しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2013年02月

当ブログでは皆様からの寄稿を募集しております。卓球について意味のある主張を発表したい方はshirono.tatsumi◯gmail.comまで原稿をお寄せください。

コメントについて:
コメント欄は他の読者が読んで意味のある情報交換の場としてご利用ください。当ブログの方針(察してください)に沿ったご意見は公開します。返信しにくい場合は公開のみとさせていただきます。指導者ではないので、技術的な質問には答えられません。中傷等は論外です。なお、メールアドレスは公開されません。

もしかして卓球に飽きちゃった?―トップ選手のブログを読んで―

卓球はおもしろい。練習すればするほど上達するからだ。ミスや敗北には必ず合理的な理由がある。原因を考えたり、上手な人に解説してもらって、どうしてミスしたかを悟るたびに卓球の奥深さを実感する。

カタールオープン2013男子シングルスの準決勝を見た。馬選手と許選手のラリーがすごい。
凄まじい回転量とスピードでうねるドライブ、それを的確な角度でブロック。さらにドライブで攻撃すると、相手もドライブで応じる。
お互いに台から何メートルも離れて引き合いをしている。こんなラリーを一度でいいからやってみたい!この2人のドライブを一生に一度でいいから受けてみたい!
しかし、この2人、なぜか淡々とプレーしているように見える。豪快なラリーが続いても、あまり楽しそうでない。
まるでリラックスした練習をしているような感じで、勝利への執着のようなものが全く感じられない。



これだけ頂点を極めてしまったら、目標がなくなって、勝利をかみしめる喜びのようなものが薄れてしまうのだろうか。現在、世界の頂点を極めてしまった中国のトップ選手たちは卓球に飽きつつあるのかもしれない。ほとんどの中国選手がいつも無愛想なのは、勝つのが当たり前になってしまって、卓球があまり楽しくないからなのだろう。

しかし、卓球に飽きるのは頂点を極めた人だけではないようだ。ある程度上手になると、卓球に対する情熱が薄れてしまうものらしい。おそらくいくら練習しても、進歩が感じられなくなってしまうのだろう。

私は卓球のトップ選手のブログをときどき読むのだが、卓球のことを書いている人はほとんどいない。書いてあったとしても簡単に「来週☓☓オープンに出ます。がんばります。」といったスケジュールや、「ベスト8でした」といった結果報告ばかりだ。ほかに何が書いてあるかというと、「こんな珍しいおみやげを発見して買ってしまいました」とか「友達の○○選手と☓☓のパフェを食べに行った。めっちゃおいしかった」といった日常の小さなしあわせとか、そんなことが多い。卓球選手がどうして芸能人のブログのようなことばかり書くのだろうか。誰が読むんだ、そんなもん!どうして卓球のことを書かないのか。スケジュールや結果報告のことではない。卓球について自身が考えていることをだ。

馬龍選手のドライブがどれだけすごいか私は知りたい。実際にあのドライブを受けたことがある選手に教えてほしい。「日本のインターハイレベルのドライブがイノシシだとしたら、馬龍選手のドライブはダンプカーだ!」といった、直接受けた人にしか分からない実感とか、「張継科選手の強さの秘密は、実は…」といった分析とか、「これからの卓球で重視されるのはスピードだけでなく…」といった卓球論をトップ選手に展開してほしいのだ。

このような卓球論を語る人はたいてい指導者であって、選手ではない。どうして選手はああも卓球について語らないのか。もしかしたら国際大会に出るようなレベルの選手は、卓球は仕事と割りきって、趣味の時間は卓球以外のことを考えるようにしているのかもしれない。あるいは卓球をやりすぎて、飽きてしまっているのかもしれない。しかし、われわれのような一般人としては、国内トップレベルの選手―高みを踏んだことのある選手にぜひその経験や卓球哲学を語ってもらいたいものである。

【追記】
「私のオススメの小説を紹介します!」とか「今年のマイブームは…」とか、そんなことを卓球のトップ選手がブログで書くのは、なんというか、受験競争のチャンピオンである東大生がブログで近所のお気に入りの店の紹介をしているようなものだ。
あるいは宇宙飛行士がブログで政治や経済について語っていたりしたら、読者はどう感じるだろうか。
違う、あなたに求められているのは、効率よく数学や英語を勉強するにはどうすればいいかとか、宇宙空間での生活といった経験談やノウハウのはずでしょ?そんなおいしい店の紹介とかその店の雰囲気とか、季節の移ろいについての感慨とか、最近の日中関係についての展望なんかを書いてほしいわけじゃない。そういうのを詳しく書かれれば書かれるほどイライラする。頼むから、そういう話じゃなくて、卓球のトップ選手は卓球について書いてくれ!そういうことをトップ選手に分かってほしいと思い、この記事を書いた。卓球のトップ選手に伝わるかどうか分からないが。

