しろのたつみ



卓球について考えたこと、
気づいたこと(レベル低いです)
を中心に中級者の視点から綴っていきます。




2012年09月

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韓国人が起源好きなわけ

『わかりやすい韓国の歴史』(明石書店)という韓国の初等教育用の国定教科書の翻訳を読んでみた。

小学生向けなので、詳しい年代などはほとんど省略してある。
目次・あとがきを除いた、教科書本体は139ページで、そのうち46ページが前近代、93ページが近代(1945年まで)である。戦後については全く記述がない。約1/3が前近代で、2/3が近代である。実際に数えてみたのだが、日本が出てこないページは30ページ未満にすぎない。残りの110ページほどに日本が登場する。実に8割近い量である。どんなふうに登場するかは予想通りである。どうしてこんなにストーカーのように日本に絡んでくるのか。もっと他に書くことはないのかと不思議である。おそらく前近代の資料は少なく、また誇るべき歴史もほとんどないために日本を目の敵にしているのだろう。

「与えるな、無駄な体力、ヒマとカネ」

上は小学校の通学路にあった標語である。この教科書の日本に対する記述の偏りのことを考えていたら、なんとなく思い出してしまった。

この教科書は小学生向けなので、それほどどぎつい書き方ではないのだが、たまには日本のことを忘れてほしいものである。

冒頭は子供と老人との韓国の歴史についての会話という形式で始まる。

「おじいさん、ほかの国から侵略されたときに、それらを退けて力強く国を守ったことも誇らしいですね」
「そう。それでも、今日われわれが世界に誇る文化の花を咲かせたし、ほかの国にも教えてやったんじゃ」

この会話がこの教科書の方針を端的に物語っている。一言で言うと、韓国の歴史は

・朝鮮民族は勇ましく、他国からの侵略を自力で退けた
・他国(ほとんど日本)に文化や技術を教えてやった

というものである。以後、この方針にあてはまる記述が繰り返し現れる。

日本と関連する記述を挙げていけば、4世紀の百済の王にインタビューをするという演出で王に次のように言わせている。

「また、倭(日本)にまでもわれわれの勢力をふるった。」P12

当時、新羅は唐と協力して半島を統一したというのが日本で教えられている歴史だが、唐に協力を仰いだという記述は全くない。任那についての記述や、日本のほうが優勢だったといった記述はもちろんない。

次は16世紀の李瞬臣である。「いたる所で群れをなして歩き回り、多くの人を殺したり、連れ去ったり、掠奪したりした」P28日本軍を苦しめ、大活躍をしたと説明されているが、最後は日本軍に殺されたということは出てこない。もちろんこの戦争は「海と陸地ですべて負け」た日本側の敗戦とされている。

次は14世紀の倭寇である。「高麗末、倭寇はわが国土にたびたび侵略して人びとの財物や命を奪っていった。」

もちろんそれに先立つ元寇の記述はない。

次は半跏思惟像を始めとする「わが先祖は発達したわが文化をとなりの日本にも教えてあげた」エピソードの紹介である。

「王仁は百済の文化を日本に教えてあげた学者である。」「今も日本人は、王仁を日本文化の先生として崇めているし、彼の功績をたたえる遺跡があちこちに残っている。」P45
「曇徴は日本に行って漢文も教えたし、紙、筆、墨、絵具、石臼などのつくり方も教えてあげた。」

王仁を日本文化の先生とあがめている日本人には出会ったことがないが、王仁については確かに日本書紀に論語と千字文を持ってきて、王子の傅になったという記述がある。しかしそれは中国文化を伝えただけであって、百済の文化とはいえないだろう。また「遺跡があちこちに」というのも言い過ぎで、大阪の枚方市と大阪市に残っているらしい(wikipedia による)。
曇徴が石臼を伝えたというのは日本書紀に「これが石臼の始めか?」のように書いてあるので、それなりに根拠があるのだが、紙、筆…というのは「上手に作った」とは書いてあるが、作り方を伝えたというのは勝手な解釈らしい。その上、曇徴は法隆寺の壁画を描いたことになっているが、これも全く根拠のないことらしい。

