうではなく、ボールがラケットに到達するまでジッと待ち、ボールが当たったら、そのままバックスイングなしでボールをこすってみると、回転がしっかりかかり、ボールが飛んでいかない、台上に収まる。

「ボールを迎えに行かずに、ボールがラケットに到達するまで待つ」

こんな単純なことだったのだ。おそらくこの「ボールを押さなければ、安定する」という原理の射程はもっと深いに違いない。他にもさまざまな打法にこの原理が応用できるのではないか。

卓球にはこのように「知っているかどうか」でプレーの安定性が劇的に改善するコツが他にもあるに違いない。

安定性だけでなく、対戦においても「知っているかどうか」が勝敗を大きく左右するかもしれない。
厳しい練習の末に身につけた技術の前に敗れるなら、本望だが、単に知らなかったがために試合に負けてしまうのは納得がいかない。

以前、Xia氏のペンドラビデオでおもしろいことをやっていた。

 

普通のストップに見せかけて、横回転を入れたストップで返球し、それを相手がさらにストップしようとすると、フワっと浮いてしまう。そこを狙って打つという戦術だった。

同じようなことをぐっちぃ氏も紹介している。「ドライブサーブ」という相手の意表をついたサービスだ。普通の試合では相手に2球目で打たせないように短いサービスや回転のかかったサービスばかり出す。上回転のロングサービスなど、相手に「どうぞ打ってください」と言っているようなものだから、誰も出さない。その固定観念を利用して相手の意表をつくサービスだ。

 

しかし、こんなのは知らないから引っかかるのであって、みんながやっていたら、誰も引っかからなくなる。つまり「知っているかどうか」が対戦に大きく影響する。ひたすら「独学」で練習を繰り返すだけでなく、大会で多くの選手のプレーを見て、どんな戦術や技があるのかを「知る」ことも大切だったのである。

このレシーブのコツを教わったことによって「知る」ということに今まであまりに無頓着だったと反省させられた。

【追記】1110
『卓球王国』の村瀬勇吉氏の連載「マジックサービスを無敵レシーブで攻略せよ!」にも同様の記述があった。
村瀬氏は「近」「短」「速」をレシーブの原則とし、「近」―つまり、バックスイングをできるだけ小さくすると安定すると説く。
近打球点の考え方は、台上テクニックだけではなく、ロングサービスなどに対するレシーブでも同じである。長いサービスが来た場合もあわてて大きなバックスイングをとるのではなく、打球ポイントにラケットを置いておき、打球と同時に振るとミスは少なくなる。

打球点の近くから振ってもまだ押しすぎてしまうという人は「ラケットとボールが当たってから振る」というイメージでスイングしてみると良い。ただ当てるだけだとコントロールは難しいのだが、当ててから振るイメージで打球すると、飛距離を最小限に抑えつつ、打ちたい方向に打球しやすくなる。


バックスイングが小さければ、必ずしもバックスイングなしで打たなくてもいいようである。

人には言えない秘密―必勝パターンを作る必要性

上手な人は奥の手を持っている。
先日の練習で、相手の人(Aさん)のサービスがどうしても返せない。Aさんに初めて1ゲームとれそうな場面でAさんが出してきたサービスが上回転か下回転か分からず、レシーブミスを連発してしまった。「上回転ですよ」と言われているにもかかわらず、オーバーミスしてしまう。想像以上に強烈な上回転がかかっているのだ。しかも、上だと言われていても、モーションが下、あるいは横下回転サービスに見えるので、つい面を開きすぎてレシーブしてオーバーミスしてしまう。
あまりにもいいサービスだったので、自分でも真似してみようと思い、いろいろやってみたのだが、回転がバレバレのサービスにしかならない。Aさんは見かねて、打ち方のコツを伝授してくれた。曰く

「このサービスのコツは今まで一人にしか教えてません。 そいつに教えたばっかりに、そいつに勝てなくなってしまい、くやしい思いをしました。だから、あまり人には言わないでくださいね」

