しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2013年04月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

『オーケー!ボーイ エディさんからの伝言』(卓球王国)を読んで

卓球王国の出版物は質の高いものが多い。私は雑誌『卓球王国』をよく読むのだが、その出版物紹介の広告ページにこの本が紹介されており、前から気になっていた。どうしてボクシングの本なのに卓球王国が出版しているのだろうか。
どうやら、卓球王国編集者?の高橋和幸氏(参照:ラケットへの愛着)とエディ氏は個人的に親交があったようだ。
ok boy















エディ氏はガッツ石松や赤井英和といった有名なボクサーを育ててきたハワイ出身のトレーナーである。その愛情にあふれた指導は多くのボクサーに慕われたという。

この本を一言で言えば、ボクシング版「相田みつを」である。写真とエディ氏がボクサーを励ました名言が散りばめられていて、説明などは非常に少なく、30分ほどで軽く読めてしまう。相田みつをに感動できる人は、この本にも感動できるし、できない人はできないだろう。この本は励まされたい人よりも、励ましたい人が読む本である。

私の心に残った名言は以下のものである。

手をこうやって、握手して…言うの。とおるの。
ボク、話するの、とどくの。
「大丈夫よ」…「オーケー」。日本人、ちょっと違うね。
すぐ、「がんばって!」あれだけ。手、握らない。

この言葉から分かるようにエディ氏の日本語はかなり拙い。拙い言葉で上手に指導するにはどうすればいいのだろうか。指導を受けた村田栄次郎氏は言う。

「日本人はみんな、プロフェッサーよ…」。
エディさんは、よう、そんなこと言うてましたね。これは理論ばかりで教えるという意味やと思うんですが、確かに日本人のトレーナーは、とにかく言葉でねじ伏せる傾向が強いんです。それがエディさんは、スパーリングやってると「ストップ!」言うて入ってきて、カタコトの日本語で「今のパンチ、こうね。パンパンパン打ったら、次、こうパンッ、ね、わかる?」…。動作で見せるだけで、あまり細かい説明はしないんです。そうすると、こっちも考えるんです。エディさんの言うことはこうかな?という具合に。


条理を尽くして言葉で説明する、ということは頭の良い人にありがちな間違いなのではないだろうか。隙のない論理で順を追って説明されると、いちいち納得するので、自分で考えることをやめてしまう。聞いたときは分かったと思うが、しばらくすると、そのような説明は頭に残らず消えてしまう。なんだかテレビ番組に似ている。テレビは映像と音声と文字を駆使してこれでもかというほど分かりやすく説明してくれる。しかし、テレビを観ている間、立ち止まって考えるのは難しい。一方、本は違う。読みながら、「あれ?」と思ったら、そこで「これはいったいどういうことだろう」と立ち止まって考えることができる。

昔、上代文学の偉い先生にお話をうかがったことがある。その先生はことばについて「ことばとは、つまるところ、問いと答えだ」とおっしゃっていた。文レベルでも言葉は主語という「問い」と述語という「答え」から成り立っている。授業だってそうだし、会話だってそうだ。その際、「問い」と「答え」が密接につながりすぎていると、上に挙げたように自分で考える隙がなくなってしまう。適度に「答え」を飛ばして簡潔に説明すると、聞き手は「あれ?」と考える。そういう指導がコミュニケーションであり、相互理解なのかもしれない。

エディ氏はそういうことを計算しながら指導していたのだろうか。あるいは天性のものだったのだろうか。
どちらにしても、指導とは何かということを考えさせるエピソードだった。



クロスバイク購入顛末記

今回は卓球に関係がないが、自転車について書いてみようと思う。ちなみに私は自転車に対してドシロウトである。私のように自転車に不案内の人が自転車を購入する際、役に立つかもしれないと思い、記した次第である。

ここ京都では自転車は日常の足である。自転車さえあれば、車はいらない。ちょっと遠いが、京都の中心から南の伏見、北の北山通りまで自転車で30分程度で行けるし、東は祇園や清水寺、西は金閣寺、嵐山までやっぱり30分以内で行ける(ただ清水寺の辺りはきつい勾配があり、観光地なので自転車を止める場所がないかもしれないから、あまり自転車で行くのはおすすめしない)。
最近は北や西の町村を併合したため、京都市がずいぶん広がってしまったが、昔ながらの京都、それも京都の中心的な地域(北は北山通、南は京都駅、東は北白川通、西は西大路通)は坂らしい坂もなく、自転車だけで十分移動できる範囲である。山科や嵐山、伏見区の南の方とか、ちょっと離れたところにいくなら、地下鉄を使えばいい。

私は妹にもらったパナソニックのクロスバイク”abios player"という自転車に乗っていた。この自転車は普通の26インチのシティーサイクルよりもやや小さく、女性向きの自転車だったが、非常に乗りやすかった。乗りやすいというのは、軽いということである。車重ではなく、ペダルを踏んだ時の加速が軽いのである。それまではずっとシティーサイクル(ママチャリとも言う)に乗っていたのだが、初めてこの自転車に乗ったときは軽さとスピードに驚いた。こんなに力を入れずにスピードが出るなら、電動自転車というのは要らないのではないかと思った。荷物や子供を載せようとしなければ、クロスバイクのほうが軽快でいいのではないだろうか(電動自転車には乗ったことがないが)。

しかし、どこに行くにも自転車を愛用していたため、とうとうタイヤの表面が破れてしまい、それでも乗り続けていたら、ある日突然パンクしてしまった。ブレーキやギヤのワイヤーもくたびれてきているし、傷やよごれも非常に多い。満身創痍の自転車を部分的に修理しながら乗るよりも、買い換えてしまったほうがいいのではないか。タイヤとチューブの交換で5000円以上かかるらしいので、それなら新品を買ってしまおうと思い立った。