前近代の最後は朝鮮通信使である。日本の要請により、通信使を派遣し、行く先々で大歓迎だったという。

そしてこれ以降の近代の歴史は日本大活躍である。近代の日本は朝鮮人を殺し(村人を残らず殺したのような記述さえある)、朝鮮からいろいろなものを奪い(いちばん欲しがっていたのは「おいしい米」だそうだ)、朝鮮文化を破壊し、自由を奪った。そして朝鮮人が自立しようとするのを徹底的に邪魔し、露骨な妨害をする。絵に描いたような勧善懲悪である。

「日本はわれらに、わが民族はいつも他国の支配を受けてきた弱い民族であると教えた。また、日本はわれらの誇り高いハングルを使わせず、私たちの姓や名も日本式に直して呼ばせ、わが民族の精神をなくそうとした。」P113
(「いつも他国の支配を受けてきた」というのは間違っていないと思うのだが。それとハングルの使用を勧めたのはむしろ日本で、「創氏改名」というのも、強制ではなく、任意で行われたと聞くが。)

帝国大学や小学校等のインフラを整備したことには触れていない。鉄道を作ったことには触れているのだが、建設目的は「わが国の物資を日本に早く運ぶため」P110である。しかし、朝鮮人は日本による侵略にも負けずに抵抗を続け、

「民族全体が国の内外で力を合わせて日本に対抗したので、ついに私たちは光復を迎えることができた。」P127

アメリカのことは何も書いていない。そして奇妙なのは「義士」という存在である。天皇を爆殺しようとしたり、伊藤博文を殺したりしたテロリストが英雄となっている。こんな非合法手段で殺人を犯す人は歴史上都合が悪いのだから、書かないほうがいいと思うのだが、日本に害を与える人はどんな人間でも英雄になってしまうようだ。

戦後の朝鮮戦争や現代のことには触れず、1945年までの歴史で終わっている。自国に都合の悪いことは一切書かず、時には都合のいい解釈をし、執拗に日本を悪者に仕立てあげようとする意図が見て取れる。
それはつまるところ、「度重なる侵略者たちを努力の末に倒し、古い文化を日本に伝えてあげた」という歴史観に収斂する。
「侵略者に押さえつけられ、他国によってその支配から解放された歴史で、中国・日本からの文化の強い影響下にあった」という日本の朝鮮に対する歴史観とは正反対の歴史観である。

ここまで読んでみて、韓国人のコンプレックスは「隣国に侵略されるばかりだった」「自力では何も成し得なかった」「文化が乏しい」ということだと思われる。それで韓国人は自立と文化に敏感に反応する。自力で独自の文化を作ったという歴史がほしい。こういう素地があって韓国起源を頻繁に口にするのだろう。
しかし50年後、100年後の韓国人が現代韓国の文化を見て、果たして誇れるのだろうか。起源の捏造はもちろん、ドラマや小説、流行歌の類には日本に対する差別的で口汚い言葉があふれているだろうから、100年後には外国人にとても見せられない恥部になっているはずである。恥ずかしいからなかったことにしてしまうと、また韓国文化の大部分がゴソッとなくなる。韓国が1日も早く「世界に誇る文化の花を咲かせ」ることを願ってやまない。

ただこれとは別の理由で起源を捏造したこともあると思われる。
先日90年代前半に韓国に2年滞在したYさんの話を聞いて興味深く思った。
曰く、当時の韓国のテレビCMに剣道具を身につけた人が登場したので、「こんな日本的な映像を流して騒ぎにならないのだろうか」と不審に思ったYさんが韓国人に尋ねたところ、「あれは剣道じゃなくてクムドだ」と言われたんだそうだ。
戦前から剣道をやっていた韓国人はたくさんいたはずだ。やがて戦後になって日本的なものは迫害された。剣道なんかやっていたら、売国奴として殺されかねない。しかし剣道を続けたい。そこで苦し紛れについた嘘がクムドなのではないだろうか。戦前日本的なものに親しんでいた人が戦後になって身の危険を避けるために「実は起源は韓国だ」と言い始めたのではないだろうか。韓国が起源なら、日本的なものに関わっていても問題はない。というより、それは日本的なものではない。こういう保身のための処世術と韓国人のコンプレックスとが相まっての起源の捏造もあったのではないだろうか。日本文化がその「起源」を捏造されることが多いのは、それだけ日本文化に影響を受けていた人が多かったことの裏返しなのだろう。