【追記】171809
私の求めていた世界トップ選手と対戦した人の体験談がぐっちぃ氏の記事にあったので紹介したい。
東京アートの大矢選手…
サーブが切れすぎていて、打てる位置まで伸びてこないらしい。

卓球の見せ方

カタールオープン2013の 森園政崇選手 対 李虎選手 の試合をITTVで見た。
森園選手は絵に描いたような熱血漢の高校生で、世界ランキング248位。日本国内では有名だが、世界では無名の選手だ。一方李虎選手は中国から帰化した経験豊富なシンガポールの選手で48位。世界ジュニアでも優勝経験がある。格的には李選手のほうがはるかに上だ。

試合は前半、森園くんの素晴らしい連続ドライブがいいコースに決まるも、李選手のほうが一枚上手で、ことごとく返されてしまう。攻めあぐねて甘い球を打つと、すさまじい速さのドライブが返ってくる。どうにも勝ち目がない。3ゲーム目、森園選手のプレーが冴えており、あと一歩のところまで李選手を追い詰めた。「せめて1ゲームだけでも」という祈りも虚しく、3ゲーム目もギリギリで落としてしまう。「次こそは一矢報いてほしい」と思って4ゲーム目を見ていたが、森園選手はあきらめずに果敢に攻め、なんとかこのゲームをとった!そこからがすごい。森園選手は小さな体にあふれる闘志で、あれよあれよという間になんと7ゲーム目までもつれ込む。 5・6ゲーム目は森園選手のほうが押していた。熱い!熱すぎる!もしかしたら、もしかするかもしれない。1ポイント1ポイント、手に汗を握るポイントの連続だ。これは期待してしまう。が、最終ゲームは惜しくも及ばず、敗れてしまった。

この試合を見て、卓球の見せ方というものを考えさせられた。
私たちはレベルの高い選手同士の試合を見すぎて、感覚が麻痺してしまっている。どういうことかというと、世界ランキング一桁の選手同士の試合をみても、大して興奮しなくなっている。中国選手同士のハイレベルなラリーを見ても、「ふ~ん。うまいね。」ってなもんだ。
それと比べて、森園選手と李虎選手の戦いはどうだ?久しぶりにドキドキワクワクさせられた。世界ランキング1位と2位の試合を見ても、無感動なのに、世界ランキング2桁と3桁の試合にどうしてこれほど感動できるのか。

そこにはチャレンジがあるからだと思う。誰が勝ってもおかしくないような実力の伯仲した選手同士の試合というのもいいが、それだけではおもしろくない。若くて勢いに乗っている無名の選手がある程度の実績のある選手を倒すというのは、見ていておもしろい。

また、卓球の試合のおもしろさというのは、幸せの感じ方と同じようなもので相対的なものだと思う。私たちはどんな些細なことにも幸せを見出すことができる。雑誌で喉頭がんの患者の記録を読んだことがある。詳しいことは忘れたが、喉の手術をした結果、自分で食べ物が飲み込めなくなってしまい、喉にチューブをさして、流動食で栄養をとっているという。それどころか唾液も飲み込めないから、口から垂れてくる。それを想像すると、本当に気の毒だ。食べ物が飲み込める、息ができる、三食たべられて、寒い季節でも温かい布団で寝られる。こんなすばらしい幸せに私は感謝しなければならない。
卓球の試合は国際大会のレベルでなければ楽しめない、などということはない。市民大会のレベルでも、十分楽しめる。そこに全国大会に出場した経験のある選手などが登場すれば、会場はいやがおうにも盛り上がる。逆にジャパン・オープンのような国際大会に世界ランキング100位ぐらいの選手が登場しても、たいして注目を集めないだろう。今なら、吉村真晴選手が99位、町飛鳥選手が110位だ。こんな選手が市民大会に出場したら、それこそ会場は大騒ぎだ。
問題はコントラストなのだ。県大会レベルの選手がしのぎを削っている中に、日本ランキングに入るような選手が数名いれば、それで大いに楽しめるのだ。