スポーツタイプの自転車というと、なんだか非常に高いという印象がある。自転車なのに何十万もしたりするらしい。それでもっと安いスポーツ車はないかとインターネットでいろいろ情報を集めてみると、フェラーリだの、ランボルギーニだの、車のメーカーからも自転車が出ている。しかも3万ほどで買えるらしい。しかし、よくよく調べてみると、この手の自動車会社の自転車は名前だけ貸してもらっているだけで、あまり質が良くないらしい。自転車は技術革新でコストが急激に下がったり、性能が急激に上がったりするものではないらしいので、性能は値段相応で、あとはメーカーや部品の信頼性やデザインで決まるようだ。高いものは軽くて丈夫な素材で作られており、パーツも信頼性の高いものを使用している。よって、安いものは「それなりに」というものらしい。値段が性能を忠実に反映しているなんてすばらしい。これなら「買って損した」ということはない。

自転車の中にはロードバイクというドロップハンドルの本格的なものと、クロスバイクという街乗りのカジュアルなタイプがある。ロードバイクは8万ぐらいからなので、敷居が高い。私にはクロスバイクで十分だ。ということでクロスバイクを購入することにした。自転車はオプション(選択肢)が多い。同じ自転車でもフレームのサイズやタイヤのサイズが細かく選べるらしい。こんな細かいことを理解した上で自転車を買おうと思ったら、1年はかかってしまう。なので、近所の自転車屋さんに行って相談してみた。ネットのほうが少し安いらしいのだが、オプションが煩雑すぎるので、やはり実店舗で購入することにした。

エイリンという京都で有名な自転車屋さんに行って、話を聞いた。店員さんは詳しく親切にいろいろなことを教えてくれた。私が最安ラインの自転車(ちゃんとした自転車で一番安いのは4万からだという)でいいというと、自転車屋さんのおにいちゃんはGIANTという台湾メーカーのESCAPEという自転車を勧めてくれた。

R3








ESCAPE R3

GIANTはとにかくコスパが高いのだという。同じ値段の他社製品と比べると、少し上等なパーツを使っているらしい。ほかにもいろいろ話を聞いたのだが、LOUIS GARNEAUというメーカーもオススメらしい。もう少し検討したいと思い、その場では買わず、後日買いに行ったのだが、そのときの店員のおねえさんはGIANTはコスパが高いが、塗装とか、ブレーキワイヤーを覆うビニールがひび割れたりと、細かい部分で劣化が早いという意見だった。実際に修理を担当している人の意見なので、説得力がある。それでイタリアのメーカーGIOSのMISTRALという自転車を勧められて、それを購入した。

mistral









MISTRAL

名前がESCAPEよりもMISTRALのほうがかっこいいというのも理由の一つだった。名前はどうしても気になってしまう。MISTRALはヨーロッパ南部に吹く風の意味らしい。

それでMISTRALに乗った感想なのだが、悪くはないが、期待していたほどではなかった。以前のabiosはタイヤが非常に細くて、軽かったのだが、MISTRALは普通のママチャリぐらいの太さのタイヤで、乗っている時にあまり軽さを感じなかった。ママチャリよりは軽いが、以前のabiosのほうがずっと軽かった気がする。フレームのサイズも以前より大きいせいか、abiosよりも車重が少し重く感じる。買って2ヶ月。今のところ大きな不満もトラブルもないので、まぁ、よしとしよう。

ちなみに私が参考にしたのは以下のサイト。非常に丁寧に説明していて、初心者にも分かりやすい。
「クロスバイク 初心者ナビ」

【追記】
今日、自転車で市内をウロウロしていたら、神泉苑狂言の時期が来たことを知った。
壬生狂言は有名だが、神泉苑狂言はあまり知られていない。神泉苑狂言は壬生狂言とほとんど同じタイプの無言劇の狂言だが、なかなか見応えがある。しかも無料である(寄付を求められるので、100円ほどは払ったほうがいいが)。

今年の日程は以下のとおり。
5/1:13:30~17:30
5/2:同上
5/3:13:30~17:30 19:00~22:00
5/4:同上

ラケットへの愛着

ネットで味のあるラケットの写真を見つけた。

写真家 高橋和幸のブログ

これで現役?というのだから驚かされる。
普通の人はラケットを台にぶつけた傷が複数できて、深さが数ミリに達し、側面がボロボロになってくると、「もう寿命かな」などといってラケットを替えてしまうだろう。しかし、このラケットは数ミリどころか数センチは「減っている」だろう。
これほどの状態になってまで手放せなかった理由が何なのか知りたい。

A) 使いやすい、あるいは非常に性能がいい
B) このラケットでかつて好成績を残した
C) とくに理由はない、なんとなく

こんなところだろうか。

Aは性能的な理由
Bは個人の思い出的な理由
Cは理由がない

というもの。

私は最後の理由のような気がする。
というかこの人には

「ラケットの見栄えが悪くなってきたから替えよう」

とか

「ちょっと自分に合わないから、替えてみよう」

という発想自体がなかったような気がする。

「使えなくなったら、替えるもんでしょ?ラケットって」

とか言いそうな気がする。自分に合う、合わないとかを考え、新素材とか、独特の形状とかいうのに注目し、傷がついたとか、上板がちょっと剥がれたといった見栄えとかを気にして、しょっちゅうラケットをコロコロ変えている自分が恥ずかしい。

自分の可能性を最大限に引き出したいという人が用具に活路を見出して、模索するのなら、用具をいろいろ替えるというのも分かるのだが、私程度のレベルで、ろくに用具を使いこなしていないうちに、次から次へと替えるというのはどうなのか?私的には「何か違う」という感じがする。