「プロフェッショナル 仕事の流儀 棋士 羽生善治の仕事」を見て

将棋の羽生名人のDVDを見た。

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将棋というのは、多くのスポーツに通じる戦略性があるのではないかと常々思っていた。「自分がこうしたら、相手はこう来るはずだから、そのためにこういう準備をしておこう」といった先の先を読んで行動するというのはあらゆる勝負に通じるはずだ。こういう勝負の世界を極めた人の言葉というのは、いろいろな場面に応用できると思う。もちろん卓球にも。


9~10時間(訂正:正しくは8時間だったようです)。将棋の1局にかかる時間だ。これほどの時間を集中し続けるというのはどんなに神経を使うことだろうか。

「将棋とは、どうやってもうまくいかない状況をずっと考えること」

上の言葉がその苦痛を表している。
卓球の強い人と試合をすると、手も足も出ないことがある。どこに打ってもボールが返ってくるし、どんなコースを狙っても強打されてしまう。それで考える。どうすれば相手に甘い球を打たせ、こちらから攻めていけるのかと。しかし将棋ほど長い時間考えることはできない。卓球では1秒以下の間隔でボールが返ってくる。将棋のように何分も考えられるわけではない。それで将棋と卓球はまったく似ていないと考えがちだ。

将棋というと、じっくり納得の行くまで考えぬくイメージがあるが、どうもそうではないらしい。
将棋と卓球の違いは、1手・1球の精度というか重みの違いかもしれない。
卓球では狙いより想定より1~2センチぐらい浮いてしまったとしても、それが致命的なミスになることは少ない。さすがに10センチ浮いてしまったら、致命的になるかもしれないが、将棋と比べたらそのへんは大雑把だ。だがプロの将棋の場合は

「(後半は)1手のミスも許されない」「隙を作ったら必ずやられる」

という精度なので、1手ムダなことをしてしまうと、それが致命傷になる。それで自分の読みにミスがないかどうか十分時間を使って念入りにチェックする。それでも時間が足りず、

「確信が得られないまま、何かを選択しなければならない」

という状況が生まれる。その場合は反射神経やひらめきが大いに影響するのだという。1秒以下の判断でポイント(サービスから得点までの打ち合い)を展開していく卓球と、分単位で正確な1手を打つ将棋。まったく違うように見えるが、精度の差を考えれば時間の違いは相殺される。将棋も卓球も両者に共通するのは反射神経やひらめきというのがおもしろい。

だが、反射神経の衰えた中高年でもおそろしく卓球が強い人がいる。10代の若い人がかなわないような老人は反射神経がおそろしく発達しているのだろうか。

羽生氏は10代の将棋と30代の将棋は違うという。

「10代は記憶力と反射神経」「30代はいかに読みを省略するかや駆け引き」

反射神経の劣る中高年は、いままでの経験から読みを省略することができるというのだ。つまり、ある場面で若い人は5択の中から反射的に選ばなければならないところを、中高年なら2択で選んでいるというわけだ。

経験から浮かび上がってくる「今は 攻めた/守った 方がいい」という勝負どころの判断

によって衰えた反射神経でも、若者を凌駕することができるわけだ。
しかしこれには補足が必要だ。年配者は経験が豊富である。経験というのは考える材料とも言える。考える材料があれば、より多くの選択肢があるということだから、若者よりも選択の幅が広がり、より神経に負担をかけるのではないか。