『卓球王国』によると、松下浩二氏が日本で卓球のプロリーグを準備しているという。私はそれを非常に楽しみにしているのだが、一方で日本のトップ選手を勢揃いさせるだけでは、飽きられてしまうのではないかと懸念している。上にあげたようなチャレンジとコントラストをうまく取り入れることはできないだろうか。エキシビジョンのような試合を設け、地元の中高生の生きのいい選手と交流試合のようなことをするとか、女子選手と男子選手の試合をするとか。女子のトップ選手と、男子高校生の試合というのも観てみたい。また、トップ選手が普段どういう練習をしているかというのも見てみたい。

トップ選手同士が試合をすると、選手の技術の高さがわかりにくい。トップ選手同士が何気なく返しているサービスやドライブは、高校生レベルからすると、とんでもなくレベルの高いボールのはずである。しかし、われわれはレベルの高い試合を見すぎているため、当たり前のことが当たり前でないと気づかない。初級者・中級者にとっては、高校生の全国大会も、実業団の試合も、国際大会も、どれも同じように見える。レベルの違いをうまく見せるためには、格の違う選手と対戦させるのが効果的だと思う。日本でプロリーグが行われるとしたら、観客を啓蒙するような要素を盛り込んでほしいものである。そうしないと、私たちは下手の横好きはいつまでたっても試合を見る目が養われないのだから。


【追記】
みんなトップ選手ばかりの大会というのは何かに似ていると思ったら、少女マンガだった。
少女マンガは美男美女ばかり登場するので、おもしろみに欠ける。

Liu Shiwen(劉詩文)研究 その3

詩文(フォントの問題で簡略に表記)の新しい動画(クウェートオープン2013)が上がっていたので見てみた。



以前のプレーと比べて、注目スべきは極端にスイングが小さくなっていたことだ。スイングスピードの速いこと。そして戻りの早いこと。ちょっと大げさに言うと、スイングが見えない。まるで小鳥のような素早い動き。全体の8割以上はバックハンドの快帯。バックハンドはほとんど手首だけで振っていることが多い。バックハンドばかり狙うので、返球もほとんどバク側かミドル。それをバックハンドで処理している。以前のフォームではフリーハンドが風車のようにブルンブルンと回っていたが、それもかなり小さくなっている。さらに打球点の早さ!そしてコースの厳しいこと。バック側にサイドを切るボールを打ったと思ったら、返ってきたボールをフォアギリギリに返球。なんというコントロール!
小さくて速いスイング、早い打点、正確なコントロール。
これが新しい詩文のスタイルなのか。【追記】2011年の世界選手権の準決勝の動画を見なおしてみたら、今回と同じように小さく素早いスイングだった。

私ぐらいのレベルの卓球では豪快な打球は必要ないので、こういう女子選手のプレーが非常に参考になる。詩文のマネはとうてい無理だが、自分のプレーにもできる範囲で取り入れてみよう。

【追記】
クウェートオープン準決勝の朱雨玲選手との試合も見た。最近好調の朱選手が全く手も足も出なかった。まるで日本選手が一方的にやられた試合のように全くいいとこなしだったので、あまり参考にならなかった。哀れつゆりん。

ツッツキ主戦型―『卓球コーチング教本』を読んで―

日本卓球協会編2012『卓球コーチング教本』(大修館)に目を通してみた。

卓球コーチング教本 DVD付

「読んだ」とは言えないので、きちんと評価できないのだが、簡単に紹介してみたい。

DVDが付いているので、まず見てみた。
あまり興味深い内容とは言えなかった。

・フォアハンド、バックハンド、ドライブ、カットといった基本打法

・ちょっと高度なチキータ、フリック、ワイパーショット(松平健太選手がよくやる、バックハンドでボールの右側をこすって、相手のフォア側に落とす打法)といった応用打法

・基本的な多球練習

シェークハンドの基本打法のモデルが大矢英俊選手なのだが、大矢選手のクセのあるフォームはこの手のDVDのモデルには適さないのではないかと思う。上田仁選手も登場するのだが、上田選手をメインにしたほうがよかったのではないだろうか。