もちろん、最近は「用具マニア」という人たちがたくさんいて、いろいろな用具を試して楽しんでいることにケチを付けるつもりはないし、そんな権利もない。

ただ、私は

「このコルベルは、卓球を始めたときからずっと使い続けてるんです。ラバーは両面マークV(中)で、年に一回貼り替えています」

みたいな人にどうしようもなく弱いのだ。なんだかそんなラケット見ると、やさしい気持ちになる。涙が出そうになる。

「与えられたもので満足する」
「それ以外の選択肢があるなどとは思ってもみない」


そんな人に私はなりたい。

【追記】
卓球王国のブログでゆう氏も同じようなことを書いている。

「ミスを用具のせいにするんじゃない」

もう、用具を替えるのはやめようかな。

♪あした負~けたら、あさって勝つぞ~ あさぁって負~けたら、その次勝つぞ~;森薗政崇選手とワルドナーのスタイル

天才と呼ばれる若い選手はたくさんいる。
そういう選手は若いうちから脚光を浴びる。しかしその影に隠れて、実力はありながら、なかなか脚光を浴びない選手もいる。森薗選手はそんな選手ではないだろうか。
一つ上の学年に丹羽孝希選手、町飛鳥選手、吉田雅己選手という天才たちがひしめいていて、一つ下の学年には村松雄斗選手がいて、その間に挟まれて、森薗選手はあまり注目を集めてこなかった。

しかし、今年に入ってようやく森薗選手に対する注目が集まりつつある。
(参照「卓球の見せ方」)


クウェートオープン 森薗政崇 VS 黄鎮廷

なんといっても森薗選手には強烈な個性がある。シェーク裏裏の攻撃型選手というのは世界中どこにでもいるが、森薗選手は遠目に見てもすぐ分かる。初めから終わりまで、常に全力で、前のめりである。1球1球動き回り、全身で打球している。声がでかい。熱い。こういうキャラクターは80年代に絶滅してしまったのではなかったか。80年代半ばからは日本も豊かになり、熱血漢はかっこ悪いという風潮が広まり、無気力でやる気のなさそうなほうがかっこいいという時代になった。そしてスポ根と言われるスタイルは下火になっていった。

しかしそれは大きな勘違いなのではないだろうか。涼しい顔をして勝ったり負けたりするのは、本当にかっこいいのだろうか。涼しい顔をして勝つのなら、まだ見られるが、涼しい顔をして負けるのはかっこ悪すぎる。勝つときも負けるときも全力で、泥臭く、無我夢中の人のほうがかっこいいじゃないか。応援したくなるじゃないか。そういうことを森薗選手を見て考えさせられる。



上のワルドナーの動画を見ると、ワルドナーのドヤ顔が鼻につく。なんでこうも自信満々余裕綽々でプレーできるのだろう。いくらかつて世界最高のプレイヤーと讃えられた選手であっても、この態度はひどい。「お前のごときザコ、眼中にないわ」と言わんばかりだ。相手の選手はおそらく相当嫌な気分だっただろう。そしてワルドナーは最後まで大物気取りでプレーして負けている。カッコ悪い。

…この記事では森薗選手のスタイルがいかにかっこいいかを述べるつもりだったが、突然、主題を変えたくなった。上のワルドナーの省エネぶりがすばらしかったからだ。なお、私は「省エネ」とか「エコ」とか「半額」とか「お得」といった言葉に非常に弱い。

体力が下り坂のわれわれ中高年にとって上のワルドナーのプレースタイルはちょっと憧れる。森薗選手的な猪突猛進スタイルは、最高にかっこいいと思うが、われわれがマネをするのは難しい。そこで次善のスタイルとしてワルドナースタイルをマネしたいと思うのだ。

・体を入れつつも、前腕で軽くフォアフリック
・ブロックに下回転や横回転をまぜて意表をつく
・バッククロスの厳しいコースへ返球し、相手にフォアドライブを打たせてから、ストレートにブロックおよびカウンター
・サイドを切るカウンタードライブ

これらがワルドナーの見せたテクニックだが、コントロールとブロックの巧みさが際立っている。
こんなプレーができるようになるにはどうすればいいのだろうか。まずブロックを磨かなければならない。相手に攻めさせて、それを受ける練習を繰り返さなければならないだろう。そしてそれが板について、ある程度ブロックで返せるようになったら、今度は際どいコースを狙うようにしたり、変化を交えたりしたらいいのではないだろうか。そうすると、B面にゴクウスを貼ったほうがいいかもしれない。

自分から攻めにいくのはしんどいものだ。相手のレシーブをドライブしようとすると、「次はどこに来るのか」と、いろいろ神経を使わなければならないし、ドライブミスなんかしてしまったら、ショック倍増である。気が滅入る。
しかし相手に攻めさせようと思ったら、気が楽である。ツッツキでコースを攻めることから始めるので、心穏やかな気分で待てるし、うまくブロックできなかったとしても「あんな速いドライブだったし、まぁしょうがないか」で済む。

このスタイルはいろいろ神経を使うのに飽いた中高年に合っているのではないだろうか。

サービスからのラリー構成―「男子卓球の真実」第1巻を観て

4月に入って漫然と過ごしてしまったために、もう4月も後半に入ってしまった。
これではいけないと思い、今年度の計画をたてることにした。
計画をたてることのメリットは2つある。

一つは計画をたてる過程で自分に何が足りないか意識できること。
もう一つは目標とその効果、そしてそれを達成する手段が明確になることだ。

卓球で考えればどうなるだろうか。
「上達したい」というのはあまりにも漠然としすぎている。そこで「1ゲームで2~3本サービスエースがとれるようなサービスを出せるようになりたい」というのはまぁまぁ具体的でいいかもしれない。