「選択肢が増えるということは迷いや恐れも生まれる」

年をとると、

「決断が鈍くなる」「ためらいが生じる」


そこで羽生氏はよけいなことを考えないようにしているのだという。若い頃は対局の前にあれこれ戦略を考えて対局に臨んだそうだが、30代の今は違う。

「あえて白紙で挑む」

何も考えないようにすることによって、神経を研ぎ澄まし、経験から自然ににじみ出る直観によって選択肢を狭めて素早く決断するということらしい。

「あえて手を読まない」「勝負の流れを読む」

これがまさに「大局観」だという。経験豊富な年配者が若者と同じように考え始めたら、考えることが多すぎてキリがない。そこで1手1手の有効性を考えるのではなく、全体の勝負の流れを読んで、ここが正念場という場面で神経を集中するのだという。それが余計な読みを省略するということなのだろう。

卓球でも思い当たることがある。上級者はある程度相手の性格が見えてきたら、サービスの時に「こう打てば、相手はこう返してくるから、そこでこう決める」「この戦略が効かなくなったら、次はこっちを攻めてみる」のように勝負の流れが読めると聞いたことがある。

こういう高レベルな話を聞いていると、自分が情けなくなってくる。途中、20年近くのブランクがあったものの、10数年卓球をやっていて、私には羽生氏のような直観がまったくにじみ出てこないのだ。私は一生こんな境地には到達できないのではないか。

しかし羽生氏は次のようにも言う。とにかく継続することが大切なのだと。

「情熱を持って続けることは当たり前だと思っていたが、実は違う」
「毎日1時間、20年間続けるなんてふつうは無理」
「1つのことを淡々と同じペースで続けていけるのは才能」
「プロとは揺るぎない心を持っている」
「本当に大事にしているものを守り、信じ続けている人」

そして

「自分の将棋を完成させるためには1つや2つの負けは気にならない」
「負けても得られるものがある」(新しい戦術を試せた手応え)
「変化を恐れずに進化していくのが一番いい姿」

この言葉を胸にこれからも卓球に励みたいと思う。

不思議な韓国人

ここ数週間の韓国に対する注目度の高さには驚かされる。
今までも、反日暴動や政治家の反日発言は繰り返されてきたにもかかわらず、日本側がそれに反応することはなかった。しかし今回は違う。どこもかしこも韓国批判なのだ。どこかのニュースサイトで高崎経済大学の先生が「韓国の大統領は日本人が大切にしている天皇に非礼な発言をしたから日本人は怒った」のように分析していたが、私はそれは契機にすぎないのではないかと感じる。それよりも韓国人の歴史観に対する不満がピークに達していたというほうが正確ではないだろうか。仮に韓国の大統領が天皇に対する発言を撤回し、謝罪したところでこの韓国批判はおさまらないような気がする。韓国人がデタラメの歴史を「正しい歴史」として日本に押し付けようとするばかりか、外国にまで言いふらして回っているので、波風を立てるのを嫌う日本人もさすがに堪忍袋の緒がキレたというのが事実に近いのだと思う。

今回は私の知っている韓国人について書いてみたいと思う。
ネットで韓国批判を繰り広げている人たちは韓国人と直接話したり、飲みに行ったりしたことがあるのだろうか。ネットやマスコミ、漫画などの知識だけで韓国人を嫌っていないだろうか。私は韓国人の知人が多いので、今まで100人以上の韓国人と面識があるし、数年にわたって交流している人もいる。ほとんどは日本に来た留学生だ。そしてその大部分の人は優秀で信頼できる人だった。男性は兵役を経験した人が多かったので、日本人の同年代の男性よりもずっと大人びているように感じた。20歳前後だった彼らは軍隊で2年近くも理不尽な上官の意地悪に耐え抜いたので、相手を思いやったり、将来の目標をはっきり持っていたりする人が多かった。女性も聡明な人が多かった。日本人はリーダーシップをとるのが下手だが、韓国人にはグループをまとめたり、企画をしたりできる人が多かった。同い年の日本人だったら、きっと誰かが仕切ったり、企画したりしてくれるのをモジモジしながら待っているだけではないだろうか。私は「この韓国人たちが中年になるころには、日韓の関係は逆転しているのではないか」と心配になったものだ。ただ、たしかに一部におかしな人がいた。いわゆる「在日認定」というのだろうか。有名な芸能人やスポーツ選手を「実は韓国人だ。韓国人ならみんな知っている」のように延々と話す人がいたし、慰安婦問題を訴える人もいた。在日認定が好きな人は60年代生まれの人だったが、若い人からは聞いたことがない。そういえば、韓国での学会に参加したとき、ある韓国人の発表者(中年女性)に発表におけるかなり明白な間違いを指摘したが、それに対して誠実な回答は得られず、無視された。また、韓国起源を口にする人もいた。私は野平俊水『日本人はビックリ!韓国人の日本偽史』という本を読んではいたが、韓国の歴史をきちんと勉強したことはないので、いぶかしがりながらも、一部は正しいのかもしれないなどと思っていた。それから梨花女子大学の学生で「私はあなたたちよりもずっと知能が高い」といわんばかりの傲慢な人がいたが、まぁ、私が不快な思いをしたのは、出会った韓国人の中の1割にも満たない。どの国にも変な人はいるのだから、このぐらいは誤差の範囲内だ。