本のほうも、技術的な説明は通り一遍の説明に感じた。教科書的な説明ばかりでおもしろみに欠ける。間違ったことは書いてないのだろうが、一般的な記述からあまり踏み込んでいない。

この本の特徴は、「コーチング教本」と銘打っているだけあって、技術やコツを教える点にはない。「コーチング」「筋力トレーニング」「ストレッチ」といった指導者に役立つ記述と、「卓球の歴史」「公式ルール」「歴代世界・日本チャンピオン」といった百科事典的な記述、さらに「大会運営の方法」といった協会役員向けの記述などがあることだ。ちゃんと読んでいないのだが、こちらもあまりつっこんだ記述はなさそうで、教科書的な一般的な記述に終始しているように感じた。しかし、大会運営の方法なんて、一般的な記述さえ見たことがないので、非常に価値のある章だと思う。

ページをパラパラと繰りながら、驚いたのが「ツッツキ主戦型」という記述である。大関行江選手という70年代に活躍した選手がツッツキ主戦型だというのである。どんな戦型なのだろう?ツッツキ主戦型なのだから、ツッツキばかりするというのは分かる。しかしそれだけではないだろう。まさか初めから終わりまでツッツキで得点するわけではなかろう。本書には次のように書いてある。

大関選手はツッツキを主戦技術にして,全日本選手権で5回優勝し,世界選手権で団体優勝に貢献した。フォアとバックに深く入る,よく切れたツッツキに対する相手のドライブ攻撃へのカウンタースマッシュは,大関選手の技術と戦術の良さを感じさせた。

なるほど、よく切れた深いツッツキを打たれたら、ドライブで持ち上げるしかないなぁ。フォアの厳しい角度に深くて速いツッツキを送られたら、ドライブも満足にできず、フワ~っと浮いたボールしか返球できないかもしれない。それを待って確実にスマッシュ(あるいはカウンター)でしとめる…カッコイイ!かも。もちろん現代の卓球なら、フリックやらチキータやらで、ツッツキを返球するので、スマッシュのチャンスを待っているだけでは通用しないかもしれないが、それでも速いツッツキはかっこいい。

今の卓球はできるだけツッツキの打ち合いをせずにラリーに持って行こうとする傾向があるので、速くて切れたツッツキに対して免疫ができていないから、けっこう通用するかもしれない。ツッツキというのはいわば、台上のカットだ。カットの練習は難しい。カット打ちの上手い練習相手がいないと、いいカットマンは育たないだろう。しかし、ツッツキの練習なら手軽にできる。ツッツキマンになるのなら、そんなに難しくないかもしれない。

ちょっとツッツキ主戦型を目指してみようかな。

フットワークと体のブレ

最近、基礎練習の大切さをしみじみと感じる。
ここでいう基礎練習というのは、体の使い方ということである。

先日出場した地域の親睦卓球大会で、私は格下の選手とばかり当たった。緊張もせず、軽い練習のつもりでやっても勝てるような相手ばかりだった。そのとき感じたのは、フォアハンドがふだんの練習のときよりも軽々と入るということだった。どうしてそんなに軽く入るのかというと、相手のボールのスピードが遅いからなのだ。普段の練習では、深くて速い突っつきを回り込んでドライブといった練習をしているのだが、かなり緊張して、瞬時に回りこまないとうまく入らない。それが今回の試合では、相手のゆるい、回転のかかっていない突っつきを余裕を持って回り込んで、好きなコースに打てたわけだなのだ。

見方を変えてみると、どうしてふだん、なかなか安定してドライブが打てないかが分かる。つまり間に合っていないのだ。間に合いさえすれば、たいていのボールは安定するということが分かった。フットワークがうまく機能すれば、入るボールは5割り増しになると思われる。
よくフットワークの大切さが説かれるが、それは親の「勉強しなくちゃ、将来苦労するよ」的なアドバイスとして軽く流していたのだが、最近はフットワークの大切さが実感を持って感じられるようになってきた。結局自分の胸の高さ、体の正面(フォアなら、斜めを向いて打つので、台に向かって斜め45度ぐらい)にボールが来たときにもっとも強いボールが打てるのだから、そのベストポジションを作るために前後左右に動いて位置を調整しなければならない。そのとき、どのような軌道で回りこむかで、間に合うかどうかが決まってくる。ボールが相手に打球されてからでは間に合わない。相手が次にどこにどのぐらいの深さのボールを打つのかを瞬時に予測して動かなければならない。もちろん考えている暇などない。普段の練習で体に効率のいい動きを覚えさせるほかはない。