サービスというのはおもしろいもので、相手のサービスを見れば、だいたいのレベルが分かる。「えっ?サービスだけ上手い人とか、サービスだけ下手な人だっているでしょ?サービスでレベルを測ることなんでできるだろうか?」と思うかもしれないが、不思議とサービスだけ上手い人とか、サービスだけ下手な人は少ない。

切れたサービスが出せるかどうか。
わかりにくいモーションのサービスが出せるかどうか。
同じモーションで長短左右・切る切れないが出せるかどうか。

といったことで卓球のレベルが分かる。「切れたサービス」というのはあいまいだが、要するに「弾き」の力を使わず、ほぼ完全にラバーとボールの摩擦の力だけでボールが進むようなサービスである。「切れたサービス」が出せない人は3球目からの展開も大したことはないし、手首を使って複雑にモーションを入れているような人は、やはり次の攻撃なども安定していてうまい。サービスは下手だが、ラリーは上手いという人にはほとんどお目にかかったことがない。逆にサービスは上手だが、それ以外はさっぱりだという人にもほとんどお目にかかったことがない。サービスがうまいと、その後のラリーもうまい。「サービスはラリーの第一球目」などと言われるが、試合ではサービスとラリーを切り離して別物だと考えるのは間違いなのだろう。
こちらのサービスを特定せず、とにかく「相手が自分のバック側に返球してきたときのラリー展開」というのは想定しにくい。そうではなくてラリーというのはサービス込みで構成しなければならないのだろう。そうだとすると、サービスでエースをとれるという目標だけでなく、サービスからの展開を確実にするという目標も射程に入れてもいいかもしれない。

ラリーを構成するには、まず自分に都合のいいコースに返球させるようなサービスを出すべきだ。しかしそんなことは可能なのだろうか?相手だってこちらの裏をかこうと必死なのにこちらの思ったとおりにコースに返球させるなんて。

考えられるのは3つ。

サイドラインを割るサービスと速いロングサービス。
それから、超切れている横回転サービス。

サイドを切るサービスならどうしてもクロスに返さざるをえない。相手のバッククロスにサイドを切るサービスを出したら、こちらのストレートに返球される確率は低いだろう。
また、速いロングサービスなら、相手に考える時間を与えないので、相手もつい同じコースに返してしまう。つまり、相手のバッククロスに速いロングサービスを出したら、相手は反射的にこちらのバック側に返してくる。もちろんこのサービスは意表を突かなければならないので、何度も出せない。
そして超切れている横回転サービスをバッククロスに出したら、ストレートに返すのは難しいと思う。バックか、せいぜいミドルに返ってくるのではないだろうか。
これ(たぶん間違っていないと思う)を手がかりに3球目からのラリーを構成すれば、ポイントを有利に進められるはずだ。

そのために何が必要だろうか。
・同じモーションからストレート(速いロングサービス)とバッククロス(サイドを切る)にサービスを出せる
・横と横下回転を分かりにくく出し分けられる
・超切れているサービスを出せる
・相手に回転を読まれづらいモーションをつけられる

う~ん、ハードルが高すぎる。計画は実現可能でなければならない。とりあえず、超切れた横回転をサイドを切って出せるように練習することにしよう。

最近出た「男子卓球の真実」第1巻を見ると、超切れたサービスというのがよく分かる。こんなサービスを出すには技術だけでなく、用具も影響してくるのだろうが、これらのサービスの半分の回転量でも我々のレベルなら十分ではないだろうか。


「男子卓球の真実」第1巻サンプル

「男子卓球の真実」第1巻は約40分。前半は丹羽選手、町選手、吉田選手、上田選手、森薗選手、三部選手といった青森山田高(三部選手は青森山田中、上田選手は青森大か?)の主力選手の多様なサービスの紹介。後半はサービスからどのように攻めていくかという展開の紹介。
試合では各選手とも同じようなサービスを1~2種類だけ使っているように見えるが、切っているバージョンとナックルのバージョン、同じモーションからフォアにロングサービス等、いろいろバリエーションがある。このような一つのモーションから複数のバリエーションを持ったサービスを一つ身につけておけば、一生使える気がする。
そして後半のサービスからの展開が非常に興味深い。
もし自分が青森山田の選手たちのようにサイドを切る切れたサービスが出せたとしたら、どう待つか、あるいは自分が彼らに対した時にどうレシーブするかというのを考えると試合の展開が想像できて勉強になる。これはまさに「詰将棋」だと思った。

「男子卓球の真実」第1巻は非常に完成度の高いDVDだった。そして第2巻はフットワーク編だという。予告編として丹羽選手の「V式フットワーク」の映像が映っていたのだが、「これは早送りではありません」という注意書きがあるぐらい速い。こちらも非常に期待できそうだ。ただ、できれば、BGMは変えたほうがいいと思う。

日本代表レベルの視点―倉嶋洋介監督の所信表明から読み取れること

「水谷選手は下がってちゃ、中国に勝てない」「水谷選手は守りに回っちゃダメだ、もっと攻めていかなきゃ」などと世間の素人が国際試合を批評して楽しんでいるが、水谷選手にしてみれば噴飯物だろう。日本の頂点に立つ水谷選手が自分の能力や条件を勘案して、考え抜いた末に出した結論があのスタイルなのに、水谷選手の足元にも及ばないような素人が何を知ったふうなことを、と呆れているに違いない。

『卓球王国』2013-5号に倉嶋監督による男子日本代表の戦略が載っていた。そこから日本代表が世界のトップレベルの卓球をどのように見ているかがうかがえて興味深く読んだ。