そのとき、私の頭の中に上手な人のいろいろな振る舞いの記憶が蘇ってきた。

気さくで、質問すれば何でも教えてくれるBさん。その人のサービスも回転が分からず、どうしても強気のレシーブができない。私がサービスミスをすると、「まだまだだな」といわんばかりにニコニコして「今のは下回転ですよ」などと教えてくれる。しかしよくよく思い返してみると、Bさんは回転の質は教えてくれたが、どういう打ち方で下回転を出しているかの具体的なメカニズムは示してくれなかった。いつも安定して強いCさん。Cさんはいつのまにか回りこんで待っていて、気づいたら強打で決められてしまう。Cさんも私に対して何でも話してくれるような親切な人だが、私のどういうレシーブを狙っているか教えてくれたことはない。

BさんもCさんも私に隔意を持っているはずもなく、私のヘタクソなプレーに対していろいろアドバイスしたりしてくれるのだが、競った時の自らの必勝サービスや必勝得点パターンについて教えてはくれない。上手な人は、いくら親しい人でも、教えたくない奥の手というものをいくつか持っているのではないだろうか。自分と同じぐらいの実力のはずなのに、対戦成績が悪い相手というのは、こういう奥の手を隠し持っているからではないだろうか。それはよくよく注意しないと気づかないようなさりげなさをもっているように思える。ぼんやりと試合をしていたら10年たってもそれに気づかない―10年以上同じ弱点を突かれて得点され続けることもあるだろう。

ある程度の能力のある人―分析ができる人なら自分のどのようなプレーが狙われているかが分かるだろう。しかし、私にはできない。言われてみて初めて「そういえば、いつも同じレシーブが狙われている」と気づく。
以下のサイトに相手の得点パターンに注目することの重要性について書いてある。とても勉強になるサイトだが、ページのデザインが分かりづらいので、ふつうに読むと、長々と同じ広告を読まされることになる。「こんばんは BBです」というところから本題が始まる。

情報収集ってなんですか

自分のプレーを省みるとき、いろいろな情報のうち、結局どんな決定打で得点されているかに注目すれば、愚鈍な私でも自分の欠点、相手の得点パターンが見えてくる。そのパターンをつかめば、相手の狙いというのが分かると同時に自分の弱点にも気づき、試合を有利に進められるかもしれない。

もっと自分のプレーを深く省みると同時に、自分も競った時にだけ使う奥の手というのを作っておかないと、試合にはなかなか勝てないのかもしれないと感じた。 

問題意識―短期間で上達する方法

現在、愛知県で平成25年度全日本卓球選手権大会(カデットの部)が開催されている。中学生とはいえ、こんな大会に出場するレベルの選手はそのへんの大学の体育会卓球部のレギュラーよりもレベルが高い。

以前、外国語学習についてダラダラと長期間やっても効率が上がらないという話をした(「相対化するということ」)が、卓球も同様な気がする。全国大会に出場する中学生というのは、卓球を始めてから5~6年程度にしかならないのではないだろうか。それで10年以上卓球をしている人たちよりも強くなるということは、つまり、年長者がある程度からは進歩しなくなる、あるいは年少者がものすごいスピードで成長するかのどちらか、あるいはその両方の可能性が高い。

最近メキメキと頭角を現してきた中国の樊振東選手。
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卓球王国のデータベースによると、6歳の時から卓球を始め、わずか10年で世界ジュニア優勝。全中運動会準優勝。世界ランキング10位(13.10時点)。全くの初心者がわずか10年ほどで世界の頂点を窺うまでに成長するというのは、どういうことなのだろうか。

吉岡友治『いい文章には型がある』(PHP新書)という本の中におもしろい記述があった。この本では文章を次の3つの類型に分類している。

ストーリー型:具体的な場所・時間で登場人物が行動すると、事件が起こり、意外な方向に話が展開するものを典型とし、歴史や報告など、時系列に従って物事を描くタイプの文章。
主張型:論文に代表される文章。ある問題に対して解決法や意見を提示し、読者の反論を防ぎながら、根拠や証明によって相手を説得するゲーム的なタイプの文章。
直観型:ある経験や思いつきからはじまって、そこから話をめぐらし、最後に「人生とは」「仕事とは」といった大きなテーマに結びつけてまとめるタイプの文章。エッセイがその典型。