私の若い韓国人に対する印象は、かなりいい。彼らの大部分は優秀で大人で積極的である。韓国人を侮ってはいけない。だが、その聡明なはずの韓国人が「韓国は5千年の歴史を持つ」とか「日本の(優れた)文化はすべて朝鮮人が教えてあげた」のように主張するのが信じられない。
韓国(朝鮮)の最古の歴史書は『三国史記』と『三国遺事』というそれぞれ12世紀、13世紀の書だという。それで5千年の歴史というのはありえない。日本でも8世紀の『古事記』や『日本書紀』が(かなり水増しして)遡れるのは紀元3~4世紀まで(記紀成立の4~5百年前)なのに、『三国史記』と『三国遺事』が紀元前3000年まで遡れるはずがない。「日本に文化を教えてあげた」というのも、奈良時代以前なら一部あったかもしれないが、ほとんど誤差の範囲内ではないだろうか。
韓国の伝統文化というのが気になっていろいろ調べてみたのだが、驚いたことにほとんどないらしい。キムチなどの料理とハングル(これもモンゴルの文字のコピーだという説があるが)、ハンボク(韓国の民族衣装)ぐらい。専門外なので、はっきりしたことは言えない(そういえば、パンソリという劇があったかと思う)が、たしかに韓国の文学(『春香伝』というのはきいたことがある)、芸術(陶磁器が優れていたと聞くが)、思想というのはほとんど聞いたことがない。日本における韓国の歴史的な有名人はテロリストや政治家、スポーツ選手だけで、文化人というのは思いつかない。源氏物語には高麗人の人相見が出てくるし、近世でも朝鮮は文化的に高いとされていただけに驚いた。
そして東日本大震災後のサッカーの試合での「大地震をお祝います」。オリンピックのサッカーでの「独島ボード」。バドミントンでの無気力試合は相手の中国チームに対抗したものだから置くとしても、それについてソウルの街角でのインタビューにも驚いた。ニュースでバドミントンの試合についてのインタビューを市民に対してしていたのだが、その1人が「中国人と同じ行為をしたのは恥ずかしい」と答えていたのだ。これは中国人に対する差別ではないだろうか。それを平然と言ってのける韓国人の常識を疑う。

韓国人は本当に不思議だ。私が出会った韓国人は人格的にも能力的にも優秀な人が多いのだが、報道で見る韓国人は、日本で言えば平田篤胤のような人ばかりなのだ(そういえば、篤胤も神代文字などを信じて歴史を捏造していた)。悪い印象をもっている日本にわざわざ来る韓国人は日本が好きでたまらない一部の優秀な人だけなのだろうか。どちらが本当の韓国人なのか、不思議でならない。

【追記】
韓国人の日本に対する感情の説明として説得力のある説明を読んだ。
宮島理のプチ論壇「日本を北朝鮮にしたい韓国」
日韓が成熟した関係を築くのは難しそうだ。
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