最近の男子卓球の世界的な傾向として以下の点があげられるという。
・レシーブからのフォア攻めは通用しない。いかにバックを潰すかがポイント
世界レベルの選手にフォアハンドを打たせたら、圧倒的に不利ということだろう。「世界のトップ選手がラリーの中で、体勢が整っている状態でミスをすることはほとんどない」とある。それだけ完全な姿勢でのフォアの1発は脅威なのだろう。たしかに国際試合を観ていると、派手なフォア対フォアのラリーは少ない気がする。

・サービスでは、チキータをかわすため、フォア前にサービスを出し、フォア前のサービスをチキータしてきたら、バックに深く返す展開が増えている
「サービスレシーブでは7、8割がバックへ来る」とある。そのようなパターン化した展開に変化を与えるためにフォア前サービスからの展開というのがあるようだ。

ループドライブはカウンターで返す。同様に自分のループを相手がカウンターしてきたら、カウンターかブロックで返す。
自分のループドライブをブロックで受けさせて、次で決めるというのはプロのレベルでは通用しないようだ。ループを打ったらカウンターで返ってくる。これを厳しいコースにブロックするか、カウンターをカウンターで返すという展開になるようだ。

このような傾向を総合すると、世界レベルのラリーの典型が見えてくる。

バックへのショートサービス
→バックにチキータ
→バックにドライブ
→カウンタードライブ

フォア前にショートサービス
→バックにチキータ
→バックに深いドライブ
→カウンタードライブ

こんなところだろうか?とにかく相手のフォアで打たせず、互いのバックを潰そうとする展開が世界レベルの典型ということだろうか。この典型で待たれないために、あるいは変化をつけるために上の展開以外にストップやフォアの厳しいコースにも攻めたりするということだろうか。

課題としては次のようなことが挙げられていた
・ラリー中に打球点を変えないと打ち抜けない
中陣の低い打点から、だんだん前に出て行き、早い打点で打つようにすれば相手に反撃の暇を与えないのだという。

・主力のサービスを数種類と隠し球を1~2球持っていないと、せった場面では勝てない
サービスというのはどのレベルでも重要なのだ。

倉嶋監督は36歳ということである。前任の宮崎監督と比べると、かなり若い。その経験の少なさや指導力にやや不安を覚えたが、この所信表明を読んだら、不安は払拭された。
・指導者が一方通行で指示をし過ぎては選手の考える能力を奪ってしまう
・お互いの意思疎通をしながら提案し合うことや、意見を伝え合うことが重要で、双方向コミュニケーションをとることを目指していく

おそらく宮崎監督がこういうタイプだったのだろう。宮崎監督と選手との年齢差を考えると、選手は不満があっても口に出せなかったのではないだろうか。その点倉嶋監督は比較的年齢が近いので、選手も反論しやすいと思う。

・合宿は長期にわたるが、疲れてくると仲間内で陰口を言ったり、批判したり愚痴が出てくる。チーム内での陰口や悪口はやめよう。

華々しい活躍の裏に選手同士のドロドロした関係が透けて見える。女子日本代表がとても仲がよさそうなのに対して男子はあまり関係がよくないのかもしれない。
「日本チームが負けたのはあいつのせいだ」
オリンピック後はこんな陰口が交わされたことだろう。女子チームが日本中に祝福されているだけにあのオリンピックでの痛恨の敗北はいまだに選手間にわだかまりを残しているのかもしれない。

・社会と卓球界は別ではなく、社会の中に卓球界がある。社会のルール、常識を軽んじないようにしてほしい
・スポーツマンとして、試合が終わったら、手のタッチではなく、しっかりと握手をしてほしい。負けた時にどのように振る舞えるかが、人間力であり、スポーツマンシップだと思う

こういう点をおろそかにしないところが倉嶋監督の指導力の高さをうかがわせる。「勝ちさえすればいい」「勝つためなら何をやってもいい」という人間についていこうと思う人はいないだろう。また「社会のルールを守れ」「試合の後は握手しろ」と一方的に命令するのは簡単だが、倉嶋監督の場合は「卓球界は社会の外にあるわけではない」「負けた時の態度がその人間の価値を決める」ときちんと相手が納得して自分で行動できるように根拠を述べて説得している。子供扱いしていない。これが「双方向コミュニケーション」なのだろう。

「長所を伸ばすことを忘れてはいけない。中国以外の世界のトップ選手を見ても、オフチャロフは強烈なバックハンド、荘智淵はフットワークと圧倒的なラリー能力、そしてボルはカウンタードライブとボールの回転量、水谷は世界一のサービスとラリーの強さという特徴を持っている」


水谷選手のサービスは最近あまり効かないような気がするが、それでも「世界一」という認識のようだ。たしかに水谷選手のサービスエースは減ったが、それでも相手に容易に攻めさせないサービスなのかもしれない。それに続けて「高木和だったら粘り強さ、岸川だったら台上の技術、多彩なバックハンド、健太だったらブロックとサービスというような特長をさらに伸ばして世界選手権に臨んでほしい」と各選手の長所を述べているが、丹羽選手、賢二選手、吉村選手についての言及がない。中でも日本チームの有望株の丹羽選手についての言及がないのが気になる。これは単に年齢が若い選手だから省略しただけなのか、あるいは丹羽選手の打球点の早さを監督は長所と認めていないのか。気になるところだ。

倉嶋監督の所信表明から多くの発見があった。こういう日本代表レベルの人が話す言葉の端々からは世界レベルの認識がうかがえて興味深い。そして倉嶋監督が想像以上に頼りになりそうなので安心した。男子日本チームの未来は明るい。