そして主張型の文章について以下のように述べている。

問題が探せなかったら、主張型文章は書くことができない。【中略】つまり、問題意識とは、困った状況を積極的に探しだすスキルのことだと言えよう。困っているからこそ、「何とかしなきゃ」と解決を考える必要も出てくる。もしかしたら「文章が書けない」と悩んでいる人のかなりの部分は、実は現状に満足していて、本当には「困っていない」から書けないのかもしれないのである。

この卓見には大学生がレポートや卒業論文を書いたりするときのことを考えれば首肯できるはずだ。大学生は特に問題意識を持っていない人が多いので、論文に書くことがない。何を書けばいいか分からない。漠然と「人権問題」だの、「新興国の台頭」といったことについて卒業論文を書きたいと思っているが、何も書くことが浮かばない。「ある問題に対して困っている」というよりも、「困っていないことに困っている」のである。

卓球が上達するかどうかも、問題を探し出せるかどうかに関係があると思う。全国レベルの選手ともなると、まったく分からないが、私程度のレベルなら、弱点がないこと、どんなボールにも対応できるようになることが上達ではないかと思う。そうだとすると、自分の弱点や問題点をつきとめ、それと正面から向き合い、克服するというプロセスを休みなく続けることが上達への最短距離ではあるまいか。自分の持つ技術を安定させることに汲々とし、より深刻な問題には気づかないということがよくある。私程度の実力では、どうして試合に負けたのかわからない場合が多い。「いつのまにか負けていた」「まったく攻めさせてもらえなかった」といった分析しかできない場合が多い。それで試合の後には特に練習メニューを変えるわけでもなく、十年一日のごとくに同じ練習を繰り返して進歩がない。しかし、そのような問題意識ではいつまで経っても上級者にはなれないだろう。

樊振東選手がどのような方法で上達したのか分からないが、彼は自分の問題点に対する意識が鋭く、不断に問題点を解消するということを繰り返してきたように思えてならない。ここでいう「問題点」というのは弱点というよりも、独創的な得点パターンの獲得や、世界レベルの相手の攻撃を封じる対策といったことである。さすがに世界レベルの選手ともなると、弱点らしい弱点はないはずだから。
中学生ながらも、大学生を凌駕するような実力を短期間で身につけた選手たちは、このような自身の問題点を積極的に探しだす能力に長けていた(あるいはそういう能力を持つ指導者についていた)のではあるまいか。
 

つっぱり打ち―小さい力で素早いスイングを

若いころはフォアドライブには自信があった。低く速いドライブでの一発は上級者にも褒められたものだ。

しかし私はもう目を三角にして必死にドライブを打ちたくない。もういい年だし、初級者の相手をすることが多いので、余裕を持って初級者でも受けられる程度のスピードのドライブを打って、ラリーを楽しみ、決めるときだけ一発の渾身のドライブを打ちたいのだ(こう書くと、上から目線でいかにも偉そうだが、私は初級者に毛の生えた程度の実力である)。

そんな初級者に好かれるようなドライブを打ちたいのだが、ツッツキを軽く打とうとすると、ボールを落としてしまうことが多く、安定して擦り上げられない。ビデオで自分のプレーを確認してみると、自分でイメージしているほどラケットが振れていない。自分の中では30センチはラケットのヘッドを移動させたと思っていたのだが、ビデオを見ると、10センチほどしか移動していない。いや、移動していることはしているのだが、スイングスピードが遅いので、ボールを打球し終えて、ボールが離れていったあとに残りの20センチを振っているという感じなのだ。

そこで、スイングスピードは速いままで、スイングの途中でキュッと止める感じでドライブを打ってみる。たしかにこれなら緩いドライブになるのだが、スイングが不自然に止まるので、次のボールへの対応が遅れるし、疲れる。

どうすれば下回転のボールをゆるやかなスイングで安定して打つことができるのだろうか。言い換えれば、ゆっくり打っても下回転を軽々と持ち上げられる方法はないものだろうか。

最近、これに対する決定的な解答が見つかった。ボクシングのストレートを打つようにこすり上げるのだ。イメージ的にはこんな感じである。
右ストレート

ヒジを後方に引き、上体をやや沈ませ、カーブドライブをかけるようにして、バウンドの頂点をストレートに厚く打つべし!