この、ゆっくりしたボールなら回り込めるという経験から、私のミスの多さの原因の一つはボールが体の最適の位置で打てていないことだということが分かった。

このような訓練をしっかりすれば、1球は安定したいいボールが打てるはずだ。しかし上手な人とやるときは、その1球で決まらないときも多いので、連続して安定したボールが打てるように動かなければならない。
そのときに体のブレをなくさなければならない。人のプレーを見ていると、ミスするのはたいてい動いたときだというのが分かる。つまり、コースを一定にして、フォアやバックを連続して打つ場合にはそれほどミスしないのだが、左右に振られると、とたんに姿勢が崩れてミスをする。動いて、止まって、打つという一連の動作がきちんとできていない。バック側に動くときは、上述のように間に合わないのが原因だと思う。反対にフォア側に動くときにミスするのはとまれないからだと思う。
素振りをしていてきづいたのだが、バックに回り込む方向と、テイクバックの方向は一致する。つまり、回り込みながらテイクバックを完了し、いつでも打球できる体勢を同時に作りやすい。それに対してフォア側へ動く方向はテイクバックの回転(右利きなら、時計回り)と逆である。つまり動きながらテイクバックができない。そこでフォア側に動いて、ちゃんと止まってからテイクバックをして、打球する姿勢を作らなければならない。

回り込み(バック側) 
・左に動く 
・腕を引く → ・打球
・止まる
【 同時 】

飛びつき(フォア側)
・右に動く → ・止まる → ・腕を引く → ・打球

バック側へ移動しながらの打球は2つのアクションで済むが、フォア側の打球は4つのアクションが必要なわけである。フォアへ動いて、「止まる」と「腕を引く」を同時にできそうな気もするが素振りをしてみたら、安定しない。体がブレる。右に動いて、右足でギュッと止まってからでないと腕を引けない。

この、動いたときの体のブレというのが私のミスの2つめの要因だということが分かった。

打球に最適な位置への移動と、ブレない軸。これが当面の課題となりそうだ。

【追記】
昨日行われた水谷選手と馬龍選手の試合を見た。水谷選手は中国の次世代有力選手である閻安選手を破り、ベスト8。水谷選手はまた一歩中国選手に近づいたと思わせる好試合だが、馬龍選手のフットワークがすごい。
フォアにバックに動きながらの連続強打でも崩れない。

卓球のマナーとエチケット

私はマナーとエチケットこそが世界に平和をもたらすと考えている。学校で、会社で、店で、駅で、人生のいろいろな場面で私たちは面識のない人や親しくない人と数えきれないほど出会わなければならない。そのときマナーやエチケットが悪ければ、不必要な摩擦や疑念を生み、それがこじれると、修復不可能な関係にまで発展してしまう。

卓球においてもマナーとエチケットは非常に大切だ。卓球は1対1の対人関係なので、他の団体競技よりもそれが際立つと思う。練習している時にマナーやエチケットが悪い人と練習するのは耐え難い苦痛だ。卓球が上達するかどうかは練習相手次第だとはよく言われることだが、たとえ相手が自分より格上で、上手な人であっても、やる気がなさそうにしている人や、つまらなそうにしている人とやるぐらいなら、初心者と卓球したほうがマシだと思う。
私が前に通っていた卓球教室は、地域でもレベルが高く、有名なところで、私よりもずっと上手な人がいたのだが、その人たちの相手をするのが非常に苦痛だった。あるとき、おたがいに2球ずつ自分の課題練習をするという場面で、おたがいに自分の希望を伝えた。私は「短いサービスを出すので、フォア側につっついてください」のように頼んだ。すると、相手の上手な人は、何も言わず、無表情でラケットで自分のバック側を指すだけなのだ。どうやら自分のサービスを、自分のバック側につっつけということらしい。私は内心ひどくイヤな気分になった。まるで動物に指図しているかのようではないか。また、ある人は、全く表情を変えずに淡々と練習相手を務めていた。いいボールが入ったときは「よし!」とか、あらぬ方向に打ってしまったときは「すみませ~ん」とか言うべきではないだろうか。表情も嬉しそうな表情や済まなそうな表情を示すのがエチケットではないだろうか。しかしその人は自分よりも下手な相手と練習するのはおもしろくないと言わんばかりに無言・無表情で相手をするのだ。
私はその感じの悪い人たちと練習させられるのが苦痛で、結局その教室を辞めてしまった。