弾まないラケット―豊田町卓球スポーツ少年団ブログの記事から

水谷隼選手や伊藤美誠選手を輩出した豊田町スポーツ少年団のブログに水谷選手が使ったラケットについての言及があった。

「ラケットの変遷」

この記事によると、水谷選手が子供の頃に使っていたラケットはどれも弾みを抑えた軽いラケットだということである。弾むラケットを使うとボールが速くなり、上手になったように錯覚するが、実際はスマッシュやドライブの1発の威力が増すだけで、その他の技術はむしろ劣化してしまうのではないだろうか。ブロックが止まらない、ツッツキやストップが長くなってしまう。球持ちが悪く、回転がかけにくい等、多くのデメリットが考えられる。
スピードグルーが禁止になったことで弾まない粘着ラバーでは勝てないといったことを聞く。プロのレベルならそういうこともあるかもしれないが、我々一般の卓球愛好者のレベルでは、弾まない用具にそんなにデメリットがあるとも思えない。

最近のWRMの動画によると、カット用の弾まないラケット「幻守」と弾まないゴクウス粘着ラバーとの組み合わせが相性抜群だという。弾まないから、相手のドライブをカウンターしやすい、ツッツキが切れて速い。ブロックが止まる等、地味ながら確実に勝率が上がりそうな特徴を持っている。
私は今では高級テンションラバーを使っているが、以前は「王励勤」というあまり弾まないラケットに粘着ラバーや高弾性ラバーを使っていた。久しぶりにこのラケットで打ってみると、安定感が増したように感じた。ボールをしっかりつかんで打てるような感じがする。ブロックが低く返る。ドライブがオーバーしない。使いやすい。私はいろいろなラケットを試してみたが、どうやら私には定価1万円以上の高級ラケットよりも、定価5000円ぐらいの安いラケットのほうが合っているようだ。

ところで、水谷選手を輩出した豊田町というのはどんな町なのだろうか。2005年に磐田市に併合された人口わずか3万人ほどのどこにでもある小さな町らしい。併合した磐田市にしても人口17万程度なので、それほど大きな町とは言えない。地方なら県庁所在地に次ぐ2番めか3番目の街だろう。それが水谷選手を筆頭に全国で活躍する選手を輩出できるというのはすごいことではないだろうか。おそらく自治体にスポーツに対する理解があって、そうとう有能な指導者というか、マネージャーがいるに違いない。

我が京都市にも東山高校という全国屈指の卓球強豪校がある。古くは世界選手権シングルス銅メダルの田阪登紀夫選手もそうだし、最近では笠原弘光選手、時吉佑一選手や大島祐哉選手の出身校でもある。2012年の時点で62年連続インターハイ出場ということである。毎年、龍谷大付属平安高校と京都市の大会で決勝戦を争っているが、東山高校は2位以下を寄せ付けない圧倒的な強さを誇っている。高校で京都一どころか、京都市内の大学生が挑んでも、東山高校の選手に勝てるかどうか…。

そんな東山高校を擁する我が京都市は卓球のレベルが高いかというと、そうでもない。東山高校卓球部に入ってくるのは京都市民というわけではなく、全国の卓球エリートたちなのだ。エリートを集めて、エリート同士で切磋琢磨しているので、東山卓球部は異常にレベルが高いが、京都市民との接点はほとんどない。東山高校卓球部が地元の小学生を月に1回指導しているとか、地元の一般市民のために卓球交流会を催しているというのも聞いたことがない(実際はあるのかもしれないが、あったとしても私の耳に入ってこないほどささやかなレベルなのだと思われる)。しかも東山高校が京都では圧倒的に強いため、京都の他の高校が全国大会に出場するチャンスは減る。東山高校が京都にあることによって京都の卓球レベルが向上したとは必ずしも言えない。
東山高校の実績、卓球界での影響力を考えれば、もう少し地域社会への貢献をしてもいいのではないだろうか。豊田町スポーツ少年団から今でも伊藤美誠選手のような有能な選手が育っているのに比べると、京都市の卓球選手育成はそれほどうまく行っているとは思えない。東山高校卓球部の出身者は東京や大阪、愛知等、他府県の出身者ばかりなのである。人口比で言えば、磐田市が17万強であるのに対して、京都市は140万強である。人口から考えればもっとたくさんの卓球選手が育ってもいいはずである。しかし現実には京都市の選手育成はそれほど成功しているとは思えない。京都市の卓球のレベルを上げるためには東山高校卓球部のノウハウや人脈を活かさない手はない。

【追記】
管理ページを見たら、この記事が記念すべき100番目の記事であることに気がついた。
このブログを書き始めてから1年1ヶ月ぐらい。
卓球好きのオジサンのたわごとを毎日数十人の人が読んでくれているらしい。ありがたいことである。

【追記2】
『卓球レポート』2013-5に野田学園の橋津監督の被災地支援講習の記事が載っていた。

「全日本チャンピオン」というのは、ただ卓球が強いというだけではなく、その肩書にふさわしい責任が生まれたと感じました。吉村にもそういう自覚を持ってほしかったというのが、今回の講習会を企画した理由の一つです。

中高生の部活動でこのような活動を行うことに賛否があることは覚悟していましたが、選手たちが自分のがんばりや努力がわずかでも社会に貢献していると思うことができれば、きっと彼らの成長にもつながるはずだと考えてやることに決めました。


さすが全国レベルの監督は意識が高い。吉村選手はきっと「ただ卓球の強い選手」では終わらないだろう。元全日本チャンピオンは多くの人を導き、そして多くの人に支えられることになるだろう。吉村選手はいい監督に巡り会えて幸せだ。