あるいは相撲の「つっぱり」のように直線的に押し出すようにこするのである。
harite

これは以前「招き打ち」と読んだ打法の修正版である。

「そんなバカな!卓球のスイングを前方に打つなんてありえない」という意見をいろいろな人から聞いたのだが、私の実際の経験から、この「つっぱり打ち」は使えると確信した。

ありえないことだが、この打法はブレードのヘッドから入って、縦にこするのである。その際、かなり厚く当てたほうが安定する。さすがにブレードを水平にして、まっすぐ前方に打つというわけにはいかないが、下回転の程度に応じて上方へ、かつ前方にラケットを出すと、さほど力を入れずに下回転が持ち上がる。押し出すようにこするのである。遠心力を使う、通常のフォアハンドと、ほぼ直線的なつっぱり打ちを比べてみると、通常の弧線を描くフォアハンドはかなり力を込めなければ速いスイングができない。それに対してつっぱり打ちはあまり力を入れなくても速いスイングが可能である。ラケットを縦方向に振ると、安定するのはブロックを考えてみたらよく分かる。

シェークでバックハンドブロックをするとき、ブレードを横に倒して止めるのと、ブレードを縦に立てて止めるのを比べると、ブレードを立てたほうが安定する。横にすると、威力のあるボールに押されてしまうのに、立てて打つと、ほとんど押されることがない。ブレードを横にするよりも、縦にしたほうがラケットが安定するのである(ただ、そのことを上手な人に言うと、「でも、横に倒せば、その形のままバックハンドドライブが打てるので、横にして打った方がいい」と言われたのだが)

さらに、つっぱり打ちはスタートが早い。とっさに苦しい姿勢から放っても間に合うし、連続攻撃も可能だ。ゆるいドライブだけでなく、打点の早いスピードドライブで決定打も打てる。

以前も紹介した(「『まったく新しいボクシング読本』を読んで」)が、セレス小林氏のボクシング講座にこんなことが書いてあった。

 スピードを上げるための練習としては、拳を置きにいくのではなく、投げるイメージを持つといい。さらに言えば、自分が持っている物を相手に渡すのではなく、相手が持っている物を奪い取るイメージ。それによって戻すのも速くなり、相手のパンチをもらわなくなる。そして、当たる瞬間は内側にひねるように拳を握り込む。そうすれば拳の面(ナックル・パート)がしっかり当たるようになる。

この通りにラケットを投げるようなイメージ、あるいはボールを素早く奪い取るようなイメージで戻せば、連続攻撃が易易とできるようになるのではないだろうか。最後の「当たる瞬間は内側にひねるように拳を握り込む」というのも興味深い。
階段を上るとき、普通に、力を均等に入れて上ると、非常に疲れるのだが、階段に足が着地した瞬間にグイッと足に力を入れて上ると、かなり楽になる。スロースクワットも同様の原理ではないだろうか。しゃがんだ状態からグイッと立ち上がるのはなんでもないが、5秒以上かけてゆっくり立ち上がるスロースクワットは筋肉に相当な負担がかかる。力を瞬間的に入れるのと、均等に入れるのを比べると、瞬間的に入れたほうが威力が出、楽なのである。卓球で考えれば、よく「打球時にグリップをギュッと握ると、威力のある球が打てる」と言われるのがそれだろう。

このように素早いスイングで打球時にグイッと力を入れることによってさまざまな場面で安定したボールが打てるつっぱり打ちは、まさに私が求めていた打法である。
しかし、指導者によると、この打法は別に特別な打ち方ではなく、早いピッチ中の打法として多くの上級者が使っているのだそうだ。ただ、フォロースルーが円を描いているので、それほどストレートに打っているように見えないとのこと。

【追記】131104
以前「デッパリ弧線」について書いたが、このストレート打ちはフォアハンドのデッパリ弧線なのかもしれない。

【追記】131105
この打法を当初「ストレート打ち」と呼んでいたが、「ストレート打ち」というと、クロスに対立するストレートという、方向を意味してしまい紛らわしいので「つっぱり打ち」と呼び名を改めた。 
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