マナーとエチケットは何か。
NHKのサイトによると、
「「マナー」はどちらかというと「社会・集団」を意識した場合に用いられているのに対して、「エチケット」は「相手・個人」を意識した場合に使われている傾向がある」ということらしい。
http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/116.html
おおざっぱにいうと、観客・クラブのメンバーに対するものがマナーで、相手に対するものがエチケットということらしい。

卓球は試合後に相手と審判と握手を交わす。これはいい習慣だと思うが、ハイファイブのように手を合わせただけで握らない選手が多い。汚いものでも触るかのようにタッチで済ませてしまうような場合は、いくらレベルの高い試合だったとしても、見ていてあまり愉快ではない。アジアの選手は握手の習慣に慣れていないせいか、淡白なハイファイブで済ませてしまうことが多いように思う。一方ヨーロッパの選手の中にはしっかりと握手をする選手、プラス相手の肩をポンポンと叩く選手などもいて、見ていて気持ちがいい。逆に試合で負けたときにラケットを放り投げたり、落としたりする選手は見ていて嫌な気分になる。またダブルスで相方がミスをした場合に「大丈夫、大丈夫」といわんばかりにうなずきながら、相手の目を見つめている選手がいる一方で「やってられないよ」といわんばかりに相方と一切目を合わせない選手もいる。

頼もしいことに日本選手は比較的マナーがいい選手が多いと思う。特に女子選手は試合が始まると観客席と審判に一礼する人が多い。平野早矢香選手は、厳しい表情の中にも要所要所で笑顔を作っているし、福原愛選手や石川佳純選手なども必ずきれいなマナーで試合を始めているように思う。できることなら、試合終了後に相手の健闘を称えるような笑顔もほしい。国際試合を見ていても、たぶんこんなにマナーがいいのは日本の女子選手だけではないかと思われる。そんなマナーがいい選手はこちらも応援したくなるし、たとえその選手が負けても清々しい気持ちにさせられる。いいものを見せてもらったと思える。強いとか、上手いというのも大切かもしれないが、いくら上手くてもエチケットが悪かったら、心の底からは楽しめない。「強さ・技術が全てだ」という態度は間違っていると思う。格下の相手とプレイするときでも、感謝の気持ちを表せる選手は尊敬に値する。逆に「相手してやった」という不遜な態度の選手は、いくら強くとも尊敬できない。
譬えるなら、客が店員に投げつけるようにお金を払ったとしたら、店員は不愉快な気分になるだろう。私が店員なら、1万円札を投げつけられて、「釣りはいらない」といわれるよりも、「これでお願いします」と丁寧に言われてお釣りを出すほうがずっと嬉しい。「こっちは客だ。買ってやってるんだ」という態度では、店員も「もう来ないでほしい」と思ってしまうだろう。

そんな中で最近私が注目している選手は松平志穂選手だ。

しほ

松平賢二・健太選手の妹、彼女はまだ高校生にもかかわらず、とても気分のいい試合マナーを見せる。しかも強い。オーストリアオープン2013のアンダー21で優勝している。

こんな選手には国際大会にたくさん出場してほしい。たとえ上位に進出できなくても、観客は温かい気持ちにさせられるのではないだろうか。最近注目されている小・中学生の女子選手には親や指導者がしっかりとマナーを教えてあげてほしい。勝つことも大事だが、見落としがちなマナーを洗練させてほしい。そうすれば世界中から愛される選手に育つと思う。

先日、私の住む地区の交流大会に参加したのだが、となりからボールが転がってきたので、拾ってあげたが、何も言わない人とか、試合を始めるときに大きな声で「お願いします」と言わない人とか、絶好のチャンスボールをミスして、ラケットを上に放り投げる人とか、ダブルスで相方のミスに「はぁ~」と聞こえるようにため息をつく人とか、いろいろな人がいた。こういう人を反面教師にして自らのエチケットを磨こうを思った1日だった。