韓国オープン2013を観ながら

今日はWTC2013に引き続き、韓国オープン2013をITTVで観戦していた。
日本代表レギュラーに加え、高木和卓選手や大矢英俊選手、藤井寛子選手が活躍した。
韓国のオー・サンウン選手を大矢選手が破り、スペインのシェン・イェンフェン選手を藤井選手が破った。
男子は中国の1軍が出場しているため、ベスト8止まりだったが、健闘してくれた。
女子は中国の1軍が欠場だったため、石川佳純選手か藤井寛子選手の優勝が期待される。
現在、関西では激しい雨が降っている。明日は関東もひどい雨だそうである。

私たちがこんな快適に生活できるのも、福島の原発を保守してくれている多くの人たちのおかげである。
雨の中の作業は大変だと思いますが、どうぞお体に気をつけてください。

卓球書代用考―『まったく新しいボクシングの教科書』を読んで

卓球とボクシングの動きの共通性はよく言われることである。
現に元卓球選手がどこかのボクシング団体の全日本チャンピオンになったというのも聞いたことがある。

私は人並み程度の腕力を持っていると思うし、人並み程度のスピードのボールも打てる。しかし戻りが遅く、連続ドライブなどに難があると自覚している。スイングが大きいのだ。しかしスイングを小さくすると、ボールの威力がなくなってしまう。このジレンマを解消するためにボクシング書を読んでみた。

まったく新しいボクシングの教科書―誰でも、パンチ力が2倍・3倍になる! 』(ベースボール・マガジン社)

は選手ではなく経験豊富なトレーナーが書いた本だ。はじめから読者を惹きつける内容になっている。

人間は不思議なもので強いパンチを受けていると、それに慣れてくることがあります。いきなり強いパンチをもらうと面食らってしまい、ディフェンスや反応が遅れてしまいますが、パンチを受けているうちに、パンチの強さをイメージすることが出来て、体に力を入れるタイミングやディフェンスのタイミングを覚えるからです。

したがって、強いパンチの中にあえて弱いパンチをまぜることが重要だという。
これはまさに卓球にも言えることではないだろうか。最近のワールド・チーム・クラシック2013で張継科選手が台湾の陳建安選手に敗れたのも同じ理由ではないだろうか。



world team classic 2013 決勝:張継科 対 陳建安

張選手と陳選手の実力差は明らかだ。どうして張選手が敗れたのか理解に苦しむ。陳選手のボールは標準的な中国選手と比べるとかなり遅い。それで張選手はタイミングをずらされてミスをしてしまう。しかしそれだけではなく、陳選手はときどき速いボールも打つので、めったに負けない張選手が敗れてしまった。最近、非中国選手と中国選手の差が縮まってきているように感じるが、あれも、中国選手のスピードにみんなが慣れてきたためではないだろうか。

筆者の野木丈司氏は同書の中で、突然「デコピンと同じ原理のパンチはなんでしょう?」のようなクイズを出してみたりする。単に「正しい打ち方」を示すだけではなく、読者を飽きさせない構成になっている。これは指導経験が豊富なことの証である。私はボクシングのことはさっぱり分からないが、野木氏は有能なトレーナーだと感じた。

次に威力のあるパンチが打てない選手についてこう述べる。

パンチ力がない選手に共通して言えるのは”力を逃す天才”だということです。

パンチ力は筋肉の量には関係なく、筋骨隆々とした選手のパンチが大したことがない一方で、線の細い選手のパンチ力が相当なものだということもある。腕力があるのにパンチ力がない選手は、腰、肩、肘、手首と、各関節で、もれなく力を逃し続けているのだという。私にも心当たりがある。
速いボールを打つには腕力をつければいいとか、とにかく全力で振ればいいというのが間違っていることは、うすうす感じていた。たとえば卓球選手なら丹羽選手が体が小さく、あまり腕力もなさそうだが、速い球を打つ。これは速いボールは腕力によって作られるという安易な考え方が間違っていることの証拠である。

では、どうすれば力を逃さずに一点に集中できるのだろうか。

野木氏の指導の根幹をなしているのは「ブレーキをかけること」である。
右利きの選手がフォアハンドを打つ時で考えれば、右腕で振ると同時に、左腕を胸の前から動かさず、「ブレーキをかける」のである。
右腕を振れば、左半身が後ろに回るのは自然である。しかし左半身を後ろに回してしまうと、「ブレーキ」がかからない。それによって右腕の力が逃げてしまうというのだ。
左半身を固定してブレーキをかけて右パンチを打ったとき、上半身はどうなっているのか。
背中が横に広がり、肩甲骨の力が最大限に右腕に伝わるのだという。私も実際にブレーキを掛けて振ってみたのだが、たしかに力がボールに伝わっている気がする。

他にも卓球に応用できそうなテクニックはあったのだが、この「ブレーキを掛けて、力を逃さない」という点が最も卓球に直結する知恵ではないかと思う。

セレス小林氏のネット上のボクシング講座(無料)も役に立った。
私の課題である「戻りの遅さ」については次のような記述がある。

前足に6、後ろ足に4のバランスになっているか。後ろに重心が残ってしまうとパンチの切れがなくなるばかりか、相手に届かなくなってしまう。

重心の6:4の比率というのは野木氏の本にもあったので、ボクシングの常識なのだろう。

体が突っ込みすぎていると、体が泳いでしまい次の動作に移れない。逆に体重が乗り切らないとパンチの威力が減ってしまう。また、踏み込んだ左足が内側を向いていると腰が回転せず、力が伝わらない。そして当たったらその反動で拳を引き、必ず元の高さへ戻す。ここまでが右ストレートの動作である。

フォアを打ったときは身体が突っ込みすぎないように気をつけつつも、体重を載せ、左足を外側に向け、ボールを打った反動でラケットを戻せばいいのだろうか。ボクシングと違ってピン球は反動というほどの反動がないので、うまく応用できるかわからないが、反動を意識してみたい。
ただ、この「左足が内側を向いていると腰が回転せず、力が伝わらない」という記述は野木氏の「ブレーキをかける」という説明と矛盾する。野木氏の説明では、左足は内側を向いているほうがいいらしい。

まとめ
ボクシングは卓球に近い動きをするスポーツである。ボクシング書の中には小さなフォームで力を逃さず、効率よく体を使う知恵がちりばめられている。これらは卓球に応用できる知恵である。







 

ぐっちぃさんすみません―王道04インプレッション その2

前回感じた王道04中国式の打球感の違和感をなんとか改善しようといろいろ試してみた。
王道04は
カチカチの粘着ラバー以外ならどんなラバーにも合う万能ラケット」
ということである。
しかし、固めのテンションラバー(オメガ4)で打ってみたところ、ドライブをかける際に違和感を感じ、気持ちよくドライブが打てなかった。
そこで今回ヴェガヨーロッパというフワフワラバーを使ってみたところ、前回よりも格段に打球感が改善された気がした。しかし純木製ラケットと比べると、しっかりドライブがかけられるような気がしない。薄く当ててドライブを掛ける場合はボールが良く伸びて、打球感も問題ないのだが、厚く当ててドライブをかけると、バチっという打球感があり、あまり気持ちよくない。

しかしこのわずか数時間の使用感から安直にに王道04はダメラケットだと考えるのは早計だ。ネットでの評判を見てみても、私のような違和感を感じる人はほとんどいない(ラザントを貼っているレビューをみたので、ラザント―比較的硬めのテンションラバーらしい―は合うようだ)。

また、私はこれまで純木製のラケットばかり使っており、特殊素材の入ったラケットを長く使った経験がない。もしかしたら、私の感覚がおかしいのかもしれない。

ところで私はニッタクのワンハオという中ペンのラケットも持っている。このラケットにF面テンションラバー厚、B面高弾性ラバー薄を貼って打ってみたのだが、カポンというか、ポコンという打球感でガッカリだった。王励勤のシェークはけっこう気に入っていたので、同じ紅双喜のワンハオにも期待していたが、完全に期待を裏切られてしまい、そのまましばらく放置してあった。今回、そのラケットにF面キョウヒョウ特厚、B面ヴェガヨーロッパ特厚(いろいろなラケットに使いまわされて大活躍)を貼って打ってみたところ、全然印象が違った。カポンという打球感はかなり影を潜め、キョウヒョウ3が想像以上に弾む。裏面に厚いラバーを貼ると、これほど印象が変わるものか。
ワンハオを見それていたようだ。

王道04にもいろいろなラバーを合わせてみた。合わないとは思うが、粘着ラバーの水星(知人にいただいた。中国で300円ぐらいで売っていたらしい)をF面に貼って打ってみた。
強烈にバチっという音がするが、当たる場所や当て方によっては非常にいい打球感で飛んでいく。

次にB面のボンバード・ゴクウスをはがして、ヴェガプロ(特厚?)に替えてみた。
B面に厚いラバーを貼ってみて、振動を抑えたら、かなり打球感が変わるのではないだろうか。
F面に水星、B面にヴェガプロ。どちらも厚いラバー。

しかし

う~ん、やっぱりイマイチ。悪くはないのだが、イマイチ。普通の5枚合板のラケットのほうが心地よい打球感を感じられる。

3つの可能性が考えられる。

「私の所有している王道04がハズレだった」 

あるいは

「私の打ち方がおかしい」

あるいは

「こういう仕様」

2番目かもしれない。この王道04で気持ちよく打てるようになれば、私のフォアドライブはよりレベルアップするのかもしれない。誰にとっても使いやすい万人受けするラケットもいいが、こういう「ジャジャ馬」的なラケットというのもおもしろい。「万能ラケット」というのが売り文句だったはずだが、「使う人を選ぶ」あるいは「打ち方の矯正になる」という特徴もおもしろいではないか。しかも、ブレードが小さいため、ボールがよく指に当たる(シェーク持ちをしているときはその限りではない)。このラケットに慣れれば、ブレードの中央にボールを当てる練習にもなるし、それから…ぐっちぃさんごめんなさい。やっぱり王道04は私には合いませんでした。シェーク持ちをしているときは、いくらかマシなんですが…。

【追記】
現在、王道04はブースターEV特厚とスペクトル厚を貼って、ラージボール用ラケットとして使用している。
これで公式球を打ってみたところ、かなりいい感覚だった。しかしやはり強打をすると時々バキンというイヤな打球感を感じる。ラージボールではそのような打球感を感じない。
このラケットは、コンパクトで軽く振りやすい。色や仕上げに高級感があって、いつも手元においておきたいラケットだ。だが、打球感だけが私には合わない。あくまでも私にだけ合わないので、みんなに合わないというわけではないことを補足しておきたい。

【追記】131225
最近、王道04を改めて使ってみた。
すると、いままで気になっていた嫌な打球感をほとんど感じなくなっていた。
これは私の打法がかなり変わったせいだと思われる。
私の打法は最近とにかく薄く当てる傾向にある。王道04は厚く当てると嫌な打球感をしばしば感じるが、薄く当てた場合は非常にいい感じである。これが開発者が想定していた打ち方なのだろう。王道04はできるだけ弾かず、ボールの表面をこするように打つのが正解なのかもしれない。記事本文にも書いたが、このラケットを使うことによって打法の矯正になるかもしれない。

【追記】 140319
改めて王道04を使ってみると、かなり硬い印象だったので、今はラージボール用ラケットとして余生を送っている。 ラージに合っていると思う。
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