昔の卓球は今、通用するのか

youtubeで昔の卓球(1987年の江加良 対 ワルドナーの試合)を観た。



当時は江加良が強いと言われていた。卓球レポートなどで写真は見たことがあったが、動画を見たことはなく、前陣速攻というスタイルがとにかく強いという認識しかなかった。今、当時の動画を観てみると、今の卓球となんと違うことか。
江加良の卓球は独特だ。上の動画を見ると、相手のワルドナーにほとんど攻めさせず、一方的に主導権を握っているように見える。点数的にはデュースまで行っているので、互角の試合だが、内容は江加良が一方的に攻撃する、あるいはミスをするポイントが印象的だ。
戦術は非常に単純に見える。江加良がバックに回りこんで、相手のバックにゆるいループドライブ、それをワルドナーがつないだら(どうして打って出ない?)、江加良がスマッシュの連打。あるいは、江加良がバックに深くツッツき、バック対バックの打ち合いから、突如江加良がフォアの厳しいコースにプッシュ、それをワルドナーがなんとか拾ったボールを江加良待っていてスマッシュの連打。ワルドナーはいいとこなしだ。
江加良のショットは、ねこぱんちのようだ。バックスイングがほとんどなく、体の前面で最小限のスイングで打球する。バックはプッシュばかり。しかしワルドナーは江加良のゆるいボールに対しても攻撃してこない。その結果、江加良の一方的な攻撃にさらされてしまう。どういうことなんだろう?なぜワルドナーは攻撃に転じないのだろうか。

まず考えられるのは用具の違いだ。38ミリのボールはスピードが速く、先に攻撃されたら、とっさに反応するのがやっとなのかもしれない。ただ、現在の40ミリのボールはたしかにスピードが遅くなったが、その代わりラバーやラケットの性能が劇的に進化しているのだから、そのスピード差は相殺されるのではないだろうか。もう一つの要因として考えられるのは、江加良はドライブではなく、スマッシュを使っていることだ。当時の表ソフトはスポンジの薄いのが好まれたと記憶している。とすると、直線的な速いスマッシュ+ナックルというとんでもないボールが来たのではないだろうか?

スマッシュとドライブを比べたら、スピードはあまり変わらないかもしれない。しかしスマッシュは取りにくい。その直線的な軌道と、わずかなスピード差が決定的なのかもしれない。現在、早い卓球というのが流行している。打球点を早くして、ガンガン攻めていく卓球だ。しかしその攻め方は安定性のあるドライブが中心になっている。江加良の試合を観ていると、現代の卓球よりもずっとミスが多く、不安定に見える。このミスの多さがネックだが、もしミスを最小限に抑え、ギリギリまで精度を高めれば、江加良の卓球は現代でも通用するのだろうか。早い打球点で、ドライブではなく、スマッシュで攻めていったら?

現代のすさまじくスピンのかかったドライブを江加良が受けたらどうなるのだろうか?受けきれずにオーバーミスをしてしまうかもしれない。しかし、昔の弾まないラケットと、引っかからないラバーの組み合わせなら、案外受けきれるかもしれない。たとえば、現在なら守備型選手用の弾まないラケットに安い表ソフトを貼ったら、江加良のような卓球ができないだろうか。

ドライブに慣れた現在のプレイヤーがこんなプレースタイルに対した時にどんな戦いをするのだろうか。田勢邦史選手のようなプレイヤーがもっと出てきてくれたらおもしろいのに。


ラクザ7ソフトを使ってみた

ヤサカのラクザ7ソフトを使ってみた。

CA066

そしてその引っかかりに驚いた。
ほとんどのボールが引っかかりすぎてオーバーしてしまうのだ。
シートは特にベタベタしているわけでもないし、特にモチモチしているわけでもない。マークVみたいな普通な感じなのに、非常に引っかかる。球持ちがいい。さほどスイングスピードが速くなくても、しっかりとボールを捉え、力を全て伝えてくれる。滑らない。
「ソフト」と書いてあるが、ヴェガアジアなどと比べて柔らかいとは感じはしない。無印のラクザ7を使ったことがないので、分からないのだが、無印と比べたら柔らかいのだろう。

ラクザソフトはひっかかりがすごい。
ということはこのラバーの性能を余さず使おうと思ったら、ドライブを相当水平に振らなければならないだろう。
ドライブを水平に近い角度で振れば、低く速いドライブが出せる。
また、今までのラバーだったら、持ち上げにくかった低く切れた下回転を持ち上げることができる。

このラバーは「ハイブリッドエナジー」型ラバーということだが、テンションラバーと比べると、一昔前の普通のラバーのような感触だ。しかし私にはテナジー等よりもフォアドライブが安定するような気がした。スピードやスピンなどの絶対的な性能はテナジーのほうが上かもしれないが、私レベルのプレイヤーにはこのラバーのほうが合っているようだ。今度は両面ラクザ7にしてみようかしら。

ARP理論――新しい卓球のかたち?

山中教子氏(元全日本チャンピオン、テナリー開発者)の提唱するARP理論の紹介動画を見た。



今までの卓球のビデオと全く違う。なにか、こう、痩せるためのフィットネスのビデオのようだ。
無地のTシャツを来た健康そうな二人がリラックスして危なげなく切り返しのラリーを続けている。
卓球の練習というより、ダンスでもしているかのような軽やかさ。

獲物を狙ってギラギラしながらチャンスを待ち、チャンスが来たら全力で襲いかかる。

こういうのが従来の卓球のビデオに漂っている雰囲気だが、このビデオを見ると、そんな世界とは別世界に来たかのような気がする。
山中氏は言う。卓球は美しくなければ真の意味での勝利ではないと。
紹介ビデオでは、その基本理念である、軸・リズム・姿勢について解説している。
たしかに従来の卓球ビデオでも軸とか体幹ということは強調されている。しかし、ARPでは軸がフロアからまっすぐ上に伸びるのがいいらしい。つまりY軸が真っ直ぐというだけでなく、Z軸も真っ直ぐ(前傾姿勢をとらない)ということらしい。姿勢についてはほとんどのビデオで「軽く前傾姿勢を取る」程度にしか言及されないが、ARPではまっすぐ立ち、ヒザのクッションでバランスをとるということを重視しているようだ。これによって連打してもブレない姿勢が保たれる。

そしてリズム。モデルプレイヤーは常にかかとを上下させ、リズムを取りながらプレーしている。ビデオによると関節を弛緩させることによって、ヒザをクッションにして地面の反発力とボールのバウンドをシンクロさせ、最小の力でボールに力を伝えるということを重視しているようだ。いかに速くブレずに動くかといったことを重視する従来のビデオとは違った視点である。

このビデオを見て卓球のあり方を考えさせられた。
よくコースを限定してロング対ロングの練習をしているのを評して、「あんな技術は試合で使うチャンスなどほとんどない。やっても無駄だ」といわれたりする。それよりももっと実戦に役立つ練習――相手の裏をかくための戦略やストップと見せかけてフリックをする練習、下か横か分からないサービスの練習などをすべきだと。
しかしそういった練習に汲々として、「あの人には一度も負けたことがない」「あの人に勝った」などということにこだわるのは、そんなに意味のあることだろうか。

つまりこういうことだ。
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時速200キロまで何秒で到達できるとか、コーナリング性能がいいとか、万年中級者のわれわれ(卓球人口の大半)にとってそんなことはどうでもいいことなのかもしれない。

われわれの卓球のイメージはむしろこれだ。

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燃費がいいとか、壊れにくいとか、何時間乗っていても疲れにくいとか、そういうことのほうがはるかに大切なのだ。

私たちにとっては、試合ではあまり勝てないが、リラックスしながら緩急自在にボールが打て、しかもどんなコースに来ても対応できる、往復20本ぐらいのロングのラリーが続く、こういうことのほうが「3~4球目で必ず決められる」ことよりも大切なことなのだ。試合で勝つことが目標になりすぎてしまったあまり、卓球の楽しさのようなものが置き去りにされている。そうではなく、楽しく体を動かして、ラリーを続けることこそが目標で、その結果として試合での勝利にも結びつくという立場があってもいいのではないだろうか。

結論に入るが、このビデオを見て、フィットネスとしての卓球があってもいいのではないかと感じた。
卓球愛好者のほとんどは中学生以下か、中高年である。子供は勝利が目標であってもいいと思う。しかし大半の中高年の卓球はフィットネスこそが目標になるべきではないだろうか。試合で勝つためのテクニックよりも、安定感のあるフォームで延々とラリーが続けられることこそが目標になってもいいのではないだろうか。
卓球の大会では、通常のルールの試合とともにフィットネスとしての競技、たとえば切り返しが何本ミスなく続けられたか、あるいはコースを限定して、ドライブをブロックで何本止められるか、といった競技があってもいいのではないだろうか。

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